1話・ウルバリアスの軍神ちゃん
エータ達が森林国を去った後の話です。
「ふっふふーん♪」
森林国『ウルバリアス』の巨木の上、鮮やかな緑髪のショートカットの女性が鼻歌混じりで軽快に闊歩している。太い木々は彼女が歩いたくらいではビクともせず、雄大に高くそびえ立っていた。吹き抜ける風が巨大な葉を揺らし、その隙間から射す木漏れ日が美しい。緑髪の女性は整った顔立ちを微笑ませ、まるで散歩でもしているかのように気持ち良さそうだ。ただ一つ違和感があるとすれば、彼女が着ている服が軍服である、という事くらいだろう。
「アルカリ―ナ様! ちょ、ちょっとお待ちくださいッ」
後方から叫びながらドタドタとついてくるのは、ウルバリアスの正規兵士達だ。アルカリ―ナと呼ばれた女性は、小規模の部隊を率いて巡回しているようだった。
「おっそいんだよ。それに、デカい声を出すと魔物が寄ってくんぞ? まぁ、オレは構わないけどよ」
くるりと振り返ったアルカリ―ナは、肩で息をする兵士達を見やると溜め息をつく。可憐なその容姿に相応しくない言葉遣いだ。
「はぁ。お前らなぁ。今日中に次の集落に着かないといけないって分かってる? 足手まといになるんなら、帰ってから訓練増やすぞ?」
「ひぃ! そ、それはご勘弁を……」
狼狽える兵士達を見てアルカリ―ナはニヤリと笑う。
――よーし。
何か悪だくみを考えたのだろうか、彼女は腕を組んで兵士達を見下すように仁王立ちした。と言っても身長は兵士達の方が高く、傍から見れば滑稽でしかない。
「そうだな、最近は勇者とか出てきたし、オレ達も負けてらんないよなぁ」
彼女のニヤけた顔は、兵士達からすれば恐怖でしかないようだ。
「ア、アルカリ―ナ様、勇者の仲間と引き分けたからって俺達に当たらなくても……」
誰かがボソりと言った言葉を聞いて、ニヤケていた彼女は一気に真顔になる。
「ば、馬鹿! お前――」
「オレは本気じゃ無かったんだよ。何回言ったら分かんだよ? あ?」
失言をした兵士にヅカヅカと近づき、ガシリと胸倉を掴みながら、物凄いドスの効いた声を出す。
「ももも! 申し訳ございません!」
失言兵士は直立して叫んだ。すると、キャーキャーと高い鳴き声が近づいてくる。その声を聞いたアルカリ―ナは兵士を離し、口角を上げた。
「そら見ろ。ラスーどもが集まって来やがった。迎撃するぞ」
「「「はっ!」」」
ラスーの群れがアルカリーナ達を遠巻きに取り囲み、キャーキャーキーキーと騒ぐ。数にすれば三十匹程度であるが、兵達は全部で十人程度。単純に数なら三倍だ。
用意が整ったのか、キャーと煩く鳴きながら、アルカリ―ナ目掛けて二匹のラスーが飛び掛かってくる。
「ははっ。良いじゃん良いじゃん! 命知らずな連中は――」
一体目の頭蓋をパンチで叩き潰し、二匹目を勢いをつけた後ろ回し蹴りで粉砕したアルカリ―ナは、先ほどよりも嬉しそうにニヤリと笑った。
「嫌いじゃない」
早々に二匹の仲間を失ったラスー達は怒り、一斉に飛び掛かって来た。
「よっし。戦闘開始! 遅れんなよ!」
「「「はっ!」」」
アルカリ―ナの掛け声で兵士達は一斉に前に出る。作戦など有りはしない。日々の訓練のお陰か、三人ずつが近くに寄り、互いを守るように布陣している。
兵士達が次々とラスーを迎え撃っていく中、一人だけ動きの悪い兵士が目立つ。おたおたとしてロクに剣も振れていない。
「ひぃ! うぉ!?」
「アイツ……若いな。新兵か?」
アルカリ―ナは呟きながらも、ラスーの群れを殲滅していくのだった。
「――なんだもう終わりか。つまらん。行くぞ」
あっという間にラスーの群れを全滅させ、アルカリ―ナ達は歩を進める。
「つ、強ぇ……」
動きの悪かった若い兵士が呟くと、近くにいた中年の兵士が肩に手を置いた。
「お前、今回が初めてか? アルカリ―ナ将軍との行軍は」
「あ、はい。自分は新兵ですので、行軍自体が今回が初めてです」
「そうかそうか。初行軍で将軍の戦いが見れるとは、運の良い奴だな」
歩きながら話す兵士達。彼らの武器はほとんど汚れていない。
「はい。『軍神』様に憧れていましたから、本当に嬉しいです」
