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10話・いざ王都へ

ササの人柄に触れ、自分の小ささを認識した瑛太。集落からの避難民を連れ、王都を目指すのだった。

 聖樹セイグドバウムの大きな幹に空いた横穴の中で一晩明かした俺達は、今朝取ってきた新鮮な果物で朝食を摂っている。メロンのような果実、『バラン』と、リンゴのような果実、『キナ』の実で。沢山生っていたから、避難民全員に十分に行き渡る。昨日の子どもにも、文句を言ってた大人にも。


「いやぁ、悪いッスね。朝は弱いんスよ~」


 ササさんは申し訳なさそうに言った。食料を取りに行ったのは俺とシュシュさんと、数名の大人達。彼女にも声を掛けたが無反応。感心するほどに爆睡していた。


「いや、良いよ。気にしないで」


 昨日のササさんの行動に感動して自ら食料を取りに行こうと思ったのだ。だから、良いのだ。


「それにしても、ラカウの皆は無事だろうか……」


 言った後に、しまったと思った。シュシュさんの顔が分かりやすく落ち込んだのが見える。どうして俺は、考えるより先に口が開くのか……


「あ、えと……ごめん」


「いえ、大丈夫です。皆は自分達の意思で残られたんですから」


 シュシュさんの困ったような笑顔。彼女のその笑顔が、俺の胸に痛みを走らせる。


「そうッスよ。それに、襲われて無いかもしれないんスから。もしかしたら私達の方が……ッス」


 ササさんは言った後、注意深く周囲を見回す。幸い、誰も近くにいる人はいない。聞かれると不安を招きかねない言葉だ。聞かれなくて良かった。


「そうですね。私達の方が安全だという確証は無いです。油断しないで行きましょう。私達が王都に行って助けを呼べば、もしかしたら助かるという事もあるかもしれません」


 キリっとした顔になるシュシュさん。本当にこの子は強いと思う。自身の故郷が危険だというのに、取り乱しもせずにいられるというのは、普通に考えてみれば難しい事だと思う。


「シュシュ……」


「シュシュさん……」


 そんな彼女の言葉が少しでも現実になるように、今の俺達には前進以外の道は無い。


「よっし! それじゃあそろそろ出発するッス! 皆、行くッスよー!」


 今日もササさんを先頭にして、聖樹セイグドバウムを王都に向けて進んで行くのだった。


※※※※※※※※※


 レンデ大陸、北東側。大陸の人々が大結界と呼ぶ地域の向こう側。サクラコはその場所を目指していた。魔力の補充もしながら進んでいる為、結構時間が掛かっている。今は小休止をしており、肩で息をしながら廃墟の廃材の上に腰掛けている。

 ――ディエゴが先に着いていて、もし本当にエネルギーを大量に蓄えているのだとしたら……

 そう考えるとサクラコは背筋が冷たくなる。もし彼女の推測通りならば、もう彼女に出来る事は無いのかもしれない。しかし、それでも彼女は行かなければならない。ディエゴの暴走を止める為に。自身の友人(・・)の想いを無駄にしない為に。


「休んでる暇は、無い!」


 ――そう、ソフィアの愛した者達の為に、私は休んでいる暇は無い!ディエゴ、貴方は間違っている。ソフィアの想いも知らず、大陸の人々を物のように扱うなんて……


「コードオン。S-21。エードラム・ヴルカナフ!」


 サクラコが立ち上がり呪文を唱えると、背中に光の翼が生え、それを羽ばたかせて彼女は飛び立った。


「間に合え、間に合えッ!」


 物凄い勢いで飛んで行くサクラコ。その様子を、アベルは自分の拠点から得意の探知魔法で覗き見ていた。彼の探知魔法は、彼の知っている人物であれば、居場所の特定をする事が出来るというもの。目を瞑った彼には、サクラコの現在の様子が分かる。非常に優れた魔法で、彼が生み出した固有の魔法であった。


「くくくっ。良い調子だなァ、サクラコさん。ディエゴさんとどっちが勝つかなァ」


 心底楽しそうに笑う。まるで玩具で遊ぶ子どものように。


「僕の予想はディエゴさんかなァ。やっぱり狡賢い方が勝つよねェ。そうしたらサクラコさんともお別れかァ……」


 真顔になり、肩を落とす。


「まァ良いかァ。僕ゥ、年増より若い子の方が好きだしねェ」


 そう言ってゲラゲラと笑う。その背後から女性が入室し、ツカツカと足音を立てて近づいていく。


「……楽しそうですね。マスター」


 青いツインテールにエメラルドのような緑眼。研究室のような部屋には似つかわしくないメイド服という恰好。長身のアベルと並ぶと頭一つ分以上の身長差がある。その女性から発せられた無機質な声を聞くと、アベルはピタリと笑いを止めた。


