6話・ヘンテコな組み合わせ
ヤエから指定された場所へと赴くエータは、そこで以前遠巻きに見た二人と対峙する。エータを呼び出した目的とは――
「それじゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
俺とシュシュさんは兵宿舎を入ると、挨拶をして別れる。シュシュさんが角を曲がるのを見届けた後、再び外へ。目指すは宿『エルミルフ』。謎の女性、ヤエさんが指定してきた場所だ。
俺はヤエさんを、日本人だったら良いな。なんて考えていた。まぁ、そんな訳無いとは思う。きっとこの世界にも、和風な感じの国があるんだろう。ゲームや漫画なんかでは、大抵あるからな。
「お、ここだ」
迷う事も無く、すぐに宿を発見する。躊躇無く扉に手を掛けると、如何にも小さな安宿といった木製の扉は、キィ、という軽い音がして開いた。
「――あ、来ましたわ」
宿に入るとロビーのソファに腰掛けていたメーリーさんが俺を見つける。赤いドレスではなく、旅に適してそうな地味な服装。アマゾンに探検に行くような恰好と言えば想像し易いだろうか。それに黒いストールを一枚羽織っている。隣には剣道着のような恰好のヤエさん。他の人は……誰もいないようだ。宿の中からは気配すらしない。
「呼び立ててすまない。そちらに座ってくれ」
ヤエさんに促され、彼女達の向かい側のソファに腰掛ける。ソファというよりも、木製の長椅子といった方がしっくりくるな。
「先に自己紹介をさせてもらう。私の名前はヤエ・アマサキ。こちらは……」
「メーリー・バークレイですわ」
デキるОLみたいな雰囲気のヤエさんと、優しいお嬢様みたいなメーリーさん。
どちらも美人でドキドキしてしまうが、顔に出してはいけない。
「エータ・サエジマです。って、知ってるんですよね?」
ワザと少し怪訝な調子で自己紹介をする。怪しんでいる素振りを見せておきたかった。
「あぁ。すまないが、少し調べさせてもらった。もっとも、君が勇者である事と、名前くらいしか分からなかったんだが」
「勝手な事をして申し訳ありませんわ。でも、私達にも事情というモノがありまして」
「事情……それは俺を呼んだ事と関係が?」
「……」
「……」
少しの沈黙。彼女達はお互い見つめ合う。窓を閉め切っているから、少し蒸し暑い。そのせいで沈黙が長く感じる。あぁ、じれったいな。呼んでおきながらハッキリしないのは、良くないと思う。
「こほん。率直にお願いしますわ。私達を邪神の討伐に連れて行ってくださいまし」
メーリーさんがそう言って頭を下げると、ヤエさんも一緒に頭を下げる。
「……何故でしょうか? 理由をお聞かせくださいますか?」
邪神討伐に赴く事を、どうして知っているか尋ねようかとも思ったが、俺が勇者である事も知っているのだ。王宮関係者に聞いたのだろう。
「はい。実は私の家は古くから『勇者を支えよ』という家訓がありますの。前回の勇者は百年以上前に存在したのはご存知でしょうか?」
そう言えばササさんに聞いた気がする。
「ええ」
「その勇者様にも、私の御先祖様はお仕えしたとの記録がございますわ。言うなれば、由緒正しき勇者の御供……ですわねっ。御先祖様は大変大きな活躍したとの記録が残っていますわ。時に勇者を導き。時に勇者を励まし。時に勇者を守ったとの記録がございますのよ」
す、凄いな。まさに勇者の従者というか何と言うか。鼻高々に語るメーリーさんからは、誇りを感じ取れた。これは嘘なんかじゃないだろう。
「お願いします。勇者様っ」
ニコリと笑うメーリーさん。完璧な笑顔にドキりとする。いけない、俺にはシュシュさんが……
「なるほど、家訓に従うという訳ですか。しかし、あなたは女優なのでしょう? さすがに戦えない人を守りながらでは……」
綺麗な姫を守りながら戦うっていうのは、あまりにも現実味の無い話だ。
「まぁ。私をおナメにならないでくださいまし。これでも私は剣術がそこそこデキるのですわよっ」
それは意外だが……腕を腰に当てて胸を張る姿を見て、思わず目を逸らしてしまった。
「それに私もいる。力を示せというのなら、お見せするが?」
ヤエさんが凄みを利かせてくる。うん、確かにヤエさんは強そうだ。
――前に見た時も凄かったよなぁ。
「ははっ。そうですね、他にも色々聞きたい事もありますが、まずは実力を見せて頂かないと分からないです。俺と手合わせを願えますか?」
お転婆お嬢様の我がまま、というレベルではお話にならない。少なくとも、ラスーを倒せるくらいでなければ、とてもじゃないが連れていけないだろう。
「もちろんですわっ。今からでも構いませんのよ?」
「話が早いですね、場所は……」
「この宿の裏で良いだろう。人目に付きにくい場所だからな。それと、メーリーが勝ったら、あまり我々を詮索をしないでほしい」
ヤエさんの提案。そんな事を言ったら反対に怪しまれるだろうに。
「後ろめたい事でも?」
コソコソされるよりは……とも思うが、ハッキリと『聞くな』と言われるとなぁ。
