2話・喧嘩してても美味しい物は美味しい
宿についたフィズ達は、宿で昼食を摂る事に。
国境の街『トリステ』の宿屋内の食堂で、私達は食事を待っている。椅子に腰掛けて奥を見ると、宿の従業員のカルミネさんが厨房で料理をしている姿が見えた。手慣れた様子で調理をする姿は、実家の定食屋で働くお父さんを思い出させて懐かしくなった。
「ふぅ。何だかやっと一息付けた気がするわね」
「そうだね。何だかんだで久しぶりに座った気がするよ」
実質、まともな休憩というか、ゆっくり休めるのは首都を出て以来な気がする。ここまで来る道中はもちろん野宿だったし、天幕張って皆で雑魚寝。そりゃ疲れも取れないよね。
「……休むのも大事ですけど、次の目的地は決まっているのですか?」
呑気な私達をジトっと見つめ、リアリスさんは冷静な態度で言った。目的地か、それはもちろん大結界なのだけど、多分リアリスさんはその道中の事を聞いているのだろう。
「えーと、国境を越えて獣人国か、鉱山国を通って行く事になるんだけど、どっちが良いのかな?」
厳密に言えば、この辺りから一番近い国境の関所は獣人国の方が近い。獣人国も鉱山国も行った事が無いし、私は地理は苦手だったから(得意な座学なんて無いけどね)どんな所なのか、イマイチ分かっていない。
「どっちが良いかって……貴女が決めてください。勇者フィズ」
少しムッとした様子のリアリスさん。そうなんだよね、リアリスさんてば、私の事呼ぶ時は絶対に『勇者』を付けるんだよね。別に良いんだけどさ、なーんか気になるんだよ……
「ここからなら獣人国の方が近いんだから、そっちからで良いんじゃないかしら? それに獣人国にもいるんでしょ? 勇者って」
「そういえばそうだね。じゃあ次は獣人国へ行く事に決定! 獣人国の勇者に会えると良いなぁ……」
「はぁ。もう少し考えてからでも……はぁ」
呆れた様子のリアリスさん。二度も溜め息をついた。
「むぅ。決まってないと決めろと言う。決めれば考えろと言う……」
私はリアリスさんに不満そうに言った。私にどうしろと言うのだ。
「もう少し勇者らしく振舞えないのですか? 思慮深く、決断力に優れた者を勇者と呼ぶのだと思っていました」
――な、何おぅ!
「決断力ならあったじゃん!」
即決だったと思う。
「このヒトの話に流されただけでは? 実質決めたのはこのヒトでしょう? 決断力があるとは言えません」
ピピアノを指差して言うリアリスさんに、ムッとする。何なのさ、決断力決断力って、そればっかり。
「むぅ。ならどういうのを決断力って言うのさ。バカな私にも分かるように教えてよっ!」
少々、いや結構ムキになってしまった。
「だからもっと勇者らしく振舞いなさい! 自分をバカだとか言う勇者がどこにいますかっ!」
リアリスさんも声が大きくなってきた。
「話が変わってるよ! 決断力の話でしょ!」
「元々は勇者らしく振舞えという話でした!」
私もリアリスさんも立ち上がって顔を突き合わせる。視線同士が空中でかち合い、バチバチと火花が散っている……ような気がする。
「はいはい。そこまでにしておきなさいよ。料理、来るわよ」
「ぐむむ――」
「むむぅ――」
ピピアノの言葉で私達は席に着く。興奮冷めやらぬ私達も、空腹には敵わない。お腹を気にした途端、ぐぅっとお腹が鳴った。
「あらあらぁ。喧嘩なんて、元気があって良いわねぇ、若い子は元気が一番よぉ。たくさん食べてねぇ」
そう言いながらカルミネさんが料理を運んでくれる。大皿に盛られた焼き飯からは胃袋を刺激する匂いが湯気と共に立ち込める。塩漬けのラヴァガ肉は赤身が宝石みたいに鮮やかに。それから……これは何だろう、深皿に入った焼き菓子みたいに見えるけど?
