9話・少しずつ流る時は、ほろ酔う足取り
落ち込んだ気持ちを盛り返し、旅は続く。
次の目的地、獣人国にさぁ出発だ!
「やぁメーリー。そちらはどうだい?」
宿場の一室で私とリアリスは電話箱でメーリー達と連絡を取る。勇者フィズが動けない以上、やれる事は情報交換くらいだ。
しかし、勇者フィズは本当に精神面が脆い。いや、魔剣を使っている事から考えれば、相当なモノだが。
{こちらは順調ですわよ。勇者と接触も成功しましたし、旅に同行する事になりましたわ}
電話箱から聞こえる彼女の声は弾んでいる。
「ほぅ。それは朗報だな」
{えぇ。実はもう、本日中にはハーシルトの首都に到着しますわ。そちらはどうですの?}
私はこれまでの経緯を話す。メーリー達とは違い、こちらは良い事ばかりではなかったが。まぁ、それも想定の範囲内ではある。
{そうですの……勇者フィズは繊細な娘ですのね。私がそちらに行けば良かったかもしれませんわねぇ}
「ん? それはどういう意味だい?」
遠い向こう側で、クスりと笑い声が漏れたようだ。
{だってギィさん、乙女心なんて理解できなさそうですし、リアリスさんはお子様ですし――}
「誰がお子様ですか! 聞こえてますよ!」
リアリスが電話箱に向かって吠える。フーフーと荒い息で、獣みたいだ。
{あらぁ、リアリスさん、いらしたんですの? 気付きませんでしたわ。許してくださいましね}
「ウソです! 絶対分かってましたね!? もうっ!」
腕をぶんぶんと上下させるリアリス。まったく。直接対面していなくとも喧嘩をするなんて。
「ははっ。メーリー、その辺にしておいてくれ。ともかく、私が乙女心を分かる分からないは置いておいて、そちらが順調で良かった。我々は次は獣人国に入る事になりそうだ。また連絡をする」
{分かりましたわ。しかし、魔獣の存在も無視できないですわね。お互い気を付けましょう}
「あぁ。それではな」
{御機嫌よう}
電話箱でのやり取りを終えてリアリスを見ると、頬を膨らませて腕を組んでいる。
「そう怒るな。メーリーは別に、リアリスが嫌いでイジメているのではないと思うぞ」
「嫌いとか好きとかはどうでも良いのです! メーリーさんはいつも私に嫌な事ばかりを――」
ギャーギャーと文句を言う妹をなだめながら、ふと窓の外を見る。獣王国の方角、その先の大結界。私達の目指すモノはその先にある。確かにあの魔獣はそう言った。であれば、普通に考えて邪神がそこにいる。と考えるべきだが……
あの言い方は気になる。まさか、私達の存在がバレている?いや、であればとっくに潰されているだろう、それは無いはずだ。私は、不安と焦燥感が大きくなっていくのを、確かに感じていた。
※※※※※※※※※
「――おいおいピピアノ、飲もうと誘ったのは俺だが、ちと飲みすぎじゃねぇか?」
「うぅるさいわれぇ、まだわらしは酔っちゃいらいんだからぁ。アンタャ飲みが足りなぃんじゃにゃいのぉ?」
私の部屋で飲み始めて結構な時間が経っていた。アーディの話を肴に。とジフは言っていたけど、結局分かったのはジフとアーディが幼馴染という事くらいで、イラついた私は酒が進んだ。という訳だ。
「っていぅかアンタャ、おさららじみっていぅんなら、少しは調べなさぃよぉ。わらし一人で調べんの、大変だったんだからぁ」
あぁ、もうダメ。呂律が回らない。もっと聞きたい事あったのに。どうして酒飲んじゃったかなぁ。途中、酒を買いにジフが出たくらいだ、私は相当飲んだのだろう。どれくらいかは全然覚えていないけど。
「おさら……あぁ、幼馴染な。あいつが死んだって聞いた後、色々と調べはしたさ。鱗をお前さんが持っていったから、随分と苦労したが、色々な事が分かった」
「あによぉ。わらしのせいで苦労したってのぉ? っでぇ? 分かったってぇ、アンタャ犯人分かってたのぉ?」
ドン、と机に空のコップを置きながら言った。
「いや、犯人がヒトじゃねぇって事が分かったくらいだな。この前に言った通り、魔獣だってのは推測なだけだしな」
私が鱗という手掛かりを持って行った後の現場を調査し、推測して……それなのに最初から捜査していた私よりも、犯人像がある程度想定出来ていたという事は、正直凄いと思う。
「あによぉ、じゃあアンタャがもっと早くわらしに教えてくりぇれば良かったんじゃないにょよ……わらしの事は知ってらんでしょ?」
そうよ。こいつがもっと早く私に教えてくれていれば、もっと早く……うぅん、ダメね、頭が回らない。
「……お前さんの事は知っていたさ。アーディからも頼まれていたしな」
「お? どぅいぅ事よ?」
頼まれていた?
