2話・前後不覚な私は彼の言葉を聞いて人事不省になる
僅かな希望を失ったシュシュは、崩壊した集落で何を思うのか。
故郷に帰ってきた夜。私はまるで、自分自身の体が半分無くなってしまったかのような感覚に囚われていました。住み慣れたはずの家から見える景色は、別の集落に来たかと錯覚してしまう程に変わっています。
「はぁ……」
悲しさから、先ほどまで散々泣き散らし、ようやく落ち着いてきたと思うと、酷い虚しさが胸を満たしました。
――私は、何の為に生きているのだろう……?
無意識のうちに手に持った剣を眺めると、自分の顔が少し映りました。酷い顔。泣きはらした腫れぼったい目に憔悴した表情。
「――これから、どうしよう?」
剣にぼんやり映った自分に問い掛けるように呟きます。もちろん応えてくれるヒトは……いません。
どうするか、はラカウに来る前に決めてはいました。勇者に選ばれたエータさんに同行し、邪神を倒す。神様からのお告げがあった勇者様のお手伝いが出来るなんて、これほど光栄な事は本来ありえません。
「でも……」
今の私には、それすら、どうでも良いと思えてしまうのです。神託に従いたい気持ちと、何もしたくないという、酷く矛盾した感情が渦巻き、ムカムカと気持ちが悪いです。
「けっほ。けほ――んん!」
こんなに埃が溜まるくらい、私はこの家を空けていたのですね。両親との思い出が詰まった、この家を。
私は小さい頃から、学舎で教鞭を執っていた両親に魔法を教わっていました。父も母も魔法学を教えていて、私は両親から「天才だ」と言われていました。もちろんそれがただの親馬鹿である事は分かっていますが、子ども心に素直に嬉しかったのを覚えています。
両親がいなくなってからは、ラカウの皆が私の家族になりました。泣いてばかりだった私の面倒を見てくれたジルおばさんや、買い物に行く度におまけしてくれた商店のおじさん達。皆みんな、私の大切な家族でした。
「……」
そんな大切な家族が、また失われてしまったのです。そんな風に考えると、また涙が頬を濡らしていきます。
「うぅ――」
もう私には、何も残っていない……絶望している内に私は、いつの間にか眠ってしまったようです。久しぶりの故郷で迎えた夜は、残酷な事にラカウでの何気ない生活の夢を見ました。
両親が居て、おばさんやおじさん、ササちゃんが居る。何故かエータさんも居ました。父とエータさんが畑仕事をしていて、私と母がお弁当を作って持って行く。皆で仲良く楽しそうに食べています……
もし両親が生きていたなら、こんな場面もあったのかもしれません。次の日朝、起きた私は酷い喪失感を紛らわそうと、朝食を作る事に。雨の音が、私を無心にするのを助けてくれているようでした。
「おはよう、シュシュさん」
エータさんが台所に入ってきました。彼の世界の挨拶にも、だいぶ慣れてきたので返答できます。
「おはようございます。エータさん」
精一杯の笑顔を作ったつもりでしたが、エータさんの辛そうな表情から、私は上手く笑えていないのだと感じました。
「…………」
そうだ。彼にはキチンとお話しなければいけませんね。もしかしたら、弱った私なんて邪神を倒す旅に連れて行けないと言うかもしれません。
「――なんかね、エータさん」
出来上がった料理を盛りつけながら私は口を開きました。
「私、どうしたら良いか――分からなくなっちゃいました」
飯台に料理を運ぶと、私は椅子に座りました。
「えっと――」
困った顔のエータさん。それはそうですよね、突然こんな事を言われたら誰でもこんな反応になりますよね。
「あの夜に言った通り、もうとっくに分かっていたんです。ラカウがこうなっている事。でも頭のどこかでは、まだ間に合う。きっと大丈夫。運良く襲われずに済んで、皆笑顔で迎えてくれるんじゃないかって。思っていたんですね、私は。けじめまでつけたつもりでも、やっぱり大丈夫なはずって思っていたんです」
私の右頬を一筋の涙が伝いました。涙なんて昨日で枯れたかと思いましたが……
「きっと今までは、ラカウを助けるって思ってたから頑張って来れたんですね。だから、ラカウがもう無いなら、私は……私はもう生きる意味も、無くなっちゃったみたいで――」
俯いた私の両頬を、溢れた涙が流れ落ちます。こんなに止めど無く流れるなんて、どこに涙が溜まっていたのでしょうか?