机に置かれたそれからは、ふわりと物凄く香ばしい香りが漂う。一瞬にして私の意識は全て持って行かれてしまった。あぁ、私達喧嘩してたっけ?どうでも良いから早く食べたい。
「あぁ。それはねぇ、パイって言う料理よぉ。それはひき肉のパイねぇ」
パイ、か。聞いた事は無いけど、美味しそうだ。私は早速そのパイに金属製の食器、スプンを突き刺した。割れたパイから放たれた香ばしさは、先ほどの比ではない。ふわふわと私の鼻腔を刺激する。口の中に涎が溜まる。喉が鳴る。腹が鳴る。スプンに乗せたパイを口に運ぶと――
「熱っつ! 旨っ!」
焼きたてのパイの香ばしさと、ひき肉の旨味が口一杯に広がる。これはお父さんの料理より全然美味しいよ。あ、ごめんお父さん。もっと頑張ってね。
「美味しいわね、どう? 貴族さん」
ピピアノがリアリスさんに感想を振った。言い方が少し嫌味っぽいけど、この料理を前にしたら、反論など起こせそうも無い。
「……美味しい、です」
貴族らしい、上品な食べ方。租借している時は口元を手で隠し、飲み込んでから口を開く。
「ふふふ。それは良かったぁ。貴族さんの口に合うなんて嬉しい限りですぅ」
カルミネさんは小さく拳を握る。
「本当、すっごくすっごく美味しい♪」
料理を口に運ぶ手が止まらない。熱々だけど、それをハフハフしながら食べるのが良いねっ。
「せっかく美味しい料理なんだから、アンタ達喧嘩なんて止めなさいよ」
ピピアノの言う事はもっともだ。美味しい料理なんだから、楽しく食べないと作ってくれたヒトに悪いよね。喧嘩してたの忘れてたけど、思い出したからにはちゃんと仲直りしたい。
「……そうだね。ごめん、リアリスさん。もっと勇者らしく出来るように頑張るよ」
私はリアリスさんに頭を下げた。
「いえ……こちらこそ、言い過ぎました。申し訳ありません」
リアリスさんもペコリと頭を下げる。
「まったく、世話が焼けるわね、アンタ達」
ピピアノの呆れた顔。私とリアリスさんは照れてしまって目線を合わせられない。まぁ、旅にはこういう喧嘩も付き物だよね……よく知らないけど。
そんなこんなで私達が食事を楽しんでいると、シェロンちゃんが食堂にやってくる。お腹を空かせたようで、とても悲痛な顔をしている。子どもってお腹が空くと物凄く絶望感が漂うよね。
「カルおばちゃんお腹空いた~」
「あらあらぁ。じゃあ奥で待っててねぇ。今から作るわぁ」
そう言って厨房へ戻ろうとするカルミネさん。
「あ、どうせなら一緒にどう? カルミネさんも、良かったらご一緒しませんか?」
私はシェロンちゃんとカルミネさんを食事に誘った。他に客もいないようだし。
「え? 良いの?」
「もちろん良いわよ。さぁ、座って」
私が誘ったのにピピアノが答える。このデレデレなピピアノ、ちょっと怖くなってきた。
「わぁ。ありがとう♪」
「あらぁ、すみませんねぇ」
カルミネさんからもお礼を言われる。少し聞きたい事もあったし、丁度良かった。
追加で運ばれてきた料理を置くと、カルミネさんも席に着く。シェロンちゃんとピピアノが仲良さそうにお喋りする姿に恐怖を感じて来た頃だったから、丁度良かった。料理を食べるシェロンちゃんを見守るピピアノを見て、私とリアリスさんは顔を見合わせ、苦笑い。
「何よ」
「いえ……何でもありません」
そう答えたリアリスさんが笑いを堪えていたのを、私は見逃さなかった。うん、きっとリアリスさんとも仲良くなれるね。
「少し聞きたいのですけれど、この辺りは魔物に被害は出ていないんですか?」
