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12話・急いでいるからこそ

ガガルの案内してくれた露天風呂に浸かるフィズ達。このままでは邪神に勝てないから特訓をしよう。この提案に、リアリスは……

 ガガルさんが案内してくれた建物に入ると、脱衣場があって、その先がお風呂になっている。お風呂はなんと天井が無く吹き抜けていて、広がる夜空に白く湯気が立ち上っている。

 夜空が曇っているのが残念だったが、これはこれで味わい深くて良いと感じる。取り付けられた魔灯の光が、まるでお伽噺(とぎばなし)の挿絵のような空間を演出している。


「うわあっ! 外じゃん!」


 私が驚いて声を上げていると、リアリスが服を脱ぎながら口を開く。


「確か……露天風呂、とか言うらしいです。不明遺物の書物に挿絵が乗っていたとか。ハーシルトの貴族にも、自分の屋敷の敷地内に造っている方がおりました」


「へぇ~……外のお風呂なんて初めてだから楽しみだなぁっ。ちょっと恥ずかしい気もするけどさ」


 外で裸になるようなモノだもんね。周囲からは見えないように壁があるとはいえ、少し抵抗はあるよ。


「いつまでもボケっとしてないで、アンタも早く準備しなさいよ」


 いつの間にか、ピピアノとリアリスは布を体に巻いてお風呂の方に歩いて行っている。


「あっ、待ってよ!」


 私は急いで服を脱ぎ籠に入れた。(かご)の脇の棚に、ゆったりとした布服がおいてある。ガガルさんから、湯上りにはこれを着て良いと言われていた。私達の服は汚れていて洗濯しないと着れたもんじゃない。お風呂場へ続く引き戸を開けると、ひゅう、と冷えた風が吹き抜ける。


「うぅ、さむぅ……」


 肌寒い夜風は、私は身震いさせる。昼は暑いけど、夜になると気温が下がる。寒暖差は中央国よりも大きい気がする。


「ちゃんと体を洗ってから入りなさいよ?」


 洗体場でピピアノは体を洗っている。気持ち良いのだろう、少し声が弾んでいるように聞こえる。私はピピアノに言われた通り、洗体場の椅子に座って体を洗う事に。


「ふんふふ~んっ」


 石鹸を泡立てて体を洗う。久しぶりに香る石鹸がとても心地良い。

 ――ふふふ。ちゃんとしたお風呂なんて、ハーシルトを出て以来だよ。シェロンちゃんのとこの宿では簡易的な水浴びだけだったから、本当に久しぶりだなぁ。


「よーし、それじゃあっと……」


 流し湯で石鹸を洗い流すと、足からゆっくりと湯船に浸かっていく。じんわりと暖かさと共に笑みが込み上げて来て……


「あ~~~…………」


 自然と声が漏れる。顔の筋肉も弛緩(しかん)し、何とも情けない顔をしているだろう。


「ふふ。フィズ、何だか年寄りくさい反応ですね」


 湯船に浸かっているリアリスが楽しそうに見ている。


「そ、そう? 何かこう、内側から込み上げてくるっていうか……とにかく言いたくなるっていうか」


 そうとしか言いようが無い。この暖かさはそういう効果があるんだろう、きっと。しかしそんな事は置いておいて、ちんちくりんの私と違って、ピピアノもリアリスも、出るトコ出ていて、引っ込むトコは引っ込んでる。隠しているはずの薄い布が、反対にハッキリと身体の形を浮かび上がらせており、同性の私でも思わずドキドキしてしまう。

 ――これは、私だけ子どもみたい。いやまぁ、子どもっちゃ子どもだけど。それを言ったらリアリスも同い年のはず。ぐむむ。


「何ジロジロ見てんのよ」


「え、あ、いやぁ……あはは」


 ピピアノがジトリとした目付きでこちらを見る。私は誤魔化すように笑った。


「――フィズ。先ほどの件、本気なのですね? ガガルさんに特訓してもらうという話です」


 私がアタフタしていると、リアリスが真面目な顔で話し掛けてくる。


「あ、うん。さっきも言ったけど、このままだと私達、絶対勝てないと思う。だから、強くならないとダメなんだよ」


 リアリスの真面目な態度に、私も真面目に応える。湯の下で、強く握り絞めた拳が痛い。


「特訓している間に、犠牲になるヒトがいる。としてもですか?」


 答えにくい事を聞いてくるなぁ。でも……


「うん……それは、仕方が無いと思う。もちろん、簡単に割り切れるはずも無いよ? 私だって、ゼラの町みたいな思いをするのは嫌だし、犠牲になるかもしれないヒト達から、特訓なんてしてないで早く邪神を倒せって言われると思う」


 ピピアノもリアリスも黙って聞いている。夜空を見上げると、雲が掛かっていて星が見えない。吹き付ける風が冷たく、思わず湯に沈みたくなる。その風のお陰か、頭はスッキリ冴え渡るように感じられた。


「勇者としての自覚が無いって、また言われるかもしれないけど……私やっぱりまだまだ弱いよ。負けてばっかり。でも、もう負けたくない。邪神を必ず倒して、大陸のヒト達を護りたい」


 リアリスは右手の人差し指で鼻の頭を掻いた。


「……矛盾してますね。犠牲になるヒト達も、大陸のヒト達なのですよ? こんなところで時間を消費していないで、さっさと進むべきなのではないでしょうか?」


 ギィさんといい、リアリスといい、この二人は早く邪神を討伐する事に(こだわ)っているようだ。それ自体は良いんだけど、何て言うか急かしているように思える時がある。もちろん理由は分からない。


