表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/119

1話・不幸の中に芽生える小さな幸福

ラカウに戻ったエータ達は、自身達が抱いていた小さな希望を打ち砕かれた。絶望の中にあるシュシュに、エータは何を思うのか。

 俺達がラカウに着いた翌日。珍しくザーザーと降りしきる雨の音で目を覚ます。この世界はあまり雨が降らないらしい。それでも魔素を水に変える術があるそうで、特に困る事は無いそうだ。

 昨日は結局生存者は発見できず、集落に残った人達と同じ数の亡骸を見つける事が出来た。ラカウに残った人は全て……手遅れだったという事を知らしめられ、シュシュさんもササさんも俺も、意気消沈していた。

 比較的に無事だった建物を使わせてもらい、暗い気持ちのまま一夜を明かす事に。俺とシュシュさんは懐かしいシュシュさんの家へ。(はずれ)の方にあったからか、それほど被害が無かった彼女の家で、俺達は気が重い朝を迎えたのだ。


「おはよう、シュシュさん」


 のそのそ起きてキッチンの方へ向かうと、良い匂いがする。あぁ、懐かしい。まだ数か月前の事なのに、遥か遠い昔の体験であったかのような懐かしさだ。


「おはようございます。エータさん」


 昨夜泣き明かしたであろう彼女の顔は、酷くやつれていた。腫れぼったい目で無理をして作った笑顔が、とても痛々しい。


「…………」


 俺は言葉が出て来なかった。ただ茫然(ぼうぜん)と彼女の後姿を見ている事しか出来ない。ザーザーと降る雨の音がリズミカルな調理の音と混ざり合って、一種の音楽のようにさえ思えた。


「――なんかね、エータさん」


 出来上がった料理を盛りつけながら、彼女が口を開いた。雨の音で聞き取りにくいはずなのに、不思議と彼女の声は俺の耳にしっかりと届く。


「私、どうしたら良いか――分からなくなっちゃいました」


 テーブルに料理を運び、シュシュさんは座る。俺も反対側の椅子に腰掛ける。掛ける言葉は見つかろうはずも無かったが、それでも何か話さなければと思い、何も考えないまま口を開ける。


「えっと――」


 俺はシュシュさんの自虐気味な微笑みに、言葉どころか表情さえもどうして良いか分からない。彷徨(さまよ)う視線は部屋中をなぞり、開いた口からは音は出ない。


「あの夜に言った通り、もうとっくに分かっていたんです。ラカウがこうなっている事。でも頭のどこかでは、まだ間に合う。きっと大丈夫。運良く襲われずに済んで、皆笑顔で迎えてくれるんじゃないかって。思っていたんですね、私は。けじめまでつけたつもりでも、やっぱり大丈夫なはずって思っていたんです」


 彼女の右頬を一筋の涙が伝う。数か月前とは違う髪の長さが、ここでの思い出が遠い昔に感じる所以(ゆえん)であろう。


「きっと今までは、ラカウを助けるって思ってたから頑張って来れたんですね。だから、ラカウがもう無いなら、私は――私はもう生きる意味も、無くなっちゃったみたいで……」


 両頬を溢れた涙が流れる。(うつむ)いた顔から、ぼたぼたと落ちた涙がテーブルを叩いている。

 ――あぁ、俺は、俺は……


「シュシュさん。生きる意味が無いとか、悲しい事を言わないでよ」


 この人が悲しい顔をしているところなんて、見たくない。


「エータさんには分からないですよ。私には、ラカウが全てだったから。こんな事なら、私も皆と一緒に――」


「そんな事は言っちゃダメだ!」


 言いながら立ち上がる。ガタンと倒れる椅子。音に反応し、シュシュさんは顔を上げた。

 ――俺はこの人が幸せになってくれたら、他に何もいらない!


「確かに、俺にはシュシュさんの気持ちは分からないかもしれない。でも、俺達を生かす為に必死になって戦ってくれた人の想いを無駄になんてできない……」


「……」


「優しくしてくれたジルおばさんも、頑固な道具屋のおじさん、勇敢なカルロ達。皆だって、生きたかったはずだ。でも、自分達を犠牲にしてでも、俺達を生かしたんだ」


「……」


「なら、俺達は皆の分まで生きよう。生きなくちゃならない。それに何より、俺がシュシュさんに生きていてほしい」


「……!」


「今まで、ラカウがシュシュさんの全てだったって言うんなら、これからは俺と一緒に、色々な思い出を作ろう。小さな事で笑ったり、つまらない事で喧嘩したり、楽しい時間を共に過ごして、辛い時は励まし合って。どこかで野菜でも育てながらのんびり暮らしても、この世界を旅して歩いても、二人一緒なら、きっと――」


