7話・台座に刺さった剣て、選ばれた勇者しか抜けねぇよな
メーリーとヤエという新しい仲間を加え、ハーレム気分のエータ。女王よりウルバリアスに伝わる剣を託される事になったのだが……
「それではよろしくお願い致しますわね、皆さまっ」
「よろしく頼む」
今朝方、メーリーさんとヤエさんを、シュシュさんとササさんに紹介した。この二人が邪神討伐の旅に同行する事になった経緯を説明すると……
「エータさん、そういう事は相談してほしかったです」
とシュシュさん。いじけた顔をしていた。うぅむ。ごめんよぉ。
「エータもやるッスねぇ。二人ともかなりの美人ってか……メーリー・バークレイって……えええぇ!」
とササさん。メーリーさんは、本当に有名な女優さんらしい。
「そう言えばメーリーさん、公演やら何やらは大丈夫なんですか?」
一緒に行くのは良いが、本業はどうするんだろうか。
「えぇ、大丈夫ですわ。劇団長には許可を貰っておりますの。心配しなくても良いですわ」
「なるほど、分かりました。それではよろしくお願いします」
何だか賑やかになりそうだな……
――あれ、待てよ?ひょっとしてこのパーティ、俺以外は全員女性?
「ハーレムキター!」
いや、俺にはシュシュさんがいるじゃないか。一瞬喜んだが、シュシュさんの冷たい表情を想像して一気に血の気が引く。うん、はしゃぎ過ぎないようにしよう。邪神に辿り着く前にシュシュさんに殺されたらシャレにならん……
そして現在、俺達は聖樹『セイグドバウム』の内部にいる。かなり大きな木なので、内部に入れるくらいで今更驚きはしない。自然に空いた空洞だそうだが、所々舗装されて灯りもあり、階段が内壁に添うように螺旋状で取り付けられている。
何故このような場所にいるのかというと、ここにウルバリアスに伝わる伝説の剣があるとの事であった。俺達はその剣が眠る場所を目指し、階段を降りている。
「伝説の剣……むふふ」
「どうしたんスかエータ。控えめに言って引くほど気持ち悪いッスよ」
声に出ていたか。いや、控えめに言って気持ち悪いって……酷くないか?しかも引くほどって。
「いやぁ。伝説の剣とかそういうの、男だったらテンションが上がるのは仕方ないんだよ」
「てんしょん? 何だか分からないッスけど、気持ち悪いのはほどほどにしてほしいッス」
ササさんの冷めた目線が刺さる。酷い。そこまで言わなくても良いだろうに。
「ここにある剣って、どういう剣なんだ?」
ヤエさんが疑問を口にした。この人は少し苦手だ。何と言うか、先生みたいというか、保護者的な感じがする、からかな。
「女王の話ですと、不明遺物らしいですよ。割と最近に見つかった物だとかで、魔力を貯める性質があるそうです」
シュシュさんがニコやかに答えてくれる。揺れる金髪が、相変わらずウットリするくらいに綺麗だ。
「不明遺物? って何? シュシュさん」
「不明遺物というのは、何時、誰が作ったか、いつからそこにあったのか、殆どが不明な物の事です。現在では作る事は不可能だそうですよ。そういった物が稀に出土したりするそうです。ウルバリアスだと、出木、ですかね」
「へぇ~」
面白いな。ロマンがある。いつかそういうのを探す旅なんかも、してみたいなぁ。
「ヤエが持っている……というか、ヤエの恰好そのものも、色々不明ッスよね」
ササさん、俺も聞きたかったけど聞けなかったんだ。代わりに聞いてくれてありがとう。
「む、これは私の祖国の物を真似て作らせた物だ。あまり気にしないでほしい」
笑いもせず、怒りもしない。こんなに真剣な表情で言われたら、これ以上聞くのは難しいだろう。気になるけど……でも、勝負に負けてしまった俺には聞く事は出来ないから、ササさんに頑張って聞いて欲しい。
「そ、そうッスか。分かったッス」
ササさんでも無理か。と言うか彼女がたじろいでいる。珍しい事だ。
「はいはい皆様、お喋りはそのくらいにしてくださいまし。どうやら到着したようですわよ」
