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7話・邪神の使い

ロロッカを討伐してお祭りムードに染まる街。その空気を一瞬で終わらせる何かの存在。その存在が目の前に現れた時、フィズは一体何を思うのだろうか。

「お初にお目に掛かる。勇者ども。小生はドウセツと申す者。ある御方の配下である」


 そう言って私達に相対するモノは、明らかにヒトではない。全身は滑らかな緑色の鱗に覆われ、毛は無い。伸びた尻尾。足の指は三本。手の指は四本。蛇のように長い舌をチロチロさせている。

 ――蜥蜴(とかげ)……?


「魔物が喋るなんて……まさか、あれが魔獣?」


 ウードの言葉に、ドウセツと名乗るモノは可笑しそうに笑う。


「シャシャシャ! いかにも。小生は魔獣である」


 あっさりと公表される衝撃の事実に、ザワつくヒト達。私も驚きが隠せない。


「そ、それで、その魔獣が何の用だ」


 ウードが前に出る。剣を腰から外し、鞘から抜かずに左手で持つ。


「シャシャ! そう構えるな。小生は今日は戦いに来たのではない。勇者を一目見ておきたくてな。それで(おもむ)いてみれば……なかなかやるようだ。と言いたいところだが、その程度ではあの御方はおろか、小生にすら敵わぬ」


 ドウセツから放たれた言葉が私達を戦慄させる。その言葉を裏付けるように、鋭い眼光が私達に襲い掛かる。


「う!? くっ!」


 動けない。この魔獣、強い。ただそれだけが分かる。自分よりもずっと高い位置から見下ろされているような感覚。私だけではない、この場にいる皆がまるで石像になったかのように動けないようだった。


「ふぅむ。この程度の気で気圧されるのであれば、やはりここで殺しておいても良いかもしれぬな」


 そう言うとドウセツは、腰の剣に手を掛けた。


(マズいねェ。フィズゥ、僕を抜くんだァッ!)


 ――そ、そんな事言われても、体が……


(君は勇者だろゥ!? 勇気を振り絞ってェ!)


 ――くっ……


「……っそぉぉぉおおっ!」


 私は雄叫びと共にグラキアイルを抜いた。それとほぼ同時にドウセツが私に切り掛かる。間一髪のところで剣同士がぶつかり、キィンと澄んだ金属音が響き渡った。


「ほぉ。やるではないか。シャッシャッ!」


「なめるなっ! 私だって勇者だ!」


(その意気だァ!)


 ――ありがと、グラキアイル。助けられたよ。

 私の斬撃を切り払うと、ドウセツは私から距離を取る。


(僕も魔法で戦うからァ、二人でやっちゃおうかァ!)


「面白い。戦うつもりは無かったのだが……小生も武人でな!」


 楽しそうにそう言うと、ドウセツは剣を片手に走って来る。独特な反りをしている片刃の剣は鈍く不気味に光り、その光がまるで私を見据えているかのようだった。


「戦うつもりは無くても、殺すつもりはあった……でしょ!」


「シャシャ! 言うな、小娘ッ!」


 私が斬撃を、グラキアイルが魔法で補助。そういう作戦。これなら、確かに私は斬る事に集中出来る。


(よーしィ。速度アップ行くよォ。リフトゥ・コンスタス!)


 グラキアイルが魔法を発動し、私の両手両足が軽くなる。アップ、とは恐らく、速くなるって意味かな?


「今度は……こっちの番だ!」


 一転して私は攻める。軽くなった体で蹴りを織り交ぜた攻め。私の得意とする攻め方だ。


「ぬぉ! 急に動きがッ! やるなッ!」


 こちらは魔法で身体強化をしているのに、全て防がれている。この感じ、何か懐かしいな。ゼンデュウ将軍と訓練してた時みたいだ。でも、あの時よりも楽しく思えてしまうのは、これが訓練ではないからかな。こちらの斬撃がまともに入れば相手は死ぬ。反対に向こうの斬撃が入れば、私が死ぬ。その緊張感が何とも……


「ふふ。あはは。ダメだ。楽しいね、これ」


 口角が上がるのを止められない。


(おっとォ、フィズゥ。大丈夫ゥ?)


