4話・窮地はいつも突然に
次の集落へ辿り着いたアルカリ―ナ達は、そこで信じがたい情報を得る。
空に星が輝きだした頃、一行は『テルミラス』に到着する。結界が生きている。集落は無事な事に、一行は安堵した。兵達に集落の警護を命じ、アルカリ―ナは集落の長の家へと赴く。
「アルト、お前も来い。書記官代理だ。記録しろ」
「はっ」
アルトは荷物から紙と筆記用具を取り出し、小走りでアルカリ―ナについて行く。長の家に案内されると、中には青い髪に白髪が少し混じった中年男性がいた。この集落の長だろう。
「ようこそおいで下さいました。おぉ。これはこれは! 軍神様とお見受け致しますが……?」
驚きと喜びが混じった顔で立ち上がった長。
「アルカリ―ナ・ハッシュベルです。ウルバリアス軍で大将を拝命しております」
ウルバリアス軍は下級、中級、上級が一般兵。小位、中位、大位の隊長級に、少将、中将、大将の将軍級に大別される。
アルカリ―ナはこの国では有名人なので、行く先々でキャーキャー言われる事がほとんどだ。当然慣れてしまっているので、いちいち照れるような事も無い。
「おぉ! やはり! ささ、軍神様、何も無い所ですが御ゆっくりしてくだされ! 私はダクトロ・アーと申します。集落の長をしております。ささ、どうぞどうぞ」
座るように促され、アルカリ―ナはダクトロとテーブルを挟んで向かい合って座る。アルトも隣に座り、紙を広げて書記をする。
「この集落は魔物の襲撃にはあっていないのですか? この集落からも救援要請は出ていたようですが」
落ち着いた口調でアルカリ―ナは尋ねる。アルトからすれば、この姿が軍神だ。凛とした佇まいから紡がれる言葉は、聴く者を惹きつけ安心感を与える。
「魔物の襲撃は幸いな事に軽微なようです。我が集落は結界の張り直しを昨年行ったばかりでして、他の集落よりも堅固な結界となっております」
「ふむ? それならば救援の必要は無さそうですが……?」
「実は……近くの集落が救援を要請する際、ウチの集落の者が焦りましてな。お恥ずかしい話ですが、独断で王都へ向かってしまったようでして……」
「なるほど……」
「我が集落の周辺では、ラスーやキービット等の結界を破るほどの力を持たない魔物のみしか確認されておりません。まぁ、|最近は魔物を見掛ける事自体が少ない《・・・・・・・・・・・・・・・・・》ですが」
「それは幸運な事です。他の集落がどうなったかは……御存じで?」
「えぇ……残念な事です。我が集落もいつ結界が破られるか気が気でありません。しかし、こうして軍神様が国を巡回してくださっている。本当に安心しましたよ」
ダクトロがそこまで話すと、女性が二人にお茶を出す。
「ありがとうございます」
アルトとアルカリ―ナは軽く頭を下げる。
「あの、軍神様。少し、よろしいでしょうか?」
お茶を持って来た女性がおずおずと口を開いた。若いというよりは、まだ幼いといった容姿の青髪の女性は、ダクトロの娘のように見受けられる。
「エウナ、後にしなさい。すみませんね軍神様。私の娘でして……」
ダクトロは困り顔で制しようとした。
「構いませんよ。何でしょう?」
微笑むアルカリ―ナ。エウナに向かって少し顔を傾けると、緑色の髪がふわりと揺れる。
「実は私、見ちゃったんです。他のヒトに言ったら不安がられると思って、誰にも言っていないんですけど……」
「見た? 何をですか?」
「その、何て言ったら良いのか……大きな、とても大きな蟷螂が、集落の近くを飛んでいたんです。煌めく月を背にして、とても優雅に」
エウナが遠くを見つめて話すのを聞くと、失笑するダクトロ。