食事中、私はカルミネさんに問い掛ける。カルミネさんは気まずい顔をして、食事をする手を止めた。
それと同じくして、シェロンちゃんも俯いてしまう。
――あれ……だいぶマズかったかな、この質問。
「えぇ。魔物による被害はぁ、出ていますぅ……半年くらい前でしょうかぁ、トリステの牧場区と農場区にロロッカと思われる魔物が現れて、家畜や農作物を荒らしていったんですぅ」
ロロッカ。大きい鳥の魔物だ。翼を広げた全長は私くらいかなぁ。活性化前も農作物を荒らすので、よく兵士達が討伐に赴いたりしていた。討伐と言っても、弱い魔物だったので、大量発生でもしない限り、一般のヒトでも対処出来るくらいだったけど。
「それから定期的にやって来ては荒らすのでぇ、街の代表は壁の増築を決めましたぁ。牧場区と農場区は増築を急いだのでぇ、襲われなくなったんですがぁ、今度は街の方へ来るようにぃ……」
「なるほど。フィズ。国境を越える前にやる事が出来たわね」
ピピアノの言葉に頷く。魔物討伐も私達の目的だ。ゼンデュウ将軍達がこちら側ではない所に進路を変更しているので、こちらは私達がやらないと。
「もしかしてぇ、ロロッカを倒してくれるんですかぁ? でもぉ、街の警備兵さん達でも敵わないんですよぉ? 大きさなんて普通の五倍くらいはありますよぉ?」
ご、五倍かぁ。活性化してから体つきが変わる事は他の魔物でも確認出来たけど、五倍はさすがに……
「そうだよお姉さん達、危ないよ! 止めた方が良いよ……」
俯いたままだったシェロンちゃんが顔を上げて言う。凄く辛そうな顔だ。
「実はぁ、その子の両親、最初の襲撃の時に運悪く牧場区に買い付けに行っていたのぉ。それでぇ……」
そういう事か。きっと元々この宿はシェロンちゃんの両親が店主だったんだろう。それでシェロンちゃんは自分を従業員ではなく、店主と言ったのだ。両親の跡を継いで。
「大丈夫! お姉さんは実は勇者なの!」
立ち上がって右手で胸を叩く。左手は腰に。
「あらあらぁ、そういうのに憧れるのも分かるけどぉ、これは遊びじゃないのよぉ? シェロンが本気にしちゃうからぁ――」
カルミネさんが困ったように言う。遊びじゃないなんて分かっている。それはもう身に染みているのだから。
「カルミネさん、気持ちは分かるわ。けど、本当なのよ。フィズは本当に、神託を受けた勇者なの。信じて頂戴」
ピピアノ、気持ち分かるって――何だか複雑なんですけど。
「本当!? 本当にお姉さん達、あの魔物倒せるの?」
シェロンちゃんが私の所まで来て足にしがみつく。私はしゃがんで目線を合わせて笑い掛ける。
「うん! 勇者に任せなさい!」
そう言って頭を撫でる。カルミネさんはまだ信じられないという様子だ。
「あなた達の話が本当ならぁ、この子の両親の敵討ちをお願いするわぁ。でもぉ、無理はダメよぉ?」
「はい。魔物はきっと、うぅん――絶対私が斬り刻んでみせます」
私は再び右手で胸を叩いた。その時の事を想うと自然に口角が上がる。楽しみだな。だって五倍だよ、五倍。単純に斬るところが一杯あるなんて、楽しみで仕方がないよね……
「今度暴走したら私が射貫いてあげますから、心配いりませんよ」
「見学かぁ? 帰れ帰れ! こっちは忙しいんだ」
「しょんな事、いはれまひてもにぇ、ジフしゃん、とまらにゃいん――」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」四章3話――
「酔っぱらってても酔っぱらってなくてもオジサンは大体一緒」
「街の中でオジサンと話す回なんて、本当に誰得なのよ……」




