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3話・私が勇者だ

王子様の戴冠式で、勇者として初めておおやけの場に出る事になった私。

こんな子供に邪神なんか討伐出来るかと、当然の様にあがる不審の声。

そこで私が見たのは、王子様の王族とは思えない行為と、私を擁護する謎の貴族の姿だった。

 オルさん……今日は王子様との謁見から早数日。王の崩御は既に触れが出ており、国中大騒ぎになっていると聞いた。

 私はというと、将兵さんや文官さん等の一部お偉い方々とお目通りさせて頂き、その後は将兵さんたちと剣術や魔法の訓練している。


「軍を率いて邪神討伐、という事になるのですか?」


 城内の一室。作戦会議という名目で将軍方々とオルさんと私は、大陸の地図が乗った机を囲んでいる。

 あぁ、何で王子様を「オルさん」と呼んでるかと言うと、「王様とか王子様とか堅苦しくて嫌なんだよ。民衆がいない時くらいはオルと呼べ」と言われたからだ。

 この王様もといオルさんは本当に接し易い。王様とか貴族様は、もっとお堅いかと思っていたけど、そんな事無くて正直ホッとしていた。

 まぁ、オルさんが特別なんだと後で知ったけどね。


「当たり前だ。まさか少人数で行くと思ってたのか? フデジラの話聞いてたか? 相手は大陸を滅亡させる力を有しているって話だろ? 戦力は多い方が良い」


 オルさんの呆れたような物言いと、冷たい目線が刺さる。そんな目で見なくても良いじゃん。


「う……だって、お伽噺とぎばなしとかだと少人数で退治しに行くじゃない……」


 しゅんと小さくなりつつ、少しの反抗。

 

「はははっ! 勇者殿はまだまだ夢見る少女であらせられる。これは我々がしっかりとしませんとな!」


 豪快に笑って皆の注目を集めたのはゼンデュウ将軍。体格が良く、剣技と魔法に優れ、気さくな方だ。

 将軍といえば、我が国の軍では現場の最高責任者になるかな。その上にいるのは元帥一人。将軍は全部で三人。

 ゼンデュウ将軍は三人の将軍の中で一番若く、若手の兵士や国民から人気も高い。

 

「ふん、ゼンデュウ、邪神討伐に当たって……大まかで良い、こいつに聞かせてやれ」


 オルさんはそう言うと、後ろにある椅子にドカッと腰かける。偉そうに……あ、王様だから偉いんだった。


「はっ。ざっと簡単にご説明致しますと、邪神討伐の為に編成される軍を率いてハーシルト王国を出立。大渓谷を目指します。あぁ、軍と申しましたが、全体で百名程度の中規模での行軍になりますな。多過ぎると物資が足りなくなる恐れがありますので。それと、進路上や、危険な魔物は出来る限りは討伐を行いながらの進軍になります。軍を率いる旗印は勇者様となってはいますが、ほとんどの指揮は指揮慣れしている私が執る事とさせて頂きます」


「……え、それだけ?」


 物凄く単純な説明に呆気に取られる。いくら私がバカでも、もう少し具体的な説明が欲しいよ。

 まぁ、実質はゼンデュウ将軍が指揮を執るのなら、私はお飾りか。残念な気持ちよりも、ホッとしている方が大きい。


「大陸中の魔物が増えていて、様々な報告が上がってるんだよ。細かい道順や作戦は進行しながらになると思え」

 

 つまり、ほとんど作戦無いってことじゃないの?

 ――大丈夫かなぁ……

 そう思うと何だか不安になってくる。


「補足するとですが。他の勇者殿方の戦力が不明であるので、そちらと連携を取りながら進行、という手段はまだ何とも言えない状況でありますし、大渓谷に着いたとして、結界をどうするか……」


 結界、か。大渓谷は、張られている結界にちなんで、大結界、と呼ばれる事もある。大渓谷も大結界も、指しているモノは同じだ。

 確か、ここ数百年だか、誰も向こう側に行った事が無いんだったっけ?

