10話・勝ちは勝ち
巨躯の怪物、ブリガンとの対決。優勢だと思った矢先、本気では無かった事を知らされ、ハルフィエッタ達は苦戦を強いられる事となる。
巨躯の怪物、ブリガンと肉薄している私は、この怪物が放つ包み込むような殺気を感じ取った。
――この感じ、マズいわね。
「皆! 離れて!」
私はそう叫ぶと、咄嗟にブリガンの体を蹴り、奴から距離を取る。
「おーら……よっとぉ!」
ブリガンは右腕を広げ、巨体を回転させる。群がっていた騎士団員は吹き飛ばされ、皆大地に転がって悶絶する。
「皆っ!」
残ったのは――
「ハル、リオ、タカト。ここからが本番らしい。やれるな?」
私達四人――
「はい。当然です、殿下」
「……負けません。今度はボク達の番だっ!」
皆それぞれに武器を構え、ブリガンに向かって走り出す。リオとタカトを先行に、王子は一歩後ろを行く。二人が隙を作り、王子が一撃を叩き込む算段だろう。
「「うぉぉッ!」」
斬り掛かっては怪物の大きな爪で防がれ、魔法を撃っては巨躯をくねらせ避けられる。
「ギャギャッ! もうお前らの攻撃なんて喰らわねーよぉっ」
本気のブリガンはなかなかに素早い。あんな大きい図体で、よくあんなに繊細に動けるモノだと感心すらしてしまう。
「そぉら!」
「ぐっ!」
ブリガンの繰り出した拳がかすり、転がるリオ。ただの拳が、何て威力……
「ほぉれ!」
「うわッ!? く、くそぉ……」
蹴りを防いだものの、大きく吹き飛び膝をつくタカト。
――どうする?このまま戦って勝てるの?また、負けると言うの?
私は死に物狂いで訓練してきたのだ。こんな得体の知れない連中に負けてしまうような生温い訓練なんてしてなかったはずだ。悔しい気持ちが胸を締め付ける。どうすれば……
「ハル! 油断するなッ!」
「はっ!?」
王子の声で我に帰ると、眼前に巨大な拳が私に迫っている事に気付く。
「――ちぃ!」
咄嗟に地面を蹴って横に飛ぶ。ギリギリのところで拳は私から外れたようだ。
「ハァッ……ハァッ……!」
――あ、危なかったわ。直撃してたら大怪我は免れなかった……
「ハル! 気持ちが入らぬのなら下がれ!」
王子の叫びで胸がズキっと痛んだ。
「っ!! 大丈夫です、やれます!」
――そうよ。気持ちでまで負けていられないわ。リフテアで王子に言われたじゃない。一人で戦ってるんじゃないって。
「やぁああッ!」
勢いを付けたタカトの飛び蹴り。ブリガンは先ほどまでとは違い、難なくそれを回避する。
「ギャギャー! もうそんな攻撃当たらんと言っているギャ。手加減無しで殺し……はしないけどボコボコにしてやるぅ!」
――殺しはしないと言っている以上、これでも本気の本気ではない訳よね。でも、こっちは殺す気で行かなきゃダメ!なら、実戦では試した事ないけど……
「リオ! あれ行くわよ!」
私の言葉を聞き、理解したリオは一瞬ためらう。これは消費の激しさから、奥の手の一つとしている魔法だからだ。
――アホリオ!奥の手なら、ここで使わないでいつ使うって言うのっ!?
