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1話・国境の街

ハーシルトの端の街までやってきたフィズ達一行。大きなこの街は、国境の街と呼ばれる街であった。

 ゼラを出発してから数日。私達ハーシルトの勇者一行は国境の街「トリステ」に到着した。グラキアイルの件から身体が軽く、凄く強くなったと感じる。

 ――まぁ、あの時みたいな動きが出来るほどではないけどね。それにしても、谷越えやら渇いた土地やらを強行軍で抜けたから、凄く疲れた。皆ヘトヘトだよ。

 それと、すっごくどうでも良いんだけど、ハーシルト軍の携行食が物凄く不味い。ボソボソパサパサの塊で、水で強引に流し込まないと食べれたもんじゃない。こんな事なら、もっと料理を勉強しておけば良かった。実家が定食屋なんだからさ。


「ふぅ。見たところ、トリステは無事なようですね」


 私がそんな事ばかり考えていると、ウードが安心した調子で言った。トリステの壁を見ると少しの損壊は見られるが、問題は無さそうだ。

 街を中心に、国境に添うように地平線の彼方まで人工的に作られた壁が伸びている。パッと見た限りでは、街を囲んでいる壁はゼラの倍くらいは強度がありそうだ。どうやら壁の増築の計画が進んでいるようで、街を囲む壁の高さを増加している工事のヒトの姿が見える。


「よーし。じゃあ、行こっか」


 街の出入り口である大きな門を指差して言った。門付近の壁の上部に空間があり、そこから外を見ている監視役のヒトがいる。


「すみませーん! 開けてほしいんですけどー!」


 私はそこにいる人に向かって大きな声でお願いした。一生懸命に出した声は、壁に跳ね返ってぐわんぐわんと木霊する。


「お前たちは誰だー! 何故こんな時に壁外にいるー?」


 向こうも大きな声で話す。早く開けてほしい。


「私達はー! 勇者一行でーす! 邪神討伐の為の旅をしていまーす!」


 木霊した声が快晴の大空に吸い込まれていく。


「……フィズ。アンタ今すっごいバカっぽいわよ」


 ピピアノが頭を押さえている。


「そう? ウソじゃないじゃん」


 ウソじゃないじゃん。


「そうだけど――まぁ良いわ」


「勇者だぁ!? 怪しいヤツめ!」


 ――何で信用してくれないかなー。怪しいかどうかで言ったら……ジフは怪しいかもしれないけど。

 横目でジフを見ていると、ギィさんが一歩前に出て息を吸い込んだ。


「王国発行の触れは見ていないのか!? 彼女は嘘はついていない。私はギィ・セルゼ! 中央国の貴族院の末席に名を連ねる者だ!」


 ギィさんの言葉を聞くと、監視役のヒトが一枚の紙を取り出して眺める。


「……本物だと証明するモノはあるのか!?」


 ――えー。まだ続くの?その持ってる奴、王国発行の触れじゃないの?見たんなら通してよー。

 やっと街に入れるという安息を早く味わいたい気持ちが強くなり、心の中でぶーぶーと文句を垂れる。


「これでどうだー!?」


 ギィさんはそう言うと、懐から貴族院に名を連ねる貴族だけが持つ金属の板を取り出す。金色に輝くそれは、まごう事無き中央国ハーシルトにおける権力の象徴だった。豪華さを好む中央国の貴族院にしては実に単純な金の板。何の装飾も(がら)も無い、ただの金の板である。


「っ!? し、失礼しました! 開門! 開もーん!」


 監視役のヒトがそう叫ぶと、大きな門が軋みながら開く。そんな便利な物持ってるなら、最初から出してほしい。


「なんだよ、そんな便利なもんあるんなら最初から出せよ」


 ジフが私の考えている事と同じ事を言う。ジフと同じ思考か。嫌じゃないよ?嫌じゃないけどさぁ、オジサンと同じ思考だなんて、複雑なモノがあるよ。


「はは。すまない。まさか疑われるとは思っていなくてね」


 むぅ。まぁ、入れたから良っか。




 大きな門を抜けると、眼前に広がるのは大きな街並み。石畳みの綺麗な道、大勢のヒトが行き交う大通りが真っ直ぐに伸びている。

 ここトリステは『国境の街』という別名の通り、ハーシルトの一番端にある。街の端である国境からは、獣人の国『ダンザロア』か鉱山の国『キンザンコ』に繋がる関所に行く事が出来る。交易もそれなりに盛んで、大規模な市場が街の中心では開かれているようだった。

