11話・手が届かない悔しさ
村の村長、ガガルより挑発され、決闘する事になったフィズ。自分の方が強いと自信満々に外へ出るが……
私達は食事を済ませると、外へ出る。別に来なくても良いと言ったんだけど、皆来ちゃった。外は暗かったが、村の中に灯り魔法を使えるヒトがいたので明るくしてもらう。私は暗くても良いと言ったんだけど。
「さて、と。どこからでも掛かって来な、フィズ」
ガガルさんは何の変哲もない、量産品の剣を構える。それは私の力を測る為……戦う為だ。
構えると言っても、剣の腹で自分の肩をトントンと叩き、まるで隙だらけ。こんな構え方、馬鹿にしてるに決まっている。私がチビで頼りなさそうだからって、見くびっているのだろう。
「そんなに余裕ぶっていられるの、最初だけだ――よっ!」
言い終わるより早く、私はガガルさんに斬りかかる。私の剣はもちろんグラキアイル。
(まったくゥ、フィズゥ、君はどうしてェ……)
――うるさい!小言は後で!
(はァ。はいはいィ)
「やぁ!」
斬り下ろしを体を軽くひねって回避される。実に無駄の無い動きだ。
――でもそれくらいなら、私も読んでいるよ。
「ふっ!」
地面を踏みしめ、すぐに斬り上げに。風を斬り裂くグラキアイルは、完全にガガルさんの顎を捉えている。
「ガハハッ! そんな程度かぁ?」
ガガルさんは少しだけ足を動かした。たったそれだけ。たったそれだけで私の斬撃をスルりと回避する。
「まだまだ!」
斬り上げの勢いを殺さずに、後ろ回し蹴りをガガルさんのお腹を目掛けて放つ。
「ほぉ」
ガガルさんから物凄く嫌な気配がした。ゾクリとした寒気が背筋に走る。
――なに?この感じ。全てを見透かされているような……
私は急いで蹴りを放った方と反対の足で地面を蹴り、ガガルさんから距離を取ろうとする。しかし……
「ガハッ! 反応は悪くねぇ!」
ガガルさんが少し踏み込み、剣を振り下ろす。体格の大きなガガルさんが一歩踏み込んだだけで、私は逃げられなくなった。
(仕方ないねェ……フィズ、手を前にィ!)
グラキアイルの言葉通り、私は体制を崩しながらも、咄嗟に左手をガガルさんに向ける。
「むぅ!?」
(シャルン!)
私の左手から頭ほどの大きさの水の玉が放たれる。ガガルさんとの距離は近い、これは避けられないはず!
「ふん!」
ガガルさんは左腕の裏拳で、私の放った水魔法を軽々と弾き飛ばす。
「うっそぉ……」
しかし、一瞬の隙が出来た。その隙に私は、慌てて態勢を立て直す。
「おおぅ! ちょっとはやるじゃねぇか! それでこそ勇者だ!」
「くうぅ! 叩き斬れ! 黒き大斧!」
私は魔法を唱えながら、再びガガルさんに向かっていく。私の左腕に変換された魔力が集まり、歪で大きな漆黒の斧のような形になる。
――グラキアイル!氷の刃を!
(オッケー!)
グラキアイルの独特の返事はこの際気にしない。向かって来る私に備え、ガガルさんが剣を正眼に構える。
「はぁぁあ! ベイル・ディル!」
(エイス・ズワールト!)
私は左手の大斧を振り下ろす。と同時にガガルさんの周囲に氷の刃が形成される。
「なにッ!?」
ガガルさんは私の大斧だけを警戒していたのだろう。驚きの声を上げた。
「もらったぁ!」
私はそのまま振り下ろし、ガガルさんの周囲に形成された氷の刃が、ガガルさんを切り刻もうと回転する。
「ガハハッ! なんて――なぁッ!」
その瞬間に何が起きたのか、一瞬分からなかった。ガガルさんが地面を踏みしめたかと思うと、周囲の氷の刃が弾かれ、衝撃が私を襲ったのだ。結果、私は吹き飛ばされ尻もちを付き、氷の刃は粉々になっている。
「――え?」
次の瞬間、私の喉元にガガルさんの剣が突き付けられた。
「ガハハハ! 残念だったな、フィズ。だがこれが現実だ。どうだ? お前よりワシの方が強かっただろ?」
「……」
あまりの驚きに、言い返す事も出来ずにいると、ウードが前に出て言った。
「あの! ガガルさん、次は俺と手合わせお願いします!」
「おおぅ、良いぜ。どっからでも掛かって来な」
ウードとガガルさんが対峙する。私はのろのろと立ち上がり、ガガルさんの家に入っていった。
バタンと扉を閉めると、私はその場に崩れ落ちる。
――まただ。また負けた。何で?どうして?何がいけなかった?グラキアイルと私の同時攻撃は良かったはずだ。
(フィズゥ。あのねェ――)
――グラキアイルは黙ってて!
