7話・命の価値とは
アルカリ―ナを逃がす為に散っていった兵士達。彼らの想いを胸に、アルカリ―ナは集落を目指して走るのであった。
「ハァ! ハァ!」
巨木の枝の上を、アルトは全速力で駆ける。アルカリ―ナが何所にいるのか分かる訳では無いのに、闇雲に走り回った。夕暮れの赤い陽の光が鮮やかに巨木を色付けており綺麗だったが、アルトには気にしている余裕はあるはずが無い。
「――くっ! 将軍! アルカリ―ナ将軍!」
叫べば魔物の注意を引く事をアルトは分かっていたが、この状況では魔物もそれどころではないらしい。先ほどからアルトの向かう方向から大量の魔物や動物たちが逃げて行っている。
「魔物達が逃げてくる方角へ向かえば……!」
アルトはその方向にアルカリ―ナ達がいると確信していた。そして同時に、アーモ・マイデグリアがいるという事も。
キキャ―!
耳障りな鳴き声をあげながら、一匹のラスーがアルトに正面から飛び掛かって来る。
「邪魔だっ!」
走りながら剣を抜き、一刀の下に斬り捨てる。血飛沫をあげて崩れる魔物に、アルトは構う素振りを見せずに走り続ける。
「将軍、どこにっ!」
キョロキョロしながら走るアルトは、人影を見付けて表情を和らげた。
「いた! 将軍!」
アルトの目線の先から、二人の人影が走って来る。一人はアルカリ―ナ。そしてもう一人はガイハブだ。その二人以外は影も形も見当たらない。
「ハァ! ハァ! おま、何やってんだ! えぇいクソ! とにかく逃げるぞ!」
すれ違いざまにアルカリ―ナに腕を掴まれ、アルトは二人と共に集落の方へ走り出す。
「え、あ? ちょ、将軍!? 皆は!? 他の兵士達はどうしたんです!?」
「ゼェ、後で、教えて、ゼェ、やっから! まずは、走れ、小僧!」
アルカリ―ナの代わりにガイハブが答え、走る事を促される。
「は、はい!」
集落まで走りきった三人は、門をくぐると同時に倒れ込み、ゼーゼーと全身を使って呼吸をする。日も落ちかけて暗くなった集落の家々からは夕食の良い香りが立ち込めている。
「ハァ、ハァ……こうしちゃいられない。避難勧告だ、ガイ。待機している兵を使って避難誘導を開始しろ。目標は王都だ」
むくりと起き上がったアルカリ―ナは、そう指示を出すと長の家に向かう。
「あ、ぼ、僕も行きます!」
アルトはアルカリ―ナについて長の家に向かった。本来であれば、ガイハブと共に避難誘導に当たるべきなのだろうが、アルカリ―ナは何も言わなかった。乱暴に扉を開けて長の家に入ると、怪訝な顔をするダクトロとエウナが出迎える。
「どうかされました――まさか……」
アルカリ―ナの様子を見て察したのか、ダクトロは青ざめる。エウナは両手で口を押え、驚きを隠せないようだ。察しが良くて助かる、等という思いをしたアルカリ―ナは、諸々の説明を省く事が出来て助かったようだ。
「直ぐに避難の準備を! 王都まで護衛致します」
「わわ、分かりました……」
「集落の住民には兵達が報せに出ています。それでは」
それだけ会話して外へ。集落内は軽いパニック状態であった。それを見たアルカリ―ナは大きく息を吸った。
「安心してください! 王都までは我々が護衛致します! 私はアルカリ―ナ。ウルバリアス軍大将を務めるアルカリ―ナ・ハッシュベルです!」
アルカリ―ナの叫びを聞くと、それだけで住民は少し落ち着いたようだ。自身の知名度を使うようで好きでは無いのだが、今はそんな事を言っている場合では無い。
「大将……軍神様だ! 英雄様だよ!」
「すげぇ、本物か!?」
そんな声が聞こえてくる。それからの動きはスムーズであった。多少の不満は漏れるものの、住民の空気は完全に王都への避難に向いている。
「――将軍。アーモ・マイデグリアはいたんですね?」
王都へと続く枝の途中、最後尾で魔物を警戒しながらアルトは尋ねた。まだアルカリ―ナの口からハッキリと魔物の存在を聞いた訳では無い。疑っている訳では無いが、アルトは自身の耳で報告を聞きたかった。
「あぁ」
隣でアルカリ―ナは小さく答える。表情の真剣さが事の深刻さを言葉ではなく雰囲気で語っている。英雄や軍神と呼ばれ、ガドルラスーを単体で撃退するようなアルカリ―ナであったも、尻尾を巻いて逃げ出すような相手……アルトはその強大な魔物を思い浮かべ、背筋を凍らせた。
「お、追って、来ますかね?」
「さぁな。だが、奴はオレ達の事なんてまるで興味は無さそうだった。視界から消えた奴を追ってまでどうこうする奴とは思えない。そんな風に感じたよ」
アルトを見ず、進行方向を見て話すアルカリ―ナ。
「これから、どうしますか?」
「王都へ戻り、全軍を挙げて討伐する。そうしなければ、この国の民を危険に晒す事になる。それに……オレを逃がしてくれたアイツらに顔向け出来ない」
