3話・平和的な行軍
ガイハブと酒を酌み交わし、酔っぱらったアルトが向かった先とは……
「将ぉ軍! アぁルカリ―ナ将軍!」
アルカリ―ナが拝借している空き家のドアを思いきり開けたアルトは、ズカズカと中に侵入していく。
「なんだなんだぁ? 敵襲か?」
軽鎧をモソモソと着込みつつ、アルカリ―ナが部屋から出て来る。
「いえ! 将軍にぃ話があってぇ来ました!」
右手を胸に、両足を揃えて行儀良く挨拶するアルトに、アルカリ―ナは面食らった表情を向ける。
「ったく。寝付いたトコだったのに……ふぁあ。で? オレに話? なんだよ?」
「はい! 僕、将軍をぉお伽噺や空想上の人物だとぉ思ってぇいましたぁ」
「はぁ? 何言ってんだ? 頭でもぶつけたのか?」
心配そうというより、気味悪がってアルカリ―ナは一歩引いた。
「でも違くってぇ、将軍は僕と同じヒトで、飯も食うしクソもするし、じゃなくて……」
「お、おい。お前本当に大丈夫か? 一旦落ち着け、な? よく見れば顔も赤いし……あ、フラフラしてるじゃないか。ってか酒臭っ」
そう言われて初めて、アルトは自分の視界が揺れている事に気付く。
「いえ、酔ってませぇん! とにかくですねぇ、僕はアルカリ―ナ将軍と一緒に戦いたいんれす! 将軍を守れるくらいに強くなりたいれす! 退役なんて出来ましぇん!」
顔を近づけるアルトに、アルカリ―ナは困り顔だ。両手でグイグイとアルトを押しのけるが、彼は尚もアルカリーナに詰め寄って来る。
「わ、分かった! 分かったから落ち着け!」
「落ちちゅいてまひゅよ!」
いよいよ呂律が回らなくなったアルトは、ずりずりと壁に寄り掛かる。その様子を見てアルカリ―ナは困り顔で頭をポリポリと掻いた。
「……ったく。来い。取り合えず休め」
アルトは迷惑そうにするアルカリ―ナに引っ張られ、彼女が使っていた部屋のベッドに放り投げられる。
「わっぷ。ぼ、僕は退役なんてしましぇんから!」
赤い顔でそう言うアルトを、呆れ顔で見守るアルカリ―ナ。
「誰だよコイツに酒飲ませたの……そんな事すんの、ガイしかいないな。面倒起こしやがって、あのオッサン」
「ガイさんはね! 良いヒトでしらよ! 将軍を英雄視し過ぎるなってぇ、教えてくれまひたぁ」
ベッドの上で瞼を重そうにしながら、アルトは回らない舌で言葉を紡ぐ。
「あー……分かった分かった。分かったからお前はまず寝ろ。明日ゆっくり聞いてやっから」
面倒臭そうにアルカリ―ナがそう言うと、寝転がったままアルトは右手を胸に当てる。
「了解でぇあります!」
そう言うとパタリと大の字になって眠ってしまった。グゥグゥと気持ち良さそうな音を出している。
「……早ぇよ」
アルカリ―ナは呆れ顔で溜め息をついた。
「しかし……オレを守れるくらい強くなりたい。か。ふふっ。期待するよ、新兵くん」
呆れ顔とも優しい笑顔とも取れるような表情で、アルカリ―ナはアルトの寝顔をしばらく見ているのであった。
「――本ッ当に申し訳ありませんッ!」
次の日の朝、リビングのテーブルで茶を飲むアルカリ―ナに、アルトは体が折れるくらいに目一杯お辞儀している。
「あっはっは! 別に構わないよ。お前の気持ちは伝わったしな」
「ぼ、僕の……気持ち?」
アルトは冷や汗を掻く。酒のせいで、昨日の記憶が所々ハッキリしない。
――僕、将軍に変な事言ったのか?まさか勢いで告白なんてしてないだろうな……?
