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2話・英雄と呼ぶな

軍神アルカリ―ナと、新兵アルト。純粋なアルトの言葉は、アルカリ―ナにとっては嬉しいモノでは無かった。

 魔物の活性化という事象が発生し、各集落への救助が派遣されている現在、アルカリ―ナ達は首都から割と遠い集落である『エードウ』へ来ていた。


「生存者、確認出来ません」


 アルカリ―ナにその報せが入ったのは、彼女が集落に入って割と直ぐだった。


「……そうか。犠牲者の遺体を集め、火葬する。準備を急げ。その後この集落にて夜を明かす。空いている家の設備の使用を許可する」


「「「はっ」」」


 命令した後、散っていく兵士を見送りながらアルカリ―ナは唇を噛み締める。

 ――分かってはいた。分かってはいたが……くそ!

 そう彼女は思い、自身の不甲斐なさを恥じた。同時にアルトに言われた言葉を思い出す。


『貴女は英雄なんです』


「――オレは……英雄なんかじゃないッ」


 また救えなかった、そんな思いがアルカリ―ナを締め付ける。英雄などという呼び名は、彼女にとっては最早の呪いのようであった。国が集落の救助を決定した時、もう既に手遅れになっていた集落も多々あった……とアルカリ―ナは聞いていた。その事を悔しがり、眠れぬ夜を過ごした彼女に、アルトのような新兵の眼差しや憧れが気持ち悪く感じていたのだ。


「……くそッ」


 拳をギリギリと強く握って震える体を見守るのは、彼女の立つ巨木のみであった。




 火葬も終わり、夜明かしの為に番を決めた後、兵士達は空き家となった家屋に入って行く。この行軍中唯一の女性であるアルカリ―ナは、一人で夜を明かす事になる。ザワザワ揺れる巨大な葉っぱに、隙間から差し込む月明かり。彼女が愛する母国の日常的な夜だ。


「――勇者、英雄、王、民……」


 呟きながら彼女は手にしたグラスを傾ける。中に入った果実酒の甘味と爽やかな香りが鼻を抜け、その安らぎから彼女は溜め息を漏らす。腰掛けた出窓から、外で番をする兵士を眺める彼女は、身に着けていた軽鎧を脱いで薄着一枚だったが、酒のせいで肌が赤らんで暑そうだ。


「同じヒトじゃないか。何故そうも違いを付けたがる? オレには……分からないよ」


 彼女の呟きは誰の耳に入る事も無く、夜の巨木に飲み込まれていった。兵士達の話し声が遠くから聞こえ、時折笑い声さえ聞こえてくる。きっと怒られると思っているのだろう。笑い声の後は決まって静寂が訪れるのだ。


「八ッ……誰も怒りゃしねぇのに。ってかオレも混ぜろよなぁ」


 傾けたグラスの中身が喉を通り過ぎ、彼女は溜め息を漏らす。『英雄』『軍神』等と彼女が呼ばれるのは、単純に彼女が強いからだ。活性化以前から魔物を討伐し、暴動があれば鎮圧。『ウルバリアス』において彼女は最強だと、国民が認めている。それ故に彼女は孤独だった。唯一の友人は女王のみ。


「暇だ。寝るか」


 彼女は埃被ったベッドをバンバンと叩くと無造作に横に転がった。舞う埃は開いた窓から吹き抜ける風で散っていく。差し込む月明かりを少し目障りだと思いながら、アルカリ―ナは夢の世界へと落ちていくのだった。