と話す若い兵士にガバっと肩を組むアルカリ―ナ。返り血を拭い、サッパリとした様子で笑う彼女はとても美しかった。肩を組まれた兵士は少し頬を赤らめた。
「なんだ? オレに憧れてるってぇ? お前、名前は?」
「はっ! ア、アルトと申します! アルト・ミハイン下級兵であります!」
直立して大声で答える若い兵士。兜や服に『着られている』といった出で立ちが、他の兵士から浮いて見える。
「だから大声で言うなっての。魔物が寄って来るだろうが」
パシっと頭を叩く。呆れ顔のアルカリ―ナに、周囲の兵士達はくすくすと笑っている。
「すす、すみません!」
またも大きな声で。今度は拳骨が飛んだ。アルトの兜をガインガインと揺らし、周囲の兵士はまたも笑っている。
「はぁ。しょうもねぇ奴。ま、オレに憧れてるってんなら、精々死なないでついて来いよな」
スッと離れて軽快に闊歩して行くアルカリ―ナ。続く兵士達。アルトはそれらを胸に右手を当てて直立して見送った。
「――何してんだ馬鹿。行くぞ」
アルトは中年兵士に引きずられていくのだった。
「――えっと。ここが……『エードウ』だな」
壊された門のようなモノに書かれた文字を読み、アルカリ―ナは小さく言った。破壊された集落を見れば、最早生存者がいない事は明白だった。
道中に再びラスーの群れを殲滅し、予定よりも遅くなっていたが、到着した事に兵士達は安堵の表情を浮かべていた。しかし、その表情が再び険しいモノになるのに、時間は掛からなかったようだ。
「よーし。各員生存者の捜索だ。警戒は怠るな」
「「「はっ」」」
ぞろぞろと集落跡地に入って行く兵士達。その様子を感じつつ、ザワザワと揺れる大きな葉を、アルカリ―ナは見つめて立つ。その横を通り過ぎようとするアルト。
「あ、新兵。お前はちょっと来い」
思い出したかのように、アルトの首の後ろをガッシリ掴んで捕まえる。
「ぐぇ。りょ、了解であります」
「お前、今回が初行軍なんだって?」
「ごほっ……そ、そうであります」
「お前さ、今日の戦い見てたけど……才能無いよ。王都に戻ったら退役を勧める」
アルカリ―ナは揺れる葉を見ながら言った。アルトに振り向かせないのは、気まずさからか。
「そ、そんな……いきなり何を」
「んー。最近は魔物強くなってるからなぁ。手遅れになる前にと思ってな」
バシッと腕を振り解き、アルトは素早く振り返る。
「お?」
「ぼ、僕は! 僕は英雄になるんです!」
アルトはしっかりとアルカリ―ナを見て言った。予想外の反応だったのか、アルカリ―ナは視線をアルトへと移した。
「僕は、貴女のような英雄になりたくて志願しました。強く気高い貴女に憧れているんです……!」
真っ直ぐな瞳を見たアルカリ―ナは、目を細めて笑う。
「そう。オレに憧れてる、か。目の前で言われると、悪い気はしないけど、良い気もしないモンだな」
「……」
直立しているアルトの肩に、ポンと手を置くアルカリ―ナ。
「オレを英雄視するのは構わない。それはお前の勝手だ。でも、オレはオレだ。それ以外の何者でも無いつもりだ」
「……はっ」
「でもさ、やっぱりオレは退役を勧めるよ。お前は戦いに向いて無い」
「……」
集落跡地に入ろうとするアルカリ―ナの背中に向かって、アルトは言った。
「それでも貴女は、この国の英雄です。今回の活性化が始まる前から魔物に苦しめられてきたヒト達にとって、紛れも無く英雄なんです」
「ハッ。オレが好きで魔物を狩ってるんだ。御大層な理念がある訳じゃない。話は以上だ。お前も生存者捜索に混ざれ」
「……はっ」
一足早く集落跡地へ入って行くアルカリ―ナの背中を、アルトは黙って見送った。その背中は小さかったが、アルトにとっては遠くにある巨大な岩のように思えた。そしてその背中が集落に入って行ったのを見届けると、彼は踏みしめるように一歩、足を前に出したのだった。
「次回予告の時間だッ! おい、アルト!」
「は、はい! えーと、次回は『集落跡地で新兵が中年兵士と酒を飲む話』です」
「どの層に需要あんだよ、そんな話……」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章2話――
「英雄と呼ぶな」
――目に見えない所で、歯車は動きだす――




