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2話・王様かと思ったら、まだ王子様でした

王様に謁見し、正式な命令を排しに来たフィズだが、そこに現れたのは、若い男性……

あれ?王様ってこんなに若かったっけ?

 ――私は今、人生で初めて王様に謁見する為に、お城に来ています。遠くで見るよりもずっと大きくて広くて、ちょっと眩暈がします。

 ――謁見待ちの為に案内された部屋は、私の実家くらい広いです。部屋だけで、です。そこかしこに置いてある調度品は、一つひとつがウソみたいに豪華です。これ一つで私の家くらい余裕で買える値段だと聞きました。

 ――あ、私の実家は首都の片隅で小さな定食屋をやっています。私はお父さんの料理大好きだけど……あんまり流行ってないんだよねぇ。


 そんな事ばかり考えていると、部屋の扉がゴンゴンと叩かれる。


「はいっ」


 綺麗な装飾のついた扉はガチャリと軽快に開き、体格の良い衛兵さんが顔を覗かせる。


「お待たせしました。王への謁見です。くれぐれも粗相の無いように」


「は、はい」


 衛兵さんの後ろをついて広い廊下を歩く。心臓がバクバクと乱暴に音を奏でる。昨日学舎長に会った時は、全く全然少しも緊張しなかった。

 ――まぁ、学舎長は何度も見てるしね。話した事もあったし。

 でも今回は違う。王様だよ?王様。この国で一番偉い人。数年前に一度、聖日祭の日に遠くからしか見た事が無い、あの王様。


「この扉の奥が謁見の間です。繰り返しますが、粗相の無いように」


 衛兵さんの静かな声が遠くに聞こえる。心臓のバクバクがさっきよりも早い。こんなに緊張したのは何時ぶりだろうか、いや、初めてかもしれない。

 昨日の学舎長との面談では、とにかく褒めちぎられた。「我が兵学舎始まって以来の栄誉だ!」とか何だとか。褒められるのは悪い気はしない。


「……ふぅ」


 今日はどうなるか分からないが、いつまでも緊張していても仕方ない。

 覚悟を決めて謁見の間の大きな扉の前に立ち、しっかりと前を見据えた。


「フィズ・アウレグレンス殿! ご入室!」


 扉の前に立つ衛兵さんが大きな声でそう言った後、扉が見た目に相応しく、重々しい音を出す。

 赤く伸びる絨毯の先の、装飾された大きな椅子に座る人が王様であろう。私はゴクリと生唾を飲み込むと、謁見の間に一歩を踏み出した。

 目線は依然として真っ直ぐ。脇目も触れずにただ真っ直ぐ歩く。余裕が無くて周り見られないだけだけど。


「……ほ、ほほほ、本日はおまおま、お招きいた、頂き、えと、王様に置かれましては、あの――」


 うん、いくら覚悟を決めてもね、ダメな時はダメ。

 周囲から失笑の声が聞こえる……気がする。

 謁見の席で失態をした勇者として語り継がれるとか、嫌だな。


「おい」


「ひゃい!」


 王様のいる方から声を掛けられる。反射的に気を付けをして返事をする。変な声が出た。

 思ったよりも若い声で意外だ。


「堅苦しい挨拶は無しで良い。というか止めろ」


「え、あ、はい?」


 そこでようやく王様を見る余裕が生まれる。

 若い……というか若過ぎる。私と同年か、少し上くらいにしか見えない。隣には先日宿舎に来られた神皇様が神妙な面持ちで立っている。


 横目で辺りを見ると、王様?と神皇様、それから私しかこの広い謁見の間にはいないようだ。

 笑われたと思ったのは気のせいか……恥ずかしっ。


「お前がフデジラが言ってた神託の勇者かぁ? 何だか凄そうには見えんな」


 いぶかし気な表情でこちらを見ている。私から見れば王様?の方も王様に見えないんだけど……

 や、着てる物とかは豪華だし偉そうだけど、王様というよりは「王子様」って感じかな。王冠も被っていないし……それと、フデジラって誰?神皇様かな?


