4話・それに払うお金があるなら、他のに払えば良いのに
邪神討伐の為、勇者として恥じぬ力を付ける訓練をするフィズ。しかし、訓練相手は中央国軍の将軍で全然適う訳が無かった。魔法の訓練も宮廷魔術師で凄い贅沢。王様より許可を貰い、久々の帰省をすると、実家の定食屋は大賑わい、一体どうして……
戴冠式から数日後、私はようやく実家に顔を出す許可を頂き、実家への帰路についていた。
何故そんなに時間が開いてしまったのか……というと、国中に新王誕生と勇者誕生の件を知らせるお触れが出て、少しの混乱がある内はまだ外に出ない方が良いという判断からだった。
まぁ、建前はそう言われたけど、たぶん私の練度不足だったかな、と思う。だって……
「くぅっ!」
戴冠式翌日から、王城付近にある兵舎の中庭で、ゼンデュウ将軍に連日訓練をして頂いている。
実践形式での訓練だけど、魔法は無し。魔法はこの訓練後に宮廷魔術師さんから教わっていた。
私の覚えが悪くて宮廷魔術師さん、頭を抱えてるけど。
「オラオラァ! どうした勇者殿! この程度を凌げないようでは邪神なぞ討伐出来ませんぞ!」
恐らくワザと浅く打った振り下ろしからの切り上げや、徒手空拳を交えた激しい連撃。しかも打ちながら挑発してくるほどに余裕。堪らず距離を取れば、木剣を担いで涼しそうな顔をする。
一方私は防ぐ事で手一杯。反撃どころか、言い返す事も出来ない。
「もう終わりですか!? はっはっは、まだまだですなぁ!」
「く……そぉ! ナメるなぁ!」
上段から繰り出された大振りを剣で受け流し、将軍の腹部を目掛けて蹴りを繰り出す。これは確実に入ったと思ったが――
「惜しいですな! そら!」
将軍の左手で私の蹴りは受け止められ、そのまま足を掴まれて引っ張られる。体制を崩した私はお尻を地面に強打した。と思ったら次いで直ぐに頭をガツン。補強された石材の地面は思った通り硬く、私の視界にキラキラと星が舞う。これはワザと受け流させたのか……
「いったぁ――」
スッと首元に模造剣が当てられる。瞬間、私は理解した。
「……また負けかぁ」
脱力して地面にドッと倒れ込む。と共に深いため息をつく。
これで何度目の敗北か覚えていない。勝利数なら覚えてるんだけどね。うん、0回。
「はっはっはぁッ! 勇者殿、だいぶ動きが良くなりましたが、まだまだですな!」
豪快に笑う将軍。間違いなくこれまでの私の人生の中で戦った中で最強だ。余裕綽々で全然疲れてる様子もないし、そもそもの地力が違い過ぎる。
でも、この人から訓練を付けてもらって私は少しは強くなれたとは思う。兵学舎の訓練では身に付かない、実戦の空気……とでも言えば良いのかな。
勝てなくても仕方が無いって思う反面、勝ちたいって思う気持ちが強くなっていく。
「ぐむむ……ちょっと休んだらもう一度お願いします! 次は絶対に負けません!」
「おぉ! その意気です!」
という調子で朝から夕食までの時間は訓練をした。ヘトヘトになるけど、意外と嫌では無かった。お城のご飯は美味しいし、何と言うか――
そう、優越感があるのだ。普通だったら将軍に直々に相手なんてして貰えないよ?
夜はというと、さっき言った通り、宮廷魔術師さんから魔法の訓練を受けている。これがなかなか難しい。私は魔法がちょっと苦手。まぁ、理由はあるけど。魔法訓練場の的である藁人形が私をあざ笑っているようで少しムカつく。
――今に見てろ、粉々にしてやるんだからね。
私はそう思い、もう一度魔法を撃とうと魔素を集める。
「陽の力よ……セルナ!」
私の右手に集中した魔素が僅かに反応したかと思った瞬間、霧散した。失敗である。
魔法はまず、大気中に漂う魔素を集め、それを属性魔力に変換する。その後、詠唱して魔法名を言って放出する……というのが簡単な流れだ。
「ダメかぁ」
魔力に変換する速さ、適切な変換量などが関係してくる為、魔法は結構繊細で難しい。
ガックリと肩を落とす私に、哀れむような表情をしながら宮廷魔術師さんが近づいてくる。
「あの、えぇっと。勇者様、もう一度言いますが……魔法は基本、自らの得意な系列を知り、それを伸ばしていくという考え方になります。得意ではない系列を使っても、僅かな効果しか期待できませんよ? 発動しない事も珍しく無いですし――」
「分かってますっ」
「あぅ……では、何故、光系列の魔法の練習ばかりするのです? 勇者様の得意な系列は光系列ではないようですが……」
宮廷魔術師のウィシュナーさんが頭を抱えている。彼女の腰まで伸びた青い髪が、心なしか顔色と共に更に青く見える。
ウィシュナーさんはハーシルトの中央魔術院という大陸でも有数の魔術専門学舎を飛び級で卒業した天才だ。
彼女の前任の宮廷魔術師が辞めたのをきっかけに、もう十年ほど王城で魔術の研究をしているそうだ。「現在、大陸で最も力のある魔術師の一人だ」とはオルさん談。
そんなウィシュナーさんの頭を抱えさせるなんて、私もある意味で凄いのかもしれない。
「だって、勇者って言ったら光。みたいなところあるじゃないですか……」
「お、お伽噺ではそれがお約束かもしれませんが、現実を見てください。現に勇者様、魔法が発動すらしていないんですよ!?」
両腕をぶんぶんと上下に振って抗議される。分かってはいるけど、こう、夢があるじゃない?