「あぁ。アイツが死ぬ五日くらい前だったか、俺ぁアイツと飲んでたんだがよ。そん時に言われたんだ」
「らんてよ?」
ジフはコップに入った酒を一気に飲み干す。
「……自分に何かあったら、ピピアノを頼む。ってな。今思うとよ、可笑しな話なんだぜ? 孤児院は副院長やら職員やらに任せてあるらしいが、お前さんだけ名指しで俺に頼んだんだ」
何故?考えても分かる訳は無いんだけど、気になってしょうがない。
「ま、今になって言うのもなんだがよ、アイツは院長やりながらも色々と動き回ってたみたいだぜ? 何をしてたのかは分からねぇがな」
「らんなの?」
「ただな。これは探偵からの情報なんだけどよ、アーディのヤツ、もしかすると薬物か何かを売っていたのかもしれん」
は?薬物?そういう言い方だと、良くないモノを連想してしまう。幻覚を見たり、幻聴を聞いたりする薬?もちろんハーシルトのみならず、他国でも厳しく取り締まられる。
アーディは若い頃は悪いヤツを専門に殺す殺し屋として名を馳せていた……と聞いた。その技術を私は教え込まれている。殺しを生業としていたヒトが今更薬物なんて、と思うかもしれないが、アーディは悪いヤツはどうなっても良いという考えだが、薬物は良いヒトにまで悪影響が出るという事で、激しく嫌っていたはず。
「――根拠はらによ」
「探偵の話だとな、路地裏で意識不明の一般人が見つかっていて、その近くで度々ヤツが目撃されているそうだ。薬物の反応が出ている訳では無い為、薬物か『何か』って事さ」
私は机に突っ伏す。アーディが動き回ってた?薬物?私は知らない。院長先生として孤児院の中で微笑むアーディしか、知らないわよ。
「らんらのよ……アーディ、わらしに隠し事ばっかりじゃらい」
頭の中がグルグル回るのは、酔いのせいだけじゃない。考えても分からない事ばかり。
「ねぇ。わらしの名前、教えてよ」
突っ伏したまま、顔を上げずに言う。
「ピピアノで良いんじゃなかったか?」
「……うるひゃい。良いから教えなさいよ」
名前など、今更どうでも良かったが、少しでも『本当』が欲しかった。
「へいへい。お前さんの本当の名は――」
私はピクリとも動かず、突っ伏したまま待機する。
「クロエリス・ピシェルマロッテ。だ」
「クロエリしゅ・ピひェルマにょッテ?」
しばらく私は突っ伏したまま動かなかった。ジフが何度かお酒を注ぎ直すくらいの時間が経つ。ようやく私は顔を上げジフを見ると、彼はニヤリと微笑んだ。
「変な感じね。やっぱり、わらしはピピアノで良いわ」
「言えてねぇけどな」
「うるひゃい」
「ま、お前さんの好きな名を名乗れば良いさ。けど、自分の両親が付けた名前ってのも忘れんじゃねぇぜ?」
「……」
私の両親、か。正直、顔も知らないし、何の思い出も無い。育ててくれたアーディも、もういない。本当の名前を聞けば、少しは何か変わるかもとか考えたけど、驚くほどに変化が無い。私は何がしたいのだろうか。しばらく沈黙が続き、私は水をがぶがぶ飲んだ。
「……ねぇ」
「あ?」
「私、これからどうしたら良いの?」
気が付くと、私の口からはそんな言葉が出ていた。多少酔いも醒め、呂律も回るようになってきたようだ。
「アーディの仇討ちじゃねぇのか?」
