8話・野宿って何だかワクワクするのよね
リフテアを発ち、冒険を再開する一行は、次の街へ向かう途中に野宿をすることになるのだが……
鉱山国「キンザンコ」、その名の通り様々な鉱石が取れるこの国は、ゴツゴツとした岩肌が露出する緑の少ない国である。住んでいるヒトは主にニアイだが、エオーケの姿も他の国に比べて多い。荒野に吹き荒ぶ風と、凹凸のある歩きにくい岩に、体力を奪われる。
「王子っ! そっち、一匹お願いします!」
ザシュッ!私の剣がバウアウの首を斬り裂く。血飛沫をあげて倒れる魔物。強く吹き付ける風と照り付ける太陽で、私達の体力も奪われているけど、こんな犬っころに負けたりはしない。
「任せろッ!」
ズバシュッ!王子の大剣で真っ二つに。魔物が活性化で強くなっているという事は理解している。しかし、私達だって日々成長しているのだ。模擬戦を繰り返し進み、魔物の討伐も、こうして行っているのだから。
「ひぃぃいい!」
叫び声の方向に目をやると、一人の男がバウアウ三匹に迫られている。
「――ちっ!」
駆け寄ろうとすると、素早く白い影がバウアウに飛び蹴り。蹴り飛ばされた魔物は地面を転がり、動かなくなった。首が変な方向に曲がっている。
「こっちは任せて!」
「頼んだわ! タカト!」
私は再び武器を構え直す。今は戦闘中。私達だけならまだしも、今は護衛の対象が別にいる。そもそも、どうしてこのような事になっているかと言うと……
私が目を覚ました二日後、私達はリフテアを出立すると、数日の後に鉱山国に入国。首都『プロンバ』を目指していた。入国した直後、国境の詰め所にいた男から依頼されたのだ。首都まで護衛を頼みたい、と。依頼をしたのは獣人国の商人。私達を邪神討伐の勇者一行と知って依頼してきたのだから、商人という人種の強かさを学べた気がするわ。
「私はボーウス・ツルクエイと申します。見ての通り、ニアイでございます」
と自己紹介した商人は、そこそこイイ歳した小太りのオジサンだった。何となく胡散臭いなぁと思いつつも、目指す場所は同じみたいだったし、謝礼も悪くなかったから私から言う事は無し。リオは若干疎ましそうだったけど、ボーウスの一言でアッサリ態度が変わった。
「いや~! 私は第二王子を支持しておりまして! これを機に、是非とも後援させて頂ければと存じます」
「ほぅ。殿下を支持なさるか。なかなか見どころのある商人だな」
――ちょろ過ぎんのよ!何嬉しそうにしてんのよ!
何だか段々、リオって馬鹿なんじゃないかと思ってきたわ……まぁ、それは良いとして、ともかく私達は、このヒトが率いる牛車隊を護衛し、首都を目指す事になったって訳。
今に時間を戻すけど、騎士団とタカトに牛車隊を任せてあるから、さっきみたいにバウアウが行っても、まぁ心配ないわ。しっかし、数が多くて面倒ね。これも魔物の活性化の影響なのかしら?
「むっ? バウアウが引いていくぞ!」
王子の一声で、ボーウスと牛車の御者の顔がパアっと明るくなる。どうやらバウアウ供は被害甚大と見て、撤退したようだ。
「被害状況確認しろ! 殿下、お怪我は?」
リオは騎士団に命令を出すと、王子に駆け寄って来る。
「うむ。我に怪我は無い。ハルもタカトも無事そうだな」
私は王子に向かってニンマリと満面の笑みを向けている。バウアウ如き、相手では無いわ。
「報告します。我が方、装備以外の消耗はありません。商人達にも目立った被害無しです」
騎士団長さんからの報告がある。まぁ、これくらいの魔物ばかりなら、苦労はしないわね。
「うむ。では再度出立する。ボーウス殿、宜しいな?」
「は、はい! よろしくお願いします。王子様」
ボーウスは何やら嬉しそうだ。これ、王子に顔を覚えてもらおうとかいう魂胆なんでしょうけど、逆に恩を売られてるって気づいてるのかしら?まぁ、それも含めて計算してそうよね、商人なんだし。
「よし、本日はこの辺りで野営とする。リオ、騎士団員何名か連れて周囲の捜索を。野営に向く場所を見つけよ」
「はっ!」
それから歩く事数時間。すっかり染まった夕暮れの空が綺麗。さすがに今日だけでは首都に着かないか。
「あ、そう言えば。首都に行く前に、どこかの街にって寄るんですか?」
と私が尋ねると、王子は私の頭を鷲掴みにした。
「とりあえずの目標地は、『アーガ』という中規模な街だ。」
私の頭は王子にガシンガシンと揺さぶられている。
――あわわわわ。
「と、国境を越えた辺りで会議したはずだな?」
――あわわわわ。
「わ、わしゅれましたぁ!」
完全に忘れていた。というか聞いて無かった。
「この馬鹿者が! 少しはタカトを見習え!」
わぁ。なんだかリオみたい。それにしても、哀れな顔で見るんじゃないわよ、タカト。
「は、はひぃ……」
ぐわんぐわん。うーん。揺れて気持ち悪いわ。
「殿下! 偵察より戻りました」
リオの帰還。こいつの前で何か言ったら、余計大変になりそうだから黙ってよっと。
「ご苦労。結果は?」
「はっ。この先、丘の下に丁度良い横穴が開いておりました。偵察に入りましたが、それほど深くなく、脅威は認められません」
洞窟か。まぁ、吹き晒しの外よりはマシよね。天幕は当然あるけど、組み立て面倒だし。
「よし、ではそこで夜を越す。案内を」