「……仕方ない、合わせろ! ハル!」
――私が提案したのに何でリオが仕切るのよ!まぁ良いわ。今はそんな事どうでも良いわね。
「殿下ッ! タカトッ! 少し頼みますッ!」
「任せろッ!」
私達が下がる事で、戦力は半減するけど、王子なら数分は持たせてくれるはず。任せろと言った王子を、今は信じるしか無い。私とリオは大きく下がり、隣に並んで魔素を集め始める。
「ふぅ……」
「ふー……」
周囲の魔素は……少し乱れているけど、これくらいなら大丈夫。
「――勇猛なる炎よ」
集中。魔素を取り込んで魔力へ変える。軽く吹く夜風が、私の髪を靡かせている。
「――静寂なる水よ」
リオの声は乱れる事無く、落ち着ている。月明かりに照らされたリオの藍色の髪もまた、ザワザワと揺れる。ブリガンと戦う王子とタカトを見れば、何度もヤツの大きな拳や蹴りが掠めているようであった。
――魔素。早く集まって!
「うおおおおッ!」
「やああああッ!」
それでも怯まず、巨体に向かっていく二人。心を乱すな、私。遅くなれば遅くなるだけ、二人に掛かる負担は増える。
「猛々しい怒りの力を――」
私の周囲の魔素が赤く光り、熱を帯び始める。
「優麗なる調和の力を――」
リオの周囲は青く輝き、熱を失い始めた。
「ギャ? 嫌な予感がするギャ! させるかぁ!」
ズシンズシンと大きく大地が揺れ、巨体が私達に近付こうと歩く。
「行かせるものかよッ!」
王子の大剣をブリガンは爪で受け止める。金属のぶつかるような音が辺りに響いた。
「グギャ!? 邪魔するな!」
――信じてるわ王子、タカト。
「とりゃあ!」
タカトの飛び蹴りが、ブリガンの顎に炸裂する。大きく傾く巨躯。
「それそれッ!」
間髪入れず、両手の爪で引っ掻きの連撃。ザシュザシュとブリガンの皮膚に傷を付けていく。
「ギャヌヌ……ちょこまかと煩わしいギャ!」
やるじゃないタカト。これは後で撫でてあげなくちゃね。
「その神聖なる力を以って我が敵を撃ち貫かん――」
私の周囲には大きな赤い魔力の奔流が、チリチリと岩肌を焦がしていく。
「その神聖なる力を以って悪しきを撃ち貫かん――」
リオの周りの青い魔力の奔流は、周囲の熱を吸い取っているよう。
――感じる。リオの魔力を。この感じなら、放てる。
私達は同時に剣先を合わせて標的に向け、大きく息を吸った。
「――ブレイシャルズッ!」
「フォラ!」
「「ランスピーーールッ!」」
ズォオオッ!そう轟音を響かせながら、発せられた炎と水の魔法が絡まり合い、螺旋状になって一直線にブリガンへ放たれる。
「グギャ!? これくら――」
巨躯が傾く。足元を見れば、王子が放った横薙ぎが右足に深く刺さっている。
「グゥ! あ、足を――」
「せっかくの大魔法だ。喰らってやってくれ」
――もう王子!カッコ良いんだから!体勢を崩していれば、避けられないわ!
「「貫けーーーッ!!」」
ズゴゴゴゴゴゴッ!という音を轟かせ、私達の魔法は吸い込まれるようにブリガン目掛けて飛んで行く。
「グ、グギャアァァッ!!」
大きな槍の様になった魔法が、ブリガンの大きな体のど真ん中に大きな穴を開ける。
「グハッ! グ、グゾォ……」
これで倒したかと思いきや、体を穿かれているブリガンは片膝をついたものの、まだ意識もあるようだ。直ぐには動かなそうだが、闘志も健在のよう。私とリオは、ほぼ同時にその場に座り込み、肩で息をする。
「こ、これ以上は……か、かんべんしてよね」
「くっ……殿下、どうか決着を!」
魔力の大量消費で、私とリオはしばらく動けそうにない。
――王子、タカト、後は任せたわ。
「これで倒れぬとは、物凄い耐久力だな」
王子が大剣を振り被る。その眼が捉えるのはブリガンの首。ブリガンはまだ動けないようだ。振り被った大剣に、ギラリと星明りが反射する。
「グ、止めるギャ」
動けない様子のブリガンに、王子は不敵に笑い掛ける。まるで刑を執行する執行人のようだ。
「――そこまでです」
王子の前に、ふわっと降り立つミア。
「ふん! ようやくお出ましか、我は貴公と戦ってみたいのだ、これまでと言うのなら、止めてみせよ!」
――王子、悪役っぽいですよ!
