13話・勇者というモノに任命されたんだが、俺で良いのだろうか
女王に呼ばれ、王宮へと向かう瑛太達に、耳を疑うような言葉が発せられる。
「おぉ。呼び立てて済まなんだな」
呼び出されて直ぐに王宮へと赴くと、以前と同じく玉座に鎮座した女王が出迎えてくれた。今日は何だか機嫌が良さそうに見える。側近には前回と違う男性が一人見受けられた。白いローブ調の服で、金色の装飾を所々でキランと光らせているその人物は、その風貌から偉い立場の人なのだと推測出来る。
「どうかしたんですか?」
俺は挨拶もしないまま疑問をぶつける。するとササさんに肘で小突かれた。
「ほほっ。良い良い。楽にするが良い」
その様子を見ていた女王は、機嫌良さそうに笑う。そして俺達の頭にはますますハテナマークが浮かぶのであった。
「実はな、先ほど神皇殿に神託が下ったのだ」
嬉々として言う女王だが、俺達の頭に浮かぶハテナマークは増え――ているのは俺だけか?横目で見れば、二人とも驚いた顔をしている。
「し、神託ですか!? 一体どんな神託が……?」
シュシュさんが驚いて言う様を見て、女王は更に嬉しそうにニンマリと笑って焦らす。この人は結構悪戯好きなんだな、きっと。
「うむ、国がこのような時に喜ぶべき事ではないのかもしれんが……すまんな、どうにも抑えきれん」
ニヤけ面を正す為か、こほんと咳を一つ。真面目な顔をした女王は、大儀そうにゆっくりと口を開いた。
「エータ。いや、エータ殿。貴殿がこの国の勇者として邪神を討伐せよ。という神託であった」
――え?俺?いやいや、何で俺?
突然の指名で頭が混乱する。両脇の二人も信じられないという様子で俺を見ている。
「はっ? え? 俺、ですか? 勇者? 邪神? 何か間違ってませんか? 俺は元々この国の生まれでも何でも無いですよ?」
この国出身のシュシュさんなら話は分かる。この世界の住人のササさんでもまぁ分かる。
――何で俺だ?それにサラッと言ったけど、邪神てなんだよ。
二人とも相変わらず驚ききった顔で俺を見ている。シュシュさんのそんな顔、新鮮でちょっと面白いぞ。
「間違いではない。神皇殿、説明を頼む」
そう女王が言うと、白いローブ調の男性が一歩前に出る。俺達の方向へ頭を下げると、控えめな頭髪に目が行った。
「それでは説明させて頂きます。簡単に説明致しますと、邪神が大渓谷の向こう側に現れたそうです」
まず大渓谷が分からない。地図にそれっぽい場所があったような気がするが、よく覚えていない。
――邪神というと、ゲームとかではラスボスだよな……
禍々しい姿を想像し、軽く身震いがする。ドラゴンと蛇が合体したような巨大な身体、邪悪に伸びた牙、空間を歪ませる瘴気に逃げ惑う人々……そんなワンシーンが想像されたのだ。
「レンデ大陸の五大国のうち、中央国『ハーシルト』、森林国『ウルバリアス』、獣人国『ダンザロア』にそれぞれ勇者の資格を持つ者を一人ずつ選んだので、邪神を討伐せよ。といった内容です。それで、この国の勇者はエータ様が選ばれたようです」
「……」
「……」
――え、それだけ?もっとこう……色々あるだろ?普通は……おっと、俺の常識は通用しないって忘れてた。この世界の神様はシンプルが好きなんだよ、多分。
「えと、俺が選ばれた理由は?」
「それは分かりません。神のお考えは私達には測りかねます。きっと考えもつかぬような尊大な理由でしょう」
――なんだよそれ。いい加減な神様だな。理由くらい教えろよなぁ……
おっと、そんな事考えてたらバチが当たるかもしれない。しかし、勇者か。いきなりでビックリしたけど、何だかいきなり漫画やアニメの主人公みたいで、正直テンション爆アゲというものだ。
「うむうむ。そういう事であるのだ。エータ殿、邪神の討伐に行ってくれるな?」
まぁ、頼られるのは悪くない。だが……
「俺が選ばれた理由は、この際どうでも良いです。出来るかどうか分かりませんが……邪神討伐、行きましょう。でも一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「邪神の討伐に出発する前に、ラカウの様子を見に行かせてください」
俺の言葉に、隣にいるシュシュさんが息を飲むのが分かった。