そのはずだ。アーディを殺したヤツを探して殺す事が私の本来の目的。でも、もう何が何だか分からない。アーディが本当に薬物を扱っていたとしたら?何か動き回っていたのは、いけない事をしていたから 疑いたくはないのだけれど、一度でも疑ってしまったら、もう……
「分からないのよ。信じたいけど、アンタが探偵を雇ってまで掴んだ情報もある。アンタなんかよりもアーディを信じているわよ、もちろん。でも、アンタはこの局面でウソをつく奴とも思えない」
「……そうだな」
「だからよ。だから私は、もうどうしたいのか、自分でも分からないの」
沈黙が部屋の中を支配する。外から聞こえる子どもの声も、次第に少なくなっていっている。夕食を作っているのだろう、どこからか食欲をそそる良い香りがする。
「もう、私、生きている意味が分かんない。こんなに悩むのなら、いっそ死んだ――」
「馬鹿な事言うんじゃねぇぞ?」
窓を見ながら自虐的に吐き出した言葉は、途中で遮られる。怒りを含んだジフの声。決して怒鳴るような声量ではなかったが、私はハッとしてジフの方を向いた。
「死ぬなんて言うんじゃねぇ。死ぬんなら、精一杯生きて、寿命で死ね」
「――何よそれ。もっと心に響くような説得でもしてくれたら、アンタの事見直したかもしれないけど。良いじゃない、私が死んでも誰も悲しまないわ。悲しんでくれそうなヒト、もう皆いないもの」
「お前、意外とバカだな。嬢ちゃんと良い勝負できるぜ」
私の耳が反射的にピクリと動く。フィズと同じくらいバカですって?
「お前が死んだら、俺ぁ悲しい。嬢ちゃんだって、ウードのヤツだって号泣だろうな。そんな事も分からないってんなら、お前さんは嬢ちゃんよりもバカだぜ」
嬉しいと言えば嬉しかった。私だって、もしかしたらと期待してはいたけど、こうも面と向かって真っすぐ言われるとは思わなかった。顔が熱くなったのは、酒のせいじゃないと分かる。
「それはその……ありがと」
恥ずかしくてつい顔を背けてしまう。心臓の鼓動が激しいのは酒のせいにしたかった。
「なぁ、ピピアノ」
ジフが飲みかけの酒を机に置く。私は恥ずかしさから窓を眺めていた。
「この旅が終わったら、俺と暮らさねぇか?」
思いがけない言葉に私は驚きのあまり椅子から転げ落ちた。ワナワナと震える手でジフを指差す。
「ア、アンタ――」
「あ、勘違いすんじゃねぇぞ? お前、この旅終わったら帰る場所ねぇだろ? 孤児院だって出なきゃならねぇ年齢だろうが。住む場所無いと困るだろうよ」
確かに、この旅がいつ終わるかは分からないが、もうしばらくは掛かりそうだ。私は後半年もすれば十八歳。孤児院を出なければならない年齢なのだ。
「そ、そういう事……じゃあ、住む場所が見つかるまでの間だけ厄介になろうかしら」
まぁ、数日で見つけるけど。
「よっし、決まりだな。飲み仲間が増えて嬉しいぜ」
コイツ、それが目的なのね。
「アンタねぇ……はぁ。何かもう悩んでるのもバカらしいわ」
本当、悩んでた私がバカみたい。でも何だか、久しぶりに先の事を考えた気がする。今まではずっと仇討ちの事ばかり考えてたから。
「だろ? 酒飲んで語らって嫌な事を忘れて、そうして明日を生きる。それが俺の生き方よ。これからも頼むぜ? ピピアノ」
