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4話・予想外

ガドルラスーと対峙するエータ達。数の有利もあり、何より訓練の成果があった。数か月前とは違う自分達を、魔物に見せつける事が出来るのか。

「油断するなッス!」


 ササさんの言葉もあり、剣を構え直す。埃が段々と晴れていく。


 ウギ……ウガァァァァァァアアアッ!!


 ガドルラスーの凄まじい咆哮に、埃が一瞬にして晴れたように感じる。鳥は巣を捨てて飛び立ち、周囲に潜んでいた小動物や魔物達が一斉に逃げ出す。


「……だよな」


 埃の中から現れたヤツは無傷……では無かった。所々から流血している。怒り狂ったような形相、荒い鼻息。盛り上がった筋肉が、これまでヤツが本気ではなかった事を証明しているようだった。


「ここからが本番だ! 総員、気を引き締めろッ!」


 ササさんも一層本気になったようだ。口調が隊長モード(・・・・・)になっている。俺も気を抜く訳にはいかない。

 ――カルロ、見ていてくれ。あの時お前が命を懸けた事が、無駄ではなかった事を証明して見せる。

 ギギッ!と鳴き声だか歯(ぎし)りだか分からぬ音を発し、物凄い速さでヤツは突撃してくる。ただの右ストレートが、まるで砲丸の球が向かって来るかのようなプレッシャーを放っている。

 身体強化中とはいえ、まともに喰らえば危ないだろう。だが、避けられる。今の俺なら、出来る。ヤツの右ストレートを出来る限り引き付けて回避する。この方が、ヤツの体勢が崩れて反撃が入りやすい。


「くらぇぇッ!」


 ヤツの拳を避け、すれ違いざまに居抜き胴。確実に捉えた、ヤツの胴体を叩き斬ってやったと思わずガッツポーズをしたくなったが、これで終わるはずは無い。

 ヤツは腹を抑え、傷口を確かめる。ほんの少しの出血のようだ。ウギギ、と少しだけ悔しそうに顔を歪めている。


「ははっ。まじかよ」


「エータ! 油断するなッ! まだ終わってないッ!」


 ササさんの言葉通り、ガドルラスーは反撃の反撃とばかりに、俺に向かってパンチやキックの連撃を仕掛けてくる。俺の攻撃などまるで効いていないようで、その俊敏性に衰えは感じられない。


「うあ! っと、おわっ!」


 俺は何とか間一髪で猛攻をしのぐ。ヤツの攻撃が肩をかすめ、その部分の服が破れる。


「調子にッ! 乗ん、なッ!」


 隙を見つけては斬りつける。互いに一進一退の攻防が続く中、兵士達の援護魔法がヤツに直撃している。しかし、トルト等の下級魔法ではヤツの気を逸らす事も出来ていない。

 体術と剣術が激しくぶつかり合う時間が続く。時間にすれば数分だろうけど、俺にとっては数時間のようにも長く感じられた。


「――後ろが! がら空きッス!」


 攻防が続いた後、ササさんが後ろから後頭部に飛び蹴りを放つ。ヤツは軽く体制を崩した。ウギギ、と声を漏らし、ササさんを睨み付けている。


「エータさん! ササちゃん!」


 シュシュさんからの合図に俺とササさんは離れ、シュシュさん達の方へ回り込む。俺は離れざまに、ヤツの目に向かって木片を蹴り上げた。丁度眼球に入ったらしく、痛そうにもがいていた。ざまぁみろ。


「グリンクル・ステック・セルザナン!」


 突き出したシュシュさんの両手から、無数の光球が放たれる。一つひとつがバレーボールくらいの光球が、顔を抑えてもがいているガドルラスーの真上へスーッと飛んで行き、規則的に並んで回転して円を描いている。


「もう……――加減に……――でよッ」


 シュシュさんが何かを呟くと、光球の輪の回転が増していく。強く発光したかと思うと、凄まじい熱量の光がガドルラスーの頭上から降り注いだ。まるで極太レーザーのようだ。


 グァガガガガガがアアアア!!


 またも凄まじいほどの轟音が鳴り響き、立っている聖樹の太い枝が揺れる。ヤツの鳴き声が、轟音と混じって俺達の鼓膜を(つんざ)く。巻き上げられた木片が、衝撃に乗ってこちらに飛散してくる。結構離れたつもりだったが、油断していると飛ばされて落ちてしまいそうだ。


「今度こそ――!」


 そう思った次の瞬間、巻き上がる埃の中から大きな影が飛び出したかと思うと、シュシュさんのすぐ近くに居た兵士が数人宙を舞った。


「「「うわぁぁああ!」」」


 ――まじか、まじかよッ!まだ生きてんのかよッ!

