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5話・喋る剣なんて、お伽噺みたいだね

ロロッカの襲撃に備えて警戒するフィズ達。襲ってくるのをただ待つしかない状況で、フィズは仲間と交流を深めようとする。

 国境の街(トリステ)に着いた次の日のお昼前、私は()の増築現場にいた。

 壁の作り方は単純だ。木材や鉄材を中心とした建材を石膏で塗り固めていく。それが積み上がって物凄い高さになり、街を囲んで外敵からヒト達を守っている。この街の現在の壁の高さは五十メルトロ……二階建ての住宅の五倍ほどの高さで、予定は八倍くらいまで高くするという事であった。


「凄い高さ! こ、怖くないんですか!?」


 吹き付ける風を物ともしない高所作業員のオジサン達。私は命綱を腰に巻いてハイハイで移動するのがやっとだ。そんな私を見てオジサン達が笑う。こんな高くて怖い場所に、どうして私が一人でいるのかというと、朝食の時に私が――


「壁の上に乗ってみたいね」


 なんて言ったからだ。冗談で言ったつもりだったんだけど、カルミネさんの知り合いに高所作業員がいるという事で、話があっさり通り、今に至るわけだ。ピピアノはやる事があると言って朝食後から部屋に籠っていたし、リアリスさんはこれまた朝食後すぐにギィさんの元に飛んで行ったから、私一人になったという訳だ。


「あ、いたいた! フィズさーん!」


 私を呼ぶ声。振り返ってみると、梯子(はしご)からウードが顔を出している。


「お、ウード。ウードも見学に来たの?」


 ウードは命綱を柱に結ぶと、普通に立って歩いてくる。

 ――むむむ。何か悔しいぞ。私は立てもしないっていうのに。


「えぇ、フィズさんもいるって聞いたので」


「そうなんだ。お酒はもう抜けたの? 大丈夫?」


 昨日の酒場でのウードが思い出される。ぐでんぐでんで目も当てられない状態だった。呂律(ろれつ)も回って無かったし、腑抜けきった表情は思い出すと吹き出しそうだ。


「あはは。大丈夫です。迷惑掛けてごめんなさい」


 ばつが悪そうに頭を掻くウード。私の隣に来て腰掛ける。私はそのまま体を起こして座る形に。怖いから端っこで足をぶらぶらなんて出来やしない。


「そんな事より、魔物は来そうでしょうか?」


「どうだろうねぇ。いつ来るか分からないから、警戒するしか無いんだよね」


 そう言いながら壁の外を見ると、遠くの草原で魔物同士が争っている姿が見える。野生の獲物を争っているようだ。


「魔物の活性化が進んでいったら、食料問題が多発しそうだね。この街みたいに壁の補強とかは必要になりそう」


「そうですね。魔物の活性化が始まった原因が邪神の出現だと思われている以上、俺達が邪神を討伐すれば終わります。頑張りましょう」


 胸を張ってそう言うウード。私は少しだけ腑に落ちなかった。


「邪神が出たのと魔物の活性化が、もし関係無かったらどうしよう?」


「その時は……まぁ、魔物を討伐していくしかないのかなぁ、と」


 ――まぁ、そうなるだろうけどさ。

 その事を想像すると、私は思わずニヤケそうになる。


「私は、まぁ嬉しい限りだけどね。いっぱい斬れるんなら」


「……フィズさん。その剣は出来ればもう使わないでほしいです」


 心配そうに私を見る。その瞳からは純粋さが感じられ、本当に私を心配してくれているのだろうと思う。


「グラキアイルを使っても使わなくても、私は私。自分自身に正直に生きるよ。護りたいモノは護るし、斬りたいモノは斬る」


「フィズさん……」


 辛そうな顔で私を見るウード。その顔を見るのがちょっと辛い気がして、意識的に目を閉じた。吹き付ける風が草原の香りを運んでくる。私は深呼吸をして、肺一杯にその香りを堪能する。


「ぷはぁ! ピピアノからも心配されたみたいだけど、何て言うか……心配しないで? 大丈夫、暴走したらリアリスさんが射貫いてくれるらしいからさ」


 ニコリと笑って冗談っぽく言うが、ウードは辛そうに顔を背ける。


「その時は、俺が止めてみせます。だから、安心してください」


「おー。それは心強いね。その時はお願いするね」

 

 その後はしばらく二人は無言で草原を見る。物凄く見晴らしが良く、もしかしたら『ゼラ』が見えるかなと思ったけど、さすがに見えなかった。あの町を思い出すと、胸が締め付けられる思いがする。

 壁の増設や補強をしているオジサン達、牧場区や農場区で働くグジルさん達、それから宿屋のシェロンちゃん、カルミネさん、お婆ちゃん。出会ってまだ全然時間が経っていないけど、皆それぞれ、一生懸命生きている。それらのヒト達は護りたいと思う。そのヒト達を護る事が、私の勇者としての使命なんだと思う。私は立ち上がり、右拳を握って空高く突き出した。


