12話・伝説の魔物
アーモ・マイデグリアの下に到着したアルト。全てを切り裂くその鎌に、対抗する術はあるのだろうか?
兵士達と戦いを繰り広げる魔物の元へ到達した時、アルトの脳裏に浮かんだ言葉は意外にも『美しい』であった。
幾百もの兵士達だった肉塊と、噴出した赤が染め上げた巨木は、巨大な葉の隙間から射し込んだ陽の光でキラキラと輝き、大きな鎌を広げる醜悪な魔物を美しく錯覚させたのだ。
前衛の兵士達が敵を引きつけ、後衛が魔法で攻撃をする。この世界における戦闘の基本戦術を忠実に守っている兵士達。問題は大きな鎌の一撃は防げやしないし、頑強な体表が魔法を阻んでいる。
「――総員、ここでお別れだ。だが、恐れるな諦めるな! 前を向け! 未来の為に! ウルバリアスの為に!」
「「「ウルバリアスの為に!」」」
ラッドの号令で突撃していく兵士達。雄叫びが響き渡り、既に戦っている兵士達の士気を高めていく。
「うああああああッ!」
アルトも例外では無い。剣を片手に、雄叫びを上げて真っ直ぐにアーモ・マイデグリアに突撃していく。
――アルカリ―ナさん。アルカリ―ナさん……アルカリ―ナさんっ!
アルトの脳裏に、アルカリ―ナの様々な表情が浮かんでは消えていく。
「僕は、僕はッ!」
――憧れから変わっていったこの気持ちはっ!
眼前で兵士が横に裂かれ、アルトの視界が赤に染まる。それでもアルトは怯まずに剣を振り被り、魔物の体に斬撃を加える。が――
ギン!
という硬質な音が響き、アルトの手には硬い振動が伝わった。
「くっ!」
「アルト!」
ラッドの声が聞こえたアルトは、咄嗟に地に伏した。すると、アルトの首があった空間を鋭い鎌先が過ぎ去っていった。
「うわっ! ひっ! わっ!」
アルト目掛けて鎌をドスドスと突き刺そうとするが、転がって上手く避けるアルト。
「アルト! 援護す――」
「撃て、撃てッ!」
ラッドが魔法を唱えようとしたその時、デッジボードの号令が聞こえたかと思うと、多方面から様々な属性の魔法が一斉に魔物に吸い込まれていく。
「ゲハハハハッ! 良い囮になってくれて感謝するぞ! ゲハハハハハ!」
デッジボード中将率いる兵士達がアーモ・マイデグリアを中心に円を描くように巨木の枝上に展開する。
魔法の直撃で巻き起こった埃で、魔物の姿はアルト共々確認出来ない。ラッドは文句を言おうとしたが、思い止まった。
――これはそういう戦いだろうが……
そう思いながら強く拳を握るラッド。
「どれ……暴風の槍よ、我に仇なす敵を貫け!」
デッジボードは魔素を集めて唱えると、右腕を大きく振り被り投擲体制に入る。
「ゲハハハハッ! これはどうだッ! ランロン・フーバス!」
放たれた風の槍が埃の中の魔物に直撃する。風によって埃が晴れると、魔物とアルトが対峙している姿が見えてくる。
デッジボードの放った魔法は魔物の横っ腹に当たったようだが、僅かに体表を穿っただけで、特に気にする様子は無い。
「――チィ」
「中将殿! 拘束魔法等を使える者はおりますか!?」
ラッドは少し遠くにいるデッジボードに向かって叫ぶ。
「ウチの隊にゃあいねぇし効かねぇよ! 無策の突撃作戦と言っても小細工はそれなりに試してる! 拘束も毒も効きやしねぇんだよ!」
「し、失礼しましたッ!」
――だよな。いくら何でも試すよな。しっかし、強ぇなぁ。
そう思いながらラッドは魔素を集め始める。
「恰好付けだけしてる訳にもいかないし、行くしかないよな……燃え盛る豪火よ、我に宿りて力を振るえ!」
槍を構え、走り出す。
「トルトン・コンスタス!」
デッジボードらの援護を受けながら、魔物の後ろを取ったラッド。魔物の攻撃を避け続けるアルトの功績もあり、魔物はラッドに対して無防備に背中を晒した。
「――っらぁ!」
身体強化魔法で強化された膂力で、魔物の背後に襲い掛かる。
――!?
