5話・この世界に対する違和感
ガドルラスーを討伐し、王都へと帰還したエータ達。その日の夜、新たなる出会いがエータに一つの疑問を芽吹かせるのであった。
ガドルラスーを倒した俺達は、負傷した兵士を庇いながら王都に帰還した。途中、ラスーの襲撃にはあったものの、大きな損害も無かった。
シュシュさんと俺はほとんど会話する事は無く、まるでお互い空気みたいに、ただそこにいた。ササさんが色々と気を使ってくれていたみたいだったが、別に喧嘩していた訳じゃない。
「はぁ」
王都に帰還した時は夕方で、解散すると俺達はそれぞれ食事を摂り、部屋に戻った。俺は今、自室のベッドに一人横になっている。相部屋の連中は別の任務で皆出払っているそうだ。目を瞑ってみる。疲れているはずなのに、何故か眠れない。
――散歩でもするか。
俺はすっかり暗くなった王都を散歩する事にした。薄掛けを羽織り、兵宿舎の外に出る。すると……
「あれ、シュシュさん?」
兵宿舎の出入り口の先にいるシュシュさんを見つける。
「あ、エータさん。どうしたんです? こんな時間に」
彼女は振り向いて微笑み掛けてくれた。いつもなら嬉しさでニヤケてしまうのだが、何だろう……今日は美しさの中に、どこか儚さがあるように見える。
「あ、いや、眠れなくてさ。ちょっと散歩でもしようかと思って」
何となく照れ臭くなって、ポリポリと頬を掻く。
「そうなんですか。私と一緒ですね」
――シュシュさんもか。よし、これは誘うしか無いよな。
「じゃあさ、一緒に散歩しようか。話したい事もあるしさ」
実はカルロの事で思い出した事があった。すぐにでも聞こうと思ったけど、タイミングを一度逃し、忘れていた事。
「話したい事?」
「うん。ちょっと聞きたい事って言うのかな。歩きながらで良いからさ」
そう言って俺達は並んで歩き始める。目的地は無い。心地良く吹く夜風が何とも気持ち良い。
この世界に来て、俺は散歩が好きになった。元の世界では外に出る事自体あんまり好きではなかったから、俺からすれば大きな変化だ。
「――それで、聞きたい事って何ですか?」
少し歩いたところで、シュシュさんが切り出した。
「あのさ、シュシュさん。この世界って、海ってあるよね?」
「はい。ありますよ?」
ここまでは普通の反応、問題はきっとこの先だ。
「海の向こうには、他の陸地とかはあるの?」
そう聞くと、シュシュさんの目から光が消えたように思える。カルロの時と、一緒だ。
「何を言っているんですか? エータさん。他の……陸地?」
ぶつぶつと呟き始める。これも同じだ、あの時と。
「シュシュさ――」
「そこの方」
「うっはぁ!?」
急に背後から声を掛けられる。ビックリして変な声を出しながら飛び上がってしまった。
――誰だ?というか、いつからいた?
振り返るとそこには、いつかの日に見た、剣道着のような服装をした女性が立っていた。確か……ヤエ、と呼ばれていた気がする。あの時とは違い、フード付きマントを着て怪しい格好だ。
「急にすまない。だが、その話題はしない方が良い」
そう言いながらヤエさん?は人差し指でシュシュさんを指差す。見るとシュシュさんは、真剣な様子でぶつぶつと、壊れたラジオのように同じ事を呟いている。
「――こう? 海の向こう? 海の向こう? 海の――」
「シュシュさん! シュシュさん!」
俺は彼女の肩を掴み、名を呼んだ。
「はぅっ!? エ、エータ……さん? あれ? 私、何を?」
ゆさゆさと強めに揺さぶっていると、我に帰ったようだ。彼女の目に光が戻ったような気がした。
「お嬢さん達、お時間はあるかい? 君達はラッキーだ。ある名女優が今から、そこの酒場でゲリラ的な小芝居をやるんだ。通常なら安くても銀貨三十枚以上はするところ、今日は何とタダだ」
急に芝居がかった調子で話し始めるヤエさん。下手くそだ。しかし、この世界にも芝居とかがあるのか。ウルバリアスに来てからは娯楽的なモノはあまり見ていない。ラカウのオジサン達が将棋みたいなのはしてたけど、よく見てなかったしな。
「芝居か……シュシュさん、行ってみない? 銀貨三十枚分がタダだってさ。ラッキーだよ」
芝居自体にはそれほど興味は無かったが、先ほどの事を忘れさせたかった。あの事は聞かない方が良い。それが分かったから、一先ずヤエさんに感謝しよう。
しかし、この人は一体何なんだろう?芝居よりもこの人の方に興味があったが、今はシュシュさんの事を優先しなければ。ちなみに銀貨三十枚分だと、日本円にして大体三万円くらいのイメージだな。銅貨一枚一円かな。キナの実が一つで銅貨百枚くらいだったから、それを基準に考えてみた。
「らっきぃ? えと、分かりませんが、芝居は興味ありますね。見てみたいです」
少し辛そうにも見受けられるが、彼女は優しく微笑んでくれた。良かった。急な提案だったけど、助かった。
「決まりだな。それではこちらへどうぞ」