リオの案内で、私達は洞窟に入る。丘の下に空いた洞窟は、中に入ると思った以上に広く、夜を明かすには十分であった。中に入り、複数の携帯用魔法灯に魔力を込めると、一気に洞窟内が明るく照らされる。魔物どころか、何の生き物の姿も無い。
「タカト、食事の準備を」
「はいっ! 少々お待ちくださいね」
野営の際はタカトを料理長に、当番制で順番を決めて食事の準備をする。タカトの作る食事はその辺のお店で食べるよりずっと美味しく、今では野営の方が楽しみだと言う騎士団員もいる。
「わーいっ。ごっはーん」
――今日のご飯は何かしら?昨日は川が近かったから、魚だったのよねぇ。あ、今日はリオも当番なのね。キビキビ働きなさいよ。
「ハル、少し良いか?」
「はい? 何ですか?」
ボーっとしていると、王子に手招きされ、洞窟の奥へと赴いた。
――まっ、まさか王子、こんな所で……
「貴公が考えているような事は何も無いとだけは言っておこう」
私の顔を見て溜め息を。さすが王子……読まれてたか。
「えへへ」
「まったく、貴公は……」
王子は丁度良い大きさの岩に腰掛ける。隣にもう一人分の空きはあるように見えるけど……
「何をしている? 座るが良い」
王子から言われるまで待つ。時にはこういう距離感も大切にしている。まぁ、その時の気分によるけど。
「失礼します~」
いつもなら引っ付いてみたりもするのだけど、さっき看破されたばかりだし、止めておこう。
「で、何ですか?」
洞窟の入口付近で、タカト達が調理の準備をしている姿が見える。騎士団員のほとんどが、その姿を見ているようだ。タカト、何気に人気あるのよね。皆の弟みたいな感じかしら。
「いや、話という程でもないのだがな」
うん?王子にしては珍しいわね。歯切れが良くないというか、何というか。
「この行軍で、女性は貴公しかおらぬであろう? 我が言う事ではないのかもしれぬが、その、色々不便ではないかと思ってな」
――言われてみれば、私しかいないわね。まっっったく気にしてなかったわ。
別に裸見られようが何しようが、今更恥じる事なんて無い。子どもの頃は、そういうのが好きな大人からお金貰ったりもしてたし。不便ねぇ……何かあったかしら?
「不便はまぁ、特に気にするような事はありませんねぇ。騎士、それも王子の近衛騎士たる者、男女の違い如きでギャーギャー言ったりしません」
ふん、と胸を張って応える。その様子を見た王子がポリポリと鼻の頭を掻いている。
「そうか、ならば良いのだが」
そう言って王子は調理しているタカト達の方を見る。
「……」
「……」
え、何?終わり?
「えと、王子、体調でも悪いんですか? 何か変ですよ?」
「いや、体調はすこぶる良い。しかし変、か……そうだな。我は少し変なのかもしれん」
鼻で笑った王子を、私は首を傾げて訝しがる。
「この旅が楽しいのだ。王宮に居た頃では味わえなかった実戦の空気。いつ襲われるやも分からぬ緊張感。そして、こうして一日の終わりを仲間達と過ごす。生きてる。我は生きているのだと、実感するのだ」
――ふふ。王子らしいわねぇ。嬉しそうにしちゃってまぁ。
子どもみたいにキラキラした目。弾む声。タカトとどっちが子どもだか分かりゃしないわ。
「それは良かったですねぇ。私も楽しいですけど」
私は王子と一緒なら、どこでも楽しいけどね。
「そうか! 貴公も楽しんでいるか!」
嬉しそうに私を見る王子は、お城にいた時とはまるで別人だ。
「ふふ。王子、まるで子どもみたいですよ?」
「むぅ」
つい思った事を口にしてしまう。照れた様子の王子。毛むくじゃらで分からないけど、きっと赤い顔をしているのであろう。
「……」
「……」
こういう時間も悪くないわね。戦いはどんどん激化していくだろうし、私も生きていられる保証は無い。こういう時間は大切にしていきたいと思う。
――ふふっ。タカトとリオの調理も上手くいってるみたいだし、今日の食事は良い気分で食べれそうね。
「そう言えば王子は――あれ?」
王子に話し掛けようとして、目を向けると、そのずっと奥に――私は岩から飛び降り、王子の前に出て洞窟の奥の方へ向けて剣を構えた。
「王子ッ! 危険です!」
私の反応を見て、王子も大剣を握り、その対象を見る。
「っ!?」
入り口付近に集まった騎士団員達も、こちらを見て察したようだ。
「――貴公は本当に神出鬼没だな、ミア」
王子は大剣をミアに向けて言った。
――どうやってここに?入口は一つ。最初から?いや、リオ達が偵察に来たって……まさか隠れていたというの?
「御機嫌よう。勇者一行。本日も私と遊んで頂きたく、参上致しました」
丁寧に、そして無機質な声でそう言ったミアは、私達に向かって頭を下げる。
――どうしてコイツがここに居るのかなんて、この際そんな事はどうでも良いわ。この前に恨み、ここで晴らしてあげるッ!
「そのマスター、とやらが、貴公の主人の名か?」
「命令に逆らおうと言うのであれば、処分致します」
「ああああッ! ストア・メガ・トルガー!」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」三章9話――
「いけ好かない女」
「ほんっと何なのよ、この女!」