「本日は、私が戦う予定はありません」
無機質にそう答えるミアに、王子の昂ぶりは容赦が無い。
「ハッハッハッ! そう言うがなぁ!」
ミアに向かって振り下ろされる大剣。しかし……
「ぐぁッ!」
ズシャッ!と吹き飛ばされた王子は、岩に叩きつけられた。ミアはどうやら、蹴りを繰り出したようだ。片足を上げたままの姿勢で、ピタリと止まっている。
「お、王子! よくもっ!」
ミアに向かって突撃するタカト。気持ちは分かるけど、無茶だ。
「よ、よせ。タカ、ト」
飛び蹴りに合わせられ、カカト落としを貰ってしまったタカト。
「ふぎゃっ!」
ズシャア!と勢いよく、地面を滑るように転がっていく。
「ご苦労様でした。ブリガン。転送しますので、培養液に浸かって傷を癒してください」
そう言ってミアは、小さな黒い板をへし折った。
シュゥゥゥン。という音と共に光に包まれたブリガン。その光が収まると、その巨躯はどこにも見当たらなかった。
「データの更新。ハルフィエッタと、そちらの男性は……」
私達の方へ向かってツカツカと歩いて来るミア。頭の二本のお下げが蛇のようにクネクネとうねっている。
――くっ。まだ動けないわよ。
リオの眼前で止まり、無表情のまま、口を開いた。
「ライブラリデータに照合……登録番号9188235728。個体名、未登録。個体名をお願いします」
――私の時と同じ?何なのよ、ライブラリデータって?
「わ、私の名前か?」
「そうです。ライブラリデータに登録する為、本名での登録を推奨します」
何言っているのか、さっっっぱり分からないわ。
「教える代わりに、一つ情報を寄越せ……」
――さすがリオ。この状況でも口が減らないわね。私の時もそう言えば良かったわ。
「私に許される範囲での情報公開の許可は得ています。お答え出来る質問にはお答え致します」
――よく分からないけど、質問良いって事?言ってみるものねぇ。
「き、貴様の目的はなんだ?」
――無難な質問ね。でも、遊びです。とか言われちゃうんじゃないの?
「勇者一行の強敵役になるよう、マスターより命令を受けています」
――あ、質問が悪かったわね。貴様、じゃなくて、貴様ら、だったら変わっていたかもしれないわ。
「強敵、とは?」
「質問は一つという話です」
――ちっ。そういうとこ、しっかりしてるわね……
「それでは、個体名をお願い致します」
「リオッチ・レオンモラリオ。だ」
「ライブラリデータに登録完了。戦闘データの更新に戻ります」
ぶつぶつと呟いているミアの背後から、王子がじわじわと近づいて来る。
「ガンザリア。背後からの強襲は無意味です。その程度では、気配を殺し切れていません。データの更新……減点です」
バレているようだ。振り向きもせず、ミアは言った。しかし、王子は構わず大剣を振り被る。獣のように雄叫びを上げ、全力で両断しようと大剣を振るった。
「仕方ありませんね」
くるりと振り返り、王子の斬撃を受け止める。手にしている武器は……包丁?とりあえず、これは好機だ。今なら、背後から一撃入れられるんじゃない?体は……うん、何とかイケそう。
「リオ」
名を呼び、顎と目線でミアを指す。リオも同じ事を考えていたらしく、小さく頷く。
「先ほどお話した通り、貴方達ではまだ私と戦うには戦力不足です」
ガキン!と金属音を響かせ、王子の大剣を押し返すミア。小さな包丁で、よくもまぁ王子の大剣を受けられたものだ。一瞬体制が崩れ、注意が王子に向いている……
――ここ、今しかないッ!
