11話・戦いの始まり
多くの国民が死ぬ。その事が分かっているが、止められぬ事態。アルカリ―ナに圧し掛かる重圧を少しだけ受け止めたアルト。ヒトの状況など意にも介さぬ魔物との戦いが幕を開けるのだった。
作戦開始から数日後。捜索班が探し出したアーモ・マイデグリアの近くに展開するウルバリアス軍。他の魔物達は驚くほどに静かで、まるで他の国に来たのかと錯覚する兵士も少なくなかった。
「――この近くに、アーモ・マイデグリアがいるんですね……」
「あぁ、恐らくな」
アルトがそう呟くと、隣にいたラッドが頷く。アルトの隊はラッドが隊長を務めている。ガイハブは別の隊となった。1つの分隊は10人編成で、前衛4人、後衛6人という編成であった。
アルカリーナは初めっから最前線に出たがっていたが、さすがに猛反対に遭い後方に控えている。
「――よし、作戦開始時間まで後、3、2、1、作戦開始だ」
ラッドが静かにそう言うと、予め決められていた通りにそれぞれの分隊が進撃していく。アルト達の隊も数隊合同で巨木の上を進んで行く。
「静か過ぎて怖いな。アルト、歌でも歌ってくれよ」
「嫌ですよ。ラッドさん――ラッド隊長の美声を響かせてみたらどうです? 誘われて出て来るかもしれませんよ?」
他の兵士達がアハハと笑う。死地に向かうにしては明る過ぎるが、こうでもしていないと、緊張で動けなくなる兵士もいるだろう。
「俺の美声は女の為にあるんだよ。魔物風情に聴かせる為じゃない」
「でも隊長モテないじゃないっすか」
ラッドはニヒルに笑って見せるが、速攻で同隊の兵士にツッコまれる。お返しとばかりにラッドは拳骨を喰らわせ、その様子を見て分隊の兵士達は小さく笑う。
「ったく。で、お前らはどっち派だ?」
急に真顔になるラッドに、分隊の兵士は怪訝な顔をする。
「どっち派、とは?」
「決まってるだろ? アルカリーナ様と、ガーデナ様だよ。どっちが好みかって事だよ。あ、アルトは分かるからいいや」
「ちょ、ラッド隊長!?」
近くを歩く他の分隊の兵士からも笑いが漏れる。他の隊とは違い、ラッド隊の周囲だけ和やかな雰囲気になっており、ハッキリと言えば浮いている。
「自分はガーデナ様ですね。あの透き通るような白肌に人形のように整った顔……正直堪りません!」
うんうんと同意する兵士達。聖王の座を降りたガーデナは、アルカリーナと変わり大将を務める訳ではなく、アルカリーナの補佐として側に控える事となった。
「私はアルカリーナ派です。アルカリーナ様の綺麗なおみ足に踏まれたいと思っています」
「お前は特殊な癖を持っているようだが、それ分かるぞ。なぁアルト?」
ラッドはアルトの肩を叩く。大きく反論するのも無駄だと思ったアルトは、静かに溜め息を吐いた。
「……それに同意を求めないでくださいよ」
そんな風にしばらくの間、緊張感も薄く進撃していると……その時はやって来た。
遠くから兵士達の悲鳴や怒声が響き渡る。その不協和音を聞いたアルト達に戦慄が走った。
「――出ましたね」
「あぁ。しかも、これは待ち伏せられたか? 魔物のクセに……」
予定では、奇襲となる予定ではあった。人数が人数なだけに、奇襲は成功しない可能性は高いと思われてはいたが、まさか反対に待ち伏せまでされていたのだろうか?
「考えても仕方ないです。戦闘は始まった、後は倒すだけです」
ゴクリと唾を飲む音が聞こえるくらい、神経が研ぎ澄まされていく。この瞬間にはもう、和やかな雰囲気など微塵も無かった。
ラッドや他の分隊長が音の方向へ剣を向ける。
「言うじゃねぇか、アルト。よーし、アーモ・マイデグリアは向こうだ。行くぞぉ!」
「「「おう!」」」
――今の俺、物凄くカッコ良くない?
そんな事を考えているラッドの号令に周囲の兵士全員が応え、既に戦闘が始まっている区域に進撃していく。強力な魔法が放たれる轟音や兵士達の命を賭した雄叫びが近づくにつれ、アルトは自身が落ち着いていくのを実感するのだった。
※※※※※※※
「――始まった」
巨木の上に造られた本陣で、アルカリ―ナが自身の腕を強く握り言った。周囲の兵士達に緊張が走るのを、アルカリーナは気にしている余裕は無かった。
――アルト、死ぬな。死んだらオレがぶっ殺すからな……!