「えと、王様……ですか?」


 しまった。つい疑問を口走ってしまった。

 私は慌てて口を両手で覆った。王様の顔を知らないなんて、最悪、不敬罪を問われかねない。


「……私はオルネストア・スタナシア・ハーシルト。まだ王子様、だ。その辺も含めて説明してやる。フデジラ、頼む」


 王子様がそう言うと、横に立っている神皇様が王子に様に向かって頭を下げ、一歩前に出る。

 やはりフデジラは神皇様の事か。言われてみればそんな名前だった気がする。


「では、まず、神託についてですが。先日、私に神よりお告げがありました」


 神皇様が口を開くと、ピンと空気が張り詰めた気がした。

 神託を直接聞く事が出来るのは、五大国にいる神皇様達だけだと言われている。


「大渓谷を挟んで反対側、すなわち魔獣の領地にて邪神という存在が現れたそうです」


 『大渓谷』とは、この大陸を二分すると言われている大きな谷の事だ。こちら側はヒトの領土。向こう側は魔獣の領土。と言い伝えられている。

 ここ数百年は行き来した記録は無く、大昔からの言い伝えや、僅かに残った文献でのみ、向こう側の存在が伝わっているだけだ。


 そして、大渓谷上には強力な結界が張ってあり、今は行き来することは出来ないとも記されている。

 ――邪神か。魔王よりも強そう。まぁ、魔王なんてのも、お伽噺とぎばなしでしか聞いた事無いけど。


「邪神はこの大陸を滅ぼそうと企んでおり、それを行えるだけの強大な力を持っている……その邪神に対抗出来る力を秘めた者を教えるので討伐するように。といった内容です」


 何だか神様の言葉っぽくないような。もっと「汝らの~」とか「我に仇なす邪悪なる~」とかかと思ってた。


「あぁ、神託は言葉ではなく、何と言いますか、情報そのものが伝わる、と言いますか……」


「え、そうなんですか?」


 腑に落ちない顔をしてしまっていただろうか。無意識に顎に手を当ててしまっている事に気づき、サッと降ろす。


「勇者よ、お前の考えている事が分かるぞ。最初に聞いた時は俺も少し耳を疑ったくらいだからな」


 王子様がニヤついた表情を見るに、私は完全に顔に出ていたのだろう……恥ずかしい。


「神託によれば、力を秘めたる者はレンデ大陸に三人だそうです」


「三人? 私だけじゃないんですね」


「はい。まずは中央国『ハーシルト』のフィズ・アウレグレンスさん。貴女ですね。後は森林国『ウルバリアス』と獣人国『ダンザロア』に一人ずつです。私には貴女の名前しか教えられていません。他の国の勇者達の名前や顔は分からないのです」

 

 五大国の内の三つか。この大陸にはその三国以外に、鉱山国「キンザンコ」と産業国「ブロングル」の二大国、その他小さな国や領地がある。

 中央国はその名の通り、ヒト側の領土の真ん中に位置する。昔から交易の中心として栄えた国だ。

 私の他にも勇者がいる。そう考えると心強い。一緒に他の勇者が戦ってくれるなら、何だかやれる気がしてきた。


「しかし、ここ半年ほど大陸全土の魔物が活発化しているようで、その討伐も併せてしていかなければいけないのです」


 神皇様は少し声の調子を落として言った。その様子を見れば、否が応でも良くない予感をしてしまう。


「……もしかして、別々に行動しろ、という事ですか?」


 そんな予感。私の嫌な予感は半分くらい当たる。


「くくっ。もしかしなくても別行動になるな」


 楽しそうな顔。笑いを堪えているつもりかもしれないが、堪えきれていない。

 ――むぅ。この王子様は……そういう言い方をしないと気が済まないの?