 自分でも必死だと自覚している。でも、こんな局面で必死になれない奴の方がどうかしている。目の前で大切な人が、落ち込んでいる時に変に恰好付けるつもりは無い。

 ただ、絶対に届けなくちゃいけないと思った。俺の気持ちを。上手く纏められないけど、純粋にあるこの気持ちを――ただ知って貰いたかった。


「……」


「……」


「……ふふ」


 少しの間を置いて、彼女は笑った。


「求婚ですか? エータさん?」


 ――きゅ、求婚……!?い、いや。まぁ確かに考えてみるとそれっぽいけど。


「良いですよ、エータさん」


「え――」


「でも、約束してくださいね?」


 涙を親指で拭って真っ直ぐに俺の目を見る。


「私、悲しいのはもう嫌です。だから、私より長く生きてください。私が望むのは――ただそれだけです」


 彼女が言った言葉は決して長い言葉ではなかったが、胸の奥に響いた。


「はい! 約束します。俺は決して、シュシュさんを悲しませたりしない!」


「ふふっ。世界を旅するっていうのも、面白そうです。それも約束ですよ?」


「もちろん! 色んな所に行こうよ!」


 俺の誓いを聞くと彼女は優しく微笑む。先ほどまでの痛々しい笑みではない。俺はこの顔が見たかったのだ。しかし、まさか十七歳で婚約……なのか?をしてしまうとは思わなかった。

 この世界の常識はまだまだ分からない事ばかりだし、文化の違いに戸惑いも多いけど、俺はシュシュさんをずっと守りたいと思った。その気持ちに世界間の壁は関係無い。


「……」


「……」


 少し間を置くと、二人して恥ずかしさが込み上げてくる。俺達は顔を赤らめたまま食事を始めようとした。


「――さて、そろそろ良いッスか?」


 ササさんが窓に頬杖をついている。いつの間にか雨も止んでいたらしい。


「うわ!」


「ひっ!」


 俺とシュシュさんは同時に声を上げる。


「いやー……声を掛けるの、迷ったッスけど。面白そうだから声を掛けちゃったッス」


 ニヤニヤ笑いながらそう言うササさん。まさか見られていたとは思わなかった。と言うかこの人、気配消してたんだろうな。


「ちょ、ちょっとササちゃん。いつから――」


 シュシュさんの顔は茹でダコ状態だ。その様子を見て、更に楽しそうにニヤニヤする猫娘。


「にゃはは♪ ……私より長く生きてください――くぅ! 良い顔だったッスよ!」


 シュシュさんのマネか?お?


「にゃははは♪ ……俺がシュシュさんに生きていてほしい――にゃはははははは!」


 よし、今日は猫鍋だな!


「――そこ動くなぁ!」


 捕まえようと窓にダッシュ。しかしササさんは笑いながら離れる。すばしっこい猫め!


「にゃはは! めでたい事を隠すなッス! おーい皆ぁ! おもし――めでたい知らせッスー!」


 今面白いって言いかけただろ!


「くっそ――あぁ、もう……」


 もう遅いと判断し、追撃を諦める。


「ふふ。エータさん。ササちゃんなりの優しさですよ、きっと」


 シュシュさんも窓のところへやって来て、楽しそうに走り去るササさんを見る。


「落ち込んでる私を元気付けようとしてくれてるんだと思います。自分だって辛いはずなのに」


「そうかなぁ。ただ楽しんでるだけかもしれないよ?」


「ふふ♪ それならそれで、良いですよ」


 あの猫娘め、いつか痛い目を見せてやらねば。


「――エータさん」


「ん?」


「ありがとうございます。私、エータさんに会わなければ、きっと今頃はこの世にいないんですよね」


 そう、だろうな。きっとガドルラスーにやられていただろう。


「……うん」


「エータさん」


「なんだい?」


 俺達は互いの顔を見ず、窓の外を見ている。変に気恥しい感じがしたのだ。


「……」


「……」


 きっとそれは彼女も同じなのだろう。同じような感覚を共有しているような、不思議な満足感があった。


「好きですよ」


「――俺もだよ」


 この娘が幸せになってくれれば、ではない。俺が幸せにしてあげたい。きっと俺が、文化も理すらも異なるこの世界に来たのは、シュシュさんを幸せにする為なんだ。俺はこの時、本気でそう考えていた。

 そっと握った彼女の手は、ひんやりとした冷たさの中に、優しい暖かさが……確かに感じられたんだ。


「次回予告です。次回は今回の話を私の視点からお伝えします」

「暗いッスねぇ」

「そう? いつまでも落ち込んでる訳にもいかないから、私なりに区切りをつけたつもりだよ」

「……そうッスか。シュシュがそう言うなら、私は何にも言わないッス」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」五章2話――

「前後不覚な私は彼の言葉を聞いて人事不省になる」


「うんうん。婚約成立ッスねぇ。私にイイヒトいないのかって? 私は……にゃはは。内緒ッス!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