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5話・親娘って、意外と似るものなのかもね

実家に帰ったフィズは久しぶりの家族との団らんを満喫する。楽しい時間に、護りたいモノを再認識するフィズだが……

 小高い丘の屋敷の一室。一組の男女が窓辺に寄り、庭を眺めている。所狭しと並ぶ美しい街並みが陽の光に照らされ、反射光が爛々と眩しそうである。


「いよいよですね……お兄様」


「あぁ、そうだな。ようやく我々の悲願が果たされる」


 男はそう言うと、ニヤリと口元を歪ませた。


「そうですね。神に感謝しますか?」


「ふっ。お前が冗談を言うなんて珍しいな。リアリス」


「ふふ。機嫌の良いお兄様を見ていたら冗談の一つも言いたくなります」


 リアリスと呼ばれた女性は、腰まで伸びた暗い赤色の髪をなびかせて男の腕に自らの腕を絡ませる。

 男は妹と同じ暗い赤色の髪を、ゆっくりとかき上げた。長髪がサラリと流れ、石鹸の香りが漂う。


「……お兄様。勇者の力は期待できるのでしょうか?」


「ふっ。勇者の力なぞ、半分くらいしか期待はしていない。奴らはただ、カギだ。我らが奴らへ至る為のカギに過ぎない。カギ無くしては我らの悲願は達成できないのだ、手助けをしていく必要があるさ」


「はい。心得ております。しかし――」


 男はリアリスの頭に手を軽く置き、微笑んだ。


「大丈夫だ。私達だけではない。仲間達と力を合わせれば、きっと」


「……はい」


「お前の働きにも期待しているぞ、リアリス」


 そう言って男は、置いた手を優しく動かした。


「――はい! お兄様の為なら、何だってやります!」


 窓の外では大きな鳥の群れが大きく旋回しながら、逃げ惑う小さな鳥の群れを追っている。


「……我らは家畜などでは無い、空を飛ぶ鳥のように、自由だ。それを証明しよう。私達の力を以って!」


 男の透き通るような青い目が、ギラギラと獲物を見据えて輝いているようであった。


※※※※※※※※※※


「美味しー!」


 昼営業が終わった後の私の家。私の食べている物はお父さんの作った勇者定食。やっぱり私の好物を定食にしただけあって、私の口に合う。使っている材料や、技術的なものはお城の料理とは比べものにはならないけど、私はこっちの方が良いや。


「ははは。フィズ、慌てて食べると喉に詰まっちゃうぞ」


 お父さんはそう言いながら水をコップに注いでくれる。なみなみ注がれた水が零れそう。

 さっきまでの不思議な恰好は止め、私の知っている優しい顔のお父さん。


「ぶぁって……んぐ。美味しいんだもん」


「こらこら、食べながら喋っちゃダメよ」


 隣に座ったお母さんからの注意。久しぶりで楽しい食事。色んな事を話した。

 兵学舎の訓練の事、勇者になった経緯。お父さんもお母さんもニコニコと笑顔で聞いてくれる。

 ――あぁ、懐かしい。この感じ。

 兵学舎に入る前は当たり前だったから何とも思わなかったけど、入学して直ぐは恋しくて、一人で落ち込んでたなぁ。ミスナと仲良くなるまでは、とにかく毎日が憂鬱だったよ。


「んぐんぐ……ぷはっ。そう言えば、勇者定食とか、笑っちゃったよ」


 水をゴクゴク飲み干し、お父さんに笑い掛ける。


「良い考えだろ? 勇者の実家がここだって、近所の人から広まっちゃってさ。人がいっぱい来たからイケるって思ったんだ」


 ふふん、と腕を組んで胸を逸らすお父さん。こういう機会をしっかりモノに出来たみたいである意味安心したよ。お父さん、あんまり経営上手じゃなかったから、実は結構心配だったんだよね。

 私の学費を払うのも大変みたいだったし……まぁ、その恩は今からしっかり返しますとも。うん。今はご飯に集中しよう。




「それで、出発はいつなんだ?」


 食事も済み、のんびりとお茶を飲んでいると、真顔でお父さんが言った。

 お母さんはお店の外に「臨時休業」の看板を出し、給仕で雇った人たちに連絡しに行ったから、この場には私とお父さんだけ。午後の丁度良いくらいに気怠い雰囲気だった台所は、少しだけ重い空気になる。


