7話・屋台で買う飲食物って何であんなに美味しいのかしら
鈍った体を動かす為にタカトと共に夜の街に繰り出すハル。貴族育ちのタカトにとって、公園の出店すら新鮮に感じるようだった。
私はタカトと一緒にリフテアの壁内に沿って、結構な距離を走った。月が照らした街並み。花が幻想的に映し出されていて美しかったから、ついつい走り過ぎちゃったかもしれない。
――月が綺麗ね。こんな綺麗な月をいつか、王子と一緒に、二人きりで見られたら……
私はそこで考えるのを止める。これ以上は、ただただ切なくなるだけだ。
「ふぅ。走り込み終わり。広場で休憩しよっか」
言いながら後ろを振り返ると、タカトが少し遅れてついてくる。
「はぁっ。はぁっ。ハ、ハルさん、はぁっ。ちょっと、待って……」
「ふふ。私を守ってくれるんじゃなかったの? この程度でバテてちゃ話にならないわよ?」
ちょっと意地悪したくなる。タカトの耳も尻尾もヘタリと垂れ下がり、ちょっと可愛いと思ってしまった。
「はぁ。はぁ。そ、そんな事言ったって、もう二時間くらい、走ってる、でしょ……」
「ふふっ。冗談よ。さ、あそこに長椅子があるわ。あそこで休憩しましょ?」
そう言ってタカトの手を引き、広場に入る。広場内は、ほとんど人がいなかった。大きさと位置から察するに、ここは街の中央広場だろう。広場内には、恋人同士だろうか、寄り添っているヒト達が数組見受けられた。
――あぁ。私も王子といつかあんな風に……ダメだダメだ。私ったら、またそんな事を。
「……ハルさん」
――王子、この旅が終わったらどうするのかしら?アルスホルム王子が王位を継ぐのなら、王子は公爵として新王を助けるのかしら?常識的に考えればそうだけど、あの王子の事だし、腕試しの旅とかに出ちゃうかもねぇ。
「ハルさん……」
――うんうん、有り得るわ。旅にハマっちゃって大陸中を旅するとか言い出すかもね。そうなったら私はもちろん一緒に行くけど、リオが許さないわよね。ま、リオなんて放って置いて出て行けば良いから問題無いわ。でもでもそうなったら、何だかイケない恋みたいでドキドキするわねぇ……ぐへへ。
「ハルさんってば!」
っと。タカトの事を一瞬忘れていたわ。
「ん? どうかした?」
「あ、その、手を――」
もじもじと恥ずかしそうにするタカト。
――あぁ、手を繋いだままだったわ。
「あら、ごめんねタカト。嫌だったわよね?」
ワザとらしく寂しそうな顔を作る。
「い、嫌とかじゃなくて! その――」
「その?」
目を背けるタカトの顔を覗き込む。
「は、恥ずかしい、です」
更に顔を背けるタカトを見て。勝ち誇ったように私は腰に手を当てた。
「ふふん。まだまだね、タカト。宿の中では『おぉ』と思ったけど、この程度を切り返せないようじゃ、女の子に遊ばれちゃうわよ」
「か、からかわないでよっ!」
「ごめんごめん。お詫びに飲み物でも奢るわ。ほら、あそこに夜店出てるし」
広場には数件、夜店屋台が出ていた。見るに、軽食の店ばかり。
「あ、ありがとうございますっ!」
パァっと明るくなる表情は、何だか犬みたいね。猫の獣人のクセに。
――飲み物奢られるくらいで……ちょろいわよ、タカト。
喉元まで出かかったけど、これは言わないであげる事にする。
「いらっしゃい。お、カッコいい兄ちゃんだね。そっちは……確かぁ、王子の側近さんじゃないですかい?」
一軒の夜店屋台に行くと、犬の獣人の店主さんがそう言った。犬の獣人の知り合いはいるにはいるが、もちろんこのヒトではない。私を知っているなんて……まぁ、一応側近として式典とかには出ているから、見た事あるヒトもいるだろうけど。
「私を知っているの?」
「もちろんさ。俺ぁ第二王子を支持しているからねぇ。何度か王都の祭りでも出店してたんでさ」
ガンザリア王子を支持してくれているって事は、ニアイもエオーケも仲良くしましょうっていう考えがあるヒトって事、かな。ニアイの私からすれば、それだけでも好感度は高い。
「そうなのね。それは嬉しいわ」
「邪神の討伐に行くんだってぇ? 応援してるから頑張ってくださいよぅ!」
邪神討伐に出たという知らせは、国中に伝わっている。魔物が活性化しているせいで、伝達は遅れているようだけど。
「ありがとう。頑張るわ」