「「おぉらぁあッ!」」
ミアに向かって、私達は同時に突撃。ズブリとした感触が、その肉を裂いた感触が間違いなく突き刺さった事をハッキリと告げている。これでどう!?
「これは……予想外でした。まさか、まだ動けるとは」
私とリオの剣は、ミアの背中から入り、お腹から飛び出していた。剣を伝わって赤く綺麗な血が流れてくる。キラキラと星明りに照らし出された血液は、生暖かかった。
「ふ、ふふ。あんまりナメんじゃ……ないわよ!」
強がってニヤリと笑って見せるけど、私とリオは力無くその場に再び座り込んでしまう。ミアの背中から、ヌルりと剣が抜け落ち、ガランガランと地面に転がった。ドクドクと流れる赤い血は、常人ならば致命傷だろう。
「……よくやった、ハル、リオ」
王子は大剣を杖代わりに立っている。消耗が激しく、これ以上は本当に無理だ。王子の口から出た言葉は本心ではないと分かっているが、それでも王子はこの言葉を選んでくれた。その事を理解して少し胸がザワついている。
「残念ですが、この程度の損傷では……私を殺すに至りません」
そこまで言うと、ミアは大きく吐血。ビシャリと地面に赤が撒き散らされる。
――これでも死なないって言うの?どんな化け物よ、コイツ。
「ゴホッ。ゴボッ! ……では、御機嫌よう」
吐血しながら例の黒い板をへし折ると、ブリガンと同じく、ミアは光に包まれる。
シュゥゥゥンという音と共に消えていき、光が治まるとその姿はどこにも見当たらなかった。
「くっ……今回は引き分けのようだが、次はこうはいかんぞッ!」
王子の悔しそうな声が響く。私達は勝ったのかな?負けたのかな?その答えを明確に出せるヒトなんて、いないと思う。でも……
「お、王子……」
よろよろと立ち上がる私。そのままフラフラと王子に向かって歩く。
「私達の、勝ちです」
王子に向かって拳を突き出し、親指をビッと立てる。
「ハル。しかし――」
納得いってないのは分かる。私だって、本当に勝ったと思っている訳ではない。
「大きな損害を与えて、敵は撤退しました。私達の勝利ですよっ」
努めて明るく、笑顔を作る。まぁ、疲労と怪我で上手く笑えていないと思うけど。
「――うむ。貴公の言いたい事は分かった」
さすが王子。分かってくれて嬉しいわ。王子は大きく息を吸った。
「皆ッ! 聞くが良いッ!」
荒野に響く王子の声。私とリオはよろけながら、王子の眼前に来て跪く。
「強敵は去った! 貴公らの勇猛なる突撃にて、強大な敵を撃退したのだッ!」
騎士団員さん達もよろよろと集まって来る。その後も王子は労いの言葉を続ける。そう、ここで士気を下げるのは、得策ではない。多少苦しくとも、『自分達は勝った』という認識が欲しい。その為の演説だ。
しかし、今日は惜しかった。もう少し、後少しで……悔しさから握った拳に力が籠る。
「リオ、もっと強くなるわよ」
「あぁ。まだまだ私達は強くならねばならない」
今日、ブリガンに殺し禁止の命令が出ていなかったら、ミアが戦うつもりだったら……
相手が私達をナメているから、今日私達は生き残れた。悔しいけれど、それを考えると、確かに私達はまだ、戦力不足だわ……
「すみませーん! 開けてほしいんですけどー!」
「――フィズ。アンタ今すっごいバカっぽいわよ……」
「わぁ! ありがとうお姉ちゃん!」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」四章1話――
「国境の街」
「私達の出番だよー!」
「はしゃがないでください。勇者フィズ」
「むー。良いじゃんかー。リアリスさんのケチー」
「アンタ達、喧嘩は後でにしなさいよ……?」




