12話・自分よりも能力高い人に褒められると嬉しいような恥ずかしいような
ウルバリアス軍に協力する事を選んだ瑛太だったが、その事でシュシュの抑え込んでいた感情が爆発してしまう。
王都「グランエルノ」について数日が経った。俺達は女王の誘いを受け、臨時兵として軍事行動に協力する事となった。シュシュさんとササさんも同じ臨時兵だ。
兵と言っても、正規兵のような宮仕えも無い。戦闘任務が主な傭兵のようなものだ。ラカウの皆や他の集落から来た人達は避難民という扱いで、集合住宅のような仮住まいが急ピッチで作られる事となったそうだ。
「エータさん。ちょっと良いですか?」
「え、あ……うん」
夕食を終えた頃、シュシュさんに声を掛けられる。俺達は兵宿舎の部屋を貸してもらって生活していた。三食付きだ。集団部屋で男臭いのがちょっと……だけど。あ、もちろん女性は別宿舎だ。
シュシュさんに誘われるがままについて行くと、宿舎裏の修練場へ。実はこの前の謁見後の件以来、何となく気まずくなってしまい、シュシュさんとあまり話していない。ササさんもあまりシュシュさんと話していないようだ。それだけに……少し緊張する。
「修練場? 今からやるの?」
「あ、いえ、少しお話をしたくって……」
そう言って修練場の端っこにあるベンチに腰掛ける。俺も隣に座った。座った時にふわりと良い匂いがする。その匂いが彼女からのモノだからか、心臓が駆け足になる。
「は、話って?」
「はい。先日の件を謝ろうと思いまして……」
彼女は地面を見つめて切り出す。その様子から、言い出しにくそうな緊張が伝わってくる。
――分かる。こういう時って勇気がいるよな。
「あの、私、その、ごめんなさい! エータさんにもササちゃんにも、酷い事言っちゃって!」
顔を上げ、申し訳なさそうな表情で彼女は言った。夜風が彼女の短くなった髪をサラリと揺らす。
「いや、謝るのはこっちだよ。シュシュさんの気持ち、考えてなかった。あの時も言ったかもだけど、自分が弱いせいで色んなモノを失っちゃってさ。悔しかったんだ。だから、強くなりたかったんだ」
ラカウのオジさんやオバさんの顔を思い出すと、今ならシュシュさんの気持ちは理解出来るつもりになっていた。
「でもそんなの関係無いよな。シュシュさんからしてみれば、故郷が心配で仕方ない時に悠長な事言っていられないもんな」
「いえ、頭では分かっていたんです。救助を派遣できないって言われた時から、ラカウはもう助からないって……思っていましたから」
彼女の方を見ると、星明りに輝く瞳が美しかった。その輝きが何だか寂しくて、俺は彼女に悟られないように拳を握り締めた。
「でも、宿に戻って直ぐに次の事を話し始めるのを聞いたら、感情が高ぶるのを止められなくなっちゃって……ごめんなさい」
じわりと零れる涙を拭いながら、小さな声で再度彼女は謝る。
「誰でも自分の故郷がそうなったら、同じじゃないかな。故郷が大変な時に次の話なんてしたら、怒って当たり前だよ。本当、無神経でごめん」
「なんでエータさんが謝るんですか……」
お互いに小さく笑う。しばし言葉を発せぬまま、風に揺れる大きな木の葉を見ていた。キングサイズ程もある大きな葉が揺れる光景はもう随分と見慣れたモノだったが、こんな風に切ない気持ちで見たのは初めてだ。
「――私の両親、教師だったんです。父は他の集落で、母はラカウでそれぞれ魔法を教えていました」
やがて呟くように小さく言った彼女は、穏やかな表情だった。涙の痕が微かに光り、穏やかさの中に哀愁を漂わせている。
――なるほど、だからシュシュさんは魔法に詳しいのか。
「もう何年も前に亡くなったんですけどね。父は帰省途中、恐らく魔物に。母はそれからしばらくして病気で」