 でも結界の向こうに邪神が出たって言ってたから、どうにかしないといけない。


「邪神がこっちに来るのを待つ、とか?」


 そんな事を真面目な顔で言うもんじゃなかった。オルさんの呆れ顔が腹立たしい。


「いつになったら邪神がこっちに来るのか分かるのか? 向こう側が準備万端にして攻めてきたら困るから、こっちから攻めるんだよ。それに、魔物がどんどん出てきてこっちは消耗していく一方なんだからな」


 ――むぅ……

 オルさんの言葉はいちいち棘がある。しかし、攻めなければジリ貧になっていくだけか。


「まぁ、そういう事で、こちらから攻めていく事になりますな。勇者殿はその中で経験を積み、強くなってもらわねばならないわけです。魔物討伐は良い経験となりますからな。勇者殿には期待していますぞ。神託通りであれば、邪神に対抗する切り札としての力が勇者殿には眠っているはずでありますからな」


 そう言うとゼンデュウ将軍は私の肩をポン、と叩く。


「……はい、頑張ります」


 その後も簡単な話し合いや、支給品の確認など、作戦会議は進行していったのだった。



 翌日、今私がいる小さな隠し部屋の裏の広間では戴冠式が行われている。どちらかと言えばこっちが裏だと思うけどね。

 広間に集まった貴族や諸国の来賓等の前で、神皇様がオルさんに王冠を被せる事になっている。本当は前王様が被せるらしいけど。

 

「オルネストア・スタナシア・ハーシルトを新王とし、中央国ハーシルトに益々の発展を! 中央国ハーシルトに益々の栄光を!」


 神皇様の宣言に続き、割れんばかりの歓声が城内に響き渡る。

 どうやらそろそろのようだ。オルさんの挨拶と、邪神と神託の話の後が私の出番。勇者として私は表舞台に立つ事になる。

 ――昨日半日掛けて文官さんと挨拶を考えたけど、大丈夫かなぁ……

 あぁっと。いけないいけない。また気分が落ち込んじゃうところだった。


 小さなテーブルに置いてある水差しからコップに水を注ぎ、飲み干す。

 ――しっかし、こんなコップ一つ取っても凄い装飾だなぁ。水も何だか美味しい気がするし。

 そんな事を考えて気を紛らわせる。紛れないんだけどね。じーっとコップの装飾を眺めていると、実家を思い出した。

 私の家は小さな定食屋で、お父さんが料理を作って、お母さんが給仕をする。小さい時は少し手伝ったけど、ほんの少しだけ。だってお客さんあんまり来ないし。


 お父さんの作る料理は、正直言ってお城の料理人さんが作る料理の足元にも及ばないけど、私の好みを分かってるから、いつも美味しく食べてたなぁ。

 ――邪神退治に出発する前に、少し時間を貰って会いに行けないかな……

 せめて、一目だけ、一言だけでも。うん、掛け合ってみよう。


「……よしっ」


 両手でパシンパシンと軽く頬を叩き、気合を入れる。

 そうしていると、私のいる小部屋の扉が開かれる。広間のザワつきと熱気がぶわっと流れ込んで来て、私はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「勇者様、お願いいたします」


 衛兵さんにそう言われ、小部屋から出る。少し歩くとオルさんの座る玉座の横に出た。

 私は一礼し、玉座の横に立つ。私から見えるのは、場内に集まった貴族や各学舎の学舎長など、招待のあった者達。普通、学舎の生徒が会う事など出来ないヒト達ばかりだ。

 それまでの場内の熱気がウソのように引いていくのが分かる。静かになったかと思うと、少しずつ声が出始める。


『……あれが勇者様? まだ子供じゃないか?」


『あんなにか弱そうな女の子が?』


 ザワめきは不安一色だ。もちろん想定済み。

 自分たちの命運を預ける勇者が弱そうだったら、不安なのは当たり前。私がそちら側なら私も不安だったと思う。恰好だけ綺麗な貴族っぽい礼装をしていても、こんな兵士見習いの小娘が勇者で、自分らの命運を託せと言われたら、そりゃあ不安だ。


「静粛に! では勇者殿、皆に一言」


 ちょび髭の大臣さんの一言でザワつきは小さくなる。完全に消えないのが不安、不満の大きさの表れか。

 私は大きく一歩踏み出し、真っ直ぐ前を見て深呼吸をする。


「お初にお目に掛かります。私はフィズ・アウレグレンス。数日前までハーシルト第二兵学舎に在学していた者です」


 場内のザワめきが強くなる。これもまぁ、想定内。ここからが勝負だ。

 

