8話・森林国を出て、いざ中央国へ
勇者の剣を手に入れたエータは、いよいよ森林国を出立する事に。初めての国外に、エータだけではなくシュシュも期待に胸を膨らませているのであった。
「メーリー。入るぞ」
私は夕食も食べずに、疲れたから、と自室に戻り、窓際の椅子に座り窓から外を眺めておりました。ヤエが部屋に入って来たというのに、そちらを見向きもせずに。
「あー。メーリー。気持ちは分かるが、先ほどのような事は困る。勇者エータに怪しまれては、これからの行動もやりにくくなるかもしれないんだ」
私は背中を向けたままヤエの話を聞いております。ヤエは少し怒っているようでした。このような事は今までで一度たりともありませんでした。ヤエの……最愛のヒトの話を背中で聞く事なんてあり得ないと思っていたのです。どんな時も、どんな話でも、面と向かって聞いてきましたから。
「ヤエ」
「ん。なんだ?」
振り返ってヤエを見ました。戸惑いながらも優しく微笑んでくれる彼女に、私は何度救われて来た事か。それなのに自分勝手な事を言おうとしている私は、本当に我が儘な女ですわ。
「私は今でも、忘れられないんですのよ。魔物を操るあの男の顔が。自らを神と名乗り、父を殺したあの男の笑い声が!」
十歳の頃、当時住んでいた町の壁外。魔物に首を噛まれて崩れ落ちる父に、それを見て笑う金短髪の男。言葉にすればたったこれだけの事ですわ。そしてこれが、私が神モドキを殺す理由なのです。
「メーリー……」
その男が私に言った『すぐに忘れる』という言葉に反し、二十四歳になった今でもハッキリと覚えています。その男に近づく手掛かりがやっと、手の届きそうな所まで来たのです。この興奮は、他人であるヤエには分からないんですの。
「すまないメーリー。私は君の気持ちも考えずに……」
ヤエは私の目を見た後、すまなさそうに目を伏せてそう言いました。きっと私の目は、見た事無いくらいにギラギラしていたのだと思いますわ。
「いえ、あの時ヤエが止めてくれなければ、今頃面倒な事になっていたかもしれないのですわ。謝るのはやはり私の方ですの。ごめんなさい、ヤエ」
立ち上がり深々と頭を下げようとしました。すると、突然ヤエに抱き締められ、驚きのあまり声も出ませんでした。
「メーリー。君の敵は私の敵だ。メーリーのお父さんの仇、必ず二人でッ!」
「……ありがとうございます。えぇ、頼りにしていますわ。ヤエ」
ヤエの腰に手を回し、私からも抱き締めます。私の復讐がいよいよ、現実味を帯びてきました。必ず仇は取りますわ、父さん。ヤエと二人で、必ず。
※※※※※※※※
剣を手にした翌日、俺達はウルバリアスを出発する事となった。シュシュさんはこの国の事が気がかりなようであったが、この国には軍神と呼ばれる人物や、屈強な兵士達が守護についている。ウルバリアス国内については、彼らに任せる事になっていた。
そう言えば、俺の手にした剣は便宜上、『勇者の剣』と呼ぶ事にする。どこにも|銘《めい》が見当たらないし、女王に聞いても、「分からぬ」との事だったから。
「それでは、出発致します。女王様」
俺は王都の出入口でそう言った。勇者の出発だという事で、女王自ら王宮から出向き、出発を見送ってくれている。
「うむ。良い報を待つぞ。勇者よ」
「はい!」
女王や街の人々に見送られながら、俺達は王都を後にする。このまま道なりに下って行けば良いらしい。俺はもちろん、シュシュさんも国外に出るのは初めてらしいので、二人でドキドキしている。
「土の上を歩くって、どんな感じなのでしょうか? 畑の土と同じ感じなのですか?」
心配そうにしているシュシュさんは、いつも通り可愛かった。不安は有りつつも期待は高まってきているようで、そのコロコロと変わる表情は見ていて楽しい。
「んー、畑より硬いッスね。ま、行けば分かるッスよっ」
ササさんの適当な答えに苦笑いのシュシュさん。行けば分かるって……完全に説明放棄だしな。
二人……と言っても主にシュシュさんは、国外の話題をずっと喋っている。俺もたまに話題を振られるが、何とも答えようが無かった。
「……大丈夫ですか? メーリーさん、ヤエさん」
黙って後方を歩く二人に近づく。昨日の件以降、二人はほとんど黙り込んでいるのだ。
「あぁ。大丈夫だ」
とヤエさん。普段通りだけど、何だろうか、ヤエさんからどことなく優しさを感じる。
「あら、心配してくださるの? 勇者様?」
明るい調子で悪戯っぽく微笑むメーリーさんは、昨日の鬼気迫る彼女とはまるで別人だ。
「え、ええ。まぁ」