※※※※※※※


「おめぇ、アルトっつったか?」


 日中アルトと話していた中年兵士が、空き家の中で言った。兜を脱いだアルトは汗で蒸れた頭を夜風で冷やしており、気の抜けた顔をしている。


「はい。えと……そう言えば、名前聞いてませんでしたね」


 ボサボサになった赤い髪を掻きながら言うアルト。


「俺ぁガイハブってんだ。一応上級兵。ま、中級で(くすぶ)ってて、最近上級になったんだがよ」


 そう言ってアルトの前にドカッと座る。二人とも床に座り、空き家には他に誰も居なかった。


「それは……失礼致しました! ガイハブ上級兵殿」


 アルトは立ち上がって右手を胸に当てる。


「あー。良い良い。座れ座れ。別にどうしようってんじゃねぇ。ただ少し話がしたくってよ」


 そう言って取り出したのは酒の入った瓶だった。


「それは……」


 アルトの声に口角を上げるガイハブ。その禿散らかった頭に、キラリと月明かりが反射している。


「調理場の奥にあった。酒なら保存効くだろ。どうだ、一杯」


 木製のコップを二つ取り出し、一つをアルトに差し出す。


「あ、いえ……行軍中ですし……軍神様に怒られてしまいます」


 両手を軽く振り、断るアルト。


「へッ。真面目なこって。ま、その真面目さ嫌いじゃねぇ」


「はぁ。ありがとうございます……? それで、話とは何でしょうか?」


 トクトクと注がれる透明な液体が月明かりでキラキラしている。目を細めてガイハブはそれを見つめている。


「――小僧、あんまりアルカリ―ナ将軍を英雄扱いし過ぎるんじゃねぇよ」


「え?」


「俺ぁよ、一兵卒として何度も行軍に参加してるけどよ、あのヒトもただのヒトさ」


 酒を一口飲み口元を緩ませるガイハブを、アルトは怪訝(けげん)な表情で見つめ、口を開いた。


「本人がどう思おうが、軍神様がした事は偉大です。魔物に苦しむヒト達がどれだけ彼女に救われてきたのか……この行軍だってそうでしょう? 魔物の活性化なんて理不尽な事が起きて、ウルバリアス中の集落が危機に瀕している」


 アルトは立ち上がる。握り絞めた拳に、キラキラ光る瞳。まるで自身の好きな物語を嬉々として語る少年のようである。


「この状況を打破すべく、軍神様は本来の王都防衛という命令に反発してまでこの行軍を指揮されているのではないですか! 志願者を募り、命懸けで!」


 チビりと酒を飲むガイハブの頭上から、口早に浴びせるように言葉を吐く。


「この行動が偉大だとヒトは思うのです! ただの絵空事じゃない、実行出来るだけの力を持った人物……だから軍神様は英雄なのです。決めるのは本人じゃない。ウルバリアスに住む、国民です」


 言い終わり、満足そうに肩で息をするアルトに、ガイハブは溜め息を吐いて真っ直ぐ目線を向ける。


「小僧があのヒトを英雄視するのは構わねぇ。たぶん本人もそう言わぁな。だがな、お前は一般の国民じゃねぇ。兵士だ」


「分かっています。僕は軍神様を少しでも近くで見たくて、背中を追い掛けて、いつか僕も英雄と呼ばれるくらい強くなりたいんです」


 ガイハブは首を横に振る。


「遠くだ近くだ、そんなん関係ねぇ。お前は何も分かっちゃいねぇ。俺達兵士は、将軍と肩を並べて戦わなきゃならないんだ。本来なら将軍よりも前に出なきゃならねぇ。背中を追い掛けるんじゃねぇんだよ」


 ギロリとしたガイハブの眼に圧倒されるアルト。


「わ、分かってます! 軍神様の背中を追い掛けるというのはただの比喩表現で――」


「ならアルカリ―ナ将軍(・・・・・・・・)と呼べ。ただの国民だけだ、将軍を『軍神』や『英雄』と呼ぶのは。共に戦場を駆けるつもりなら、将軍を将軍としてみるんだ。絵空事の中の人物じゃなく、きちんと全てを見ろ」


「っ。そ、その事と軍神さ――アルカリ―ナ将軍を英雄扱いし過ぎるなというのは、何か関係あるんですか……?」


 ゆっくりと座るアルトの目の前に、ガイハブは酒をコップに注いで置いた。


「将軍、今頃酒飲んで良い気分になってるだろうさ」


「――は? 行軍中の飲酒は基本的に禁じられているはずですが……」


 ウルバリアスは巨木群の上にある国である。その為、足場が不安定な箇所が多い。その上で戦う事になる兵士達に、平衡感覚を狂わす酔いは天敵なのだ。


「決まりなんて進んで破るし、飯だって食うし、クソだってすらぁ」


「そ、そんなの当たり前じゃ……」


「ヒトを助けられる事もあるし、助けられない事もある。俺ぁ悔しそうに唇を噛み締める姿を何度も見てきた」


「……」


「言ったろ? 将軍もただのヒトだ。豪快そうに振舞ってるが、結構繊細なお方だ。国民からの期待の重圧だけでも凄いってのに、同じ兵士である俺達が更に重くしてどうするんだよ」