メーリーさんが指差す方を見ると、階段が内壁に空いた穴に繋がっている。どうやらそこに剣があるようだ。俺達は気持ち早歩きで向かう。
「おぉ。でも、こういうのって、何か番人がいたりするんじゃないのか? 普通は」
俺が疑問を口にするが、見渡した限り、それらしきモノは見当たらない。確かに、ここに入る入り口は一つで、そこに番をしている兵がいたから、必要無いのかもしれない。
「……じゃあるまいし」
ヤエさんは何か呟くと、俺の先に行ってしまう。
「――え? 今何て……?」
「あ! 見るッス! 剣ッスよ!」
ヤエさんの言葉に言及したかったが、ササさんに腕を引っ張られ、それどころではなくなった。
「もう、ササちゃん! 強く引っ張ったらエータさんが痛いでしょう!」
シュシュさんの気遣いは本当にいつも嬉しいが、女の子に引っ張られるってのは、実は意外と悪くない。引っ張られて入った横穴は、派手ではないが、立派な装飾が施された小部屋になっていた。広さは四畳ほどと狭く、その真ん中にある台座に剣が突き刺さっている。脇には黒い鞘が横たわっていた。
剣は何と言うか、良く言えば機能的。悪く言えば地味。そんな剣だった。普通の兵士達が使っている剣と、見た目はそんなに変わらない。刀身が少し太めに見えるくらいか。
「うんうん、伝説の剣とはこういう風に置いてあるもんだよな」
剣の見た目はともかく、きっと性能が良いのだろう。そう信じているから、反対に普通っぽい見た目に造ってある事に思わず関心してしまう。単純に俺はこういう『地味な見た目の強武器』が好きなのだ。これを安置した人とは旨い酒が飲めそうだと思う。酒なんて飲んだ事無いけど。
「じゃあ、抜くよ?」
俺はそう言い、前に出て剣の柄に手を掛ける。その時……
『っ!? 繋がった!?』
頭の中に響く、女の人の声。
「えっ?」
俺は驚いて手を離す。一緒に来たメンツの声ではない。他には誰もいないはず。
「ん? エータさん、どうしました?」
「あ、いや、今、誰か何か言った?」
後ろを振り返り、問う。
「え? 誰も何も言っておりませんわよ?」
首を傾げて言ったメーリーさんの言葉に皆頷く。オカシイな、確かに聞こえたんだけどな……
「気のせいか?」
気を取り直して俺は剣の柄を握る。
「……よし」
何も聞こえないな。やはり気のせいか。俺は安堵し、一気に剣を引き抜く。
グニャリと視界が揺らいだかと思うと、俺は真っ白な空間にいた。何が起きたか全く分からない。説明しようにも、言葉の通りだ。視界が揺らいだかと思うと、見知らぬ空間に居た。そうとしか説明が出来ない。
「……え? あれ? み、みんな?」
後ろを見ても、誰もいない。いや、そもそも真っ白で、後ろを向いたのかさえ分からないくらいだ。
「君が、剣を抜いた子か?」
キョロキョロとしていた俺に急に声が掛けられる。声の方を向くと、眼鏡を掛けた女性が立っていた。髪は黒く、腰の辺りまで伸ばしているようだ。しかし、その恰好は……研究員?のような白衣を身に纏っている。
「……貴女は?」
俺は咄嗟に腰に差してある剣に手を――あれ?無い。
「そう身構えないでほしい。私の名前はサクラコ。そうだな、何と言えば良いだろうか――バカげた話だが、例えるなら君達が神と呼ぶ者の一人、かな」
「え、神様?」
とてもそんな風には見えない。どう見ても研究員だろ?ちょっと照れた様子で言った彼女に、真面目に返した俺。乗ってあげた方が良かったのだろうか?
「いや、例えるなら、の話だよ。それより時間が無い。手短に話すから聞いてほしいんだよ」
「はぁ……」
一転して真顔になった。相変わらず、状況が飲み込めない俺。
「その剣は……ウルバリアスのやつね。ちょっと遠いけど、出来るだけ早く大結界を越えてこちら側に来て。私を助けてほしいの」
助ける?話が見えてこないが、この神様はマズい状況にあるのか?