「蟷螂だぁ? エウナ、妄想は大概にしなさいと――」
「アーモ・マイデグリア……」
アルカリ―ナが呟くと、静まる室内。冷や汗を滲ませる彼女を、皆は固唾を飲んで見つめた。真剣な表情なアルカリ―ナの放つ重い空気に、室内は一気に戦闘前のような緊張に包まれる。
「ア、アーモ・マイデグリア? 何ですか?」
思わずアルトが聞いてしまう。書記官代理なのだから口を開く立場ではない彼を、アルカリ―ナは咎めなかった。
「伝説級の魔物だ。ウルバリアス王家に伝わる文献に記された魔物。その強力な鎌は、一撃で巨木の枝を両断すると言われている」
アルトは戦慄した。枝と言っても自身の体長の何倍もの太さがあるのだ。それを一撃で両断するとなると、想像しただけで冷や汗が出る。
「エウナさん、それはいつの事ですか?」
「一昨日の夜です」
「一昨日、か。見間違いであれば良いが……」
「エウナ、たまたま小さい蟷螂が大きく見えただけだろう? さ、向こうに行っていなさい」
「見間違いなんかじゃありません!」
「エウナ!」
椅子を倒して立ち上がるダクトロ。
「落ち着いてください。彼女が見たのが本当にアーモ・マイデグリアなら、結界など何の意味も無い。私達で確かめて参ります。もし二日経っても誰も戻って来ないようでしたら、王都へ疎開してください」
アルカリ―ナの真剣な表情からダクトロは全てを察した。これは、冗談等ではないのだと。
「それでは、何名かの兵は置いていきますので、疎開の際には彼らを頼ってください。アルト、行くぞ」」
そう言うとアルカリ―ナは席を立ち、一礼して踵を返す。
「――アルト、お前は居残り組だ」
ダクトロの家を出ると、月明かりの下でアルカリ―ナは言った。
「え? 近くにいろって言ったじゃないですか。僕も戦います」
「状況が変わった。アーモ・マイデグリアに接敵した場合、恐らく私達が束になって掛かっても勝てないだろう」
真剣な表情は眉一つ動かない。その強い眼差しを受けても、アルトはその言葉が信じられなかった。自身の思い描く最強の生物が勝てないという言葉を、アルトは信じたくも無かった。
「そ、そんなの嘘ですよね? だったら僕が囮に――」
「アルト、聞き分けろ。なに、まだ接敵すると決まった訳じゃ無い。エウナさんには悪いが、アーモ・マイデグリアがいると決まった訳でも無い。何しろ、百年以上昔に討伐されたという話が伝わっている」
「なら!」
「アルト・ミハイン下級兵!」
「は、はいッ!」
アルカリ―ナの堂々たる声に、アルトは思わず背筋を正す。
「アルカリ―ナ・ハッシュベルが大将として命じる。集落へ残り、二日経っても我々が戻らない場合は王都へ向かい、今回の行軍の報告をせよ」
「――はっ」
「よろしい。では、今日は休め。偵察は明日早くから始める。民を頼んだぞ」
そう言って他の兵達を収集し、軍議を開く為に借家へと入って行く。その顔は今朝見せたような柔らかい笑顔ではなく、近寄り難さを出す『軍神』そのものだった。
「……嘘だろ、こんなの嘘だろ」
アルカリ―ナが去ったその場で、アルトは自分の無力さを悔やんだ。悔やみきれない怒りがやがて涙となって頬を伝う。
――僕はやはり、まだ兵士ですら……ないのか。
夜風に揺れる巨大な葉のザワめきを聞きながら、アルトはしばらく拳を握り締めて立ち尽くすのであった。
「次回予告の時間だッ! おい、アルト!」
「は、はい! えと、次回は『将軍が魔物を圧倒する話』です」
「お、なんだ、オレの活躍する話だって? 良いじゃん良いじゃん♪」
――伝わる事、伝える事、伝わらぬ事――




