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2話・不敬罪にでも問われれば良いんだわ

勇者として邪神討伐に赴く事になったガンザリアに、側近のハルフィエッタ達。出立を前に、王宮では宴が催されていた。

 陽も沈み掛けた夕方、王子を含む私達は、王宮で開かれた出立祝いの場に出席していた。国を挙げてお祭り騒ぎにするのかと思ったけど、招待された者のみの割と小さな宴。見渡せば、貴族の方々や豪商等々。


「ハッハッハ! 邪神の討伐は我に任せ、兄上は立派な王になる為、日々邁進なされよ」


 王子と王子が……ややこしいわね。ガンザリア王子とアルスホルム王子が話しているところを見るのは、何だか久しぶりな気がするわ。

 ガンザリア王子は、ニアイもエオーケも関係無い。という考えが強く、私やリオのような、獣人国では地位の低くなり勝ちなニアイからの支持が高い。

 一方アルスホルム王子は、昔ながらの、獣人至上主義のお歴々に後押しをされ、その旗印となっている。

 アルスホルム王子自体は、獣人至上主義って訳ではないみたいだけど、側近や取り巻く環境が、彼をその旗印から降ろさせない。


「ガンザリア。私はやはりお前が王に――」


「何をおっしゃる兄上。この国の次期王は兄上の他におらん。我は本当にそう思っている」


 弱気なアルスホルム王子。ガンザリア王子と体格も容姿もよく似ている。違うのは毛の色と、性格。ガンザリア王子と違って栗色の毛並みは温厚なアルスホルム王子に合っていると思う。

 その間、リオは口を開くどころか、アルスホルム王子の方を向いてもいない。困ったヒトね、と思いつつも、向こうの陣営にも同じようなヒトがいるみたいだから、別に良いか。


「ハルフィエッタ」


 不意に名前を呼ばれて手に持った飲み物を落としそうになる。声の主はアルスホルム王子。ガンザリア王子がお偉いさんと話していて暇だからと、ボーっとしていた隙を突かれた。


「は、はいっ」


「リオッチ」


「……はい」


 不愛想に返事をするリオ。怒られても知らないわよ?


「ガンザリアを、弟を頼む」


 それだけ言って頭を下げるアルスホルム王子。その光景を見た周囲のヒト達はザワめき立つ。


「え、ちょ、ちょっとアルスホルム王子!? そ、そんな恐れ多い――」


「余からも頼む」


 ザワめく群衆の声の中でも、ハッキリと聞こえるほどに存在感のある声。この声は……


「おぉ、父上」


 ガンザリア王子がそう言って、敬意を示すように胸に手を当てる。王子の父上、つまりは国王様だ。


「遅くなってすまんな、アルスホルム。ガンザリア」


 王様は私達の所まで来た。こんなに間近で王様を見たのは初めてだ。王様は犬系の獣人。王妃様は王子達寄りの獣人。獣人同士の子どもは両親どちらかに似るという。王子の横を抜け、私とリオの肩に手を置く王様は、年老いて少しくたびれた感じの白い毛を、ふわりふわりと揺らしている。


「近衛の二人、息子を頼む。この阿呆息子ときたら、大勢の兵は必要が無いと言って聞かぬのじゃ」


 ――そう言えば邪神討伐に行くのって、王子と私とリオッチだけなのよね。国防の為に騎士団は残さないといけないと王子から聞かされていたけど……

 頭ではそんな事を悠長に考えていたけど、体は緊張で動かない。


「魔物が強くなっているという時期に、国防を疎かにする訳にはいかん。邪神など、我と数名の従者のみで構わぬ。それだけの事だ」


「カッカッカ。まったく、頑固な息子じゃ。しかし、無理にでも精鋭の騎士隊を率いてもらう。これ以上は譲れぬぞ」


 王様は笑いつつも強い意思を込めて話す。これ以上譲らないという言葉は、決して嘘ではないようだ。


「父上、それもお断りしたはずだが?」


 王子も負けていない。自分の意思を貫くという強い目で、王様を睨み付ける様に対峙する。


「カッカッカ。王命じゃ。従え、阿呆息子」


 王様の方が上手ね。王命とまで言われたら、この国に住まう者として、ましてや王子ともあれば、皆の手前、逆らう訳にはいかないわ。


「……承知」


 王子は不満そうだが、この場の空気は読んでくれたようだ。私は心の中でホッと胸を撫で下ろす。


「あー。そうじゃ、忘れておったが、貴族の息子が一人、ついて行く事になったからの。仲良うするんじゃぞ」


 き、貴族の息子?そんなお荷物確定の人物を連れて行けと言うの?


「……命の保証は出来かねるうえ、邪魔と判断すれば容赦無く置いて行くが、それで良ければ」


 王子の言葉にリオが小さく頷く。


「カッカッカ。そう言うと思っとった。じゃが、その点は既に了承済みじゃ。死んだらそれまで、じゃと」


「す、凄い考えですね」


 久しぶりに私、口を開いた気がする。


「もしや、マイルクルオール家の?」


 王子は心当たりあるようね。

 ――マイルクルオール……もしかして、獣人国の上流貴族の?


