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5話・強き者・弱き者

待機を言い渡されたアルトは、意気消沈していた。一方のアルカリ―ナは、伝説の魔物の存在の有無を調べる為に、巨木の上を調査しているのだった。

 集落『テルミラス』で強大な魔物の存在を知った次の日、アルトを含む数人の兵士を残してアルカリ―ナ達はアーモ・マイデグリア(森を喰らう者)の捜索へと(おもむ)いた。残った兵は集落を警護しながら待つ。二日後の夜までに誰も戻らなければ、集落の住人を率いて疎開する任を負っており、緊張の色は隠せない様子であった。

 

「二日、か。長いんだか短いんだか……っておーいアルト、いつまで落ち込んでいるんだ?」


 茫然(ぼうぜん)とした表情で警護に当たるアルトに、アルトよりいくらか歳を重ねた兵士が話しかけた。いや、話し掛けたというより、右手の甲をアルトの胸にビシッと当て、軽い調子でからかっているのかもしれない。


「ラッドさん……僕は、僕はどうしたら良いんでしょう?」


 ラッドと呼ばれた男は、兜を脱いで黄色の短髪を風に晒す。首には紐を通した木彫りの指輪がぶら下がっており、軽い調子で行軍を明るく盛り上げるその姿を、正直アルトは好きになれなかった。


「暗い、暗いねぇ、アルトよぉ。ま、その質問に答えるなら、俺達は兵士だろ? 命令に従って任務に従事しなければいけない。それが答えだぜ?」


「それは……そうですけど」


 不満そうなアルトを見て、ラッドは小さく笑う。


「へっ。お前は、どうしたいんだ?」


「それが分からないから、聞いたんです」


 ――ついて行きたかったけど、僕の実力じゃ……

 アルトはそう思うと無意識に拳を強く握った。自分もこの国の兵士であると証明したかった。しかし、集落のヒト達を守る事も兵士としての責務である。それを考えると無理にでもついて行く等という事は出来るはずもない。討伐と守護。そのどちらが兵士として大事なのか、アルトは分からなかったのだ。


「へっ。自分のしたい事も分からないんだったら、なおの事命令に従っていれば良いだけだ。悩む必要も無い」


「でも、それじゃ――」


 アルトの横に並んでラッドは軽く笑った。隣に並んだラッドに日光が当たった姿を見ると、何故かアルトは言葉を飲み込んだ。気のせいか、いくらかアルトの表情は和らいだようにも思える。

 ――お、今の何かそれっぽくないか? 

 そうラッドは心の中で小さくガッツポーズ。ラッドはこういう男だった。言うなれば、カッコ付けたがり、お調子者とも言うだろうか。


「お前、将軍に惚れてんだろ?」


「は?」


 ラッドの突然の言葉に、アルトの思考が停止する。この集落に来る道中に散々皆からからかわれて来た。その度に否定し続けた事を、ここでまた蒸し返すのか。アルトの間の抜けた表情に溜め息を吐くラッド。


「ったく。は? じゃねーよ。それも分からないって言うのか?」


 呆れ顔のラッド。口をパクパクさせるアルト。


「ほ、惚れてるとかそう言うんじゃなくてですね……将軍は、その、目標です。あのヒトに追い付く、いやあのヒトを越える事が今の僕の目標なんです」


 冷静に言ったが、言い終わると再び沈んだ表情になる。

 ――だから今回、一緒に行けなかった事が悔しいんだ。

 アルトは心の中でそう思った。落とした目線の先には餌を運ぶ小さな昆虫の群れがあった。昆虫の長い行列に、アルトは(ねた)みに近い感情を向ける。


「……少し、訓練をしようか。先輩として、新兵の面倒を見てやるよ」


 沈んだ表情のアルトを見てラッドは再び兜を被り、ベルトで固定した。首飾りを鎧の中にしまうと、槍を片手に立ちはだかる。


「ラッドさん、僕はそんな気分じゃ……」


「自分のしたい事も、将軍に惚れたかも分からねぇクセに、気分は分かるのな。将軍に夜這い掛けた度胸はどこいったんだよ」


「よ、夜這いなんてしてませんよ!」


 ラッドの方を向き、アルトは大きく否定した。


「よーし、デカい声出るんなら大丈夫だな。訓練すっぞ」


 そう言うとラッドはアルトの腕を掴み、強引に連れて行った。




「ここで良いだろ。剣を抜きな」


 人気(ひとけ)の無い場所で、ラッドは槍を構えて言った。


「僕は……」


 アルトが何かを言い掛けた途端、首元に槍の矛先が突き付けられる。


「取り合えず今は言葉はいらない。剣を抜け」


 先ほどまでのお調子者の雰囲気を放つラッドでは無かった。そこにいるのは森林国『ウルバリアス』の上級兵士の姿であった。


「……分かりましたよっ」


 アルトは剣を抜き、突き付けられた槍を払った。


「そうそう、それで良い」


 ラッドは体を軸にし、槍を縦横無尽に振り回している。かなりの熟練度であろう槍の結界は、迂闊(うかつ)に飛び込めば無事では済まされない。攻撃射程も当然槍の方が長く、単純に考えてアルトは責める事が難しい。


「これは実戦訓練ですよね? それなら……」


 ラッドから距離を取り、魔素を集め出すアルト。魔法攻撃ならば、槍の間合いの外から攻撃出来る。アルトの様子を見て、ラッドはニタリと笑う。


「熱の力よ……トルト!」


 放たれた火の玉を、ラッドは槍で掻き消した。


「なっ……!」


「へっ。その程度じゃ、効かねぇ……よッ!」


 言い終わるより早く、ラッドは右手をいっぱいに伸ばし、最大リーチでアルトを攻撃する。咄嗟(とっさ)にアルトは剣で槍を逸らし、回避する事が出来た。


「くっ! そりゃあああ!」


「おらおら! もっと攻めて来いよ!」


 それからしばらく、ギンギンと金属のぶつかり合う音が集落に木霊するのであった。


※※※※※※※※※

 