背中に槍を突き立てられ、魔物は初めて驚いたような仕草を見せる。
「ラッドさん!」
一瞬顔を綻ばせるアルト。
――!!
瞬間、魔物は素早くその場で回転し、周囲に散らばる肉片共々アルト達を吹き飛ばした。
「「うわッ!」」
ラッドは空中で回転し上手く着地したが、アルトはゴロゴロ転がった。兵士の血だまりの中を転がったせいで、全身赤く染まってしまう。
「若ぇのに任せっきりにするなぁ! 突撃だ突撃ィ!」
剣を魔物の方向へ向けたデッジボードが叫ぶ。兵士達は雄叫びを上げて突貫していく。
「魔法班ッ! 等間隔で魔法を放ち続けろ! 背中狙える奴は背中狙え!」
展開した魔法主体の兵士達にも指示を出す。火の玉や石の飛礫等の様々な初級魔法の後に、石の槍や光線等の中級魔法も撃ち出されていく。
「ゲハハッ! 良いじゃねぇか、純粋に狩るか狩られるかの戦いだぁ。小細工ばっかりの対人戦なんかより、よっぽど血が滾るってもんだ!」
「――これで、倒せるでしょうか?」
デッジボードの側に来てラッドが尋ねる。アルトは息を整え、鎌を振り回す魔物を見据えている。
「無理だろうな。正直この程度でくたばるようなら、伝説の魔物だなんて呼ばれちゃいねぇよ」
真顔で答えると、白く伸びた顎髭を撫でてニタリと笑う。
「万全の状態のアイツにゃあ敵いはしない。小細工も何も効きはしないだろう。しかしな、どんな生き物でも生き物である以上必ず体力に限界が来る。それを狙うのが今回の作戦なんだ」
「――ただの無策じゃないんですね」
「ゲハハハハッ! 『軍神』様が頭を捻って考えたんだ、ただの無策じゃあ無ぇわな」
ラッドはその言葉を聞き、少しムッとした顔をする。
「それを何故全兵士に伝達しなかったんですか? 無策だと思って突撃するより、何かの意味を知って突撃した方が――」
「そりゃあお前、大将の――いや、アルカリ―ナ様の心意気ってヤツだ」
デッジボードは真顔で言った。魔物に向かって行く兵士を見据え、堂々たる風格で腕を組みながら。
「心意気、ですか?」
ラッドは鋭くデッジボードを睨む。
「魔物の体力を減らす為の駒では無く、国を想う一人の国民として死なせてやりたかった。そうでないかと私は思うのだ」
「――中将の推測じゃないですか」
「ゲハハハハッ! そうだ、私の推測だ!」
大きく笑うデッジボードと、溜め息を吐くラッド。ひとしきり笑った後、デッジボードは再び真顔になった。
「さて、そろそろ兵士どもの体力が尽きる。私も前に出よう。貴様、階級と名は?」
「ラッド・メアン上級兵であります」
「ほぅ、その若さで上級かね。貴様の末を見てみたかった……ではラッド上級兵。私と共に行くぞ。ウルバリアス軍中将の力を見せてやる! ゲハハハハハッ!」
「……はッ!」
――俺もそろそろ……か。
心の中で覚悟を決め直したラッド横で、長剣をスラリと抜いて鞘を捨てるデッジボード。その長い剣を構えて足を動かそうとした瞬間。
「待ってください」
じっと魔物を見ていたアルトが口を開く。その瞬間アーモ・マイデグリアは鎌と背中の翅を大きく広げ、鳴いた。
キシェェェェエエエエエ!
耳を劈く高い鳴き声に、近くで奮闘していた兵士達は怯んだ。
その隙を突いて鎌を振り回し、一振りで数人の兵士の胴が分かれる。
「へっ。ここからが本番って訳だな、面白れぇじゃねぇか! ゲハハハハハッ!」
ぶるっと一瞬震えたデッジボードは、自分を含めた全員を奮い立たせる為に声を張り上げる。
「ウルバリアスの兵士達よ! ここで限界を越えろぉ!」
戦いはまだまだ始まったばかりだ。アルト達は大きな鎌を振り回す魔物に対し感じた恐怖を隠すよう、雄叫びを上げるのだった。
「アルト、次回予告を!」
「はい! 戦ってます!」
「知ってるよ!」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章13話――
「死を越えたその先に」
――生きる、生きる。生きるッ!――