「ぐむむ……分かりました。ちゃんと得意な系列でやります」
私は渋々、得意系列の闇魔法を使う事にする。実は、闇系列の魔法は術者が少ない。いや、厳密に言うと、ハーシルトには少ない。
ハッキリした理由は私には分からないけど、言い伝えでは「ハーシルトのご先祖様は光と火の系列を扱う人々で、その力を以って神々に奉仕していた」らしい。事実として、兵学舎でも光と火系列が得意な人ばかりだった。
そして闇は反対の系列属性なので、あまり良い印象は持たれていない。「闇系列は異端で危険」という認識を持っている人も少なくない。
私はその事で負い目というか恥ずかしさのようなものを感じていて、兵学舎では「得意なのは光系列」とウソをついてしまっていたのだ。
でも私は、頑張ればある程度は何とかなるとか、甘い考えを持っていたのだった。
――宮廷魔術師さんが頭を抱える程のバカな考えだったなんて……そりゃあ成績が悪い訳だよ。
「影の力よ……ディバウ!」
周囲の魔素を手の平に集め、負の方向へ変換し、打ち出す。突き出した右手から放たれた黒い塊は藁人形に真っ直ぐ飛んでいき――
バガッ!脇をそれて後ろに壁に直撃する。対魔法の堅牢な壁にはほんの少しの傷。気のせいだろうけど、藁人形が笑っている気がした。
――ぐむむ。
「おぉ! なんだぁ! 出来るじゃないですかぁ♪」
ウィシュナーさんはパァっと明るくなり、ピョンピョン飛び跳ねている。大きな胸を盛大に揺らしながら嬉しそうだ。
この日からみっちりウィシュナーさんによる魔法訓練が始まった。しかし、隠していたとはいえ、私は魔法が苦手な事には変わりなかったので、大いに苦戦する事となったのであった。
そんなこんなで十日間ほどの訓練を終えた私にオルさんが「家族に挨拶でもして来い」の一言。出発が一日遅れてしまう事になったが……一日くらい大丈夫だろう。
オルさんの気遣い?のお陰でこうして久しぶりの城外を歩いている訳なのだ。暖かい陽射しと久しぶりの街の熱気に、少しクラクラしながらも私は口角が上がるのを抑えられずにいる。
――戻ったら一応オルさんにはお礼しておこう。
「ふふふん♪」
何だか分からない鼻歌を歌いながら実家の定食屋を目指す。オルさんは牛車を用意してくれるって言っていたけど、久々の外出で歩きたかったので断った。明日の夜には城に戻らなければならないけど、それまでは自由だ。久しぶりに一人な気がするし。
私だと身バレしないように、ウィシュナーさんが……何だったかな、認識妨害?だったか何だかの魔法を掛けてくれた。
私の魔力を込めると解除されるという便利な魔法。かけ直しはウィシュナーさんじゃないと出来ないけどね。しっかし、久しぶりに家族に会えると思うと、嬉しいのと、少し恥ずかしいのとで変な感じ。
私が勇者に選ばれたのはお触れが出てるから知ってると思う。
――もしかしたらお父さんとお母さん、感動して泣いちゃったりして……
「お♪」
そうこう考えているうちに、実家の近くまで来ていた。この角を曲がればお店が見えるはず。
――ん?何だか人が多いような……
「えっ?」
角を曲がると、うちのお店の前には長蛇の列が出来ている。確かに今は少し早い昼時と言っても良い時間帯だけど。
――いやいや、うちのお父さんの料理、そんな並んでまで食べる価値あるか?少なくとも私が客なら、少し並んでいる時点で間違いなく他所の店に行くけど!
