9話・王家に生まれるという事
ガーデナは前勇者の子孫だった。そのガーデナが用意した舞台で、アルカリ―ナは……
20年前。王宮の一室。ポカポカと陽気で過ごし易いその日、幼いアルカリーナとガーデナは二人で遊んでいた。
「なぁ。ガーデナ」
「うん? どうしたのアルちゃん」
窓の外を見ながらの元気無い呟きに、ガーデナは人形を並べながら応えた。
「オレさ、大人になったら聖王にならなきゃいけないんだってさ」
幼いアルカリーナ達にはその意味は正しく理解出来ていなかったが、大人達が忙しそうにする姿を見て子供心に大変そうだと感じていた。自分は他の子どもとは違うという事だけが、アルカリーナは漠然と理解する事が出来たのだ。
「そっかー。王様って偉くて凄いわよね。羨ましいよアルちゃん」
「うーん。でもさ、オレは王様に興味が無いんだ。というか面倒臭そうで嫌だ」
ニッコリと笑って嬉しそうにするガーデナ。アルカリーナは不意に玩具の剣を玩具箱から取り出し、ぶんぶんと振り回す。
「オレは兵士になりたいんだ。魔物から皆を守りたい。誰にも負けない強い兵士になりたいんだよ」
目をキラキラと輝かせるアルカリ―ナを見て、ガーデナはクスりと笑う。
「じゃあさ、私が代わりに王様になりましょうか? アルちゃんは私の代わりに兵士になりなよ。私の家は勇者の家系だって教えられたけど、私は戦うのとか嫌だし……」
「ホントか? ふふんっ。面白そうな考えだな。でも、そんな簡単な事なのかな? 大人にダメって言われそうだ」
「そりゃあ言われるだろうから、内緒によ? 内緒の遊びよ~」
この時、ガーデナの両親は既に他界しており、勇者の血筋だという事で王宮で王族と同じように暮らしていた。聖王が公衆の面前に出る際、面倒臭がるアルカリーナの代わりに同行した事も多々ある。
聖王もヤンチャな娘よりも、大人しく美しいガーデナを気に入っているような節があり、その事がアルカリーナの王というモノに対する嫌悪感に繋がったのかもしれない。
「よし、じゃあお前は今からガーデナ・ロステトだ。オレはアルカリーナ・ハッシュベルって名乗る」
「あはは。面白い。良いわね。じゃあ二人で遊ぶ時は私が王様でアルちゃんが勇者で遊ぶって事ね」
アルカリーナとガーデナは悪戯っぽく笑い合った。
「にひひ。今は悪戯だけど、その内本当になったりしてな」
アルカリーナが言った事は当たってしまう。数年後、先代聖王は崩御し、幼い頃からアルカリーナをよく思っていなかった勢力の画策があり、入れ替わって遊んでいるところを確保されてしまったのだ。
馬鹿げた話であるが、反アルカリーナ派は本気であった。アルカリーナの王族らしくない振舞い、ガーデナの体に流れる勇者の血。そういった理由を付けてガーデナを聖王に仕立て上げたのだ。
しかし、国民に素直に晒して反感が出る事を嫌った彼らは、聖王の公務でガーデナが表に出ていた事も利用し、国民を上手く騙す事にも成功した。異を唱えそうな者は処分し、自身らのやりたい様に国を牛耳った。
「――アル様、やっぱり真実を晒した方が……」
成長していく過程で、ガーデナは提案した。しかし……
「いや、正直オレは王の器じゃ無い。面倒臭いしな。ガーデナがそのまま聖王やってくれてた方が助かるよ」
と言って断っていた。16歳の時、王宮のガーデナの部屋での出来事だった。
「それに、代わってくれるって言ったの、ガーデナだろ?」
「そういう言い方はズルいですよ。子どもの頃の話じゃないですか」
頬を膨らませるガーデナに、アルカリ―ナは何処か寂し気な表情で言った。
「国の皆の事を考えるとな、自分勝手なオレよりも優しいガーデナの方が向いてると思う。だからさ、頼むよ」
「……はぁ。分かりました。でも私は『ウルバリアス』は名乗りませんよ。正統な王ではないので、初代聖王の名もそのまま名乗りません」
ぷいっとそっぽを向くガーデナに、ふふっと笑うアルカリーナ。
「ガーデナなりの意地ってヤツか?」
「そうです。それにアル様――」