「なんだァ? ミア。居たのかァ」


 ミアと呼ばれた女性は深々と頭を下げる。腰を大きく曲げ、ツインテールがだらりと下がる。


「お邪魔してしまい、大変申し訳ありません。お食事の用意が出来ました」


 そう言って退室しようとするミアの腕を掴むアベル。ミアは動きを止め、アベルの顔をじっと見つめた。


「食事の後ォ、僕の部屋に来るんだァ。今日は良い日だからねェ……久々に可愛がってやるよォ」


 狂気じみたニヤりとした表情に、普通なら嫌悪感を抱いてもおかしくは無い。しかしミアは、くるりとアベルの方へ向きを変えると、一切表情を変えずに深々と頭を下げた。


「承知致しました」


 そう言った後、その場を後にする。


「くくくくくっ。楽しくなってきたァ。あァ。これからもっと楽しくなるゥ……くくくっ」


 アベルの笑い声が小さい部屋に響く。扉越しにミアはその笑い声を無表情で聞いていたのだった。


「……」


※※※※※※※


「ふぅ。着いたッス! あそこに見えるのが王都『グランエルノ』ッス!」


 太い木の道を上って行くと、遠くに灯りが見える。まだ距離があるので人の姿は確認出来ないが、ラカウと違って沢山の建物が見える。それだけでテンションも上がってくるというものだ。


「おぉ! あれが王都!」


 思わず感嘆の声が漏れ、ラカウの皆は安堵した表情を浮かべている。木の上という事で、実はラカウの大きいバージョンを想像していたが、これは凄い。木を上手く使い、三次元的な造りになっているようでワクワクが止まらない。


「やっと着いたなぁ」


 思い返してみると、ここに来るまで特に魔物に襲われる事も無く、大きな問題も無くやって来れた。しかし、道案内をしてくれたササさんが居なければ、もっとキツイ旅になっていたのは間違いない。彼女は気配を察知する事にも長けているようで、魔物に会わないように進んでくれていたのだと後半になって気づいたのだった。


「ありがとう! ササさんが居てくれて良かった!」


 そう言って彼女の手を取る。最初の頃に抱いていた嫌悪感はもう、まるで無かった。


「にゃは? そ、そんな事無いッスよぉ! 皆良く頑張ったッス!」


 照れた様子のササさん。尻尾がフリフリと動いて可愛い。


「いやいや、ササさんが居なかったら魔物にも襲われていただろうし、そうなったら無事ではなかった可能性が高いです」


「ありゃ、バレてたッスか。にゃはははっ」


 にゃははと照れたように笑う彼女を見て思った。にゃははって笑うんだ。と。まぁ、そのまんまの感想だよ。


「……でもまだ遠いですけど」


 珍しくシュシュさんがそんな事を言った。どうしたのかと思ったら、俺とササさんの手を見ている。


「あ、ご、ごめん」


 そう言って手を離す。どっちに対してのごめんかは、自分でも分からない。


「にゃはは。よーし。それじゃあ後少し、行ってみよぉッス!」


 そう言って俺達はまた進み始めた。しばらくすると、誰のモノだろうか、戦っているような音と声が聞こえた。ちょっとルートから外れるという事で、とりあえず俺とササさんが先行して様子を見に行く事にする。


「気を付けてくださいね」


 シュシュさんの心配そうな声を後ろに、大きい葉っぱ等を掻き分けていくと広めの空間に出る。そこでは猿……五匹ほどのラスーどもに襲われている人達の姿が伺えた。三人固まって震えている女性。剣を手に追い払おうとしている男性一名、倒れている男性一名。


「大丈夫ッスか! 加勢するッス!」


 そう言うとササさんは凄い勢いで突撃していく。


「速っ!」


 負けじと魔法を唱えながら前に出る。


「熱の力よ! トルト!」


 俺の放った魔法で男の近くに居たヤツを一匹、ササさんの拳で後方の二匹の猿を倒した。

 ――不意打ちに驚いた猿は、こうも簡単に倒せるものなのかよ……

 あまりの呆気なさに、俺は少し放心してしまった。しかし、呆けている場合ではない。


「――でぇい!」


 気を取り直し、ラスーに突っ込んで剣で切り掛かるが、避けられる。


「くっそ!」


「焦るなッス! 落ち着いて戦うんスよ!」


 そう言いながら、ササさんは後ろ回し蹴りで猿の頭を粉砕する。


 キシャー!