「……明後日の、朝だよ」


「そうか……ウソじゃないんだな。邪神の話も、勇者の話も」


 お父さんは複雑そうな表情だ。私の事、本当に心配してくれているんだろうな。


「うん。ウソであってほしかったけどね。ウソじゃないみたい」


 時間が経って、手に持ったコップが生暖かい。お父さんは何か言いたそうに視線を泳がせている。

 何とも言えない沈黙が場を支配した。


「……」


「……」


 時間が有限である事はお互い分かっていたが、言葉で確認してしまったからだろう、よりハッキリと残された時間が少ない事を理解する。今は沈黙すらが勿体無い。もしかしたら、お父さんとお母さんに会うの、今回が最後かもしれない。


「お父さん、あのね」


「……うん?」


 ――分かってる。お父さんは真面目な話は苦手だって。いつでも緊張しないように笑わせたり、重い空気にならないように気を遣っているもんね。でも、お父さんの覚悟も分かってるつもり。だからお母さんを外に出したんだよね?これから私が何を言いたいのか、予想してたから。

 私がこれから言う事は、告げなくても良いのかもしれない。決まっている事ではないから。言わない方が良いのかもしれない。でも……


 バクバクと心臓の鼓動が早い。


 言いたくない。言いたくない。


 でも、言っておかなきゃ。隠し事はしたくないよ。


「……私ね。帰って来られないかもしれない」


 言った。邪神の強さも、魔物の強さも、私は全然知らない。なのに、何て言うんだろうか……バカな私でも、いやバカだから、と言った方が良いかな。言葉に出来ない途轍もなく大きな恐怖、大きな不安。そういったモノが、確かに存在しているのを感じる。直ぐ近くに抜き身の剣を突き付けられているような、大きな猛獣が隣で口を開けているような。そんな嫌な感覚。


「……そうか」


 随分とあっさりした回答に、少し驚いた。もっと泣いたり、行くなと引き留められるんじゃないかと思ってた……いや、泣いてほしかったし、引き留めてほしかったんだ、私は。


「そうかって……もう少し何かあるんじゃないの?」


 私は少し頬をプクッと膨らませて見せた。お父さんはそれを見て、小さく笑って目を伏せる。


「覚悟、してたからな。フィズが兵士になりたいって言った時から、ずっとな」


「え。そんな前から?」

 

 てっきり私は、勇者の事を聞いてからだと思ってた。その言葉を聞いた時、私はお父さんの物憂げな雰囲気が妙に嬉しく感じた。


「そうだ。それに、小さな頃から元気いっぱいのお前の事だ。いつかこういう事になるんじゃないかって、何となく思ってた。兵士になるって聞いた時もそんなに驚かなかったしな。あぁ、やっぱりな、くらいだったさ」


 意外だ。お父さんがそんな風に考えていたなんて。見透かされていた、というか、ずっと見ててくれたお父さんの観察力は素直に凄いと思う。

 ――お父さんはしっかり覚悟してくれたんだね。

 私もここ数日で何度も何度も覚悟してきたはずなのに、ちょっと時間が経つと薄れてしまう程度の覚悟でしかなかったのかな。何だか恥ずかしくなってきた。


「そっか。何か驚いたなぁ。もっと悲しまれたりするかな、って思ってたのに。いなくなってもあんまり気にならないのかな、私」


 ワザと膨れてぷいっと顔を背けて見せる。こんな事言うつもりじゃなかったけど、つい口から出てしまった。

 顔を背けた後、やってしまったと思った。もっと心配して欲しい……構って欲しいと思った。私ってまだまだ子どもなんだなぁ。

 お父さんが困ったような顔をしているのが、食器棚のガラスに映る。それを見て私は振り向こうとするが、それよりも早くお父さんは口を開いた。


「悲しい……心配ではあるけどね。でもさ、それ以上に信じているんだよ。父さんも母さんも。フィズならきっと。きっと上手くやってくれる。必ず生きて帰って来る。そう信じているから」


 お父さんの声が私を優しく撫でてくれる。聞き慣れた声が、いつもよりずっと優しかった。


「フィズが兵学舎に行ってから、フィズの事を想わない日は無かったよ。父さんの生活に、ぽっかりと穴が開いたみたいだった。ははっ。子離れしなさいって母さんに怒られてばかりだったよ」


「お父さん……」


 振り向けず、完全にお父さんに背を向けた。胸の真ん中から熱いものが込み上げてくる。


「フィズがね、生まれてきた時、凄く小さかったんだ。父さんの両手よりも小さいんじゃないかってくらいにね。予定よりも早い出産でね。お医者さんから、助からないかもしれない。って聞いた時は生きた心地がしなかったよ」