 ガイハブの言葉にアルトは反応出来なかった。自身が抱いてきた憧ればかりで、その憧れと同じ舞台に立つ覚悟など、いやそれ以前に同じ舞台に立てると想像する事すら出来ていなかったのだ。

 アルトはコップを手に取り、一気に空にした。喉を通過する酒を感じる度に、彼は目を強く瞑る。酒には慣れていないのであろう。


「ガイハブ上級兵殿――」


「だッはッは! 良い飲みっぷりじゃねぇか。ガイで良い。なんならオッサンでも良いぜ」


「……」


「……」


 沈黙が場を支配するが、場の空気は和やかであった。壊れた窓から外の音が入って来る。揺れる葉の音に、番をしている兵士の話声。そのどれもがアルトには自分を諭しているように聞こえた。

 空になったコップに酒を注がれながら、アルトの頭の中でアルカリ―ナの言った言葉がグルグルと繰り返される。

 

『オレはオレだ。それ以外の何者でも無いつもりだ』


 その時の少し悲しそうな表情が頭から離れない。

 ――そうか、僕は兵士なんだ。もう憧れて見ている側じゃない。共に戦う側なんだ。


「僕、僕は新兵のつもりでした……でも、まだ兵士になれてすらいなかったのですね。僕は馬鹿だ。これじゃあ、将軍から退役を勧められても文句は言えないな」


 自虐気味に笑うアルトを見て、ガイハブは少しだけ口元を歪ませる。それが照れ臭いのか、アルトはグビグビと酒を飲み干していく。


「なんだ、退役を勧められたのか。で、どうするんだ? 辞めて一国民に戻っちまえば、好きなだけ英雄視して綺麗な物語を見ていられるぜ?」


 酒を注ぎながら、ニタリとガイハブは笑う。


「しょんなの、嫌に決まっています。僕は英雄になりたいんです。同じ戦場で戦って、いつか僕が軍神と呼ばれるくらいになってやりあすよ!」


 グイっと傾けたコップから、酒が一気に無くなっていくのは何度目か。空になったコップを床に置くと、真っ直ぐな瞳でガイハブを見る。


「だッはッは! ホント、良い飲みっぷりだ。言ってる事はさっきから変わらねぇのに、少しは良い顔になったじゃねぇか」


 嬉しそうに酒を飲み干すガイハブ。空になったコップを床にトンと置き、遠慮する事無くゲップする。


「――注がしぇて頂きます」


「お、すまねぇな」


 トクトクと酒を注ぎながら、アルトは思った。

 ――軍神様、いや、アルカリ―ナ将軍と話がしたい。僕は将軍をお伽噺(とぎばなし)の人物か何かかと勘違いしていた。でも、そうじゃない。将軍も僕達と変わらないヒトなんだ。


「どれ、じゃあ今度は俺が」


 アルトから酒瓶を受け取り、コップに注ぐ。


「――ガイさん、僕……将ぉ軍の所に行ってきあす!」


 すっかり呂律(ろれつ)が怪しくなったアルトは、なみなみと入った酒を一気に飲み干して空き家を飛び出していった。


「お、おいッ!? 小僧ッ!?」


 ガイハブの声は届いているだろうが、構う事無くアルトは駆けていくのだった。


「思い込みの激しい奴だな。ま。これも若さ……てか」


 一人残されたガイハブは、糧食を肴に旨そうにコップを傾けていくのであった。

「次回予告の時間だッ! おい、アルト!」


「は、はい! えーと、次回は『僕が行軍中に茶化される話』です」


「……だからさ、どの層に需要あんだよ、そんな話……」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章3話――

「平和的な行軍」


――幸せな日常は後に大きな傷になる――

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