ミアとの戦いがあった事は、この街のヒト達は知らないようだ。むろん、私が寝ていた事も。わざわざ知らせる必要も無いし、ここは普通に笑顔ね。
「よし、今日は俺の奢りだっ。好きなの、選んで選んで」
「あら、ありがとう。それじゃ遠慮なく。タカト、どれにするの?」
商品名の書かれた札をじっと見つめて考えているタカト。
――ふふ。悩んでる子どもって可愛いわねぇ。
「よしっ! 決めたっ。おじさん! あれ、あれくださいっ。バランジース!」
「じゃあ私はキナジースをお願いするわ」
「あいよっ!」
注文すると、タカトは嬉しそうに待っている。尻尾がピコピコ動いているから、とても分かり易い。
「お待ちどうさん! こっちがバランで、こっちがキナな」
「ありがとう。悪いわね、ご馳走になっちゃって」
「良いの良いの! 第二王子によろしくな、騎士様!」
「えぇ。伝えておくわ」
「へへっ。兄ちゃんもまたな!」
「うん、おじさんありがとう!」
店主さんに手を振り、私達はその場を離れる。恋人たちの少ない方の長椅子を探し、腰掛けた。
「王子って、色んなヒトから支持されているんだね」
「そうね……ぶっちゃけて言うと、第一王子のアルスホルム王子よりも支持されているわ」
「へぇ! やっぱり凄いんですね! ガンザリア王子は!」
嬉しそうにするタカトを見て、私も嬉しくなる。
「ふふん。そうよ? 王子は凄いんだからっ」
「あはは! ハルさん嬉しそう」
「そ、そりゃ自分の主が褒められたら、嬉しくない訳無いじゃない」
指摘されると妙に恥ずかしい。嬉しいのだから、恥ずかしがる必要なんて無いわよね……
「そんな事より、飲みなさいよ」
私が促すと、容器を傾けてゴクゴクと飲むタカト。
「えへへっ。美味しいなっ」
タカトは上機嫌だ。見る見るうちに飲み物が減っていく。
「そんなに喜んでもらえると、何だか私も嬉しいわ」
確かに美味しいとは思うけど、貴族の出であるタカトなら、毎日これより美味しい物、食べたり飲んだりしてただろうに。
「ボクね、こういうお店初めてだったんだけど、すっごい美味しいんだね」
足と耳と尻尾をパタパタさせて喜んでいる。
「え、初めてなの? 王都のお祭りにだって、屋台出てるじゃない」
王都のお祭りの時は、もっともっと色んな屋台が出る。お祭りの屋台なんて、子どもで大賑わいだ。
「……父上に、そういう店は下品だからって行ってはいけないと言われていたんです」
あの貴族さんは、自身の子どもに何て思いをさせているのかしら?私はイラついたが、タカトの制限されてきたであろう生活を思うと、悲しみが勝っていった。
「そう……」
「でも、新鮮で楽しいです。この旅全て。まだ始まったばかりだけど、王都の外がこんなに広いなんて、考えた事も無かったから」
広場を照らす淡い光に、タカトは目を細める。
「そうね、せっかくの旅だもの。楽しまなきゃ損だわ」
ミアの顔が一瞬頭を過る。ぎゅっと握った容器が潰れそうになる。
――そう、楽しまなきゃ、ね。
「……ボクね、ハルさん」
空になった容器を少し潰して、タカトは私を見た。
「ん?」
「この旅に来れて、本当に良かったって思うんです」
「そう。それは、色んな物を見られるから?」
「それもありますけど、ボク、皆に出会えた事は一生の宝になると思っています」
タカトの真っ直ぐな瞳に、月明かりと魔法灯の灯りが映り込み、キラキラと輝いている。私はその綺麗な瞳を見て、思わず目を逸らしてしまう。綺麗で真っ直ぐな瞳を見るのが嫌な訳ではないのだが……
「そ、そう。私もタカトに会えて良かったわ」
「ボク、いつか姉さんに会ったら自慢したいです」
「自慢?」
「うん! こんなに凄いヒト達と一緒に旅をしたんだよって」
凄いヒトねぇ……確かに、一国の王子と騎士団と邪神討伐だなんて、それ自体が凄い事だと思うわ。
「何だか照れるわね」
「へへっ……」
タカトは自分で言っておいて少し照れたようだった。はにかんだ笑顔で夜空を仰ぎ見るタカト。月明かりに照らされてツヤツヤの毛並みが一層白く映え、とても綺麗だわ。
「こんな事、話して良いか迷いましたけど……」
タカトがこちらを見る。その迷い顔が、どこか幼い頃のガンザリア王子が重なって見えた。王子が迷う事なんて、そんなに無いけどね。