 初めて聞く、私の生まれた時の話。私は変わらず背を向けたまま、黙っている。


「毎日神様に祈ったよ。子どもを助けて下さい! って。母さんも一緒にね。一日が始まって、一日が終わるまで、ずっとフィズの事しか考えてなかった」


 私の背中に、懐かしそうにお父さんは話している。赤ちゃんの時の記憶は無いけど、暖かなお父さんの声から、凄く大事にされてきたんだと感じた。


「僕はあんまり器用じゃないからね、他に気が全く回らなかった。服や髭なんてずっとそのままだったからね、よく母さんに叱られたよ」


 あはは、と笑うお父さん。私も釣られてふふっと笑ったつもりだったけど、何でかな……上手く笑えなくて変な声だったかも。


「……祈った甲斐があったのかな、君は奇跡的に生き延びた。小さい頃は熱もいっぱい出したし、小児性の病気にも色々罹ったりしたのに、全て跳ねのけたんだよ。誘拐されそうになった事もあったね。でも、それも君は無事に帰ってきた。怪我一つせずにね」


 私は身動き一つせず、お父さんの話に耳を傾ける。込み上げるモノはもう、自分では止められない所まで来ていた。


「嬉しかった。君が生きている事が何より嬉しい。日に日に成長していく君を見るのが好きだった。元気に走り回る君を見るのが、父さんの作ったご飯を美味しそうに食べてくれる君が、大好きだよ」


 ゆっくりと話すお父さんの言葉を聞きながら、込み上げたモノが止めどなく溢れている。その姿を見られたくなくて、じっと背を向けたまま、動けない。


「いなくなったら、悲しいよ。悲しいに決まってる。世界でたった一人の、娘だもの。代われるなら、代わりたいよ。邪神だって何だって、父さんがやっつけてやるさ」


 震えた声から、お父さんが泣くのを堪えているって分かる。私は堪えられなかったのに。

 ――本当、意外なくらいに強いね、お父さん。

 

「良いんだよ、フィズ。君が皆の期待に応えなきゃいけない立場なのは分かる。父さん達を心配しているのも分かる。でも、今日くらいは、勇者でも何でもない、僕の娘に戻りなさい」


 ――適わないなぁ。護りたい護りたいって思ってた人達に、私はずっと護られていたんだ。

 そう思うと自然と頬が緩み、口角が上がる。涙が冗談みたいに流れているけど、構うものか。


「おどーざぁーん!」


 勢いよく振り返って、そのままガバッとお父さんに飛びつく。


「っと! はははっ。よしよし」


「変なごど言っでごめーん! 絶対絶対帰っで来るがらぁぁあっ!」


「うん、待ってる。父さんも母さんも、ずっと待ってるから」


 お父さんは力強く抱き締め、頭を撫でてくれる。その手は大きく、とても優しかった。

 帰ってきたお母さんが「ほらほら、夜ご飯は豪勢にするから準備するわよ」と言うまで、ずっとそのままだった。


※※※※※※※※※※※※


 娘が寝た後。定食屋「青い鳥」の厨房で僕は酒を飲んでいた。酒、と言っても僕はそんなに飲めないから、凄く弱い果実酒を少しだけ、ね。

 娘は明日の夕方には城に戻るって言ってたから、明日は休業にして街に繰り出そうという事になった。


「リク、ここにいたの」


 居住部屋の方から妻が来た。先に寝ていたはずだが――


「あぁ、ラライ。眠れなくてね」


 カラン、と鳴るコップに口を付ける。甘い果実酒と解けた氷が口に入り込む。


「……ホントは引き留めたいんでしょ?」


 いきなり鋭い。動揺してコップを落としかける。


「はははっ。ラライには敵わないなぁ」


「はぁ。何年あんたと一緒にいると思ってるの?」


 やれやれ、首を横に振るラライ。


「引き留めたいけどさ、神様がフィズを必要とされたからね。娘を助けて下さいっていう、僕たちの願いを聞いてくれたんだから……僕たちも、ね」


 そう、フィズが大きくなれたのも神様のお陰だ。神様がフィズを勇者として邪神を倒しに行け、というなら、それは喜ばしいことだ。

  

「まぁ、それはそうだけどもねぇ」


 ラライは頭を掻きながら呆れ顔でこっちを見ている。

 コップを机に置く。中身は空。


「……泣きたいんなら、泣けば良いじゃないの。その為にワザワザこっちにいるんでしょ?」


「――うわぁぁぁぁん! フィズぅ、行っちゃ嫌だぁ! 心配だよぉ、絶対帰ってきてよぉぉぉ!」


 速攻でラライに飛びつき、泣きじゃくる。涙が滝みたいに流れ落ちた。


「あぁはいはい、よしよし。全く、恰好付けたがりなんだから、あんたらは」


 本当、ラライには敵わない。

「行ってきます。お父さん、お母さん。ついでにミスナも」

「――楽しみ、ね」

「勇者様、伝令です!」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」一章6話――

「自己紹介って緊張するよね」


「やっと出発だよ……私の冒険はこれからだっ!」

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