 私はそう考え、ガクリと肩を落とす。何で楽しそうなの?全然分からない……

 張り詰めていた空気はすっかり緩んでしまっていた。


「じゃあ、単独で魔物討伐をしながら邪神も倒さなきゃいけないんですか? 正直な話、私にそんな力があるとも思えないんですけれど……」


 王子様の態度にムッとなり、拗ねた感じの言い方になってしまったが、私が選ばれた理由も聞いておきたい。正直、邪神に対抗出来る力と言われてもピンと来ない。


「ふぅむ。それはやはり、魔物と戦って力をつけていく必要があるのかもしれませんね。百戦錬磨の兵士も、伝説の傭兵も、戦いの経験を積んで強くなっていったと言われていますからね」


 ――それは、そうだけど……そういった力の事は神託に無かったの?

 と疑問に思う。思うだけで、神皇様には聞けないのだけれど。


「はあ……」


 気の抜けた返答しか出来ない。覚悟を決めたはずなのに、出来れば夢であってほしいと思ってしまう。


「私に出来るかなぁ……」


 無意識の内にポリポリと頬をかく。

 不安というか腑に落ちないままと言うか。訓練ばかりで、実践の経験の無い私には想像がつかない。

 ――戦力が増えるとも期待したのに、他の勇者とは別行動だなんて……

 不安そうな私を見て、神皇様は励ましの言葉を掛けてくださる。


「フィズさん、貴女にならきっと出来ます。神が選んだ人物に失敗などあり得ません」


「そう、なのかもしれませんけど……」


 やはり、私じゃなくて他の人の方が適任なんじゃないかと思ってしまう。自信が無い。神様を疑う訳じゃないけど……ねぇ?

 昨日、学舎長から散々持ち上げられて良い気分になっていた自分はどこへやら。


「神託を受けてしまった以上、お前はこの国の勇者だ。勇者が弱気だと魔物を食い止めている一兵卒達にまで影響してくる。その事を忘れるな」


 私たちのやり取りを見かねたのか、冷たい口調でそう言い放つ王子様。先ほどまでとは明らかに雰囲気が違う。

 何だかんだ私をからかって楽しんでいるように見えた王子様も、私の緊張を解こうとしてくれていたのかもしれない。私の煮え切らない態度は、緊張以前の問題だったようだ。

 

「っ!」


 王子様の言葉が重く圧し掛かる。心臓がチクっと痛んだ。

 神皇様も王子様の雰囲気に圧倒されたのか、困ったような表情だ。

 王子様の言葉が私の頭の中で何度も反復する。私はこの国の勇者……

 私だけ、そうだ、この国では私だけなんだ。

 

「……私が、やらないと」


 そう言いながら両拳を強く握りしめる。視線を落とすと先には絨毯の赤。

 ふと、地に伏せ血に塗れるヒトたちを想像してしまう。

 私がモタモタしていたら、私がもし逃げてしまったら――


「そうだ。お前がやらないといけないんだ。神が選んだのは、他の誰でもない、フィズ・アウレグレンス、この国ではお前だけなんだ」


「……」


「……」


 少しの沈黙。時間にすれば一瞬だったのだろうけど、色々な事が浮かんでは消えていく。

 家族の事、兵学舎での事、この国のこの街で暮らす人たちの事。ミスナと食べた、マロ焼きの事。

 ――らしくないね。バカならバカらしく、とことん突っ走るしかない。世界を護っちゃえば、私の大切な人たち、全部守れちゃうもんね。


 バチンと両手で頬を叩く。もう腑抜けてなんていられない。

 まだまだ実感は無いけれど、私はもう勇者として認識されている。それは私の意志とは関係無い。

 ―――出来るかどうか、じゃない。やるんだ。

 私は拳を握りしめ、顔を上げた。今、この状況で私に言える言葉は一つしかない。


「……やります」


 かろうじて王子様に聞こえる程度の声。しかし、私のありったけの決意を込めた、一声。


「ほぅ。良い表情も出来るじゃないか。それでこそ勇者だ」


 私をじぃっと見つめた後、ニヤっと不敵に笑う王子様。先ほどまでとはまた違い、何というのだろうか、風格がある。

 こほん。と神皇様が咳払いをした。話を続けたいという意思表示だろうか。


「えぇ、と、それではもう一つ。王子、よろしいですかな?」


「む? あぁ、忘れていた」


 もう一つ?なんだろうか。


「フィズさん、王がここにいない理由ですが……」


 あぁ、すっかり忘れていた。王様じゃなくて王子様がいる理由も話してくれるんだよね。


「まだ内密な話なのですが、ハーシルト王、ハングエル様は3日前にお亡くなりになられているのです」


「……え?」

 