「ねぇ、リアリス」


 黙っていたピピアノが口を開く。


「ギィもそうだったけど、アンタ達はどうして、そこまで早期の邪神討伐に拘るの? 焦っているようにも見受けられるけど、理由は?」


「……おかしいでしょうか? 先ほども言いましたが、我々が遅れる分だけ、犠牲が増えていくのですよ? それなら急ぐのが道理ではないでしょうか?」


 それは分かるんだけど、ピピアノが言った通り、焦っている感じがする。


「犠牲が出るのは嫌だよ? でも、勝てなかったら全部終わりなんだよ? それは、分かってるよね?」


「もちろん、分かっています……すみません。少し感情的になってしまいました。のぼせてしまう前に出ますね」


 そう言いながらリアリスはお風呂を出て行ってしまった。直ぐに後を追おうかとも思ったが、ピピアノがそれを止める。


「……フィズ。これは私のカンだから、反応しなくても良いわ」


「ん?」


 リアリスが出て行ったのを見届けた後、ピピアノが小さな声で言った。


「ギィとリアリスは、何か別の目的があるんじゃないかしら?」


 そう続けるピピアノ。別の目的……何だろう?


「何かまでは分からないし、それをダメだと言うつもりも無いわ。誰にだって言えない事はある。でも、あの二人は少し違う感じがするのよね。私達に知られたくない、いえ、知られてはいけないような……」


 確かにギィさんとリアリス、二人でコソコソと話している事も多い。兄妹だから、と思っていたけど。


「ピピアノ。私はリアリスとギィさんが何を隠していても良いよ」


「フィズ……」


「だって、さっきピピアノが言った通り、誰にだって言えない事はあるよ。でも、一緒に邪神討伐に行く仲間だもん。私は信じてるよ。例え、とても言えないような秘密があっても、リアリスもギィさんも、大事な大事な仲間なの」


 甘い考えだと、ピピアノにも、リアリスにも怒られてしまいそうだけど、私の本当の気持ち。


「……そう、なら良いわ」


 ピピアノは目を伏せ、手でお湯をすくって肩に掛ける。


「フィズ」


「ん?」


「アンタ、旅に出た頃よりも良い顔になったわ。青臭いのは変わらないけどね」


 そう言うとピピアノは立ち上がり、お風呂を後にする。


「青臭いって……あははっ。ピピアノらしいね」


 私はもう少しだけ温泉を楽しむ事にした。ふと夜空を見上げると、雲が晴れて星が綺麗に見える。流れ星が一つ、煌めいて落ちていった。

 ――ふふ。あの流れ星はどこに落ちるのかな?レンデ大陸じゃないとこ……………………







 ――あれ?私、今何考えてたっけ?あ、そうだ、お風呂から出たらガガルさんにお願いしなきゃっ。

 入浴を済ませてガガルさん宅に戻ると、男子諸君が交代でお風呂に行く。その間に私はガガルさんを呼び止め、お願いする事にした。


「ガガルさん、私達を鍛えて下さい!」


 誠心誠意、心を込めて頭を下げた。


「おおぅ? 鍛える? 今からか?」


 顎に手を当て、(いぶか)し気な顔をするガガルさん。


「あ、いや……明日からしばらくの間、この村に滞在しようと思って……」


「なるほどなぁ……ふぅむ」


 ガガルさんは顎を(さす)り、天井を見上げた。


「ダメ、ですか?」


 少しの沈黙の後、ガガルさんは今までの豪快な調子ではなく、静かに言った。


「フィズ。勇者であるお前がここに留まるという事は、それだけ邪神の討伐が遅くなるという事になる。それによって失われる命もある、という事は理解しているんだな?」


 ギィさんやリアリスが心配している事と同じ事。この短時間に、まさか三回も同じような内容の事を聞かれるとは。


「はい。でも、このままじゃ、私達は勝てないと思う。ガガルさんにも勝てないし、実はここに来る前に邪神の配下の魔獣と戦ったんだけど……勝てなかったの」


 今思い出しても悔しい。私は強く拳を握りしめた。

 ――次は絶対に、斬ってやる。


「そうか……よし、分かった。良いだろう。ただし、フィズ達がここで特訓している間に、ウチの王子が邪神を倒しちまっても知らねぇがな?」


 ふふん、と腕を組んで誇らしげだ。本当にこの国の勇者は慕われているんだなぁ。


「強くなって、追い付くよ。邪神は私が、私達が倒して見せるんだからっ!」


 不敵に笑ってガガルさんを見る。


「ガッハッハッハ! 良いじゃねぇか、その意気だッ! 気に入った!」


「あははっ! それじゃあガガルさん、よろしくお願いします!」


「おおぅ! 任せろ! 鍛えるからには、お前達をウチの王子より強くしてやるからなッ! ガッハッハッ!!」


 こうして私達は、ガガルさんの元で強くなるために特訓をする事になった。

 ――絶対に強くなって見せる。もう、私は負けないんだからっ!


 ……無意識に握り絞めた拳から血が流れ落ちたのに気付いたのは、男子連中がお風呂から帰って来てからだった。

「おはよう、シュシュさん」

「おはようございます。エータさん」

「求婚ですか? エータさん?」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」五章1話――

「不幸の中に芽生える小さな幸福」


「今度こそっ! 今度こそ私達の出番ですわっ!」

「そうだなメーリー。もう少しだな」

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