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9話・いけ好かない女

野宿の為に入った洞窟で、ミアと遭遇する一行。ミアは再びハル達に戦いを挑んでくるのだった。

 夜を超す為に入った洞窟の奥で、私と王子は相変わらず無機質な調子のミアと対峙している。深々と下げた頭からダラリと下がる二本結いした髪が、今日は禍々しくさえ思えた。私の脳裏に数日前の夜が思い浮かぶが、ぶんぶんと頭を振り、それを強引に追い払う。

 ――大丈夫。今度は勝てる。妙な術対策に、数人が組んで戦うという、対ミア戦を考慮した作戦も立てたわ。


「ふ、ふん。今日も遊ぶっていうのね。良いわ。今度こそ、負けはしないわ!」


 私は自分を奮い立たせるように大きな声を出す。もちろん、それでもミアは表情を崩さない。


「ハルフィエッタ。残念ですが、今日は私が相手にする訳ではありません。先日の戦闘データに基づき、貴女方ではまだ私と戦うには戦闘力不足である、という結果が出ています」


 戦闘力不足と聞いて、唇を噛み締める。王子の近衛兵である私が戦闘力不足。そう聞くと、これまでの自身の血の滲む訓練の日々が全て否定されたような気になり、悔しさが全身を強張(こわば)らせてしまう。


「わ、私が本気出したら、貴女なんて……!」


 いや、ここで強がって何になるというのか。こういう時だからこそ、冷静にならないといけない。私は目を瞑り、ゆっくりと息を整える。


「いえ、この前は予想を上回るとか何とか言ってたじゃない?」


 少しでも会話を。今はこの女から少しでも情報を聞き出したい。


「ハルフィエッタ。貴女単体の能力は把握しました。予想は上回っておりましたが、ギリギリ及第点、と言ったところでしょうか。ですが、それではまだ足りないと言っているのです」


 淡々とそう告げたミア。その言い方だと、予想では及第点に届かなかったって事じゃない。剣を握る拳に力が籠る。会話からの情報は欲しいけど、やっぱり舐められっぱなしは性に合わないわ。


「ミア、ハルだけでは不足と言うのなら、我も相手になろう。貴公の目的は分からぬが……こちらは何度も貴公と遊んでやるほど、お人好しではない。ここで拘束させてもらう」


 リオやタカト、騎士団も集まってくる。これだけの人数がいれば、いくらこの女が強くてもどうにも出来ないだろう。


「今夜、ここで夜を明かすつもりなのでしょう? でしたら、外へ出ましょう」


 そう提案してくるミア。何を悠長な。ここは一つ、挑発でもして感情に揺さぶりを掛けてみるか……


「逃げ場の無い洞窟内より、逃げ場のある外の方が良いもんね~。ミアってばなかなか可愛いとこあるじゃな~い」


 挑発に乗って来るような奴とは思えないけど、私は努めて馬鹿にするように言った。


「いえ、私は逃げたりしません。マスターからの命令ですので、逃げるという選択肢は私にはありません」


 眉一つ動かさず、淡々と答える。少しも同様しないなんて、本当にいけ好かない女。でも、一つ情報を得たわね。


「そのマスター(・・・・)、とやらが、貴公の主人の名か?」


 王子もニヤリと笑って言う。

 

「いえ、マスターは名前ではありません。敬称の一つです」


 違うのか。この女と話してると、イマイチ分からない単語が出てくるのよねぇ。


「ふん。まぁ良いであろう。全員外へ」


 こちらとしても、この洞窟を壊されると良い事は無い。利害の一致。


「感謝します。ガンザリア王子。予想よりも聡明な回答に、データ修正を」


 ほらまた(・・)。さっきも言ってたけど、データ(・・・)って何よ。




 全員が外に出ると、私達とミアは再び対峙する。すっかり暗くなった岩石地帯を照らす月明かり。薄っすらと浮かび上がるゴツゴツとした岩肌は、昼間に見るのとは違って、冷たく恐ろしい生き物のように感じられる。


「今日はボクも戦うからね!」


「殿下、私にお任せを」


 タカトとリオも前へ出ている。リオは何気に、前回の戦いの後、自分がミアと戦えなかった事を悔やんでいたらしい。


「安心してください。今日の相手は、全員で戦う事を想定して連れて来ています。出て来なさい」


 ミアはそう言って、例の黒い棒状の板を取り出し、へし折った。

 ブゥゥウン。と、そんな音を発しながら、ミアの前方に光の渦が現れ、一瞬で辺りを昼間のように照らし出した。

 ――くっ!油断した!攻撃!?


「――あ~! やっと出番ギャ?」


 光が収まると、そこには王子の二倍はあろうかという巨体を持った、黒い何かの姿が。その巨躯は二本足で立っており、その頭には二本の角。腰にだけ布を巻いている。


「出番です。ブリガン。そこの方々のお相手をしなさい。ただし、殺してはいけません」


 ミアはその大きな何か。ブリガンと呼んだモノに淡々と言った。


「分かったギャ。暴れてやるぞ~! 勢い余って、一匹くらい、殺しても――」


 言い掛けたブリガンは、パクパクと口を動かした。


「命令に逆らおうと言うのであれば、処分致します」


 何と言う殺気。私達に向けたモノではないはずなのに、思わず背筋が寒くなる。

 ――悔しいけど、確かにまだ戦闘力不足って言われても納得できちゃうわ。


「ひぃぃいい! 嘘ギャ! 絶対に殺したりしないっ! 誓う、誓いますから!」


 大きな体であの小さなミアにペコペコ謝る姿は、非現実的で滑稽(こっけい)だ。


「宜しいでしょう。今回は不問に致します。しかし、次はありません」


 ギロリと睨み付けるミアに、ブリガンはすっかり怯え切っている。

 