「ラカウがもし、魔物に占領されていたら解放します。もし無事であったら、ラカウの結界を張り直して強固にする許可を頂きたいのです」
「……ほぉ。構わぬ、許可しよう」
随分あっさり。もっと渋られるか、長考されると思ったが……
「と言うよりな、実は邪神討伐に赴く道中、その先々での魔物退治も神託に含まれているらしいのだ。であるから、どの道ウルバリアスの問題の解決の助けになってもらわんといかんのだ」
「なるほど。軍を率いていくようなカタチで良いんですか?」
ゲームとか漫画だと、何故か少人数で旅をするのが定番だけど、まさかそんな事、現実ではないだろう。
「それがな、済まぬが軍は国防の為に残ってもらわねばならん。ハッキリ言って人員を割けんのだ。少人数で行ってもらう事になる。なに、評判は効いておるぞ、エータ殿は相当な手練れだそうだな。半端な戦力が増したところで足手まといにしかならんであろう」
女王の言う事には一理あるな。危機に面した仲間を守りながら戦う事は難しいだろう。万が一死なれてしまったら、と考えるといない方が良いかもしれない。ってか、無意識の内にシュシュさんとササさんが一緒に行く事を想定してしまってはいたが……
「行く人は俺が選んでも?」
「もちろん良い。正規軍の中から選んでも構わぬが、軍の幹部は国防に当てさせてほしいのだ」
軍から選ぶつもりはない。俺はシュシュさんとササさんを見た。
「もちろん一緒に行きます。行かせてください、エータさん」
ニコリと笑うシュシュさん。この人となら、きっとやれる気がする。
「ササさんは?」
「にゃっふっふ。仕方ないッスねぇ。お姉さんが力を貸してあげるッス。感謝するッス」
胸をどん、と叩いて了承するササさん。あぁ。今更だけど、一つ年上なんだよな、この人。
「ふむ、他はどうする?」
「とりあえずはこの三人で行きます。ラカウへは明日出発してもよろしいでしょうか?」
軍として近々出発するという話を更に前倒しにする。少しでも早く、シュシュさんをラカウに連れて行きたかった。
「許可しよう。ラカウへは元々予定が組まれておったからの、兵も連れて行くが良い」
「はい。ありがとうございます」
謁見はそれで終わりだった。謁見の間を退室すると、俺達は無言のまま廊下を歩き、そのまま宮殿の外に出て行った。
「う――」
「「?」」
「うぉぉぉぉぉおおっ! 俺、勇者!?」
宮殿の外に出るなり、俺は堪えていた言葉が口から出た。シュシュさんとササさんが俺の叫びでビクつく。
「ちょ、エータ! うるさいッス!」
スパーンとササさんに頭を叩かれる。痛てぇ。
「ふふ。でも本当に驚きましたね。神様からのお告げなんて、私が生きている内にあるなんて思いませんでした!」
キラキラと目を輝かせるシュシュさん。信心深い彼女は、本当に嬉しいのだろう。あ、そう考えてみると疑問に思う事がある。
「神様っていうと、何か宗教的なモノなの? そういえば俺、この世界の宗教って知らないや」
兵宿舎の方へ歩を進めながら、俺は疑問を口にした。神託が下るというくらいなのだから、何かしらの神様がいるという事なのだろう。無論、俺が元居た世界のように、怪しい宗教もあるのかもしれないが……
「このレンデ大陸の全ての国は、同じ神様を信仰しているッス。稀に違うモノを信仰している輩もいるッスけど、本当に稀ッス」
「へぇ。そうなんだ。何て言う名前の神様なの?」
「名前は恐れ多くて知ろうと思えません。神様と言えば、基本的に皆同じ想像をするので、名前は知る必要が無いのです」
「……へぇ」
何か変なの。まぁ、対立する宗教が少ない世界だと、こういうもんなのかもな……他にも気になる事がある。
「神託って前もあったの?」
シュシュさんの反応を見るに、伝承や記録があるかのように思える。
「前の神託は百年以上も昔の話ッスね。それくらい昔にも神託を受けた勇者がいたッス」
――ほぅ、そうなのか。
「邪神が出たの?」
「いや、邪神っていう記述じゃ無かった気がするッス。記録によると強大な魔物って話だったと思うッス。確か『オロデギロン』とかいう名前の魔物だった気がするッス」
詳しいな、ササさん。シュシュさんまで関心した顔で聞いているって事は、そんなに有名な話じゃないのかな?