「今、私は捕まってしまっていてロクに動けない状態でね。このまま奴の思い通りになれば、君達ヒトの大部分は死滅してしまう」
神様は続けた。恐らく、奴というのは邪神の事だろう。
「安心してください。俺は先日、勇者として神託を受けた者です。神託を下した神は貴女ではないのですか?」
俺がそう言うと、神様は驚いた顔をする。と同時に焦った表情も見て取れた。
「君は勇者なの、か。そうか……いや、この際仕方ない」
「仕方ない? 勇者だと良くない事が?」
何かどうにも、怪しい。ゲームとかだとよくあるが、実はこの人、神様じゃなくないか?偽物とか。
まぁ、本人も例えばと言っていたが……最悪、邪神が化けている。なんて事も。
「……いや」
サクラコは目を伏せ、覚悟を決めた様子で口を開く。
「繰り返して言うわ。大結界を越え、私を助けて」
「言われなくても、大結界は越えますよ」
俺の警戒した態度を見て、困ったように笑う。その表情に、シュシュさんが重なって見えた気がした。
「さて、もう時間のようだ。最後に、完全には無理だが……君の呪いを緩めておこう。何の事か分からないと思うが、気にしないでほしい」
そう言ってサクラコはスゥっと俺に近づき、頭に手を置いて目を瞑った。俺は抵抗しようにも体が動かず、なされるがままであった。
「……」
「……?」
「……??」
三十秒ほどだろうか、何の変化も無い。見れば、サクラコの表情がどんどん苦しそうになっている。
「どいういう事なの? 君、まさか……そんな事がある訳が無いッ!」
まるで幽霊か何かを見る目で俺を見る。何だというのだ?さっぱり分からないぞ。俺はただ黙っている事しか出来ない。
「君はヒトじゃない? 私達と同じ――」
口をパクパク動かしながら、彼女は煙のように、白い空間ごと消えてしまった。
「……タさん? エータさん? どうしたんですか?」
ハッと我に返ると、俺は剣を引き抜いて高々と掲げたまま、止まっていたらしい。心配した皆が集まっている。
「あ、いや……」
「うわ! 凄い汗ッスよ!? 早く戻るッス!」
ササさんがそう言うと、皆は来た道を戻ろうとする。
「神様、と名乗る人と……会った」
俺の口からは自然と言葉が出ていた。皆ピタリと歩みを止め、振り返る。
「今、何と?」
いち早くメーリーさんが反応する。
「剣を抜いたらさ、白い空間にいて、目の前に女の人がいたんだ。サクラコ、とか名乗っていたけど――」
「サクラコ? 女か?」
ヤエさんが疑問を投げ掛けてくる。
「うん、髪が長くて眼鏡を掛けた女性でした」
「女性……アイツじゃないですわね」
メーリーさんが呟いた。アイツ?
「そいつは、何と?」
メーリーさん、グイグイ来るな。
「えと、大結界を越えて来いって。この剣で助けてほしいって言っていました」
「助けるッ!? 奴らを? 冗だ――」
「メーリーッ!」
メーリーさんが少し取り乱した所を、ヤエさんが制する。
「……こほん。申し訳ありませんわ。私とした事が……許してくださいまし」
「あ、いえ、別に気にしては……」
ヤエさんが咄嗟に俺を睨む。その目はこう語っている。『勝負に負けたのだから、何も言うな』と。
「……」
「……」
しばらく沈黙のまま、俺達は階段を上って行く。気まずい雰囲気を崩したのは、意外にもヤエさんだった。
「さて、剣も手に入れたし。今日は疲れただろう? 出発は明日にして、宿に戻ってゆっくり休もう。そうだ! 今日は我々の奢りで少し奮発した飯にしようじゃないか」
不自然に明るい調子で喋っているのに対し……
「そ、そうッスね! お、奢りとは嬉しいッスねぇ。遠慮なく食べまくるッスよっ」
「そ、そうですね。私もお腹が減りました」
ササさんとシュシュさんが合わせる。俺はササさんとヤエさんに引っ張られるように、木の内部を後にした。しかし、気になる。皆には言わなかったけど、サクラコは最後に言った。確かに言った。聞こえた訳ではないけど、口の動きで分かってしまった。
『君はヒトじゃない。私達と同じ、人間だ』
思い返すと全身に脂汗が噴き出る。シュシュさんも、ササさんも……今まで出会った人達は、種族は違えど皆人間だっただろ?ヒトじゃないって?
考えると考えるだけ、訳が分からなくなる。メーリーさん達の態度も謎のまま。この世界は、俺は、皆は……一体何なんだ?
「こ、この船、大丈夫なんですよね?」
「馬鹿な事やってないで行くぞ」
「ふふ。エータさんはやっぱり勇者に相応しいですねっ」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」五章8話――
「森林国を出て、いざ中央国へ」
「初めての国外……楽しみです!」