「そうじゃ、マイルクルオールの跡取り息子じゃ。確か、十歳じゃとか言っとったな」


「じゅ、十歳っ!? 反対です! 無礼を承知で申し上げますと、使い物になりません!」


 リオが青筋を立てて怒鳴る。今日のリオは見ているこっちがドキドキするくらいに無礼ね。周囲の方々は困惑した様子でこっちを見ているし。


「まぁ、先ほど言うた通り、死んでしまったらそれまで。頼んだぞ、これも王命じゃ。カッカッカ」


 それを言われちゃあ……私達は従うしか無いわね。


「くっ。承知、致しました」


「さて、堅苦しい話は終いじゃ。何か余興を――お、そうじゃ。貴公、歌が得意じゃと聞いておるが?」


 王様は私を見て微笑む。まぁ、私は自慢じゃないけど、いや、自慢だけど歌が得意。辛い訓練の後も歌っていれば疲れが吹き飛んだわ。でも、こんな場で歌った事は無い。人前で歌うのは、城下街の子ども達と遊んでる時くらいね。


「わ、私……ですか?」


 さすがに貴族様方や王様の目の前で歌うのは躊躇(ためら)われる。


「ハル、我からも頼む。久々に貴公の歌が聞きたい」


 うぅ。王子からも頼まれたとあっては、私は断れない。


「分かりました。では……」


 私は意を決して返答する。


「おぉ、皆の衆! 勇者の側近が歌を披露してくれるそうじゃ!」


 ――ちょ、王様……

 大勢のヒト達が私に注目する。いや、まぁ、さっきから結構見られているのだけど、更に注目されて恥ずかしい。何より、ちくちく聞こえてくる『陰口』が嫌。片耳だけど、その分聴力良いんだから、聞こえているわよ?


「うぅ。緊張するわ」


 そう言いながら私は壇上へ上がろうとする。


「ハル。折角だ。思いっきり歌って来い」


 王子から背中を押される。言葉だけではなく、実際に手の平で。


「わわっ。もう、王子、危ないですよ」


 そう言いながらも、私の口角は自然と上がった。

 ――そうね、折角だもの、思いっきり歌ってやるわ。


※※※※※※※※※


 王宮が騒がしい今夜、ボクは自分の屋敷でボンヤリと星を眺めている。きっと今頃は王宮の中で楽しい夜会が開かれているのだろう。

 ボクも行きたかったのだけれど……父上がダメだと言った。出立は明日なのに、ボクはまだ勇者様方に紹介されていない。勇者様はガンザリア王子だと聞いているから、知っていると言えば知っているのだけど。


「はぁ。こんな時、姉さんがいてくれたらなぁ」


 星に向かって呟く。もちろん聞いている者などいない。

 呟き終わったその時、コンコンと部屋の扉が小さく叩かれる。マズい、もう寝るように言われている。ボクは急いで寝床に潜り込む。それと同時に、部屋の扉がゆっくりと開いていく。


「……タカト。寝ているな」


 入って来たのは父上。何だろう、眠っているか確認しに来たのかな?父様はボクの寝床に静かに近づくと、じっと顔を覗き込んでいるようだ。

 

「タカト、すまないとは思うがこれも家の、マイルクルオールの為なのだ。お前の姉が出て行きさえしなければ、王子との結婚で当家の安寧は盤石なはずだったのだ……恨むなら、姉を恨みなさい」


 ――父上、何を言うかと思えば……

 姉さんと父上は仲が悪かった。姉さんを王家に嫁がせる為に色々裏で手を回していたという噂もある。でも、そんな事しなくても良いくらいに、姉さんは美しく魅力的なヒトだった。