修練場に建てられている、訓練用の木人を見ながら語る彼女を見て、俺は初めて彼女の心の内側を見た気持ちになった。
「父も母もあまり家にいませんでした。そう言うと何だか悲しいですが、私にとってあの小さな家は、思い出で溢れていました。初めて作った私の手料理を美味しいと食べてくれた父。眠れない夜に優しく抱き締めてくれた母……」
彼女の話に、俺は母さんを思い出す。俺が突然居なくなったから一人ぼっちのはず……今頃、どうしてるかな。
「なんて事無いかもしれませんけど、他のヒトに比べたら少ないかもしれませんけど……私にとっては掛け替えの無い、大事な大事な思い出でした」
遠くを見ながら、彼女の目からポロポロと涙が零れる。その様子を見て、不謹慎だけれど……俺はその美しさにドキドキと心音が高まるのを感じていた。そして思い出す、王都へ逃げる最中、この人を守ると誓った事を。
「――取り返しに行こう、シュシュさん。強くなって、ラカウに戻ろう。シュシュさんの思い出も、集落の皆も……きっと俺達を待ってる。悔しいけど、今の俺達じゃできない」
涙を拭い、こくんと頷くシュシュさん。
「俺、思ったんだ。都合の良い考えだけど、集落の人達……時間を稼いでくれようとしたんじゃないかなって」
「え?」
「俺達を逃がす為にさ」
俺の言葉に彼女は言葉を詰まらせる。虫の良い考えだけど、集落の人達なら、そうとしか思えない。
「ラカウの人達、優しい人ばっかりだからさ、そんな風に思えちゃって。本当、都合の良い考えだけど」
「……そう、かもしれませんね。皆、優し過ぎますから」
それはシュシュさんもだ。と思ったが、夜風が揺らす木の葉の音が発語を遮る。
「そろそろ戻りましょうか。少し冷えてきましたし」
彼女は寒そうに体を摩る。確かに冷えてきた。ザァザァと煩く揺れる巨木の葉達が、風が強まった事を知らせている。
「あぁ。そうだね。あ、シュシュさん」
「はい、何ですか?」
立ち上がるシュシュさんを呼び止める。
「ありがとう。誘ってくれて。俺さ、頑張るから! ラカウの皆の――いや、シュシュさんの為に頑張るから!」
「ふふ。ありがとうございます。一緒に頑張りましょうね、エータさん」
彼女は一瞬、困ったような顔で微笑み、修練場を後にした。月明かりに照らされた彼女の姿を、俺は黙って見送った。彼女の困った顔を見る度、俺の胸はチクリと痛む。どうしたらあの表情が無くなるのか、俺には分からなかった。
それから二ヵ月間、俺達は訓練に明け暮れた。陽が出ている内は兵士と、陽が落ちてからは三人で。
王都に来てからの訓練は、ラカウにいた頃よりも当然キツく、辛い日々ではあったが、俺は死にもの狂いで喰らい付いていった。その甲斐があってなのか、自分でも見違えるほどに動けるようになったと思う。何より驚いたのは、魔法だ。
俺は本当に才能に恵まれていたようで、ササさんが以前言ったように魔法を生み出す事に成功した。詳しい原理は分からないのだが、言葉の組み合わせで詠唱を作り、魔法を作り出せるようだ。
「いくッスよ? エータ」
不敵に笑いながら、ササさんが修練場の地面を蹴って突撃してくる。以前の俺なら、目で追えるかも怪しいほどのスピードだったが、今の俺は何とかついていける。
「そら! ほッ!」
ササさんは自らの爪を武器にして連撃を仕掛けてくる。さすが猫の獣人。爪の出し入れが可能なのだそうだ。
「ふッ!」
俺が繰り出した足狙いの低めの横薙ぎを、後方に大きく飛んで避けるササさん。分かっている、ササさんはきっと後ろに飛んで回避すると。そうさせる為の横薙ぎだ。
「光れ! フラッシュ!」