「私が神託を受け、勇者として邪神討伐に向かう事は、既に聞き及んだ通りです」


 場内の空気は重い。張り詰めた空気と人々の不安が私に重く圧し掛かる。

 ここからは若干の誇張を含めて演説し、人々の不安を取り去る事となっている。オルさんや神皇様が上手く援護してくれる手筈。


『……おいおい、手練れの兵でも傭兵でもなく、第二学舎の学生、子どもかよ……不安過ぎる』


 そういった落胆の声が広まっていく。

 よく見れば貴族の女性だろうか、泣き出している者まで見受けられた。


「っ!」


 想定はしていたけど、実際にこれだけの光景を目の当たりにすると、やはり辛い。

 歓迎や期待の言葉掛けもあるんじゃないか、と少しは考えていた自分が、いかに浅はかだったかを知る。


『邪神討伐が失敗したら、王の責任ですぞ?』

 

『勇者が失敗したら誰が我々を守るんじゃ?』


 場内のザワめきは増すばかり。何か段々腹が立ってきた。


『貴殿、相当な財を貯めておろう? それで軍を整備してだな――』


『いやいや、貴方の私兵は相当な手練れ揃いと聞きましたぞ?それを用いれば――』


『その手には乗りませんぞ? 其方様の方が適任だと――』


 最早誰もこちらを見ていない。皆それぞれに不安の色を出すばかり。

 大臣さんが必至に「静粛に!」と叫ぶが、場内は腹の探り合いの場と化していた。


「……私だって」


 悔しい。正直、かなり悔しい。下を向いて唇を噛む。握った拳がギリギリと痛い。

 唐突な事ばかりで、不安ばかりで、勇者の自覚なんかまだ全然無い私だけど、やっと覚悟を決めたんだ。

 ――皆不満ばかり……そんな事私に言われたって……うぅん、違う。私は神託を受けたんだ。私が神託を受けたんだ……どんなに不満があっても、この国では私だけなんだ。ここでごちゃごちゃ思ってても何にもならない!声に出さなきゃ!

 そう思い、キッと正面を見据え、大きく息を吸い込んだ。


「私だって! 不安で一杯ですっ! 魔法はあんまり上手じゃないし、剣技では同年代じゃ負けない自信あるけど魔物とか、戦った事無いし、背も低いし、バカだし……」


 思いの丈を叫んでいた。上手い言い回しも無いし、凄い文章でも無い。ただの15歳の子どもの叫び。

 場内が静まり、再び注目が私に集まっている事が分かる。


「……正直、何で私が、って気持ちはまだあります。私じゃなければって思う事もあります」


 いくら覚悟を決めても、ここ数日の辛い訓練や、緊張する事の連続に平然と耐えられるほど、私は強くない。


「でも、でも! 私は私の大切な人たちを護りたい! この国で、この大陸で生きる人たちを、家族を、友人を……」


 お伽話とぎばなしの勇者様や、冒険譚に出てくる英雄だと、それは素晴らしい演説が出来たのだろう。人々からの信頼も初めから厚く、期待されていたのだろう。

 言葉足らずで拙い叫び。私に出来る事はただ想いを込めるだけ。ウソや見栄を織り交ぜた演説なんて、出来やしない。そういった意味では、私はまだ本当の勇者ではないのかもしれない。

 でも、それでも――

 

「私しかいないんです……この国では私だけなんです! 失敗の事とか、責任の話とかばっかりしてないで、応援してください!」


 涙が出そうになるのをぐっと堪える。泣いてる場合じゃない。


「皆の力を私に貸してください! 今の私はまだ、勇者って呼べるほど頼れる存在じゃないかもしれない……でも、必ず、必ず立派な勇者になってみせます!」


 思いの丈を吐き出した。静まり返る場内。

 キョロキョロと互いを見ている人々の顔からは、困惑の表情が見て取れる。

 私の後方からゴホンと咳が聞こえた。注意を引く為の空咳であると分かるくらい、大げさで演技っぽい。

 後ろを振り向くと、オルさんが玉座より立ち上がり、私の横に歩み寄って来た。


「皆の者、聞いた通りだ。勇者殿は見ての通り、こんなにも小さき娘子である。皆の不安も分かる。だが、これは神託なのだ! 敬虔なる神の信徒たるハーシルト国の国民ならば、この意味が分かるだろう!」