 最近になって知ったのだけど、姉さんとアルスホルム王子の結婚の話が出始めていた頃らしい、姉さんが家を出たのは。


「タカト。父の我がままを、どうか許して欲しい。当家の為、働きに期待しているぞ」


 父上はそう言って静かに部屋を出て行った。そういえば、姉さんもあの日、こんな風に静かにボクの部屋を出て行ったな。


「当家の為……か」


 ――分かっている。父上は一族を守る為に奮闘している事くらい、子どものボクにも。獣人国ダンザロアで一、二を争う名家、マイルクルオール家の当主だもんね。でも……

 ボクの心に、何だか薄暗い雲が掛かったみたい。窓から差し込む優しい月の光が、この雲を晴らしてくれたら良いのにな。


※※※※※※※※※


 宴の後、私は一人、城の屋根で星を眺めていた。雲は少なく、月明かりが明るい。こんな夜は静かな歌を歌いたくなる。


「~~~♪」


 先ほどの祝いの宴の場では、色んなヒト達から色んな陰口を叩かれていた。


『あんな欠陥品が王子を守れるのか』


 そんな事は言われ慣れている。今更何とも思わない。貴方達より、私は強い。


『噂だと、王子に色仕掛けで近づいたらしい』


 そんな事で王子をオトせるなら、今頃私は王族入りが確定している。


『巨額の金が動いたとか……』


 私は何者なのよ?怒りを通り越して笑えるわ。本当、ヒトってヤツは種族に関係無く、嫉妬深い生き物よね。


「――ここに居たのか」


 不意に後ろから声がした。


「……王子。どうしたんです?」


 ガンザリア王子が私の隣に来て、夜空を見上げる。


「リオの奴が煩くてな、少し匿ってくれ」


 王子はそう言って軽く笑った。


「ふふふ。リオの小言は長いですからね。お気持ち、お察しします」


 私も小さく笑う。リオのネチネチとしつこい説教顔が、脳裏に浮かぶ。


「ところで、歌っていたようだな、邪魔をしてすまない」


「はい。いいえ、邪魔だなんて――」


 聴かれていたのか、ちょっとだけ恥ずかしい。


「良い歌である。綺麗な夜空に貴公の歌。どんな舞台演目よりも(おもむき)があるではないか」


 そんな事を言われたら、嘘でも舞い上がってしまう。


「あ、ありがとうございます……」


「む、忘れるところであった」


 王子はワザとらしい口調でそう言うと、腰に下げている小袋からゴソゴソと何かを取り出す。


「ハル、動くな」


 王子は私のペタンコな右耳付近に何かを付けた。


「うむ。良く似合う」


「え、っと……?」


 王子が間近に迫った事で、私の心拍数は言わずもがな。早くなった鼓動で、体が少し揺れる気がする。


「……ほら」


 王子はぶっきら棒に鏡を取り出し、私に突き付けた。

 鏡を覗き込むと、私の、無いはずの右耳があった。正確には、耳を模した飾りが付いている。とても精巧な出来映えで、少し離れた所から見たら分からないんじゃないかと思うわ。


「え、あ。王子、これは――」


「ハルも年頃の娘だ。見た目というモノを少し気にしているかと思ってな」


 王子の頬が赤くなった気がした。実際は毛で覆われているから分からないけど、まぁ、王子の事だ、絶対照れてるから。


「うふっ。王子~。妙に年上感出してますけど、同い年ですよ~?」


 私も照れている。それを悟られないよう、ふざけて言った。


「……ふん。で、どうだ?」


 どうだって……王子、そりゃあもちろん――


「はい。凄く気に入りました。とても嬉しいです、王子」


「ならば良し。その、誕生日……おめでとう」


 え?王子が私の誕生日を覚えてた?

 ――いやいやウソウソ。これまで一度だって祝ってもらった事なんて無かったのに?でも……


「あ、ありがとう、ございます……!」


 嬉しい。嬉しすぎる。あぁマズい、泣きそうだ。


「うむ……続きが聴きたい。頼めるか?」


「はい♪ もちろんです、王子」


 涙を飲み込み、笑顔を向ける。そんな私の返事に、王子はまた少し笑う。そんな王子の態度が妙に嬉しい。私は息を大きく吸い込み、夜空を仰ぎ、口を開いた。


「~~~♪」


 私達は、明日、この住み慣れた城下を立つ。歌いながら、夜空に流れる星々に想いを馳せる。


 辛かった事、楽しかった事、悲しかった事、嬉しかった事。この国で味わった様々な出来事。そして、私の王子に対する想い。

 ――あぁそうか。楽しい事も、嬉しい事も、この気持ちも……私にとっては、普通の事になっていたんだ。


「~~~♪」


 私の歌を、目を閉じ、心地良さそうに聴いて下さる大雑把王子。そんな毛むくじゃら王子が、いや、いつだって真面目で融通の利かない堅物王子が、いやいや……きっとどんな王子でも、私は王子を慕い続ける。王子が王子で、私が私であり続ける限り。


 優しく吹く夜風が私達を撫でる。どこからか香る匂いが、懐かしくて、ちょっとだけ切なくて。様々な感情が、私を満たし、溢れ出たモノが一筋だけ、頬を伝った。


「~~~♪」


 ――あぁ、王子。私は今、幸せです。王子と共にここに居られる事が幸せなのです。神様、ありがとうございます。私を王子に会わせてくれて。あの日、王子を遣わして頂いて、私は本当に救われました。

 ――もう一つだけ、ワガママを言わせてください神様。この幸せが、この満ち足りた日々が、どうか永遠に続きますように……


「タカト・マイルクルオールです!」

「収集がつかなくなる。その辺で止めろ、馬鹿娘」

「ふふん。聞いてないわ!」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」三章3話――

「会議なんて寝てるくらいで丁度良いのよ」


「真面目に聞け! 馬鹿娘がッ!」

「うるッさいわね!」

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