 怒った猿は逃げずに俺に向かって来る。鋭い爪による引っ掻き。


「うわっ!」


 少し下がって何とか避けるが、猿は俺の胸部を蹴って距離を取り、再び飛び掛かってくる。ササさんが言ったように、焦らず、落ち着いて良く見る。何度も同じような攻防を繰り返していくうちに、俺は自分でも信じられないくらいに落ち着いているのが分かった。


「ここだ!」


 俺は猿の飛び込みに合わせ、剣を横に薙いだ。


 ギ――

 猿は腹部を横に裂かれ、大量の出血の後、やがて絶命した。初めて何かを斬った感覚はしばらく忘れられそうにない。しかし、今はそれどころでは無い。襲われていた人達が心配だ。


「おぉ、やったッスね」


「は、はは。そ、それより……」


 襲われていた人達の方を見る。倒れている男に集まり、心配そうにしていたところに俺達は近づいていく。


「あの、大丈夫……でしょうか」


 女達は泣きじゃくり、男は悔しそうに涙している。とりあえずササさんを皆のところに戻し、俺が残る事にする。さすがに放って置く訳にはいかないしな。


「――助けて頂き、ありがとうございました。何かお礼が出来れば良いのですが、生憎と手持ちが何も無いのです」


 少しすると、男が涙跡が残る顔で申し訳なさそうにそう言った。


「いえ、お礼など。それより、俺達がもう少し早く来ていれば……」


「そんな、私達が助かっただけでも幸運な事でした。兄は残念でしたけど、それは……」


 女性三人は複雑そうな顔だ。一番小さい子は何度も「お父さん」と言っている。助かったけど愛する人を失った、という事だろうか。


「俺達は、王都に向かうんです。もし良ければご一緒にどうでしょうか?」


 こんなところで長話をするつもりは無い。少し酷な気もするが……


「よろしいんですか? では、お言葉に甘えて……」


 そう言って男は女性達に話始める。最初は戸惑っているようだったが、やがて諦めたように首を縦に振った。男は倒れている男の腕から腕輪と、指から木で出来た指輪を外し、年長の女性に渡す。


「あなた……ごめんね」


 そう言って再び流れる一筋の涙。その光景に胸を痛めながら、俺達は来た道を引き返し、皆と合流する。愛する人を失った人に何て声を掛けたら良いのだろうか……俺にはその答えは出せない。


「遅くなってごめん。それじゃあ行こうか」


 俺達は再び王都を目指して進んで行く。その道中、俺はふと考えた。人はこうも簡単に死んでいくのか……と。元の世界でも、人死にはあった。テレビでもニュースでしてたし、新聞にお悔やみ欄があるのも知っている。でも、あれだけ近くで人の死を見たのは初めてだった。親父が死んだのも、遠い異国の地での話だし、遺体だって見ていない。実際に目の当たりにする死というモノは、何とも悲しく、辛いモノであった。この経験が俺にとって吉と出るか凶と出るかは分からない。しかし、一つ言えるとすれば、こうして異世界にでも来なければ、きっと一生味わう事は無かっただろう、という事だけだった。



 王都にたどり着いたのは、その日の夜だった。助けた人達と別れ、俺達も宿を取ろうとしたが、金が無い。もちろん俺には王都に頼れるような知り合いもいない。それはシュシュさん達も一緒のようだった。


「どうしましょう……」


 シュシュさんと俺はうむむと腕を組んで唸る。皆も困った様子だ。


「仕方ないッスねぇ……じゃっじゃーん!」


 そう言ってササさんは袋から袋を取り出す。


「袋から、袋?」


 取り出した袋はジャラジャラと金属音が聞こえる。まさか……


「お金、なの?」


 シュシュさんは驚いた様子で言った。皆も驚いた様子。


「私の隠し財産ッスよぉ。今回は貸しておくッス。あ、これは貸しッスからね、貸し! ちゃんと返すッスよ!?」


 念を押すほど大切なお金を出してくれるなんて、やはりササさんは良い人だ。それにしても、めちゃめちゃ強かったし、変な袋は持ってるし、一体何者なんだ?俺を含め集落から逃げて来た人達は、ササさんが貸してくれたお金で皆それぞれ宿を取った。明日は王様に報告をするという事になり、俺とシュシュさんとササさんの三人で行く事にした。この日は旅の疲れもあってか、驚くほどスムーズに夢の世界に落ちていくのだった。


「あ、う? おはよう?」

「魔法を生み出す?」

「余がウルバリアスが聖王、ガーデナ・ロス・テトである」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」二章11話――

「女王という言葉に胸が高鳴るのは俺だけではないはずだ」


「早く、早くラカウの事を知らせないと……」

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