「あぁ。オレと一緒に戦いたいってんだろ? ガイのオッサンに何か言われたみたいだけど……ま、少しは兵士として自覚も出たようだし、昨日退役を勧めた事は撤回するよ」
そう言ってニヤリと笑った。アルトは嬉しかったと言えば嬉しかったが、それだけに自分が何を言ってしまったのかが気になってしまう。
「とりあえず座れよ。飯にしよう。糧食しか無いけどな」
「あ、で、でしたら、少し僕が手を加えますよ」
「おっ? なんだ、料理できんのか?」
嬉しそうな顔で前のめりに聞くアルカリ―ナ。キラキラと輝く瞳はまるで子どものようだ。
「少しですけど。材料も少ないですので、糧食に手を加える程度ですが、よろしいですか?」
「よろしいよろしい! 行軍中の一番の問題は飯だからな! 料理人同行させようって提案してガーデナに怒られるんだよ……」
「ガーデナ? あ、女王様も軍議に出るんですか?」
アルトが準備をしながら尋ねる。調理場の棚をゴソゴソと物色し、使えそうな調理器具を出しているようだ。
「あ、あぁ。ガーデナ……様も軍議に出る時もある。まぁ、たまーにだけどな」
「そうなんですね。女王様と仲が良いんですね、将軍て」
「ま、まぁな。年も同じだし、小さい頃から一緒に学んだりしてるからな」
「へぇ……あれ? 将軍て貴族でしたっけ?」
アルカリ―ナの素性は、公開されている物では平民になっているはず。そうアルトは記憶していた。平民であれば、当然王族と同じ学び舎で学べるはずもない。
「へぁ!? きき、貴族じゃねぇよ」
分かり易く動揺している。
「え? ならどんな――」
「い、いいから早く作れ、な? 今日中にもう一つの集落に行く予定だぞ」
「あ、はい。少々お待ちください」
糧食を鉄板に移し、火で調理を始めるアルト。
「ふぅ……」
そんなアルトに気付かれないように、アルカリ―ナは心の中で胸を撫でおろした。
「――それでは、次の集落に向けて出立する。目的地、『テルミラス』」
「「「はっ!」」」
この集落『エードウ』の門を抜け、半日ほどの距離にある『テルミラス』に向かって一行は歩き始めた。兵士達に疲労の色は無く、兵の風格を漂わせる彼ら。その中でアルト一人だけが不安そうな空気を漂わせていた。
「おい、えーと、何だっけ、新兵」
少し進んだ時、アルカリ―ナがアルトに近づいて肩を叩く。
「僕ですか? アルトです。アルト・ミハイン下級兵です」
「そうそう。アルト、お前しばらくオレの近くにいろ」
アルカリ―ナの言葉を聞いて、アルトではなく周囲の兵士達がザワめく。そのザワめきを聞いて不思議そうな顔のアルカリ―ナと、顔を赤らめるアルト。
「だッはッは! 余程気に入られたようだな、小僧!」
ガイハブに背中を叩かれ痛がるアルトに、他の兵士はヒューヒューと茶化すようにヤジを飛ばす。実は今朝、アルカリ―ナの泊まる家から出てきたところを、他兵士に見つかって茶化されたのだ。
「ち、違いますよ皆さん! そんなんじゃ無いって言ったでしょう!?」
その様子を見てアルカリ―ナは察したように溜め息をつく。
「はぁ。ったく。お前らなぁ、馬鹿な……」
言い掛けて何かを思いついたのか、小さくニヤケている。
「ふふーん。そうだな、オレも良い歳だし、帰ったら真剣に考えてみるかぁ。な、アルト?」
肩を組み、顔を近づける。整った顔立ちが悪戯に微笑み掛け、アルトは分かり易く緊張してしまっている。
「なななっ! 何を言ってるんですか将軍!」
「何をって……なに、昨晩のお前が言った熱い言葉に胸を打たれただけさ。オレを守りたいって言ってくれたじゃないか……」
伏し目がちにそう言うアルカリ―ナ。周囲の兵士は拍手までして盛り上がっている。
「やるな! さすが新兵のクセに将軍に夜這い掛けるだけの根性ある奴だ!」
「将軍と一夜を共にしただけあるな!」
ワーワーと盛り上がる集団は、行軍中の兵士というより、酒場で騒ぐ酔っ払い集団だ。
「よ、夜這いって!? 皆さん誤解ですって! そ、それに将軍と僕と、歳も離れてますし、そんなつもりは……」
「歳? オレは26でお前は?」
「19です……」
「問題ねぇ! 俺の女房も年上だぁ」
ガイハブはアルトの背中をバンバンと叩いて茶化している。
「痛い! 痛いですってガイさん! それに歳とかじゃなくてですね……」
「何だ、恋人でもいるのか?」
「いえ、いませんけど……」
「なら良いじゃねぇか、ねぇ? 将軍!」
「そうだな。それとも何か? オレには興味無いってか?」
少し寂しそうに言って見せるアルカリ―ナ。もちろんこれは演技である。
「い、いえ、興味が無いとかそういう事では……」
本気で困っているアルトを見て、堪えきれなくなったアルカリ―ナは離れて爆笑した。
「あっはっはっは! あー。からかい甲斐があるな、お前。あー。腹痛い。お前ら、冗談はこの辺にしておくぞ」
「え? 冗談だったんですか?」
「てっきり本気かと……」
ザワつく兵士達。その様子を見てアルカリ―ナは呆れたように溜め息をつく。
「はぁ。本気な訳無いだろう。だがなアルト、しばらく近くにいろというのは本当だ。お前は他の兵に比べて弱過ぎる。初陣で死にたくないだろ?」
「そ、それは――」
アルトの背中をバンと叩くガイハブ。
「行け。折角の機会だ。将軍の戦いをもっと近くで見て学べ。ただ見るんじゃねぇぞ、しっかりと吸収しろよ」
「ガイさん……分かりました」
アルトにしてみても、絶交の機会である事は分かっていた。強くなる為に強者の戦いを間近で見る事は大いに意味のある事だからだ。
「よし、決まりだな。行軍再開するぞ」
「「「はっ!」」」
一行は再び『テルミラス』に向けて進軍していくのであった。この先に何が待ち受けているか、知る由も無く……
「次回予告の時間だッ! おい、アルト!」
「は、はい! えーと、次回は『将軍が中年男性と話をする話』です」
「薄々思ってたけどな、お前ワザとやってないか?」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章4話――
「窮地はいつも突然に」
――運命以上に気まぐれな存在など、有りはしない――
 