 私達はトリステに入るとまず、宿を探す事にした。これだけ大きな街にもなると、宿の量が半端では無い。それぞれの宿が趣向を凝らし、客引き戦争に躍起(やっき)になっている。ジフの希望により、ウードが酒場と一体になった宿を紹介してくれた。が――


「じ、じゃあ、男性はそこで、私達は別な所を探すね……」


 宿に入った途端、私は直ぐに引きつった顔でそう言った。何故なら、一階の酒場部分がもう無理。オジサンばかりでむさ苦しく、失礼だけど……臭い。


「そうね、私はここ無理」


 ピピアノは既に(きびす)を返している。鼻を摘まんで凄く嫌そうな顔。獣人は鼻が利くと言うし、私よりもツラいよね、きっと。


「わ、私はぁ……お兄様と一緒なら、ど、どこでも構いません……」


 リアリスさん、無理はしない方が……顔が物凄く引きつってるよ。


 結局私達は男性陣とは別な宿を探す事にした。渋るリアリスさんを引き連れて街中を見て歩いていると、とある事に気づく。それは、食料品の値段がかなり高騰しているという事だ。

 魔物の活性化以来、確かに物価が上がってはいるが、基本的に壁内に牧場区や農園区がある為、食料品の値段がここまで変動する事は珍しい。どれも三倍以上は高い。

 宿を探して街を歩く。よくよく見回していると、ところどころ、屋根が壊れたり、壁が崩れた建物が見受けられた。なんでだろ?

 そしてしばらく街を散策していると、私達は小さな宿を発見する。相談して、とりあえず入ってみようという事になった。


「やってますかー?」


 カタカタと音がする、年季の入った扉を開けると、古いなりに手入れが行き届いた店内。


「はい……やっていますよ」


 受付にはお婆さんが一人。結構なお歳のように見受けられる。


「三人なんですけど、お部屋は空いてますか?」


 指を三本立てて尋ねる。お婆さんは見えているか不安になるくらい、細い目をして頷いた。


「はい。大丈夫ですよ。少々お待ちくださいね……」


 そう言うと、お婆さんはゆっくりと後ろを向いた。


「おーい。シェロンやー、お客さんをお部屋にご案内してあげなさい」


「私達、まだ泊まるとは言ってないんだけど」


 ピピアノが小声でそう言うが、もう完全に泊まる感じの流れだ。


「まぁ、良いじゃない。ここ臭くないよ?」


 私がそう言うと、ピピアノはため息をついて苦笑いを見せる。


「私はお兄様と一緒が良かったのに……」


 リアリスさんはまだ文句を言っている。そういえば、リアリスさんとギィさんて、倍くらい年齢が違うと聞いた。彼女は私と同い年の十五歳。自分にもし倍くらいの年齢の兄弟がいたら……

 ――うーん、想像もつかないなぁ。私は一人っ子だし。


「お待たせしましたぁ」


 私達がそんなやり取りをしていると、七~八歳くらいだろうか、可愛らしい女の子が奥から現れた。


「あら、可愛い従業員さん。偉いわね、お手伝いかしら?」


 ピピアノはそう言ってシェロンと呼ばれた幼女を撫でる。短く切られた髪がサラサラと揺れ、くすぐったそうにしている。


「わぷ。私はこの宿のテンシュをしています、シェロンと言います。本日はお越しいたあき……お越しいらたき――いたたき? いたあき?」


 一生懸命接客している姿が何とも愛らしい。思わずほっこりとした気持ちになった。


「と、とにかくありがとうございます! お部屋にご案内しあす――します」


 階段を上がって通された部屋に入ると、これまた古いなりに手入れが行き届いた部屋だ。ふかふかの寝床に物置棚に洗面所。とても簡単な造りではあったが、久しぶりの室内だ。これ以上の贅沢は無いと思った。