ギリリと歯を喰いしばるアルカリ―ナに、アルトは掛ける言葉を見失う。十名程で探索へ向かい、帰って来たのはたったの二人。部下をみすみす死なせてしまったとアルカリ―ナは自分を責めている事だろう。新兵如きが掛ける言葉は今は無いのかもしれない。しかし……
「将軍、その……僕は将軍が死ななくて、良かったと思います」
何か言わなければ、と思い口から出たこの言葉が、アルカリ―ナの逆鱗に触れてしまう。もちろんアルトには、彼女を怒らせる目的などある訳も無かった。
「その、皆は任務を全うし、本望だったんじゃ――」
「お前、お前ッ!」
アルトの胸倉を掴み、睨み付ける。先を行く住民や兵士が何事かと振り向くが、少し前を歩くガイハブがそれを御し、二人を残して進んで行った。
「死んだのがオレじゃなく、アイツらだったから良かったってか? ふざけんな! 誰かが死んで、それで代わりに生き残って……残された者の事を考えた事があるか? 死んでいった者達は、オレの軽率な判断で死んだんだ!」
「け、軽率な判断?」
「そうだ。もっと慎重に身を隠して進めば、見つからなかったかもしれない。嬉々として戦闘なんてしていなければ、見つからなかったかもしれない……挙げるとキリが無い」
「そ、それを言っても仕方ないんじゃ――」
「仕方ない訳があるかッ! 仕方ないで死んでたまるかッ!」
アルカリ―ナの頬を伝う涙。今にも殴り掛かりそうな剣幕がアルトを縮み上がらせる。
「ベラン。クトリアッド。ドメスレイン。バジボア。トートス。キバロ。ダリホー。ガンダリッド……」
「も、もしかして……」
「そうだ。今日死んだ奴らの名前だ。この数だけ、それぞれの人生があったんだ。それぞれに希望があったんだ。誰かが生きて、誰かが死んだ。良かったなんて言葉をオレの前で口にすんじゃねぇよッ」
そう言うと手を離し、少し離れた列の方へ歩いていく。
「――それでも! それでも僕はっ!」
ピタリと止まるアルカリ―ナ。
「将軍が生きていて、良かったです! 先輩方には申し訳無いですけど、命に差があるとは思わないですけど、それでも、それでもやっぱり将軍が生きていて嬉しかったんです!」
「……」
「やっぱり僕は兵士失格なのかもしれないです。ガイさんやラッドさんに色々と言われて考えましたけど……僕にとっては将軍はやっぱり英雄で、『軍神』なんです。この国に必要な、英雄なんです」
「……」
アルカリ―ナは拳を強く握る。震える背中を見るアルトは、更に言葉を続けた。
「でも、この行軍で分かりました。『軍神』はただのヒトなのだと。笑うし怒るし、勝つし負けるし……僕達と同じでした。同じヒトだったら、僕も支えられます。微々たる力ですけど、支えられるんです」
「……」
「もう一度言います将軍。生きていて良かったです。将軍が生きていてくれたからこそ、僕達は希望を失わずに済んだのです。希望を守った先輩達は僕達ウルバリアス軍の――いえ、森林国全体の誇りです。勝ちましょう、いえ、勝たなきゃいけないんです! やつに、アーモ・マイデグリアに!」
アルカリ―ナはこの時、アルトの言葉を聞いて理解した。兵達が守ってくれたこの命の意味を。自身のやるべき事を。クシャクシャと頭を掻き、天を仰ぎ見て息を吐く。そしてアルカリ―ナは振り返った。
「アルト」
「はい」
ビシッと姿勢を正すアルト。すっかり暗くなった巨木の上で、差し込んだ月明かりだけが二人を照らし出している。
「生意気言いやがって。ラスー一匹倒せない奴が」
そう言ってデコピンを一発。
「いてっ。あ、ラスーなら一匹倒しましたよ。将軍達を探している途中に。まぁ、無我夢中であんまりよく覚えていないですけど」
あははと笑うアルト。
「ふふっ。この戦いが終わったら、オレが直々に鍛えてやるよ。だからさ、死ぬなよ」
ポンと肩に手を置き、そう言った。
「はっ!」
アルトの返事を聞いて満足そうに振り返ったアルカリ―ナの胸中に、一つの痛みが走った。
――あいつ等には死ねと命じておいて、アルトには死ぬなと言う。ハッ。オレもオレが分かんないな。平等なはずなのに、そう扱えない。だが何だ?この心地良い矛盾は?
自分の中の矛盾に戸惑いながら、アルカリ―ナは歩を進めていくのだった。
「次回予告だッ! おい、アルト!」
「はい! 次回は『王都へと戻ったアルカリ―ナは、対魔物の作戦会議へと赴く。一方のアルトは、ガイハブらと共に訓練をするのだった』という話です」
「なーんかなぁ。その、うん……なーんかなぁ」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章8話――
「告白」
――歴史の歯車が動き出す――
 