頼むぜ。のところはお酒を飲む仕草をしながら言う。まったく、本当に飲むのが好きなのね。
「何を頼むってのよ。もうお酒はしばらく見たくも無いわ」
「ははっ。そう言ってもお前さんの飲みっぷりからすれば説得力無いぜ」
ジフが大きな声で笑う。いつもなら嫌悪感を抱く粗暴な笑い方も、今の私には不思議と心地良く聞こえる。
――アーディ、貴方の事を少し疑ってしまっている私は、貴方の仇討ちなんて言う資格は無いかもしれない。だけど、貴方が私を育ててくれたのは事実だから。私はこれから貴方の無実を証明する為に旅をする。ついでに邪神も討伐するわ。全てが終わって私がそっちに行ったら、きっちりと話を聞かせてもらうからね。
※※※※※※※※※※
「よーし。それじゃあ、獣人国に向けて出発ー!」
翌日、私達はトリステの門の前にいた。街に入った時とは反対側の門。入ってきた時に見せたギィさんの貴族印を見せると、門兵は快く開門してくれる。
トリステで知り合ったヒト達には手短に別れを済ませた。必ず邪神を倒して戻って来るって。その時は街を挙げて盛大にお祝いしてくれるそうだ。その時が今から楽しみ。ピピアノと一緒に飲めなかったって、グジルさんは残念そうだったけど、次来た時飲めれたら良いね。
あ、そう言えば、ロロッカの戦いの時に飛ばされちゃった剣、ファルは……ヒビが入ってしまって置いて行く事にした。シェロンちゃんに預けると、宿の宝にするんだと喜んでいた。
「皆、もう大丈夫なようだね」
ギィさんの言葉に私とピピアノが反応する。
「うん! もう大丈夫だよっ」
「迷惑掛けたわね」
ピピアノに何があったかは分からないけど、とにかく彼女は今日、酒臭かった。詳しく聞くのは野暮だと思うけど、昨日ジフと何かあったのかな?ミスナだったら楽しそうに追及しそう。
「迷惑だなんて思ってないよ。でも、次は私達も頼ってほしい」
ギィさん……隣のリアリスは嫌そうだけど?まぁ、リアリスは嫌がりつつも何だかんだで力になってくれそう。
「あははっ。頼らせてもらうねっ。リアリスも」
「私を頼らなくても良い事を願っています」
言い放ってツンとそっぽを向く。
「こら、リアリス。そういう言い方は無いだろう」
「むぐぅ……ごめんなさいお兄様」
ギィさんの言葉でしゅんと小さくなるリアリス。この二人は本当に仲良しだね。
「あははっ。よし、行こっか。改めて――獣人国へ、しゅっぱーつ!」
「「おー!」」
言ってくれたのはウードとギィさんだけだけ。まぁ、うん、これが私達一行だよね。それはともかくとして、私達は獣人国領側の門をくぐる。少し行けばそこはもう、他国だ。
初めての国外へ、私は期待に胸を膨らませていた。これから先、戦いが激化してくる。そんな予感に一人口元を歪ませながら……
「止まれ! 何者だ、お前らは?」
「村長なのに、門の番をしていたの?」
「――あ! もしかして『死なずのガガル』!?」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」四章10話――
「国が違えば、文化も違うよね」
「おー。さすが獣人国は獣人がいっぱいいるねー!」
「……そうね。物凄い普通な感想でビックリしたわ」