「落ち着いてください、アル様。ついに始まったのですね。しかし、凄く遠い場所での戦闘なのでしょうか? 私には何も聞こえませんが……」
ガーデナが隣に立ち、優しく微笑む。彼女の言っている事は他の兵士も同様に感じていた。ザワザワと揺れる巨木の葉の音で、戦いが始まった事など分かりはしなかったのだ。
「落ち着いているさ。それに、音が聞こえる訳じゃ無い」
「あら。では何故?」
「木が教えてくれる。そんな気がするんだ」
アルカリーナは目を伏せて笑った。それに応えるかのように揺れる巨大な葉っぱ達。
「ふふふ。森林国の王ですものね。そういう事にしておきましょう」
「何だよ。含みのある言い方しやがって」
「いえ。アル様は特定の魔力を探知するのがお上手だなって思っただけですよ」
顔が赤くなっていくアルカリーナ。周囲の兵士に向かって「下がれ」と命じて溜め息をつく。
「――お前、戦い苦手とか言う割には魔力探知をしているとかは分かるのな。もっと前に言えよ、そういう事はさ」
「あら。アル様だって魔力探知なんて繊細な事が出来るって、言ってないじゃないですか。むしろ繊細な事は出来ないって、昔は仰ってましたよね?」
くすくすと笑うガーデナ。アルカリーナは再び溜め息をつく。
「ま、今更だから言うけどさ、オレ実は魔法得意なんだよ。接近戦の方が好きだから、あんまり魔法使わないけど」
「あらあら。では私も今だから言いますけど、実は体を動かすのは得意ですよ。魔法だってそれなりに使えますし」
二人は見合ってニヤリと笑う。
「ハッ。幼馴染って言っても、知らない事ばかりだな。隠し事ばかりっていうかさ」
「それは仕方ないですよ。聖王の血筋と勇者の血筋ですもの。簡単に教えられる事ばかりではありません。自分達だって知らない事も沢山あるでしょうし」
「……」
「……」
大きく前方が開いた天幕の中に机と椅子だけの簡易的な本陣の中で、聖王の子孫と勇者の子孫は同じ方向を向き、小さく笑った。自身達の軽はずみな行動から始まってしまった王の入れ替わりという事件。
それによって人生が狂った者もいる事は二人とも分かっていた。しかし、二人はそれを受け入れ、償うと決めているのだ。例えどちらかがこの戦いで死んでしまったとしても。
「そう言えば、アルト、でしたか? あの若者」
「え? あ、うん。アルトな、アイツがどうした?」
「彼の事好きなんですか? アル様」
微笑むガーデナに、吹き出すアルカリーナ。
「んんっ。えと、その……」
「今なら誰もいませんし、私も誰にも言いませんから」
楽しそうに笑うガーデナ。人形のような整った顔がアルカリーナは憎たらしく思った。
「――正直、分からないよ。好きとか嫌いとか、そんな風な事を考えた事は今まで……無かったからな」
頬を赤らめて言うアルカリーナに、ガーデナは満足そうにニンマリと笑った。
「ふふん。その反応だけで分かりました。良いんじゃないですか? 彼なら身分も関係無しにアル様を見てくださいますよ、きっと」
「……そうだな」
ガーデナは鋭いな、とアルカリーナは思った。数日前の夜、アルトの言った言葉を思い出す。
『僕の全てを貴女の為に使います。肩書も何も関係無い。貴女の為に』
「ふふ……」
思わずニヤケるアルカリーナを見て、ガーデナは目を細める。
「……勝てると良いですね」
その言葉を聞いてアルカリーナはワザとらしく咳をする。
「勝つさ。勝ってみせる。オレの全てを――いや、この国の全てを奴にぶつけるんだ。負けるはずが無い」
「ふふふっ。そうですね」
「よし、そろそろオレ達も進撃するぞ!」
そう言うと天幕から出て棍棒で進軍方向を指す。
「行くぞ! お前達! オレ達の力を奴に叩き込んでやろう!」
「「「おうッ!」」」
こうしてアルカリーナ率いるウルバリアス軍は、アーモ・マイデグリアと生死を賭けた戦いを展開していくのであった。
「次回予告を、アルト」
「はい。次回は……次回はッ」
「……良い。何も言うな、全ての咎はオレが受ける」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章12話――
「伝説の魔物」
――何があっても前を向け――
 