 そう言うとオルさんは私の左側に立ち、人々に向けて左手をかざした。羽織った赤いマントが翻り、キラキラの装飾が神秘的だ。


「勝手ながら、軍は全面的に勇者殿を支援する事が決定した。勇者殿一人ではさすがに限界もあろう、邪神討伐の為、我々が協力するのは義務である」


 オルさんは両腕を大きく広げ、続けた。


「そしてこの場にお集まり頂いた諸侯方よ、そなたらは権力もあり、財力も、武力もある。その力、どうか貸してはくれないか……! そなた等の力を、神の剣たる勇者に、貸してはくれまいか!」


 場内に大きなどよめきが走る。

 オルさんの右手には被っていたはずの王冠が。オルさんは王冠を自らの胸に当て、言葉を続ける。


「私の王としての初めての仕事は、これだ」


 オルさんの行動を目にした場内のどよめきは、大きなザワめきに変わる。


『王が……』


『何ということだ……』


「共にこの国を、この大陸を、守ってくれ! どうか! この通りだ!」


 綺麗に伸びた背筋。揃えた足に下げた頭。着任したばかりとはいえ、一国の王がする行動ではない。

 あまりに綺麗なその姿を見て、思わず私を含むこの場の全ての者は息を飲む。


「お願いしますっ!」


 私も慌ててガバっと頭を下げる。

 大臣さんやこの場に参列した城の関係者たちは空いた口が塞がらないといった様子だった。

 場内は先ほどの喧騒が嘘のように静まり返ったまま、時間だけが過ぎていく。


 パチ、パチ、パチ。

 わずかに間を置き、小さな拍手が場内に響き渡る。


「良いじゃあないですか、皆さん。この可愛らしい勇者と、新たな王の誠意、しかと見せて頂いたでしょう」


 声の主は貴族席の末席、下位に位置する貴族の方にいるようだ。

 人々の視線はその貴族に集まる。私もオルさんも顔を上げてそちらを見た。


「フィズ様、でしたか。どの道、彼女が邪神を倒せないのであれば、私たちは終わりです。まぁ、他の国にも勇者がいるとの話でしたが……まさか目の前の可能性を捨ててそちらに全てを賭けますか?」


 肩まで伸びた赤茶色の髪をなびかせ、つかつかと広間の中央部まで話しながら歩いてくる。

 歩きながらの大げさな手振り、芝居掛かった声。


「他の国の勇者はもっと幼いかもしれない。もっと、か弱そうかもしれない。逆の可能性もありますが――」


 大げさな身振り手振りは続く。時に激しく、時に抑えた調子で。まるで舞台を観に来ているかのような錯覚すら覚える。

 場内の人々は私たちも含めて彼を見守るしか出来なかった。


「そんなのいちいち探っていたら、皆仲良く滅亡しますよ。そんなのごめんでしょう?」


 彼の問い掛けに応える者はいない。きっと彼はそれを分かって質問している。答えなど初めから求めていないのだ、きっと。

 

「で、あれば我々ハーシルト王国やその周辺諸国の皆さまは力を合わせ、フィズ様を後援するのが得策ではないですか? そうしていずれは、他の勇者様やその国々と協力していく」


 人々は彼が通る道を開ける様に、自ら左右に分かれていく。


「それに、まだ子どもとはいえ、仮にも神託を受けたのでしょう? つまりは神様のお墨付き、という事でしょう。彼女より適任な人物がこの国にはいないという事です」


 広間の中央に来ると彼は足を止めた。周囲の人々は円を描くように一定の距離を取っている。

 真っ直ぐ私たちの方を見て、礼。右手を胸に、左手は軽く上げ、頭を軽く下げる。貴族式の挨拶。


「遅ればせながら、自己紹介をさせて頂きたく」


 そう言うと顔を上げる。整った顔立ちに、私のような平民には着る事の出来なさそうな高価そうな服。

 服に付いた装飾品は、玉座側の上窓から入った光でキラキラと輝いている。


「私はギィ・セルゼと申します。一応、貴族院の末席に名を連ねる者です。以後、お見知りおきを。勇者フィズ様、新王オルネストア様」


 片方の口角を上げたその顔には、ギラギラと、得体の知れない輝きを秘めた青い瞳が見受けられる。

 そのギラついた瞳を見た時私は、自らの背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 私の勇者としての冒険は、こうして幕を上げたのだった。

次回予告!

「勇者殿、だいぶ動きが良くなりましたが、まだまだですな!」

「影の力よ……ディバウ!」

「勇者定食お待たせしましたー!」

 お城での特訓と、フィズの実家の定食屋でのお話――

「読んでくれると嬉しいな♪」

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