「はいぃぃ!」


 そんな様子を見ておらずに、今攻撃しちゃえば、とか思ったけど……隙が無い。こちらに対して常に警戒しているように見受けられる。それを王子も感じているのだろう、苛立ちながらも、手を出せないでいる。


「さて、お見苦しい姿をお見せしてしまった事をお詫び申し上げます」


 ミアはペコリと頭を下げた。いよいよ来るか。負けられない。絶対に。


「では、ブリガン。始めなさい」


 ミアはそう言うと、後方に飛び退いて下がる。

 

「ギャギャッ! オメェらに恨みは無いんだけど、久しぶりに暴れるぜ。ぶっ……殺せないから、えーっと、その……半分死ねやぁ!」


 ブリガンはこちらを向き、大きな体を震わせて雄叫びを上げた。

 ――コイツ、あんまり頭良く無いわね、きっと。


「総員構え! 対大型魔物陣形展開!」


 王子の号令で、私を含め全員はブリガンを取り囲む。これは対大型魔物戦を想定した陣形だ。多方位攻撃により、大型魔物の無力化を図る。


「掛かれ!」


 一斉に魔法を唱える。まずは出の早い下位魔法を連打。と見せかけて、数人は大きな魔法を詠唱する作戦だ。

 ドガン!ドガン!そう爆発音を響かせ、ブリガンに魔法が命中している。あっという間に色々な系列の魔法がブリガンを覆っていった。


「ギャーッギャッギャ! 何をするかと思って黙ってみていれば――痛くも痒くも何とも無いギャ!」


 大きな手でお腹をボリボリ掻きながら、馬鹿にしたように大笑い。

 ――そう笑っていられるのは今の内だけなんだから!


「――回れ回れ、火の稚児よ」


 私も詠唱を開始する。皆の魔法によって周囲の魔素が荒れているけど、問題無い。


「踊れ踊れ、炎の子達よ――」


 左手の平をゆっくりとブリガンへ。皆の魔法は変わらずブリガンを叩き続ける。


「猛り狂え、焔の同胞よ!」


 キッとブリガンを睨み、捕捉する。

 今回は負けない。こいつらが何者なのか、分からないけど、負けっぱなしで終われない終わらせない!


「ああああッ! ストア・メガ・トルガー!」


 ズドォォオン!私の手から発せられた爆裂した炎がブリガンを襲う。

 ――よし、直撃!どう!?


「……痛ってぇ! あ~。少しは強い魔法も使えるんじゃないギャ! 効いたぞー!」


 まさか無傷?痛いとか言う割には怯みもせず、反対に嬉しそうに口角が上がっている。


「あ~あ~。左手動かん。まぁ、仕方ないギャ。これで丁度良いくらいだぞ」


 無傷ではないみたいだけど、気にもしてないの?ブリガンのそんな様子に、私達は一瞬、緊張が途切れてしまっていた。


「もーらい!」


 正面方向にいた騎士さん達に、巨体から放たれる蹴りが炸裂する。


「「うわぁぁぁ!」」


 ズガッと大きく蹴り飛ばされた騎士さん達は地面を転がり、悶絶する。

 これだけの知性と巨体を持った魔物と戦った事が無い為、読みが甘かったと言わざるを得ない。


「怯むな! 掛かれぇ!」


 王子の号令で一斉に斬り掛かる騎士団。気を取り直して再び魔法を唱える為、魔素を集め出す。


「ギャギャ! さっきの痛い魔法はお前だな! お前は遊べそうギャ!」


 騎士団員達を蹴散らし、ズシンズシンと大地を揺らしながら、巨体が私に近寄って来る。


「ちっ! それなら! ――汝、燃え上がる火の稚児なり」


 巨体から振り下ろされた拳を大きく回避する。それほど早い訳でも、避けにくい攻撃でもない。冷静に見ていれば大丈夫。


「ギャギャ! 逃げるなギャ! 潰してやるぞぉ!」


 尚も追撃しようと私の方を向いたブリガンに、王子の大剣が襲い掛かった。


「ハルばかりではなく、こちらも忘れてもらっては困る」


 王子の放った斬撃に呼応するかのように、騎士団員の再突撃も始まった。


「「「おおぉぉぉ!!」」」


「邪魔だギャ! ちょこまかと細かい奴らめ!」


「助かります! ――魔を糧に、我にその猛き炎を与えたまえ!」


 剣を構え、巨躯の異形を睨み付ける。

 ――よし、皆の突撃に、私も加わらなくちゃ!


「ギヴン・トルトン!」


 ボォォ!と燃え盛る剣を片手に、私はブリガン目掛けて飛ぶ。


「まぁたお前の魔法ギャ!? くそ!」


 咄嗟(とっさ)の防御で掲げた腕に斬撃を叩き込む。斬れた箇所が発火し、炎が腕を包んで焦がす。


「ぐあッ! 痛熱い!」


 よし、いける。数の暴力で押し切れる。


「――ブリガン。殺してはいけないと言いましたが、さすがに遊びが過ぎます。そこまで手加減していては、データも取れません」


 遠巻きに見ていたミアの無機質な声が聞こえる。

 ――ってか、手加減?まさか、こいつもなの?初めっから本気で来なさいよ!


「分かったギャ。もう少し遊びたかったけど、命令には逆らえないし……」


 斬られながら、涼しい顔をしている。この感じは……マズい。

 ブリガンのそんな様子を見て、私は何とも言えない寒気を感じるのだった。

「――負けません」

「行かせるものかよッ!」

「「貫けーーーッ!!」」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」三章10話――

「勝ちは勝ち」


「想定以上の反応……マスターへ報告を」

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