ヤエさんはそう言うと、大袈裟な身振りで俺達を酒場へ案内する。結構広めな酒場は、そこそこの賑わいを見せていた。
――王都に来てから……いや元の世界に居た頃から考えても、酒飲み場に入る事は初めてだな、そう言えば。へ~、なかなか広い店内にはステージまである。きっとあそこで芝居をするんだな。
店内を見渡すと、様々な大人が酒を片手に語らい、笑い合っている。何と言うか、これぞ酒場!って感じがして、俺は妙に嬉しくなってしまった。
「うぉっほん! 本日は当店にお越しいただきまして、ありがとうございます! 本日は、何と! 各国で有名なあの女優が、ここの舞台に上がって頂く事になりました!」
俺達が席に通されると、店のオーナーだろうか、小太りの男がステージ脇で大きな声で話す。観客の注目は一瞬そちらに集まるが、すぐに元通りになった。
「では、お願い致します!」
オーナーらしき人がそう言うと、店内の灯りが暗くなり、ステージ上の灯りが強く輝く。店内はそのせいか、ザワつきの声が困惑したような音に変わった。
『――私の生まれた村は、とても貧しいところでした……』
そうセリフを吐きながら、ステージの袖から一人の女性が現れる。
――あの女性も前に見たな。ヤエさんと一緒にいた、確か……うーん、名前が思い出せないや。
『――――』
『――――!』
しかし、凄いな。金髪のショートボブの一人の女性が、何役もこなしている。一人芝居というヤツだな。ある時は少女、またある時は老婆、花売り、若い男性役まで。衣装は変わらず同じ赤いドレスのような恰好なのに、彼女が台詞を吐き、動きが加わる事でまるで違う物のように感じられる。
いつしか酒場の客は全て彼女に魅了されていた。彼女の動作の一つひとつに目を奪われ、酒を飲む事を忘れ、実に静かな空間。シュシュさんもすっかり見惚れているようだ。
『これで、私はやっと帰る事が出来るのですね――私の中の、私の故郷へ……』
三十分程度の舞台はその言葉で締め括られ、舞台上で女優は深々とお辞儀をする。すると店内の客は、思い出したかのように大きな拍手。俺も無意識に手をパチパチと鳴らしていた。
「メーリー! 本物だぁ! メーリー!」
「メーリー! 結婚してくれぇ!」
――あ、思い出した。メーリーだ、メーリー。それにしても、男性客からの歓声が特に凄いな。この世界の大女優って感じなのかな?それが突発で舞台に上がるなんて、ファンにとっては本当にラッキーだろうな。
「ウルバリアスの皆さん、御機嫌よう。本日は私の気まぐれに付き合って頂き、ありがとうございますわ。それでは引き続き、ご飲食をお楽しみくださいまし」
そう言って舞台の袖に消えていくメーリー。ニコリと微笑んだ表情が、とても印象的だ。
「凄かったね。シュシュさん」
「うぅ、良かったですねぇ、帰れて……」
隣の彼女はボロボロと泣いている。確かに面白い芝居だったが、店内で泣いてるのは……結構いるな。男女問わず、目に涙を浮かべている人も多い。俺は少しの間、感動の余韻に浸る彼女を眺めていた。
「――あ、ちょっとトイレ行ってくるね」
そう言って立ち上がる。あ、この世界でも便所はトイレで伝わるのだ。
「――これを」
「うっひゃあ!」
トイレで用を足して出てくると、ヤエさんがまたしても急に現れる。そしてまたしても変な声が出る。
「な、なんですか?」
トイレから出てすぐに女性から話し掛けられる事など、そうそうあるものではないと思う。ヤエさんは俺に小さな紙を手渡すと、すぐにいなくなった。
「なんなんだ?」
俺は不思議に思いながら、貰った紙を開いてみた。
『王都の入口付近の宿「エルミルフ」で待つ。勇者エータ一人で来い』
そう書かれていた。何だこれは?目的が分からないけど、俺が勇者だと知っている?人数指定というのも怪しすぎる。しかし、さっきから気になっている事もあり、確認してみたい。
あの女性、ヤエは俺達に『ラッキー』と言った。この世界の人々がラッキーというように、英単語を使っているのはなかなか聞かない……考え過ぎだろうか?
「遅くなってごめん。さて、帰ろうか」
俺は席に戻ると、泣き止んでいたシュシュさんにそう言った。
「はいっ。お芝居、楽しかったですね」
「そうだね、良かったよ」
こんなに楽しそうにする彼女を見るのも、久しぶりな気がした。本当、ヤエさんには感謝しないとな。
――よし、お礼も兼ねて行ってみるとするか……
「私の名前はヤエ・アマサキ」
「メーリー・バークレイですわ」
「――単刀直入にお願いしますわ。私達を邪神の討伐に連れて行ってくださいまし」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」五章6話――
「ヘンテコな組み合わせ」
「今後の予告は全て! 私が乗っ取りますわっ!」
「……やめてくれ、メーリー」