(聞くんだッ!)
――っ!?
(良いかィ? 君ィ、あの男との力量差ァ、分かっていたかィ?)
――力量差?そんなの、やってみるまで分からないじゃん。もう一度戦えば、次は勝てるかもしれない。
(はァ。これはダメだねェ。いいかィ? 君とあの男の力はァ、天と地ほども離れているんだよォ? あの男は全ッ然本気じゃなかったよォ?)
――そんな……
(戦う前からァ、結果は分かっていたんだよォ? 簡単に負けたら悪いと思って手は貸したけどさァ)
――そ、そんなの……戦いは終わるまで何があるか分からないじゃん。
(良いかィ? それはお互いの力がある程度近しい場合だけだよォ。君は足元の蟻んこに負けたりするかィ? しないだろォ? それくらいの力量差だったってことさァ)
――そんなに違うなんて……信じられないよ。
(それを受け入れられないところもォ、フィズがまだまだダメだと言える要因さァ。相手と自分の力量をしっかりと見極めて受け入れるゥ。それが出来ないと無謀に突っ込んで行ってェ、死ぬだけだよォ?)
――何さ!
(君はいつもそうさァ。実は未だにィ、斬りたい衝動を抑えきれていないじゃないかァ。それをどうにかしないとォ、折角仲間の大切さを分かったところでェ――)
――うるさい!うるさいッ!剣のクセに偉そうにするなっ!
私はグラキアイルを振り上げ、床に叩きつけようと振り上げる。
(フィズゥ! 止めてよォ!)
歯を喰いしばり、その隙間から荒い息が漏れ出る。
(フィズゥ!)
「……」
――ごめん。グラキアイルの言う通りなのにね。
思い止まり、震える手でグラキアイルを降ろした。
(――僕の方こそォ、少し説教臭くなっちゃってェ)
――うぅん……ねぇ、グラキアイル。どうしたら強くなれるの?仲間と一緒に戦っていくにしても、やっぱり私は勇者だもん。強くなりたいよ。
(あの男に鍛えてもらう、っていうのはどうかなァ?)
――ガガルさんに?
(うん。僕が見たところォ、あの男はきっとォ、えーとォ、ゼンデュウだっけェ? ハーシルトの将軍よりも強いよォ? 教えを乞うには持ってこいだと思うけどなァ)
――でも、そんな事している時間は……まさか旅について来てもらうとか?
(いやァ、あの男も村長だって言ってたからァ、それは無理でしョ。この村にしばらく滞在したらどうだろゥ?)
――そんな事している暇なんて……
(大丈夫大丈夫ゥ! 邪神なら動かないってェ! 心配性だなァ、フィズはァ)
――そんな能天気な。邪神が動かないって保証はどこにもないじゃんか。
(大丈夫だってェ。それにさァ、フィズゥ。君ィ、このまま行って邪神に勝てると思っているのかィ?)
――う。それは……
ドウセツに負け、ガガルさんにも負け……きっと邪神はもっと強いのだろう。正直に言って、勝てる姿が想像できない。
(邪神を討伐する為にもォ、ここでしっかりと強くなっておかなきゃならないんじゃないのかィ?)
――そう、だね。私、心のどこかで焦っちゃってたのかも。早く邪神に辿り着かなきゃって。まぁ、それが間違ってるとは思わないけど、邪神に辿り着いても倒せなきゃ意味無いしね。
(そういう事さァ。うんうん、フィズにはしっかりと学んで強くなって貰わないとねェ)
――あはは。自分が聖剣になれるかどうかが掛かってるもんね。
(ん? あ、あぁ、そうそうゥ。聖剣て呼ばれたらァ、さぞ気持ちが良いだろうねェ)
とその時、私の後ろで扉が開く。私は驚き、急いで立ち上がった。
「おおぅ? なんだフィズ。こんなところで何やってんだ?」
ガガルさんを先頭に、皆戻って来たようだ。
「いやぁ、ガガルさんはやっぱり強いですね! さすがは死なずのガガルと呼ばれただけはあります!」
ウードは土だらけになっている。いや、よく見れば他の皆も土だらけになっているようだ。
「ったく。何で私まで……」
とピピアノ。
「あー、俺ぁ酔っ払い運動だってのに……うぷっ」
とジフ。吐かないでね、本当に。
「有名な傭兵の力、勉強になりました。いやぁ、本当に凄い」
とギィさん。
「私は接近戦は苦手です」
とリアリス。
「――あはは。皆ボロボロだ。ねぇねぇガガルさん、水浴びしたいなぁ」
さすがにこのまま眠りたくはない。少し図々しいかとは思ったけど、これくらいは良いだろう。
「おぅ? んじゃ風呂に入るかッ! ちょっと待ってな!」
「え? お風呂あるの? やったぁ!」
ちょっと大げさに驚いてみたのは、負けた悔しさを誤魔化そうとしたからだ。ちょっと不自然過ぎるかな?