 アルカリ―ナの拳に、ラスーの頭蓋が砕ける感触が伝わる。


「よし、この群れはコイツで最後だな。ガイ、こちらの損害は?」


「損害は無しです。しかし、思ったよりもラスーどもが多いですな」


 テルミラスを出てから半日、ラスーの小さな群れと遭遇する事3回。通常では考えられない接敵状況だ。


「あぁ。奴らも浮足立っているように感じられる。これはアーモ・マイデグリア(森を喰らう者)が本当にいるかもしれんな」


 アルカリ―ナの言葉に、ガイハブはゴクリと喉を鳴らす。


「将軍! 新たな敵襲でs――」


 ――大きな声を出すなと言っておいたはずなのに、どこの馬鹿だ。

 アルカリ―ナはそう思いながらも声の方を見やる。すると、行軍の一番遠く、声を出した兵士の頭蓋が粉砕されるところであった。


「ちっ。ガドルラスーか」


 そう呟き、腰に着けていた棍棒を手に取った。


「総員、援護しろ。目標、ガドルラスー……掛かれ!」


 ウハァウハァと雄叫びを上げながら、ガドルラスーはアルカリ―ナへ目掛けて頭蓋を粉砕した兵士を投げ付ける。


「ちっ。そういう事する奴は大ッ嫌いだ!」


 軽く避けたアルカリ―ナは(いきどお)り、魔素を集中させる。


「母なる大地よ。我に宿りて守護せよ。ガルック・コンスタス!」


 魔力が全身に巡り、アルカリ―ナの皮膚を硬質化させる。


「今度はお前の頭蓋骨を粉砕してやるよ!」


 地を蹴り一直線に敵に向かうアルカリ―ナを、ガドルラスーは口元を大きく歪ませて迎え撃つ。


「どりゃああああッ!」


 簡素な造りの棍棒を大きく振り被り、脳天目掛けて思い切り振り下ろす。ガドルラスーはそれを身体を捻って回避すると、素早いジャブを繰り出すが、アルカリ―ナは片手でそれを受け止める。


「遊びでやってんじゃないんだよ! こんな手抜きが効くと思うな!」


 鋭い目つきで睨まれたガドルラスーから、それまでのニヤけた表情が消える。ウガァと大きく鳴くと、反対側の腕でアルカリ―ナ目掛けて渾身のパンチを繰り出した。


「温いんだよっ。おらぁ!」


 パンチが届く前に、腹部に蹴りが入る。堪らず飛び退くガドルラスーに、兵士達の放った魔法が追撃していく。直ぐさま飛び退き、雄叫びを上げながら体術を繰り出すガドルラスーに、アルカリ―ナは素手や棍棒で応戦する。


「うるぁぁああ!」


 アルカリ―ナとガドルラスーの激しい応酬に、兵士達は援護のチャンスを掴めずにいる。ガドルラスーにほぼ密着状態での殴り合いが出来る兵など、森林国ではアルカリ―ナくらいなもの。その事もあり、見守る兵士は不謹慎ながらも高揚しているようだ。


「将軍! そこだぁ!」


「負けるなぁ!」


 そしてアルカリ―ナ自身、死んだ兵士には悪いと思いながらもこの状況を楽しんでいる自分に気付いている。

 ――こんな奴が英雄だんて……へっ。本当に止めてくれよな!


「ここだぁ!」


 激しい攻防は、アルカリ―ナに軍配が上がる。棍棒の一撃が腹部に直撃し、ガドルラスーは後方に吹っ飛んだ。


「オレの勝ちだ! 叩き潰せ! 岩石の大斧(おおおの)! ベイル・ガルク!」


 大きな岩石の斧を形成し、飛び掛かってガドルラスーに振り下ろす。咄嗟に腕で頭部を守るが、直撃を受けたガドルラスーの左腕は折れ曲がり、大きく悲鳴を上げた。


「今ので死んどけよ。これ以上続けても、お前に勝ち目は無い」


 アルカリ―ナの言葉の意味など魔物に伝わるはずは無いが、目に見えて怯えるガドルラスー。小さくウハァと鳴くと、立ち上がって一目散に逃げていく。夕暮れの巨木の奥に消えていく姿を見ながら、安堵する兵士達。


「ちっ。枝から枝へ……まぁ良い、オレ達の勝ちだ。進むぞ。死んだ奴の遺品回収を済ませろ」


 そう言って進もうとするアルカリ―ナに戦慄が走る。遠い枝の先。巨木の太い枝に、一匹の蟷螂(かまきり)の姿を見つけたのだ。その姿は大人よりも大きく、周囲の空間が異様に歪んで見える。全身から汗が噴き出した感覚に陥るアルカリ―ナは、真意を確認するよりも早く本能で叫んでいた。


「――総員ッ! 退避ッ!」


 見間違いであって欲しかったが、百戦錬磨のアルカリ―ナが自身の感覚を間違うはずもない。それは紛れも無く、アーモ・マイデグリア(森を喰らう者)だ。その巨大な蟷螂は、まるで焦るような素振りも見せず、ゆっくりと獲物を捕らえるように、アルカリ―ナ達へと向かって来るのだった。

「次回予告だッ! おい、アルト!」


「は、はい! えと、次回は『将軍が悔しがる話』です」


「その、なんだ……省き過ぎなんだよ、お前の次回予告は」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章6話――

「生と死と」


――窮地に一歩踏み出せる者を、真に勇者と呼ぶ――

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