「あら、女性にはあまり詮索されたくない事もありますわ。でも、勇者様が勝ったら何でもお答えします。あ、それに加えて何でも言う事を聞いて差し上げますわっ」
「何でも?」
メーリーさんの言葉を聞き、つい目線が彼女の主張のある胸に行ってしまう。
「おいメーりー!」
「さっ。早く始めますわよ?」
ヤエさんを遮ったメーリーさんは、先に裏手から外に出る。続いて俺達も外へ。なるほど、周囲の木が盛り上がり、窪地になっているのか、これなら周囲を気にせずにやれるな。
「では、行きますわよ?」
メーリーさんはそう言うと、細い剣、ゲームとかでレイピアと呼ばれる細剣を右手に、コンバットナイフのような物を左手に逆手にして構えた。構えると同時に、先ほどまでの優しい雰囲気がフッと消える。
「二刀流ってやつか? 実際に見るのは初めてだな」
俺も剣を抜き、構える。先手必勝といきたいが、向こうも考えている事は同じの様だった。
「勇者様、私から攻めさせて頂きますわ……よっ!」
地を蹴り、メーリーさんが俺に向かってくる。速いっ。ササさんと同じくらいのスピードだ。
「それ!」
レイピアでの鋭い連続突きを繰り出される。急所を狙っていないとはいえ、刺さると当然痛いに決まってる。剣を駆使して捌き、避ける、避ける、避ける。
「くっ。やりますね!」
レイピアの刺突を下から切り払い、そのまま振り下ろしをお見舞いする。
「甘いですわっ!」
左手のナイフでガードされる。いや、ガードではなく、上手く受け流される。俺は自分の力で剣を振り抜く事になり、そのまま剣が地に刺さってしまう。
「いっ!?」
ヤバいと思って振り向いた瞬間、俺の首にレイピアが突き付けられる。ピタリと止められたレイピアが、鈍く光って見える。
「あら? これは誤算ですわ。思った以上に手応えがありませんのね? 言っておきますけど、ヤエは私より何倍も強いですわよ?」
――ウ、ウソだろ?こうもアッサリ負けてしまうなんて……
メーリーさんは残念そうというか、見下したような表情を一瞬だけするが、すぐに優しく微笑む。それが辛かった。
「勝負ありのようだな、勇者エータ。これで私達の実力は証明された。邪神討伐、同行させてもらうぞ」
「……分かりました」
色々腑に落ちないが、単純に強力な戦力だと思えば良い。しかし、悔しい。強くなったと思っても、すぐに新しい壁にぶち当たっている気分だ。
――はぁ、本当の異世界での生活ってのは、漫画やゲームみたいに上手くいかないもんだなぁ。
俺は木々の隙間から見える夜空に向かって、大きく溜め息を吐いた。
※※※※※※※※※※※
エータが帰った後、宿屋『エルミルフ』の一室。ヤエとメーリーは二階のこの部屋から、宿舎へと帰るエータの後ろ姿を眺めていた。
「――しかし、拍子抜けも良いとこだな。あれで勇者か……」
「そう言わないであげてくださいまし。まだまだこれから、という事ですわ」
「ふむ。まぁ、|神モドキに至るまでの鍵でしかない。期待はしないでおくさ」
ヤエはそう言うと、手にしていた水を一気に飲み干す。
「そう言えばメーリー。あの話は本当なのかい?」
「あの話?」
「あぁ、えーと、勇者を支えよ、だか何だか言ってたじゃないか」
「ふふっ。ウソに決まってますわ」
「だよな。よくあんな事をスラスラ言えるものだ」
「昔の劇の台詞を覚えてただけですわ。あんな陳腐な芝居に騙されるのなんて、お子様くらいですわよ」
「ふふ。メーリー、そう言わないでやりなよ。彼はまだ子供だよ」
「あら、厳しさの中の優しさというヤツですの?」
「事実を言ったまでさ。勇者エータはまだまだ子供だ。純真で無知。これから如何様にでもなれる」
「ふふっ。何だかヤエったら、お婆ちゃんみたいですわよ」
「お、お婆ちゃん? そこはまだお母さんくらいにしていてくれないか」
「ふふ……さて、明日から私達も勇者一行。ついに始まるのですわ。私の復讐が……」
「あぁ。気を引き締めて行こう。メーリー」
「えぇ。あ、そう言えばギィさんに連絡しないといけませんわね」
「あぁ。そうだね」
「ふふっ。リアリスさんの声を聞きたいですわねぇ」
「あははっ。あんまりイジメてやるなよ?」
「イジメてなんていませんわ。弄ってるだけですわ」
「似たようなモノだ。まぁ、程々に頼むよ。後でフォローするのが大変なんだ」
「考えておきますわっ。あ、ギィさん? メーリーですわ。実は――」
ヤエは電話をしているメーリーを見て、目を細める。この時ヤエは、これから始まる旅を楽観視している事など、微塵も思っていなかったのである。
「ハーレムキター!」
「どうしたんスかエータ。控えめに言って引くほど気持ち悪いッスよ」
「あ! 見るッス! 剣ッスよ!」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」五章7話――
「台座に刺さった剣て、選ばれた勇者しか抜けねぇよな」
「ついに選ばれし勇者たる俺に相応しい――」
「だから、気持ち悪いッスよ、エータ」
 