「何です? 急に」


 ウードが少し笑って言う。


「ん、何となく。やるぞ! みたいな?」


 ちょっと照れ臭くなってしまった。吹き付ける風が心地良い。


「なるほど。では……」


 そう言うとウードも私と同じく、立ち上がって右拳を天に向かって突き出す。


「やるぞ! こんな感じですか?」


「あはは。そうそうっ」


 拳を突き上げたまま、二人は照れ臭そうに笑うのだった。びゅうびゅうと吹き付ける風が、そんな私達を笑っているように感じられた一時(ひととき)であった。


 

 夜まで警戒したが、結局この日はロロッカの襲撃は無かった。ロロッカは夜目が利かないので夜の襲撃はないだろうとの判断で、私達は明日に備えて早めに休む事にした。昨日の酒場で夕食を摂った後、ピピアノとリアリスを残して私は先に宿に戻る。風に当たり過ぎてちょっと疲れてしまったようだ。


(やァ。久しぶり。でもないか)


「誰!?」


 部屋に入ると男性の声で話し掛けられる。部屋の中を見渡すが、誰もいない。


(おやァ? 忘れたのかィ? 酷いなァ。僕だよォ、グラキアイルさァ)


「え?」


 私はハッとして腰に下がっているグラキアイルを見る。すると鍔の部分に再び目玉が現れていた。


(今までの君の記憶を見させて貰っててさァ、出て来なかったんだよォ。僕の思った通りィ、君は面白いよォ)


 ケタケタ笑う度に鞘がカタカタと鳴った。気持ち悪い――


「私の記憶?」


(前も言ったけどォ、気持ち悪い(・・・・・)ってのは酷いなァ。そうそう、生まれてから今までのォ、君の思い出さァ。あァ、大丈夫ゥ、僕はロリコンじゃないから別に欲情したりはしてないよォ?)


 ――あれ?気持ち悪いってのは声に出していないような……それと、ロリコン?て何だろ?


(あァ、声に出さなくても分かるよォ? 僕の声だって他のヒトには聞こえていないしねェ。あとォ、ロリコンていうのはァ……まァ気にしないでェ)


 ――迂闊に物事を考えられないって事か。面倒だね。で、何用なの?


(くくく。失礼ィ。順応早くて助かるよォ。実はねェ、フィズゥ。僕は君を助けたいと思ってさァ)


 ――助ける?


(そう、力になりたいのさァ。君は邪神討伐に行くんだろォ? 僕は剣だから動けないけどォ、実は水と風系列の魔法を唱えてあげる事が出来るんだよォ。)


 ――へぇ。それは便利だね。でも必要ないかな、私が斬る分減っちゃうし。


(くくく。君は本当に面白いねェ。大丈夫だよォ、僕は補助魔法を主体にするからァ、トドメは君が刺すと良いんだァ。それにィ、僕の目もあればァ、単純に多方からの攻めにも対抗し易くなるしィ。悪い事は何にも無いさァ)


 ――なるほどね。まぁ、確かにこれからの事を考えれば助かると言えば助かる。けど、何か怪しいな。何か企んでるの?


(企んでなんていないよォ。ずっとお城の宝物庫にいて退屈だったんだからさァ。それに邪神を倒した勇者の剣だなんて事になったらァ、魔剣じゃなくて聖剣て呼ばれちゃうかもしれないしねェ)


 ――呼ばれたいの?まぁ、じゃあ悪い事しないって誓えるなら、使ってあげるよ。でも、この前みたいに私を暴走させたら、仲間が黙っていないよ?そうなったら直ぐ折るからね。


(うんうん! 誓う誓うゥ! あとォ、暴走したのは僕だけのせいじゃないんだけどなァ。でもォ、あれを跳ね除けられたんだからァ、もう暴走はしないと思うよォ)


 ――ふぅん。言っとく……いや思っとくけど、全然信用はしていないからね。信用されたかったら、真面目に手伝う事!


(分かってるよォ。あ、僕は鞘に入ってると魔法使えないしィ、身に着けてないと会話出来ないからァ、それは覚えておいてねェ)


 ――はいはい。


(っとォ。誰か来たかなァ? それじゃァ、お休みなさい。フィズゥ)


 ――うん?おやすみなさい(・・・・・・)?魔剣流の挨拶かな?


(……)


 ――あれ?グラキアイル?


(……)