「うん?」
「もし、次またこの前みたいな強い奴が出てきたら、今度はボクも戦いたい」
「タカト……」
王子に言われた言葉を思い出す。
「あんな奴、ボクとハルさん、王子とリオさんが力を合わせれば楽勝ですよ!」
――この子ったら……ふふ。将来が楽しみねぇ。
「ふふっ。今日、王子にも似たような事を言われたわ」
この二人、似ていて面白いわ。王子は可愛げが無いけど。
「おー! さすが王子!」
タカト、王子の事はかなり気に入っているようね。ちょこちょこ話しているみたいだし。王子も満更でもなさそうなのよね。
「ねぇタカト。王子は好き?」
「うんっ! 大好きです! 強いし、優しいし頼りになるし、大きくてカッコいいから!」
うんうん。分かってるじゃない。タカトは本当に見どころがあるわね。でも……
「ふふ。でもね、王子だって良い面ばかりじゃないのよ~?」
なーんか悔しい気もするのよねぇ。よし、好感度下げとこ。
「王子ってば、嫌いな野菜は残すし、トイレ行った後に手は洗わないし、訓練にかこつけて私をいたぶって楽しんで――」
ゴンッ!と突然頭部に大きな衝撃が走る。
「あたっ!?」
「変な事をタカトに吹き込むんじゃない」
振り返ると王子が立っている。怖い顔をして、拳骨を握っていて毛むくじゃら……毛むくじゃらは何時も通りだったわ。
「あれ? 王子、何でここに?」
ズキズキ痛む頭を摩りながら私は尋ねた。
「様子を見に行ったらいなかったからな。散歩がてら探しに来たのだ」
そこで王子はワザとらしく咳を一つ。
「まだ一人にするには心配だしな……」
ボソッと言った最後の言葉。ばっちり聞こえたけど、ここは聞こえないフリをば。
「え? すみません王子。最後なんて言ったんですか?」
「何でも無い。き、気にするなッ」
よし、二日分弄ってやらねば。
「私を探しに来たってぇ……まさか王子、寂しかったんですか~? 仕方ないですねぇ、今日は一緒に寝てあげましょうか?」
人差し指は唇に当て、上目使い。ふふん。完璧だわ。やっぱり王子弄りは私の生きがいよね。
「阿呆め。だがそうだな。貴公が寝ていては静か過ぎる。物足りん気がするのは確かだな」
予想外の回答。もっと照れるかと思ったのに。
「あ、う、ぇ?」
別にハッキリと寂しいと言われた訳じゃないのだけれど、王子のこういう返しは珍しくて、私の方がドギマギしてしまう。私の心臓の鼓動はうるさくなっていくし、顔がホッカホカに熱くなっていく。
「なんだ? 変な奴だな。夜も遅いし、宿へ戻るぞ」
「あ、はい……」
王子は先に行ってしまう。
「ハルさん。ハルさんも、まだまだだね」
タカトも先に行ってしまう。
「――くぅ!」
弄るところか失態を見せてしまい、少しだけ後悔。でもこういう展開も悪くは無いなぁ、と思う私であった。
※※※※※※※※※※
「あァ……愉快だァ。良ィ。実に良ィよォ。フィズゥ」
周囲が物々しい機材で囲まれた部屋。天井の照明が煌々と照らし付けている。アベルは一人、ローラーの付いた椅子に座って恍惚の表情を浮かべていた。
「失礼致します、マスター。お呼びでしょうか?」
部屋のドアが開き、メイド服の女性が入って来る。緑眼の青髪ツインテール。その整った顔立ちには一切表情を浮かべず、まるで感情など無いかのようにすら見受けられた。
「あァ。遅いぞォ。いつもならお仕置きだけどォ……今日も機嫌が良いからなァ。許してやるよォ。くっくっく」
「ありがとうございます。マスター」
ミアはそう言って深々と頭を下げる。
「ところでさァ、そっちはどうなんだァ? 僕さァ、そっちも気になってたんだよねェ」
「勇者ガンザリア一行は、予想の上を行く性能を有しています。勇者フィズよりも安定性も高く、潜在力も高いと見受けられます」
ミアの報告を聞くと、アベルは椅子をぐるぐると回転させた。
「フィズも良いよォ? 馬鹿だけど馬鹿なりに頑張ってるんだァ! 物覚えは悪いけどォ、他者を表面上は思いやれるゥ……くくくっ。でも実はただ斬り裂きたいだけの狂人さァ。良ィ。もっとォ、もっと狂えばまだまだ楽しくなるよォ。ひゃははははははははっ!」