「にゃはは。ちょっと昔に読んだだけッスよ」
俺達の表情から何かを察したのか、ササさんは慌てて取り繕っているように見える。恥ずかしがっているのだろうか?そんな話をしながら兵宿舎に向かっていると、広場の方からザワザワと騒ぎの音がする。
「何でしょう? ちょっと見てみましょう」
俺達は騒ぎの方へ歩を進める。人だかりを掻き分けていくと、一人の男性が女性に刃物を突き付けられて震えている。女性の傍らにはもう一人女性が腕を組んで立っていた。
「貴様、今すぐ盗んだモノを返せ。そうすれば苦しませず殺してやる」
肩甲骨辺りまでの黒髪を一本に纏めた女性は、まるで剣道着のような出で立ちだ。突き付けている剣もまるで日本刀のよう。冷徹に放たれた言葉は、それだけで男を殺してしまいそうな程に鋭く思えた。
――黒髪に剣道着に日本刀……偶然、なのか?
「ひぃぃぃ! 出します! 殺さないでくださいっ!!」
いやいや、出しても殺すって言っているけど。
「まぁまぁ、脅すのはその辺で良いですわ、ヤエ」
お嬢様っぽい口調の女性が、ヤエと呼んだ女性の肩に手を置く。金色のショートボブが良く似合っている。アメリカの女優みたいにスタイルも良い。赤のロングスカートに白い上品なシャツも良く似合っている。キュートな顔立ちもグッド!黒髪の女性は凛々しく、金髪の女性は美人……良いねっ!
「しかしメーリー! こいつは君の財布を盗んだんだぞ!? 死に値する罪だ!」
ヤエと呼ばれた女性は興奮が収まらないといった様子だ。財布を盗んだのか……この世界での罰則は元の世界よりも厳しめだけれど、さすがに死刑になるような罪ではない。
「そんなに怒らないでくださいまし。あまり舞台以外では目立ちたく無いのですわ。財布を返してもらって終わりにしましょう」
「……分かった」
そう言うと彼女は刀を収める。チンっと綺麗に響いた金属音と共に、刺さらんばかりの睨みが男に降り注ぐ。刀じゃなくて視線で刺し殺すつもりだろうか?
「出せ」
「ひぃぃぃ! どどど、どうぞッ!」
ビビりまくりな男は財布を渡すと、人だかりを掻き分け、一目散に逃げる。
「見世物では無いぞ、散れ!」
彼女がそう叫ぶと、人だかりはバラバラと散っていく。何だか時代劇でも見ているようだ。俺は彼女達に話し掛けたかったが、彼女の放つ近寄り難い雰囲気に、声を掛けるのを躊躇していると彼女らは行ってしまった。彼女らの後ろ姿を眺めながら、ヤエと呼ばれた女性の恰好が気になって仕方ない。異世界に来て、元の世界の……それも日本っぽい恰好を目にするなんて、思ってもみなかったから。
「……綺麗な人だったからって、見惚れすぎですよ、エータさん」
シュシュさんに耳を引っ張られて我に返る。
「いてて、見惚れてた訳じゃないよ、シュシュさん。あのヤエって人の恰好――」
「やっぱり見惚れてるじゃないですか!」
またも耳を引っ張られる。こりゃ話が出来る状態じゃないな。
「いってて! だから違うって!」
そんな様子を見て、ササさんは楽しそうにニヤついている。
――もしあの人が日本人なら……て、そんな事がある訳は無いよな。
「いよいよだね、シュシュさん」
「にゃははは。まったく、二人ともバカッスねぇ」
「ササちゃん……ササちゃん……!」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」二章14話――
「涙は美しいと言うけど、俺は出来れば見たくなんて無い」
「俺は、俺は――」
 