言い掛けたガーデナは微笑んで首を横に振った。
「何だよ?」
「いえ、何でもありません」
こうして森林国ウルバリアスでは国民の知らぬ裏で、王族入れ替わり事件が発生していたのであった。
しかしガーデナは予見していたのだ。いつか必ず、アルカリーナが聖王になる事を。そしてその時まで自分が聖王の座を守り、アルカリーナが相応しく成長するのを待とうと誓ったのだった。
※※※※※※※※
時は進んで現在、テラスの上からアルカリ―ナは群衆に向かって重大な告白を行おうと、大きく息を吸い込んだ。
「ガーデナからあった通りだ。オレの名はアルカリーナ・ロステト・ウルバリアス。この国の先代聖王の子として産まれた者だ」
よく通る声でハッキリとそう言った。ザワザワと沸く群衆にアルカリーナは続けた。
「色々と言いたい事があると思う。今更オレを王と見ろだなんて言うつもりは無い。だが、今この国が直面している危機に関して、筋を通す必要があるんだ」
徐々に小さくなるザワつき。その機を見て、アルカリーナは再び覚悟を決めた。言わなければならない事を言う覚悟。恨まれる覚悟。死ぬ覚悟だって何だって、全ての覚悟を決め直した。
「今回の戦いは、きっと大勢が死ぬ。しかし、オレは言わないといけないんだ。オレが言わないといけないんだ! ……死んでくれ! 兵士達よ。我が祖国の為に犠牲になってくれ! 恨み言や咎は全てオレにぶつけてくれて構わない。魔物を討伐した後なら、オレに何をしても構わない!」
誰一人声を出さず、アルカリーナの必死な訴えに耳を貸している。
「オレも当然、前線に出る。だがオレだけで勝てる相手では無いんだ。大勢の力が必要なんだ。だから死んでくれ。オレと一緒に国の為に死んでくれ!」
今にも泣き出しそうなくらいに必死なアルカリーナ。普段のぶっきら棒な喋り方から誤解され勝ちだが、涙が流れる沸点は意外なほどに低かった。しかし、ここで泣く訳にはいかないとグッと堪えて叫び続ける。
「無責任なのは分かっている。今まで王の代わりを他人に頼んでいた奴を信用しろ等と言うのは虫の良い事だとは分かっている……でも一度だけ、たった一度だけで良い。この身分を使わせてくれ!」
大きく息を吸い込むアルカリーナ。その姿を見たアルトは、群衆の中から届くはずの無い声を漏らす。
「頑張れ、頑張れ……!」
「アルカリーナ・ロステト・ウルバリアスが聖王として命じる! 兵達よ、国民達よ! この戦いから逃げるな! オレと共に、アーモ・マイデグリアをぶっ倒してくれ! 国を守ってくれ!」
「……」
「……」
しんと静まる群衆。ダメかと思いアルカリーナが顔を上げようとした瞬間――
「「「わー!」」」
割れんばかりの歓声が浴びせ掛けられる。その声色は否定的なモノなどではなかった。
「「「任せろー!」」」
「「「よっしゃー!」」」
「英雄様は聖王様だったのかー!」
「アルカリーナ様とガーデナ様の為に、俺は死ぬぞー!」
わーわーと鳴り止まぬ大きな歓声にガーデナは既に涙を流していたし、群衆の中のアルトは他の兵士と共に大いに沸いている。
「……これは久々に血が滾りますな」
「何年ぶりでしょうかな、前線に出るというのは」
「我々ウルバリアス軍の強さを魔物に見せつける時ですね……」
デッジボードら将校達も、心地良さそうな溜め息混じりで口々に言葉を呟いていた。
「済まない。ありがとう……!」
アルカリーナは堪えた。しかし決壊した貯水池のように溢れる涙が大量に頬を伝って落ちていく。それから数十分もの間、熱気に包まれた広場からは森林国の国民達による歓声が続いていたのだった。
「次回予告を頼む、アルト」
「はい! 次回は『オッサン達が酒を飲む話』です」
「……前もそれやらなかったか?」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章10話――
「支える者、支えられる者」
――運命から逃れた者は、誰一人いない――




