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13話・死を越えたその先に

続く戦いの中、ウルバリアス軍中将のデッジボードが最前線に登場した。

「どぉらぁぁああッ!」


 デッジボードは長剣を振り被り、全ての力を込めて魔物に叩きつけた。

 風系列の身体強化魔法で強化した体は、60歳近い彼の年齢からすれば異常なくらいに素早かった。


 ギシャー!


 長剣を鎌の背で受け止め、魔物は鳴く。横開いた醜悪な口からは血の混じった液体が垂れており、その光景がデッジボードの神経を逆撫でする。


「ウチの兵士は旨かったか? とっておきの御馳走なんだからよ、よく味わっておくんだな!」


 言い終わるより早く、デッジボードは体をくるりと捻り、回転斬りを放つ。長剣の重さを利用して回転を多用した戦い方から、デッジボードはこう呼ばれていた――


「さすが、『塵旋風じんせんぷうのデッジボード』だ」


 ラッドは呟きながら隙を伺うが、下手に近づけばアーモ・マイデグリアではなく、デッジボードの長剣に斬られそうだ。


「ゲハハハッ! どうだ蟷螂かまきり! この程度では無いと分かっているぞ! ゲハハハハ!」


 回転力が増して加速する斬撃。鎌で受け流し、アーモ・マイデグリアは冷静にデッジボードを見ていた。


「――もう少し」


 攻防をジッと見つめていたアルトが不意にそう呟いた。


「え?」


 鈍い金属音が連続して響き渡り、魔法の連打で疲弊した兵士達が息を切らしながら観戦している中、魔物は僅かに後ろに下がった。


「今ッ!」


 アルトは叫ぶと同時に駆け、デッジボードの足を払った。


「なッ!?」


 バランスを崩して倒れるデッジボードの頭を、巨大な鎌がかすめていく。


「ああああッ!」


 鎌を振り切る魔物の懐に入り、そのまま腹部に剣を突き立てる。僅かに切っ先が魔物の表皮を穿つ。


 ギシャア!?


 大きく後方に飛ぶ魔物。ラッドは直ぐにデッジボードを助け起こし、アルトは両手で剣を構えた。


「ア、アルト?」


 ラッドが怪訝そうな顔をするのも無理は無かった。ただの下級兵……いや、成長率が異常な奴だとは思っていたが、この短時間で最早達人と呼ばれてもおかしく無いくらいに研ぎ澄まされたアルトは、本当に自身の知るアルト・ミハイン下級兵なのか。


「ラッドさん、下がってください。攻撃は効かなそうですけど僕、動きが……敵の動きが分かってきました」


 そう言われたラッドは理解が追い付かなかった。魔物も警戒し、鎌を上げつつも機を伺っているようだ。

 ――何を言っているんだこいつは?戦場で気持ちが昂ぶり過ぎて変な事を言う奴はたまにいるが……


「……ゲハハッ。面白いな貴様ッ! たまーにあるんだよ、こういう事は。死を間近に感じた者が辿り付く境地みたいな事がな」


 アルトは真っ直ぐに魔物を見つめた。挙動の一つひとつを逃すまいと見開いた目、極限まで研ぎ澄まされた神経は、魔物が僅かに動いて発生した音や気配すら拾った。

 そしてアルトは左手で自身の鼻を拭い、いつの間にか出ていた鼻血を見て静かに口を開く。


「――妙に晴れやかな気分です。僕がこいつを引き付けます。その隙に再度攻撃魔法を」


「お、おい、アルト――」


 ラッドが聞こえたか聞こえなかったのか。アルトは剣を握って駆け出した。

 迎え撃つアーモ・マイデグリアは姿勢を低くし、アルトの攻撃に備えているようだ。


「待てッ! アルト! 一人でやれると思うなッ!」


 叫ぶラッドの事など気にもせず、アルトは魔物へ向かっていく。


「うわああああッ!」


 ギシャアアアッ!


 魔物が振り下ろした右鎌をすり抜けるアルト。先ほど突き立てた箇所を再び穿とうと、右手をいっぱいに伸ばす。

 それを読んでいたのか魔物は左鎌で薙ぐが、頭を下げたアルトの兜を飛ばしただけだった。


「もらったッ!」


 アルトの剣が魔物の腹を穿つ。


 ギシャアアアアアッ!


 絶叫し、黒い血を腹部から流す魔物。血の量は少量ではあるものの、その様子から確実にダメージとなっているようだ。


「今だ! 撃て!」


 デッジボードの合図で兵士達の魔法が再び魔物に浴びせられる。


 ギシャアアッ!

 

 直撃していく魔法の弾幕からアルトは大きく飛び退いて逃れる。

 ――よし、この調子なら……

 その時アルトに悪寒が走った。マズいと思ったその時、眼前に魔物の姿を見る。自身は空中。魔法が直撃しながらも、じっと自分を見続ける魔物にアルトは恐怖した。


 ギッ!