 ――寝たのかな?あ、目が閉じてる。こうなってると話せないみたい。


「勇者フィズ? 灯りも点けずにどうしたのですか?」


 部屋に入ってきたのはリアリスさん。


「な、何でもないよ。それより、リアリスさんこそどうしたの? ギィさんともっと一緒にいるかと思った」


 私がそう言うと、リアリスさんは頬を膨らませる。


「……私だってお兄様ともっと一緒が良かったんですけど、ウードさんがまた潰れちゃって、部屋に戻すついでに今日は休むって」


 しゅん、と落ち込むリアリスさん。このヒトは大人びているんだか子どもなんだか分からなくなるなぁ。


「それは残念だったね。ピピアノは?」


「ピピアノさんはジフさんが強引に連れて行きました。他の酒場で飲み直すそうです。ピピアノさんは嫌がってましたが」


 あらら。可哀そうに。


「あはは……リアリスさんはもう寝ちゃう?」


「いえ、まだ早いので、どうしようかなぁと」


「それならさ、少しお喋りしようよ」


 勇者一行の中では私とリアリスさんだけが同い年で、あとは皆年上だったので、ゆっくり話してみたかった。首都でも友達らしい友達はミスナだけだったし。


「えっと……」


 ちょっと身構えられた。むむむ。


「まぁまぁ、座って座って」


「はぁ」


 窓際にある椅子に腰掛ける。向かい合って座り、間には小さな円卓が一つ。


「それで? 何か話でもあるのですか? 勇者フィズ」


 ギィさんの前だと、凄い生き生きしてるのに、今はあからさまに嫌そうだ。


「いや、そんな改まった話でもないよ。ただ、リアリスさんともっと仲良くなりたいな、と思って」


「私と?」


 怪訝(けげん)な顔をする。本当、お兄さん以外は興味ないんだろうな。


「うん、確かに邪神討伐までの仲間かもしれないけどさ、仲良い方が戦いの時とかも連携取り易くなって有利だと思うし……」


 私の言葉に、右手の人差し指で鼻の頭を擦りながら考えるリアリスさん。


「なるほど、一理ありますね。しかし、反対の場合もあります」


 真っ直ぐこちらを見て言う。リアリスさんの整った顔立ちと幼さの残る声から、このヒトが弓の名手であるなど想像できるヒトは少ないだろう。


「見捨てなければならない時、情が移り過ぎると共倒れしてしまいます。仲間意識が強くなると、判断や決断が鈍くなる。勇者として何をすべきか分からなくなりますよ」


 ほぅほぅ。


「なるほどね。じゃあさ、リアリスさんは目的達成の為に、ギィさんを見捨てられるの?」


 リアリスさんは再び鼻の頭を擦る。考える時の癖かな?


「…………目的の為とあらば、決断しなければならないでしょう。お兄様もきっとそうします」


 少しの間を置いて、彼女は答えた。


「そうなんだ。でもね、リアリスさん。私はきっとギィさんはリアリスさんを見捨てたりしないと思うよ」


「貴女に何が分かると言うんですか? 私とお兄様の願いは同じ。その悲願を達成する為なら全てを犠牲にする覚悟です!」


 しまった。これはいけない流れだ。明らかに不満そうにする彼女を見れば、私の受け答えが良くなかったとハッキリと分かる。


「そ、そうなんだ。ごめん」


 気まずい雰囲気。こんなはずじゃ……


「あ、えと、リアリスさん達の悲願って、邪神の討伐、だよね?」


 ――悲願、というくらいだから、きっと並々ならぬ事情があるのだろうけど、教えてくれるかなぁ?

 言った後になって不安になってしまう。また怒らせてしまうかもしれない。


「え? あ、そ、そうです」


 ――ん?明らかに戸惑ったぞ?


「そ、それより勇者フィズ、貴女はその、えっと……」


 しどろもどろになっている。必死になっている姿が可愛い。無理に聞かない方が良さそうだね。


「あはは。ねぇ、そろそろ『勇者』って付けないで呼んでよ」


「え?」


 きょとんとした表情が可愛い。


「いや、だってさ、いちいち『勇者』って付けられるのも何かなぁって。同い年なんだし、気軽に呼んでよ」


 私がそう言うと少し沈黙。彼女は再び鼻の頭を掻く。


「……フィズさん。これで良いですか?」


 照れてる、というよりは不慣れな感じ。


「さん付けもしなくて良いよ。私もリアリス、って呼んで良いかな?」


「分かりました。フィズ。構いません」


 持ち直したみたい。いつもの冷静なリアリスさん……リアリスに戻ったね。


「あははっ。こんな感じで良いんだよ」


 気まずい雰囲気も無くなってるし、良いねっ。


「そう、ですか。まぁ、これくらいなら……」


 少しずつで良い。焦らない焦らない。私達はその後、本当に他愛のない話をした。私は兵学舎での話、ミスナの話をすると、リアリスは貴族学舎の話をしてくれた。貴族学舎は、貴族の中でも貴族院に連なる名家のみが入舎を認められる学舎だ。

 分かってはいたけど、身分が違うなぁって思ったよ。でも、今は身分なんて気にしないで良いよね。同じ目的の為に頑張る仲間だし。そう言えば、リアリス達の目的は結局聞けなかったな……まぁ良いか。もっと仲良くなれたら聞いてみよう。これからは話す機会は、たくさんあるだろうしね。

 私達はあれこれ遅くまでお喋りをすると、その内どちらともなく寝てしまった。こんな風にお喋りして力尽きるっていうの、何だか久しぶりだなぁ……

「……単調な動きであれば、予想は簡単です」

「ちっ。嫌な予感しかしねぇぜ。面倒くせぇ」

「お兄様、あれは――」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」四章6話――

「絶望の足音」


「アイツは……ま、まさか――」

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