俺は左手の平をササさんの方へ向けて唱える。すると左手の平から強烈な光が発せられる。カメラのフラッシュからヒントを得た。そう、ただの目くらましだ。
「ふぎゃ!」
眩しそうに両手で顔を覆うササさん。その隙をついて俺は距離を詰め、木剣を振り被った。
「もらった!」
しかし次の瞬間、俺の視界が傾く。足が宙を浮いていた。ササさんの足払いが決まったのだ。
「にゃはっ。甘いッス」
ドサッと倒れ込んだ俺の顔面の前で、ササさんの爪がピタリと止まる。ペロっと舌を出して得意げな表情。
「……降参、だー」
負けを認め、体の力を抜いて大の字で倒れる。
――くっそ、全然勝てねぇ。惜しいと思ったけどなぁ。
「にゃっふっふ。エータ。その魔法は早くて使いやすいと思うッスけど、効果知られてたら逆に騙されるッスよ? 今みたいに。にゃふふん」
効いたフリだったのか。惜しくもなんともなかった。
「やってますね。どうですか、調子は?」
シュシュさんが修練場にやって来た。この訓練期間で彼女は、宮廷魔術師と同じレベルにまで成長している。元々才能は高いらしく、この世界では俺よりも彼女の方が正統派として評価が高かった。その容姿の可憐さもあり、既に王都での人気も高い……少し遠くに行ってしまったように思える。
「やぁシュシュさん。全然勝てないよ。ササさん強過ぎ」
立ち上がってホコリを払う。せっかくだったら格好良い姿を見せたいが、これは今後の俺の成長に期待するしかない。
「いやいや、エータの成長はすさまじいッス。私もうかうかしてたら抜かされるッス」
くぅ。その余裕が悔しい。ちなみにササさんも人気が高い。この人は更に凄い。ウルバリアスの軍神と呼ばれる、軍の英雄と引き分けるほどだ。もうここまでくると、二人から「天才」とか言われるのが恥ずかしくなってくる。
「あ、そう言えばッス。聞いたッスか? もうじきウルバリアス軍が王都を出て各地の調査に本格的に乗り出すらしいッス。私達もようやく訓練漬けの日々が終わるッスよ」
この二ヵ月、王都に避難してくる人達が増えた。人口の増加に女王は、王都を覆っている結界の拡張を決定し、実行した。結界の拡張は継続的に消費している魔力が増加するらしく、宮廷魔術師から反対があったらしいが、避難してきた人達の中から魔法に長けている者が結界の維持に参加するという話になり合意した。
ウルバリアスに起こっている問題を重く見ている女王は、非常事態宣言を出し、この国に住まう者を総動員する覚悟で問題の解決に当たるという事になった。徴兵に反対の声ももちろん出たが、自分達の国の危機に国民達の多くが軍に参加したのだった。
「えぇ、聞いたよササちゃん。これでようやくラカウを取り戻せるんだね……」
シュシュさんは静かに闘志を燃やしている。彼女にしてみれば、長すぎる二ヵ月だっただろう。俺だって、あの日の悔しさは忘れた事は無い。カルロやオジサン達の仇は必ず取る。
「あ、ここにおられましたか、皆さん」
その時、一人の兵士が修練場に来る。どうやら俺達を呼びに来たようだ。
「女王様がお呼びです。謁見の間までお越しください」
「……何だろうね?」
俺達は疑問に思いながら、女王の元へと向かって行った。そこで俺は自らの耳を疑うような事態に遭遇するのであった。
「実はな、先ほど神皇殿に神託が下ったのだ」
「もちろん一緒に行きます。行かせてください、エータさん」
「うぉぉぉぉぉおおっ! 俺、勇者!?」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」二章13話――
「勇者というモノに任命されたんだが、俺で良いのだろうか」
「やっぱ異世界転移したら、勇者になるってのはお約束だよな!」
 