 短く鳴いた魔物は鎌をアルト目掛けて振り下ろす。

 ――くッ! アルカリ―ナさん!

 心の中でアルカリ―ナの名を叫んだ時、アルトの視界は大きく揺れた。


「――ばーか。調子乗ってるから、だぞ」


 巨木の上に倒れ込んだアルトに、ラッドは苦しそうな笑顔でそう言った。どうやらラッドがアルトを間一髪のところで引っ張ったようだ。魔法の弾幕と、アルトの代わりに再度前に出たデッジボードの猛攻が再び魔物を苦しめる。


「ラ、ラッドさん! た、助かりました……!」


「ふん。ったく……よぉ。下級兵は、下級兵らしく、上官の指示に、従えよ、なぁ」


 ラッドは魔物に背を向け、アルトの方を向いてゆっくりと座った。微笑みを浮かべているものの、脂汗を垂らして辛そうにも見受けられる。


「ラ、ラッドさん?」


颯爽さっそうと、部下を助ける、上官て、恰好良い、だろ?」


「あ、ありがとうござい――」


「なぁ、頼みが、あるんだ」


 言いながら腰に付けた袋をゴソゴソと探るラッド。


「ラッドさん? こんな時に何を……っ!」


 素早く起き上がったアルトは、ラッドの後方に回り背中を見る。


「見るんじゃ、ねぇよ。背中に致命傷、受ける兵士なんて、恰好悪い、だろうが」


 バックりと切り裂かれた背中から流れ出た血が、間も無くラッドが死ぬ事を伝えている。


「ラッドさん!」


「うる、せぇ、よ。いいか、もう、時間、無い、から。聞くだけ、聞け」


 呟くように言うラッドに、アルトはかぶりを振った。


「嫌だ、嫌だっ! 僕のせいでこんな……ラッドさん!」


「聞けって……頼む、から。俺の故郷に、幼馴染の、墓がある、からよ。そこに……これ、届けて……くれ」


 ラッドはそう言って誰も居ない前方に弱々しく左手を上げた。開かれたその手には、木彫りの小さな指輪が血に濡れて赤く輝いている。

 アルトは前方に回り込み指輪を受け取ると、涙を流しながらラッドの手を握り締めた。


「必ず、必ず届けますから、だから死なないでくださいよ、ラッドさん!」


「それ……から。勝て、よ? あん、な、蟷螂かまきりに、なん、て……負ける、な。前を、向いて、よぉ……振り、返るのは……終わって、から、だ」


 アルトは溢れる涙を拭い、握る手に力を込める。


「――はいっ!」


「生き……ろ……よ……アル、ト……今……行く……セリ……ジ……ア……………」


 座り込んだまま、ラッドは動かなくなる。アルトの手をスルりと抜け、だらんと腕が垂れ下がった。


「……ラッドさん? ラッドさん? 嘘ですよね? ラッドさん! ラッドさーーーーーん!」


 色とりどりの魔法と、綺麗な赤い模様に染まる巨木の上。生死を賭けた戦いの真っただ中、アルトは叫んだ。大粒の涙を流し、叫んだ。

 兵士が死ぬのは当たり前で、覚悟を決めたはず……だった。既に何百という兵士が死んでいったし、アルトの目の前でも数十人は肉塊へと変わっていった。


「うぅ、ラッドさん……!」


 しかし、実際こうして知り合いが目の前で死んだ。それも自分を庇って。その事がアルトは受け入れられなかった。決めた覚悟は、一瞬で吹き飛んでしまった。

 さっきまで元気だった者が、こうもあっさりと。アルトにはその事実も全く現実味が感じられない。


「ちィ! 戦場で泣くなッ!」


 長剣を振り回しながら、デッジボードがアルトに言った。


「泣く暇があるんなら、魔法の一つでも撃て! 貴様に託された想いを、ラッドの死を無駄にしない為にも、貴様は今すぐ立ち上がらねばならんぞ!」


 よろよろと立ち上がるアルト。死を受け入れられた訳ではないが、それでもラッドに言われた通り、前を向かなければならない。

 ラッドはもう動かない。その亡骸を少し見つめ、アルトはぎゅっと目を瞑って大きく息を吸った。


「――戦いますッ! うあああああああッ!」


「そうだ、それで良いッ! 兵士の弔いなんぞ、勝つ事だけだ! ゲハハハハハッ!」


 ――ラッドさん、見ていてください。僕達が魔物を倒すところを。ウルバリアスを脅かす脅威を打ち砕くところを!

 そう強く思いながらアルトは魔物に向かって行くのだった。

「次回予告を……頼んで良いか? アルト」


「……はい。次回は――」


「いや、止めておこう。オレもそろそろ到着する」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章14話――

「未来が」


――命は繋がっている――

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