 物置棚に荷物を入れる。と言っても、私達は武器と小さな荷物くらいしか持っていないけど。大きいのは男性陣に任せてある。臭い付いてたら嫌だな。

 グラキアイルと将軍から貰った剣を寝床の脇に立て掛ける……ウードによれば相当良い剣で、『ファルシオン』と呼ばれる不明遺物を打ち直して造られたらしい。ファルシオンを縮めて、ファルと呼ぶ事にした。正直グラキアイルに比べれば重いし使い難いが、そうも言っていられる場合では無い。


「案内ありがと。これはお礼よ、店主さん?」


 ピピアノはそう言ってシェロンちゃんに銅貨を一枚渡す。

 ――ピピアノって子どもに甘いんだねぇ。私にも優しかったし。あ、それだと私は子どもだっていう事か?


「わぁ! ありがとうお姉ちゃん!」


 嬉しそうなシェロンちゃんを見て、今まで見た事無い顔をしているピピアノ。トタトタと階段を降りていくシェロンちゃんを見送ると、くるりと振り返る。


「……何よ」


 一部始終をニヤニヤと見ていた私に向かって、ジトっとした目付きで恥ずかしそうな顔をする。


「べっつに~。ピピアノは優しいなぁって思っただけだよ~」


「ふん……子どもは好きよ。無邪気で可愛いもの」


 ピピアノの意外な一面を見れて嬉しくなる。こんな事なら、勇者一行に子どもを加えてみたらどうかな?うん、そんな事したらピピアノに怒られそうだね。


「そんな事より、そろそろお昼でしょ、どうする?」


 そう言われてみるとお腹が空いた。この宿の説明すら受けていないから、食事も付いているか分からない。


「何かあるか、お婆さんに聞いてみようか」


 私達は受付まで行ってお婆さんに尋ねた。


「あら、説明もまだでしたか……すみませんねぇ、年を取ると忘れっぽくなっちゃって。この前もねぇ――」


「はいはい~、お婆ちゃん。その話は私が後で聞くからぁ。お客さん、困ってるでしょお?」


 そう言って奥から現れたのは恰幅かっぷくの良い一人の中年女性だった。のっぺりとした喋り方で、たれ目で人当たりが良さそうな顔をしている。シェロンちゃんのお母さんかな?


「ごめんなさいねぇ。私はこの宿の従業員のカルミネといいまぁす。それで、ええと、ご飯の話だったわよねぇ? それなら、ウチの食堂でも出せるけど~、どうしますぅ?」


 そう言って階段とは反対の方に顔を向ける。釣られて私達もそちらを向くと、引き戸が一つ。察するにあそこが食堂だろう。


「どうする? ここで済ませちゃおうか? 今から探すのも面倒だよね?」


「私はどこでも構わないわ」


「私もどこでも良いです」


 子どもがいないと不愛想なピピアノはいつも通りだとして、リアリスさんは本当にギィさんがいないと表情が動かないな。


「じゃあ、お願いしちゃいますね。三人分」


「はぁい。それじゃあ、食堂で待っててくださいねぇ」


 私達は食堂に入ると、予想していた通りの手入れが行き届いた空間にホッとする。久しぶりの軍食以外の食事に、私の期待値はぐんぐんと上がっていくのであった。

「どっちが良いかって――決めてください。勇者フィズ」

「はいはい、そこまでにしておきなさいよ。料理、来るわよ」

「はい。魔物はきっと、うぅん――絶対私が斬り刻んでみせます」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」四章2話――

「喧嘩してても美味しい物は美味しい」


「私達の食事場面なんて、誰が得するのよ……」

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