「ガハハッ! 自慢の風呂が離れにあるのさ! 楽しみにしてな!」
そう言うとガガルさんは、鼻歌混じりで再び外へ出た。好都合だ。ガガルさんがお風呂の用意をしてくれている隙に、皆に話してしまおう。
「……ねぇ、皆。ちょっと話があるんだけど」
「ん? 何よ、話って」
「考えたんだけど、実はね私、ガガルさんに戦い方を教わろうと思って」
私がそう言うと、皆は真剣な表情でこちらを見る。
「このまま旅をしていたら、私達、たぶん邪神まで届かない。例え辿り着いても――きっと勝てないよ。だからガガルさんに、こんなに強いヒトから色々教われたらなって」
「良いと思います」
ウードが即答する。
「私も、良いと思うわ。あのオジサンはムカつくけど、かなり強い」
「俺も構わねぇ。嬢ちゃんの提案に従うぜ」
良かった。ピピアノとジフも賛同してくれた。
「……うーん。邪神は放って置いても大丈夫なんでしょうか?」
と心配そうにするギィさん。私もそうは思ったし、大丈夫だと言うグラキアイルの言葉には根拠も無い。でも、このままじゃ勝てないのも事実だろう。
「お兄様……」
心配そうなリアリスさん。
「ギィさんの心配は分かりますけど、やっぱりこのままじゃ勝てないと思います。ガガルさん一人に、皆もやられたんでしょう? きっと、邪神はガガルさんよりも強いと思います。というか、大陸を脅かす存在が、一人のヒトよりも弱い訳がない」
「それはそうですが、しかし……」
ギィさんは尚も食い下がる。
「それに、トリステであったあの魔獣にだって、きっと勝てないです。それこそ私達が力を合わせても、本気になった魔獣に損害を出さずに勝てるとは思えません。もし勝てても無事では済まないと思います」
「そんなの、やってみなければ分からないじゃないですか。大丈夫ですよフィズさん! 貴女は勇者です。神の力を信じましょう!」
ギィさんは納得出来ない様子。ギラギラとした目、声の調子も普段より速い。
――この感じ、ギィさんは焦っているの?
「いえ、ギィさん、分かります。勇者だからこそ、です。今のままでは絶対に勝てません」
そう言い切り、目線を逸らさずじっとギィさんの目を見つめる。ギィさんの青い瞳が、宝石のように綺麗だ。
「……」
「……」
「――ふぅ……分かりました。それでは、しっかり勝てるように皆で頑張りましょう」
しばしの沈黙の後、諦めたように小さく溜め息をつき、ギィさんは普段の調子に戻った。
「お兄様……」
そうしていると、再び家の扉が開かれ、ガガルさんが顔を覗かせる。
「おぅ、風呂の準備出来たからよ、入りてぇヤツは外へ来てくれ。案内するぜ」
「わぁ、ありがとうガガルさん。私達が先で良いよね?」
パッと明るい表情を作り、ピピアノとリアリスを捕まえて外へ出る。
「ちょ、ちょっとフィズ、掴まないでよ」
「フィズ! 自分で歩けます!」
「あははっ。早く早くぅっ」
嫌がる二人を連れ、私はガガルさん自慢の浴室へと向かって行った。
――あぁ。楽しいなぁ……あれ?さっきまであんなに悔しかったのに、今はそれほどでも無いや。まさかこんな小さな村でお風呂に入れると思って無かったからかな?うん。きっとそうだよね。
「ちゃんと体を洗ってから入りなさいよ?」
「……矛盾してますね。犠牲になるヒト達も、大陸のヒト達なのですよ?」
「ガガルさん、私達を鍛えて下さい!」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」四章12話――
「急いでいるからこそ」
「悔しい……でもお風呂は気持ち良いよねっ」