予想外の反応にたじろぐ。もっとブルーな感じだと思っていたのに。これも演技なのかもしれない。さすがは女優と言ったところか。
「でも確かに、ほんの少しだけ体調が優れませんわ」
メーリーさんは眉をひそめる。具合が悪い?スッと俺の耳元に寄り、囁くように彼女は言った。
「女には、体調の悪い日があるんですの。覚えておくと良いですわ。ゆ・う・しゃ・さ・まっ」
吐息が熱い。ってかメーリーさん、めっちゃ良い匂いが……やべ、鼻血出そう。ってか、体調が悪い日って――
吐息のせいか、想像した事のせいか、顔が燃える様に熱い。健全な高校生には刺激の強い事態に、俺は逃げだしたくなってしまう。
「え、あ、すす、すいません……」
距離を取り、そっぽを向く。くそ、からかわれてるのか、本当なのか分からない。メーリーさんはクスクスと口を押えて笑っている。これはからかわれているな。でも、ここで何と反応したら良いか分からない。黙るしかない。
「ふふ。若いな、勇者エータ」
ヤエさんが笑った。俺が向くと、メーリーさんとヤエさん、楽しそうに笑っている。どうやら心配はいらないようだ。しかし、写真に撮って飾っておきたいくらい、二人が笑っている姿は絵になるなぁ。
「はぁ」
この先もこんな感じで弄られるのかと思うため息が出るが、不思議なくらい悪い気がしない。その後の俺達は、談笑しながら聖樹セイグドバウムを降りて行ったのだった。
しばらくして聖樹の麓に着くと、そこは船着き場になっていた。聖樹や他の巨木は、だだっ広い沼の中から生えていたようだ。沼から伸びる何本もの野太い巨木は、正直神秘的というよりも不気味だった。
そしてこの船着き場には簡易的な施設が点在しているだけで、人も少ない事が、静けさを不気味さにブレンドして一層のホラー感を演出している。王都から持って来た懐中時計を懐から取り出すと、午後四時を過ぎた辺りだった。
「いやぁ、着いたッスねっ。後は船に乗って陸地を目指すだけッス。そしたらすぐに国境壁が見えるッスよ。今日中に陸地に着くには早く乗らないとダメッス」
そう言ってササさんは船を指差す。
「へぇ~」
俺とシュシュさんは同時に声を漏らした。だだっ広い沼に浮かぶ、大き目のカヌーのような船。これに乗るんだと思うと正直不安であった。シュシュさんも不安そうだ。しかし、国外に出るという期待が俺と彼女の背中を押している。
「こ、この船、大丈夫なんですよね?」
「き、きっと大丈夫だよ。シュシュさん」
船を見るのは初めてだとシュシュさんは言っていた。俺は中学の時に一回乗ったけど、もっと大きな遊覧船だったし。こんな手作り感の強い船は初めてだ。
「以前に来た時はもっと賑わっておりましたから、不安に思う気持ちも吹き飛びましたわよ。でも――勇者様が怖いとおっしゃるのであれば、私が抱き締めて差し上げますわよ? そうすれば不安も和らぎましょう? さぁ、勇者様」
メーリーさんが両手を広げて微笑んでいる。素朴な微笑みが何とも言えない。
――よーし、あんまり俺をからかうとダメだというところを見せてやるぞ。
俺はそう思い、メーリーさんに抱き締められようと彼女の方に歩き出そうとした。
「エータさん?」
すると後方より凄まじい殺気が。これは……とんでもない魔物がいるのではないだろうか。
「はひぃ!」
何という情けない声。そして、怖くて振り向けない。
「そんなに怖いなら……私が抱き締めてあげますからっ!」
「え?」
その言葉に驚いて振り向くと、顔を赤らめて両手を広げているシュシュさんの姿が。
「――マジすか」
あれ?ここは天国か何かか?金髪美少女が恥じらいながらも抱き締めてくれそうな方か、グラマラスなお姉さんが優しく抱き締めてくれそうな方か――選べないよー!あー、でも俺はシュシュさんと結婚するんだったー♪ごめんよメーリーさん、やっぱりシュシュさんを裏切れないよー!でも、結婚するんならこれからいくらでもチャンスが――そうするとやっぱりここはメーリーさんの――全然選べないよー!
「馬鹿な事やってないで行くぞ」
俺の心の葛藤に、冷静なヤエさんの突っ込み。
――馬鹿な事だと!?男の夢を!チャンスを!
「ほら、シュシュもメーリーも、このバカをからかうのは良いッスけど、今は急ぐッス」
「ふふふ。そうですわね、急ぎましょう」
皆俺を残して船に乗り込んでいく。船はざっと三十人くらいは乗れそうな大きさだ。俺も乗ろうと目の前まで行った。
――やっぱりからかわれているだけか。そうだろうなとは思っていたから、精神的なダメージは軽微だけどな!本当だからな!