 ――あぁ、大丈夫だよ。暴走したりしない。ただ、自分の気持ちにはウソつきたくないからね、楽しむよ。


「よし! 動ける。フィズさん、加勢します!」


 動けるようになったウードがこちらに向かって来る。剣を抜き、加勢するつもりだろう。

 ――ダメ、この時間は私だけのモノなの。


「来たらダメっ! 街のヒトを守って!」


 ドウセツの剣を受け止めながら、私は振り返らずにそれっぽい事を言うと、ウードは一瞬躊躇し、下がる。

 ――よし、これで邪魔者は入らないね。


「あはは。こんな楽しい時間、邪魔はされたくないからね」


「シャシャシャ! これは驚いたな! 小生もだ、勇者よ! よもや今日という日に、これほど楽しめる相手と巡り会えようとは思わなんだ!」


 互いの斬撃が、互いの薄皮をかすめるくらいに拮抗(きっこう)した斬り合いとなる。向こうは鱗だから全然問題無さそうだが、私の表皮は薄っすらと斬られていく。

 ドウセツの横薙ぎが私の首すれすれの空を切る。それに合わせて私の放った回転斬りは潜られて回避される。更に下から突きが来るけど、回転の威力を乗せた蹴りでドウセツの剣を弾く。そんな流れるような攻防が続く。周囲のヒト達は既に動けるようになっていたようで、私とドウセツを中心にして離れた位置で私達を見ていた。


「あはは! 楽しいんだけどさ、私も勇者だからね。皆も見てるし、そろそろ倒すよっ!」


 ギリギリの斬り合い……私は最高に楽しい気持ちだった。しかし、言った通り、勇者としてこの魔獣は倒さなければならない。それが神託を受けた勇者の使命なのだ。

 ――行くよ、グラキアイル!


(了解だァ。攻撃魔法行くよォ)


「シャシャシャ! やって見せよッ! 勇者の実力は、こんなモノでは無いのだろう!?」


 剣と剣がぶつかり、火花が散った。何度目かに鍔迫(つばぜ)り合いになった時、それを合図にしたかのように互いに距離を取る。


(敵周囲を氷の刃で攻撃するからァ、トドメは任せるねェ)


 ――分かった。お願いね。


「……しかし、久々に楽しかった。感謝するぞ、勇者よ。これは礼だ。少し、小生の本気を見せよう」


 ドウセツは剣を鞘に納め、腰を低く構える。ギラギラとした目が真っ直ぐにこちらを見据えている。それは見た事無い構えだけど……行くしかない。行かないと斬れないから。


「本気? あははっ! 面白いね、見せてよ」


(あの構えはァ……ちょっと待つんだァ!)


 グラキアイルが何か言っているけど、私はもう我慢出来なかった。(つか)を握る手には力が籠り、私の目はドウセツの姿を捕らえて離さない。


「はぁぁああッ!!」


 私は地面を強く蹴る。一歩でも早く前に出る。ドウセツを斬る為に。周囲から私を応援する声が聞こえるけど、今の私にはそんな事(・・・・)よりも目の前の敵を斬る事だけにしか興味が向かなかった。


(ちィ。仕方ないねェ)


 グラキアイルを握る手に力を込める。あぁ、もう少し。もう少しで……


(エイス・ズワールト!)


 ドウセツの周囲に氷の小さな刃が無数に現れる。グラキアイルの魔法の効果だ。


「むぅ!?」


 その刃が高速で回転し、ドウセツを襲う。しかし、硬い鱗に覆われている為か、大した効果は無いようだが……これで良い。


「はぁあッ!」


 私は駆けた勢いそのままに、氷の刃に刻まれているドウセツの肩を目掛けて剣を斜めから振り下ろした。


 キィィィン


 澄んだ音が喧騒(けんそう)を斬り裂いた。静まり返るヒト達。宙を舞うグラキアイル(・・・・・・・・・・)

 一瞬、何が起こったか分からなかった。目の前の魔獣が高々と斬り上げた剣が……鈍く光っている。物凄く時間がゆっくりに感じ、体が全く動かない。

 ――そういえば聞いた事があるなぁ。死ぬ前って時間が遅くなるって。これが……そうなのかな?