 ギィィグァァァアア!!と今までとは違う鳴き声を発し、奴は俺達の直ぐ(そば)でドラミングをする。全身ボロボロで明らかに満身創痍。左腕なんて肘の上辺りから無くなってんぞ。


「ちッ! シュシュ! 離れるッス!」


 ササさんが、シュシュさんとガドルラスーの間に入る。ガドルラスーは、明らかにシュシュさんを狙っている。


「唸れ鉄拳! 打ち砕くは重き拳骨! ズワル・ファオスト!」


 魔力を乗せたササさんの右ストレートが、ズン!と鈍い音を立てて腹部に直撃する。

 めり込んだ拳、目と口を限界まで開いたヤツの顔から、相当な衝撃である事が伺える。


「往生際が悪いヤツッスね! エータ! トドメ刺すッスよ!」


「あぁ! 魔法を使う! 前衛頼むッ!」


 ――これで、本当に最後だッ!


「岩石の槍よ……」


 ――カルロ、最後はこの魔法で決めるよ。


「我に仇名す敵を貫け……」


 俺の右手に魔素が集まり、岩石の槍が構築されていく。教えてもらった訳じゃないけど、この魔法はカルロが俺達を逃がす時に使ってくれた魔法だから、忘れないように習得したんだ。最後は出来ればこれで決めたかった。


「よしッ! 今ッス!」


 ササさんの蹴りが顔にヒットし、ヤツは残った右手で顔を押さえている。

 

「これで終わりだぁぁぁあああッ!」


 俺は構築した岩槍(がんそう)を握り締め、ヤツに向かって飛んだ。


「ランロン・ガルック!」


 思いっきり振り被ってヤツの胸の真ん中に向かって岩槍(がんそう)を投げる。俺が投げると同時に、ヤツを引き付けてくれていたササさんが横に飛んだ。

 放たれた岩槍は、吸い込まれるようにヤツの胸の真ん中にグサリと突き刺さる。ヤツは咄嗟(とっさ)にカルロの剣を防御に使ったつもりであったが、カルロの剣は折れ、折れた切っ先がヤツの首筋に突き刺さる。


 グゥ……ギグ……ガッ……


 岩槍(がんそう)と剣が突き刺さったまま、ふらふらと木の端の方へ後退っていく。ごぼごぼと口から流血し、ガクガクと膝が笑っている。


「陽の力よ――セルナ」


 シュシュさんが小さく唱えると、突き出した彼女の右手から小さな光球が放たれ、ガドルラスーの顔面に当たって弾けた。


 グッ……


 ヤツは気を失ったのか、死んだのか。小さく(うめ)くと、聖樹から真っ逆さまに落ちていった。


「――やった……やったぞぉ!」


 沈黙が一瞬だけ場を支配すると、兵士の一人が嬉しそうに叫ぶ。他の兵士達も皆歓喜し、口々に勝利を喜ぶ声を挙げ続けた。そんな光景を見ながら、俺とシュシュさんは同時にその場にへたり込む。


「勝った。勝ったぞ。カルロ……」


「皆、仇は取ったよ……」


 それぞれの口から消え入りそうに声が出る。疲労と安堵から、それしか声が出なかったのだ。

 皆が全力を出し、皆が生き残った。これまでの訓練は決して無駄では無かったと実感する。しかし、もしヤツの攻撃がまともに入っていたら……

 ――考えるのはよそう。俺達は勝った。それで良いじゃないか。


「お疲れッス。シュシュ。エータ。今回の遠征は……最高の結果、ではなかったかもしれないッスけど、頑張ったッス。きっと死んでしまった皆も褒めてくれるッス」


 ササさんは俺とシュシュさんの前に来てしゃがみ、俺達の肩に手を置いて言った。


「ササちゃん……」


 シュシュさんはササさんの名前を呟くと、顔を歪めて泣いた。大粒の涙が彼女の頬を伝う。感極まったのだろう。大事な人達の仇を討てたのだから、良かったと思う。


「シュシュもエータも、今は泣くと良いッス。お姉さんが慰めてやるッスよ」


「何言って……」


 そこで初めて、俺も泣いている事に気づいた。優しくしてくれたオジサンやオバサン、ラカウでの日々が一気に俺の頭を駆け巡る。


「くぅっ。ごめん」


 俺がそう言うと、ササさんは両腕を広げて俺達を優しく包み込んでくれた。木々の隙間から射す陽の光が、俺達を照らす。ざぁざぁと揺れ鳴る葉の音が心地良い。まるで戦いなど無かったかのように長閑に揺れる大樹の葉。隙間から射す木漏れ日の中、俺達はしばらく勝利の余韻に浸っているのだった。


「あ、エータさん。どうしたんです? こんな時間に」

「決まりだな。それではこちらへどうぞ」

「ウルバリアスの皆さん、御機嫌よう」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」五章5話――

「この世界に対する違和感」


「で・ば・ん! 出番ですわ! ヤエ!」

「そうだねメーリー」

「暴れますわよ、ヤエ!」

「いや、暴れる必要は無いと思う。落ち着くんだメーリー」

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