しかし、メーリーさんはともかく、シュシュさんはどういう気持ちで言ったのかな?
「……私は本当に怖いので、側に居てくださいね。抱き締めなくても、良いですから」
俺の前にいたシュシュさんが振り返り、頬を赤らめて言った。恥ずかしいからか、目線は合わない。
「は、はい!」
そんな彼女の言葉に、俺はドキッとしてしまった。声は上ずり、心臓が高鳴っている。
そそくさと乗り込んだ船の、思ったよりも安定した乗り心地に安心しつつも、俺は隣に座るシュシュさんに意識がいき、胸の鼓動が更に早くなる。
「――あ、エータさん。上を見てください。ほら、あそこ」
しばらくすると、シュシュさんが上を指差す。その方向に目をやると、何かに薄っすらと光が灯っているのが分かる。何だろうか?
「あれ、この巨木達の実なんです」
「へ~。あれが? 何で明るくしているの?」
大きなクルミのような実。実が光っているのではなく、明らかに人工的な灯りが見える。よく見れば、金属の柵のような物で囲まれているようだ。
「聖樹セイグドバウムを含む巨木達は一本に付き数個しか実がならないんです。貴重な物ですので、ああやって保護しているんですよ。魔物達もあれが貴重な物だとは分かっているようで、不思議と近づかないんですよ」
「へぇ、じゃあ囲いなんていらない気がするけど……」
俺がそう言うと、シュシュさんは暗い顔をする。
「囲いは……どちらかというとヒト避けです。私が生まれてからは無いみたいですけど、昔は実を盗んで売ったり、食べたりするヒトがいたそうで……」
「ふぅん。やっぱりそういう奴ってどこにでもいるもんだなぁ」
元の世界でも、同じような奴らは掃いて捨てる程いた。絶滅の危険があると知りながらも、動物を狩って売ったり、生態系が崩れると知りながら、違法に植物を植えてみたり。
「よし、そういう奴らを見つけたらついでに捕まえちゃおうぜ」
うん、邪神討伐の為にはいくつかの国といくつもの街を通過するから、人助けもしていくのが勇者だよな、やっぱり。
「ふふ。エータさんはやっぱり勇者に相応しいですねっ」
「そ、そう? あはは、シュシュさんに言われると嬉しいな」
久々に楽しく会話出来た気がする。すっげぇ楽しい。俺とシュシュさんはその後も色々な話をした。ウルバリアスの事しか知らない俺とシュシュさんは、これから向かう国、中央国『ハーシルト』に期待で胸を膨らませる。ササさんも交えてハーシルトの事を色々と話している姿を、メーリーさんとヤエさんは離れた場所から見守っているのだった。
「――さ、シュシュさん、手を」
どれくらい船に揺られていただろうか、陸地の船着き場に着いた時には、夕暮れ時であった。巨大な木々から抜けて行くにつれ、オレンジ色の綺麗な空はその雄大さを露わにしていった。船は速やかに停泊所に付けられ、俺達は気持ち急いで降りる。
「うわぁ! 凄い、空がこんなに沢山見える! それに、これが地面? 何だろう……不思議な感覚ですねっ」
到着した、対岸の船着き場と同じような場所。その後方百メートルくらいには、壁がどこまでも続いていた。高さは大体四十~五十メートルくらい?これが国境か。この壁を越えればそこはもう別の国となるはず。この船着き場は、言わばウルバリアスの玄関口のようなものだな。そして、巨大な葉っぱや枝でほとんど見えなかった空が見えて驚いたのは、シュシュさんだけではない。
「ははっ。シュシュさん、嬉しそうだね」
そんな事を言いつつも、久々に高い空を見上げた俺は、懐かしさからか、少しだけ涙ぐんでしまった。
「ここからだと、国境の壁のせいであまり見えないッスけど、壁を越えたらもっと景色が良いッスよぉ」
ササさんの一言にシュシュさんは更に驚いた様子。嬉しそうに「早く国境を越えましょう!」と興奮するシュシュさんをなだめ、俺達はこの船着き場の宿舎に一泊する事に。
国境を越えてから街があるまでに、徒歩だと一日くらい掛かるそうだ。ともあれ、明日から本格的な冒険が始まると思うと、正直興奮する。
これはゲームや漫画の世界じゃないって、痛いほどに分かってはいるけど、これで興奮しなきゃ男じゃないと思う。俺はこれからの旅に一体何が待ち構えているのか、期待を膨らませていくのであった。
森林国「ウルバリアス」には『軍神』と呼ばれる者がいた。エータとは本編中に一切絡んでいないその人物やその部下が、祖国を守る為に奮闘する!
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章1話――
「ウルバリアスの軍神ちゃん」
「オレの名前はアルカリ―ナ・ハッシュベル! 邪魔するヤツは叩き潰す! ついでに猫の獣人にはいつか再戦を申し込む! 次は決着つけてやるからな!」