狂ったように笑う主人を、ミアは黙って見つめる。彼女は思ったりしない。主人の方こそ狂っているのではないかなどという感想を抱きはしないのだ。ただ、下された命令を合理的に遂行するだけ。
「楽しそうで何よりです、マスター。ところで、ご用件を伺っても宜しいでしょうか?」
無機質な声が発せられると、アベルは笑いと椅子の回転を止める。
「あァ。そうだそうだァ。ミア。勇者との遊びに、玩具使って良いよォ。今よりもっともっとォ、楽しくなるようにさァ!」
ベロりと舌舐めずりをするアベルを、ミアは無表情で眺め、深々と頭を下げる。
「承知致しました。どれを使って宜しいでしょうか?」
頭を上げてミアが言うと、アベルは鍵をミアに向かって投げる。
「そうだなァ……あァ、ブリガンにしようかァ」
「承知致しました。勇者の生死の程は如何致しましょうか?」
ミアは受け取った鍵を大事そうに胸に抱える。
「今まで通りィ、殺しちゃダメだよォ。けどォ、ソイツに負けるくらいならァ……いらないかなァ」
手をヒラヒラと振りながら、再び椅子を回転させる。
「あっ! 映像は記録しておいてよォ? 後で観るからさァ」
「承知致しました。それでは、出撃致します」
ミアは深々と頭を下げる。その様子を、アベルは見る事も無い。恍惚の表情で天井を眺めているだけだった。
倉庫のような広い空間に、見渡す限り大きな檻が並べられている。非常灯のような暗めの灯りだけが光源となり、弱々しく辺りを照らしていた。コツンコツンと足音を響かせながら、ミアは一つの大きな檻の前にやって来た。檻は薄っすらと黒く光っていたが、この暗い空間では目立ちはしない。
「グギ? もうメシの時間ギャ?」
大きな檻の奥から、二足歩行の生物がやって来る。大きな体は三~四メートルはあり、黒光りする筋肉は異常と言えるくらいに育っている。おまけに頭には荒々しく生えた二本の角。それはもう、鬼という名称が相応しい外見をしていた。
「いえ、ブリガン。貴方に命令です。私と共に来なさい」
無機質な声でそれだけ伝えると、ミアは檻の鍵を開けようと、鍵を錠前に差し込もうとする。
「グガガガッ! 忌々しい檻からやっと出られるッ!! 今日は良い日ギャ!」
ミアは鍵を差し込み、錠前を取り外す。すると、檻は黒い光を失い、ただの鉄の檻と化した。
「グギャーガッガ!! 馬鹿め! ここから出れさえすればコッチのモンだギャ!」
ブリガンと呼ばれた巨躯の鬼は咆哮と共に檻を引き千切る。鉄の檻がまるで薄い紙のように千切れて放り投げられる。
「世話んなったギャ! これは礼だギャ!」
そう言いながら放たれたブリガンの大きな拳が、ミアに直撃――
「……再調教の必要を確認。これより調教に取り掛かります」
しなかった。大きな拳を右手一本でピタリと止めている。
「グギッ!? ばばば、馬鹿なッ!! こんな事があるはず無いギャ!」
ブリガンが悲痛な叫びを上げ終えた時、彼の拳先に既に誰もいなかった。
「ふっ」
そう小さく聞こえたかと思うと、ブリガンの頬にミアのつま先が食い込む。
「アガベッ!!」
強い力で蹴られ、足が地を離れて巨躯が飛ぶ。隣の檻に激突するが、檻はビクともしなかった。
「……グガガ。い、一体何が起きたギャ??」
頬を抑えて檻にもたれ掛かるブリガンの肩に、スカートを靡かせてミアが降り立つ。その存在を察知した途端、ブリガンは悟った。自分の肩に乗っているこの存在に、逆らってはいけないという事を。
「ひぃぃぃ! ゆ、ゆゆ、許してくれギャ! もう逆らったりしないギャ!」
必死に懇願する巨躯の鬼に、ミアは無機質な声を放つ。
「予定よりも調教の時間を短縮。しかし、予定よりも軟弱な肉体と精神が疑われる為、これより再調教に取り掛かります」
「ひぃぃぃぃぃぃ!! や、止めてくれぇぇ!!」
ブリガンの言葉など、聞く耳を持たないといった様子で、ミアの容赦無い調教が始まる。暗い倉庫内に、鬼の悲鳴が数時間の間、響き渡ったのだった。
「王子っ! そっち、一匹お願いします!」
「よし、ではそこで夜を越す。案内を」
「――貴公は本当に神出鬼没だな、ミア」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」三章8話――
「野宿って何だかワクワクするのよね」
「王子と一緒なら、何所だって構わないわ」