「シュシュさん。生きる意味が無いとか、悲しい事を言わないでよ」
エータさんの言葉に、少しだけイラつきました。
――何も知らない人から言われても、イラつくだけですよ、それ。
「エータさんには分からないですよ。私には、ラカウが全てだったから。こんな事なら、私も皆と一緒に――」
「そんな事は言っちゃダメだ!」
エータさんはそう言いながら立ち上がりました。ガタンと倒れる椅子。音に反応して私は顔を上げ、彼を見ました。彼は困っているような、怒っているような……きっと両方なのでしょう。
「確かに、俺にはシュシュさんの気持ちは分からないかもしれない。でも、俺達を生かす為に必死になって戦ってくれた人の想いを無駄になんてできない……」
「……」
「優しくしてくれたジルおばさんも、頑固な道具屋のおじさん、勇敢なカルロ達。皆だって、生きたかったはずだ。でも、自分達を犠牲にしてでも、俺達を生かしたんだ」
「……」
必死な形相で言うエータさん。思えば彼は、いつだって必死だったと思います。必死で生き、時には調子に乗って失敗する。
「なら、俺達は皆の分まで生きよう。生きなくちゃならない。それに何より、俺がシュシュさんに生きていてほしい」
「……!」
言葉でそう言われたのは衝撃的でした。はっきりと言い放たれた言葉が私の胸に突き刺さります。
「今まで、ラカウがシュシュさんの全てだったって言うんなら、これからは俺と一緒に、色々な思い出を作ろう。小さな事で笑ったり、つまらない事で喧嘩したり、楽しい時間を共に過ごして、辛い時は励まし合って。どこかで野菜でも育てながらのんびり暮らしても、この世界を旅して歩いても、二人一緒なら、きっと――」
必死な表情に、飾らない言葉。本当に私を心配してくれていると分かります。
「……」
「……」
「……ふふ」
少しの間を置いて、私は不思議と笑っていました。
――そうでした、エータさんはいつだって私に必死に、真剣に接してくれていましたね。彼の言葉が真剣だからこそ、私の心に響く……という事なのですね。
私は、今まで何でエータさんが他の女の人と接したりしているとモヤモヤするのか、分かったような気がします。私が知っている恋や愛情等とは違う感情のように思えますが、きっとこれが本当の恋心というモノなのでしょう。
「求婚ですか?エータさん?」
分かってしまえば、不思議なものですね。何ともすっきりした気がします。
ラカウの皆や、カルロさん達には感謝しています。でも、エータさんが言った通り、私達は生きなくてはいけません。今は生かされた命として、ただ感謝あるのみですが、いずれは……そうですね、素晴らしい家庭を作って、幸せになる事で恩返ししたいと思います。
「良いですよ、エータさん」
「え――」
呆気に取られるエータさんの顔が涙でよく見えません。これはいけませんね。
「でも、約束してくださいね?」
涙を親指で拭って真っ直ぐにエータさんの目を見ます。私は……
「私、悲しいのはもう嫌です。だから、私より長く生きてください。私が望むのは――ただそれだけです」
それだけ伝えます。本当はもっともっと沢山伝えたい言葉があるけど、恥ずかしいのでまだ言いません。
「はい! 約束します。俺は決して、シュシュさんを悲しませたりしない!」
「ふふっ。世界を旅するっていうのも、面白そうです。それも約束ですよ?」
「もちろん! 色んな所に行こうよ!」
彼の言葉はやっぱり真剣でした。きっとこの先、エータさんは私を悲しませるような事は絶対にしないでしょう。少し無言で見つめ合うと、恥ずかしさが込み上げてきました。
どちらともなく食事を摂り始めようとすると、ササちゃんが実は聞いていました。まったく……ササちゃんはいつもこうやって私をからかって遊ぶんです。最近はエータさんも一緒になってからかわれていますけど。
ササちゃんとエータさんのやり取りを見ていると、元気が湧いてきました。ラカウの皆や、カルロさん達の事は決して忘れません。ですが、囚われ過ぎても、きっとそれは彼らの本意では無いと感じるのです。その事をエータさんに教えられました。やはりエータさんは不思議です。ずっと一緒にいたい、彼の役に立ちたい。そう私は願うばかりです。
あ、一つだけエータさんに言っておきましょうかね。恥ずかしいですけど、言っておかなければと思います。
「エータさん」
「なんだい?」
この言葉は、本来であれば、その人の顔を見ながら言うべきなのでしょうけど、何故でしょうか?エータさんの方を向きたくない、と感じている自分がいます。何なのでしょうか、この感覚。
「……」
「……」
しかし同時に、私はこの人を喜ばせたいというような感覚もあるのです。自分の感情のはずなのに、自分では分からない。変ですね。
「好きですよ」
「――俺もだよ」
一般的な恋愛や結婚がどんなものか、私にはよく分かりませんが、私とエータさんは、こんな感じで良いと思います。ゆっくりじっくり、邪神でも倒しながら考えていきましょうかね。焦りは禁物です。
エータさんに握られた手からは、暖かさと力強さを感じました。私はほんの少しだけ握り返しましたが、エータさんは気づいていないようでした。
次回予告!
「――いつか、必ずまた帰って来ます。それまで……行ってきます」
「お約束ってヤツだ!」
「会いたかったぜ……くそゴリラ!」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」五章3話――
「再遭遇」
「俺が倒す、ガドルラスーも、邪神も!」