「あの。この列って、この定食屋さんに並んでいるんですか?」
並んでいるオジサンに話しかける。が、何の反応も無い。
「あ、そうか」
認識妨害の魔法が掛かっているからか。しかし凄いな、こんなに近いのに本当に見えてないみたい。
それなら、このままコッソリお店に入って観察してみよう。私は列に紛れ込み、店内へと侵入する。
「勇者定食お待たせしましたー!」
「勇者定食二つですね! かしこまりましたー!」
「おねーさーん! 勇定大盛り三つね!」
久しぶりの実家のお店は、むわっした熱気と様々な音で騒がしかった。キョロキョロと店内を見回すと、普段はホールにいるはずのお母さんが見当たらない。代わりに知らないお姉さんが二人、忙しそうに動き回っている。
「勇者定食ねぇ……儲かってるみたいだねぇ……」
入り口付近に突っ立ったまま、理解する。お父さん達、勇者の実家だという事を商売に利用しているな。我が父ながら、意外と強かだ。
運ばれている料理を見ると、なるほど、私の好物ばかり。黒パネでラヴァガの肉の厚焼きを挟み、別に盛られた野菜にはお店特製のタレがたっぷり。(原価がとても安いのを私は知ってる)それに煮込み汁。
壁に掛けてある品目からチラッと勇者定食の値段を見る。うん、どう見てもボッタクリだよ。
――普通の定食なら銅貨五百枚くらいでしょ。何だよ、銀貨一枚って。
あ、銅貨千枚で銀貨一枚ね。金貨は銀貨千枚で一枚。それにしても……
「美味しそう……」
ぐるぐるとお腹がなる。
――久しぶりに食べたいなぁ。そりゃ、料理の腕がイマイチなのは知ってるけど、私はあの味が好きなの。最後に食べたのは兵学舎に入る前だから、二年前くらいかなぁ。
お客さんや店員さんにぶつからないよう、注意して厨房の方へ行き中を覗いてみると、お父さんとお母さんが大忙しで料理を作っているのが見えた。
「ふふ、お母さんも厨房に立つ事にしたんだねぇ。お父さんの料理姿も前より様になってるみたい」
――忙しいの、邪魔しちゃ悪いよね。昼時間終わるまで時間潰して来よっと。
そう考えると、私は音を立てないようにソーっと外に出た。
陽の光がポカポカと気持ち良い。だいぶ暑くなって来たし、日が長くなってきた。
――そろそろ夏も本格的になってきそうだなぁ。今年の夏は、ってか今年の夏も暑くなりそうだ。
そんな風にのん気な事を考えながら、実家の裏庭にある長椅子に腰掛けて店が一段落つくのを待つ。
多分そろそろお店の昼時間が終わって休憩に入るはず。
――あ、先に認知妨害魔法、解いておかなきゃね。
周囲の魔素を少し集め、解除を念じると、フッと私の周りを覆っていた力が消えたような気がした。
――うん、これで良いはず。
長椅子から立ち上がろうとした時、家の裏口がガチャりと開く。中からは生ゴミの入っていると思わしき袋を持った女性が。
「あ、お母さん」
「あら、フィズ。いたのねぇ」
裏口がバタンと閉まる。
「あっ」
間髪入れずに裏口がガチャりと開く。
「フィズ!?」
私を見つけると、ちょっぴり太目なお母さんはドカドカと私に走り寄って来る。
――うん、変わってないな。いつものお母さんだ。なんて言うか私のお母さん、ちょっと反応が変なんだよね。まぁ、お父さんも変なんだけど。
「えへへ、お母さん、久しぶりだね♪」
驚くお母さんに向かってニカッと満面の笑みを見せる。照れ隠しと言うか、何と言うか。
「あらぁ……ホントにフィズなのね、元気そうで……さぁ、早く中に入りなさい。おとーさーん! フィズがぁ! フィズが帰って来ましたよー!」
お母さんはドカドカと裏口に走り、私に手招きした後、直ぐに家の中に入ってお父さんを呼んだ。
今から行くんだから、呼ばなくても良いだろうに。
――変わってないぁ。
「ふふっ」
――良いな、こういうの。うん、やっぱりこういうの、護りたいな。
そう思いながら久しぶりの我が家に入る。さっきも入ったと言えば入ったけど、お店と居住側だと、気持ちが違うんだよ。
「おぉ、帰ったか、我が娘よ。勇者としての務め、ご苦労である」
恐らく買ったばかりであろう、ピカピカの礼装に、ビシッと固めた髪。そして変に伸びた髭。いや、髭はさっき生えてなかったよね。
「お、お父さん。久しぶり。お父さん……だよね?」
「何を言うか我が娘よ。どこをどう見ても父であろう。勇者に相応しい、威厳を持った父ではないか!」
恐らく間違っていないのだとは思うが、自信が無い。
父と名乗った人物は右手を顎に、左手を腰にビタッと当て、物凄く得意げな顔をした。
――あ、髭が取れた。
「わわっ! ちょ、母さん、取れた取れた!」
取れた髭を手に、ワタワタと慌てる父。
――良かった、私の知ってるお父さんだ。
お母さんが「はいはい」と言いながら髭を付けてあげている。面倒見の良い母と、明るく楽しい父。
お金持ちでも何でもないけど、この街でありふれた、ごく普通の一般家庭だ。
「ふふ、あははっ。お父さん、無理し過ぎ! 全然似合ってないよー!」
きっとこういう時の為に買っておいたであろう、父の変装に私は心から笑った。
――あー、落ち着くなぁ、こういうの……
笑いながら、私はしみじみとそう思うのであった。
「……我らは家畜などでは無い、空を飛ぶ鳥のように、自由だ。それを証明しよう。私達の力をもって」
「美味しー!」
「おどーざぁーん!」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」一章5話――
「親娘って意外と似るものなのかもね」
「読んでくれたら嬉しいな♪」