 神皇様の言葉が静かに響く。私は一瞬呆けた顔をしてしまう。

 咄嗟に王子様を見ると、彼は目を細めて窓の方を向いている。窓の外に何を見ているのだろうか。

 私は何と反応すれば良いか分からず、ただ目を丸くして黙っている事しか出来なかった。


「父上はずっと御病気だったからな。国民に心配は掛けられぬと、ひた隠しにしていたのだ」


「そ、そうだったんですか……」


 場は再び沈黙が支配する。それはやはり短い時間だったのだろうけど、こういう場に不慣れな私にはとても長く感じられた。


「どんな理由であれど、国の王が不在である状況は良くない。したがって、私は明日、王に即位。5日後に戴冠式を執り行う事となった」


 沈黙を破ったのは王子様。王子様は立ち上がりつつ私に視線を投げて口を開いた。


「戴冠式の後、フィズ、お前を勇者として国民に発表する」


 ――え……そ、そんな事もするの?いや、まぁ、する。よね……


「は、はいっ」


「軽く挨拶もしてもらうつもりだ。考えておくと良い。後ほど得意そうなやつを遣わせる」


 ――大勢の前に出た事なんて、兵学舎の入学式以来だよ……

 そう考えると何だか緊張感が増してしまうが、心の中で頭をぶんぶんと横に振り、乱暴に高鳴る心臓のまま、私なりに覚悟を決める。

 ――私がやるしかない。私が神託を受けたんだから……私が、神託の勇者なんだから!


「わ、分かりましたっ」


「ふむ、では改めて――」


 こほん。と軽く咳払いをする王子様。隣に立つ神皇様は背筋を正す。

 私は雰囲気を察し、兵学舎で習った通りに背筋を伸ばして拳を握った右腕を胸に当てる。


「フィズ・アウレグレンスよ。神託を受けし勇者として、邪神討伐の任を言い渡す!」


「……はいっ!」


「具体的な作戦等については後日、軍部の将兵を交えて行う。また、城の一室が与えられる。戴冠式が終わるまでは城から出ないように」


 こうして私は、勇者として邪神の討伐に向かう事になった。

 色々不安な事はある。むしろ不安しか無い。でも、私に悩んでいる姿は似合わない。やると決めたからには、とことんやってやる。


※※※※※※※※※※※


「あんな小さなガキが、勇者か……」


 フィズが謁見の間を後にした後、残った二人はその残影ざんえいを見るかのようにたたずんでいた。


「はい。全ては神の思し召しでございます」


 フデジラは目を瞑ってそう言う。その言葉を聞き、オルネストアは鼻で笑った。


「ふん。あのようなガキに邪神などというモノが倒せるとは思えん。それに、勇者の持つ力とやらは一体何なのだ? こちらから聞く事は出来ないのか?」


「はい。神をこちらから呼ぶなどと、恐れ多い事は出来ません。王にも信仰心はお有りでしょう?」


 王子は軽く舌打ちをすると黙り込む。王子にも信仰心があるからこそ、これ以上は何も言えなくなったようだ。


「……貴族達の反応も悪い。上流貴族院の話し合いの結果次第では、俺はあの娘をただ殺すだけになってしまう」


 うつむき、手で口元を抑える王子。傍らの神皇は王子を見ず、口を開いた。


「それもまた、神の思し召しです。神の意思で、そうされる事になるのです。必ず意味がある。御自分を責める必要はないですぞ、オルネストア様」


「……あぁ、神の御心のままに、俺達は動いていくさ。それが、一番正しいはずなんだ」

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