「まだまだ、甘い」


 グラキアイルが地面に突き刺さる。それと同時にドウセツが剣を納めると、遅く感じた時間が元に戻った。ボタボタと流れ落ちる汗、荒い息、心臓の鼓動が早くて自分のじゃないみたい。全身が震えて立っていられなくなり、私はその場に尻もちをつく。


「本日はこれまでだ、勇者よ。次に相見(あいまみ)える時を楽しみにしている。それではな」


 そう言って踵を返し、つかつかと街の門の方へ歩いていく。私達を取り囲んでいたヒトの壁がドウセツを避けるように分かれ、道が出来る。私はその姿を黙って見つめる事しか出来なかった。

 ――負けた?私、負けたの?

 やっと理解した時、悔しさが込み上げてくる。悔しくて悔しくて涙が出そうになる。ダメだ。皆見ている。せめて、涙だけは……


「待ちなさいッ!」


 ピピアノが私の前に出てドウセツを呼び止めた。彼女の叫びにドウセツは、ピタリと歩みを止める。


「アンタ、アンタがアーディを殺したの? その鱗、その知性。その強さ……答えなさい!」


 何を言っているのか分からないけど、ピピアノは必死だ。たぶん、私の事は見えて無さそう。他の皆も私の近くに駆け寄ってくる。ウードとギィさんが私の両腕を取り、立たせてくれた。


「アーディ等という名なのかは分からぬ。だが、心当たりはある。小生の落とした鱗を知っているのか?」


 ドウセツは答えて振り向く。


「そう……落とした鱗はこれかしら?」


 ピピアノは一枚の鱗を見せた。手の平ほどの大きさの緑色の鱗。ドウセツのモノにしか見えない。


「ほぅ、おそらくは小生のモノであろうな」


 ドウセツはそう言って左の肩に巻いてある布を取る。そこには大きな傷が見受けられた。


「そう、ならアンタは……アンタがアーディをッ!」


「ふむ。繋がるな。あの男は、強き男であった」


「アーディの……アーディの仇ッ!」


 言いながらワナワナと震えるピピアノ。今にも飛び掛かりそう。

 いや、これは行く。きっと行く。


「ダメっ! ピピアノを止めて!」


 私がそう言うよりも早く、ジフがピピアノの腕を掴んだ。


「離しなさいよ! 殺すッ! 殺してやるッ!」


 私の右腕を離し、ウードも止めに入る。


「ほぅ、獣人の娘よ。あの男は大切な者であったか。それは済まぬ。しかし、小生も命令を受けていてな」


「命令!? 誰よ、誰の命令だって言うのよ!」


 両腕を抑えられながらもピピアノは前に出ようとしている。これほど必死になるピピアノは初めて見た。ゼラの町で私に怒鳴った時よりも凄い剣幕だ。


「シャシャシャ! 小生に命令を下せる者はそうはおらん。考えてみるのだな。(おの))ずと答えは見えて来よう」


「……邪神ね? やっぱりそいつが元凶なのね!?」


 ドウセツはその問い掛けには応えず、再び踵を返し、歩き始める。しかし、数歩歩いて再び立ち止まった。


「勇者達よ。貴様らが目的とするモノは、確かに大結界の向こうにいる。無論、小生もな」


 それだけ言うと、再び歩み初め、門の前へ。門番を軽く睨むと門番は開門に応じ、ドウセツが壁外に出ると再び閉門した。


「とりあえず、撤収しよう。さぁさぁ皆さん。ロロッカは退治されました。もう安心ですから……」


 ギィさんが場を取り仕切り、この場は解散となる。街のヒト達は皆、複雑な表情。私達……いや、私はまたも自らの不甲斐なさを感じてしまった。邪神どころか、恐らくではあるが、その配下にすら勝てない。

 ――グラキアイルの力を借りて、強くなったと思ったのに……私は、私は一体、どうすれば良いの?

「こんなところでウジウジしてないで、行きましょうよ!」

(こんなところでウジウジしてないで、行こうよォ)

「そういう時はな、飲むぞ」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」四章8話――

「自然とそこに居れる者を、仲間と呼ぶんだね」


「私、強くならなきゃ……!」

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