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8話・現実は妄想よりも地味で残酷だが、美しくもある。

犠牲を払い、集落まで逃げ延びた瑛太とシュシュ。集落の皆を必死に説得するが……

 集落に着いた俺達は、息つく暇も無いまま集落中を回り、事情を説明する。最初に集落の長に話をすると、直ぐに準備を開始するようにとの話になる。しかし驚いた事に、集落の中には逃げずに残るという選択をする人達も半分以上いたのである。

 年老いた人、この集落が好きだという人。様々な理由があったが、俺にはその人達を確実に守る力も無ければ、彼らの自由を侵害する権利も無い。ただ、ただ俺のワガママを言えば……生きて欲しかった。その為に必死で説得するも、一度決めた事は覆る事は無かった。俺に良くしてくれた隣のおばさんも、食料品店のおじさんも、ここに残る事を選んだ。


「皆! 聞いてくれよッ! ここに居たら死んじまう! ガドルラスーが出たんだよ!」


「ガドルラスーって言ったって、結界の中にいれば安全でしょう?」


「そうそう、無理に結界から出たら、それこそ危ないじゃないか」


「違うんだッ! 今までの魔物とは違うんだよッ!」


「ははっ。エータ君は心配し過ぎだよ、結界の中は安全さ」


 こんなやり取りばかりであった。俺にはどうする事も、出来ないのか?


「……そろそろ出発しましょう、エータさん」


 俺達が集落に戻ってから十五分ほど時間が経った。これ以上は待てない。俺は悔しい思いで気が狂いそうだった。カルロが繋いでくれた命、そして守りたかった人々。それが失われるかもしれない事が悔しくてたまらない。そして何より自分自身の力で守りたいはずなのに、それを実現するには不足し過ぎている力。ほんの数時間前に誓ったはずなのに、恐怖で震える体。

 ――どうしてだ?俺が知っているような物語では、こうも失敗ばかり続かない……いや、そうだ。これは現実なのだ。好んで見ていた漫画や小説とは違う。理不尽な事は続くし、修行したって努力したって簡単に奪われてしまう事もある。俺の居た世界と同じ、現実なんだよ。


「あぁ。行こう……」


 もう一つの出入口に集まった三十名ほどの人を連れ、俺達は出発する。小さな子どももいる。戦える者なんて五名に満たない。あの素早いゴリラだけではなく、他の魔物に見つかったって危険だという事に変わりは無いが、生きる望みが少しでも高いのは間違いなく、王都に行く事だ。


「シュシュさん。王都までの道、分かる?」


 隣で気丈そうに振舞っているが、彼女も辛いはずだ。長年住んだ集落がこんな目に合うなんて。本当は休ませてあげたいけど、それでも行かなければならないから、俺は尋ねた。


「あ、いえ、実は私、王都に行った事が無くて……」


 すみませんと申し訳なさそうに言う彼女。仕方ない、ここは集落の人に聞くしかないか。


「王都への道なら、私分かるッス」


 俺達の間に後ろからヒョコっと猫の獣人が現れる。アメリカンショートヘアを思わせる色をした毛並みで、スラっとした体格にそこそこ張る胸元は、控えめ(・・・)なシュシュさんと並ぶと一層際立って目のやり場に困ってしまう。

 彼女は加工屋のササ・スディルマさん。シュシュさん曰く集落で一番強い人らしいのだが、今回の討伐には加工の依頼があって来られなかったらしい。それを思い出した俺は少しムッとしてしまった。

 ――この人が討伐隊に加わっていれば……

 そう思うと、意図せずとも目力が強くなってしまう。今はそんな場合では無いと自分に言い聞かせ、努めて冷静に振舞う。


「では、案内をお願い出来ますか?」


「任せるッス。自分が先頭を行くッスから、後方は任せたッス」


「うん、ありがとうササちゃん。お願いね」


 俺とシュシュさんは集団の殿を務める事になった。ササさんに前を任せ、後方に移動する。正直助かった。それは道案内をしてくれるからではなく、このまま近くにササさんがいたら、感情が爆発してしまうかもしれなかったからだ。お前がいれば、カルロや皆は死なずに済んだかもしれない。と。


「……」


「……」


 出来る限り音を出さないように、皆静かに歩く。話したい気分でも無いだろうしな。巨大な葉が揺れる音はもちろん、ラスー共やそれ以外の魔物の鳴き声や、リンリンと鳴く虫の歌声が聞こえてくる。信じられないくらいに巨大な森にいると自覚した時、改めて自分が異世界にいるのだと認識する。

 

「……」


「……」


 隣で歩くシュシュさんは、未だに気丈そうにして前をしっかりと向いて歩いているが……


「ねぇ、シュシュさん」


「はい、何でしょう?」


「……いや、何でもない」


「……そうですか」


 こんなやり取りを何度かした。高々十数年しか生きていない若造の俺には、気の利いた励ましの言葉なんて、見つかりやしない。人と関わるの、正直苦手だったし。

 数時間も歩けば陽が沈んでしまい、俺達は木の幹に空いた大きな横穴に入って夜を越す事にした。急いで集落から出た人々は、ロクな準備もしていなかったので食事等も満足に無い状態だ。


「ふぃ~。この調子だと、三日後には着くと思うッス」


 ササさんがそう言って俺達が座っている所に来る。


「……結構遠いんですね、王都って」


 少し不満そうな顔をしてしまう。何と言うか、まだササさんに対してどう接して良いか分かっていない。


「直線的な距離にすれば、そんなに遠い訳じゃあ無いッスけどね。ま、三日ならどうにかなる距離だと思うッス」


「……途中で魔物に襲われないと良いですけど」


「にゃははっ。シュシュは心配症ッスねぇ。大丈夫ッスよ。少しの魔物くらいなら、お姉さんがやっつけてやるッス」


 こんな時にこんな風に笑うこの人に、俺は嫌悪感を抱く。

 ――そんなに強いんだったら、どうして集落に居なかったんだ。どうして魔物討伐に志願しなかったんだ。どうして……どうして!


「そんなに――」


 我慢を突き破り、感情が口から出かけたその時、近くの男の子がグズり始めた。


「お母さんお腹空いたよぉ……ねぇ、お母さんってばぁ!」


 その声に周囲の大人がイラつきを見せ、睨むような視線が親子に降り注いだ。


「おい、静かにさせろよ……魔物に気づかれたらどうするんだ」


 母親は何度もすみませんと謝り、子どもにもごめんねと謝って少し離れた場所へ移動する。見れば、何の荷物も持たず、完全な手ぶらだ。そこにササさんが近づいていく。


「お腹が空いたんスか? なら、お姉ちゃんが良い物やるッスよぉ……」


 そう言って、何処からか取り出した袋に手を突っ込んでゴソゴソさせる。


「じゃっじゃーんッス!」


 大袈裟な身振りの彼女の手には……肉の挟まったパンが。遠巻きにそれを見ていた人達の喉がなる。もちろん俺の喉も。


「こいつをやるッスから、元気出すッス。お母さん困らせたらダメッスよ?」


 旨そうなパンは男の子に手渡された。その様子を唾を飲み込みながら周囲の人々は見守った。


「え、良いの? でも……」


 周囲の反応が気になったのだろう。チラチラと大人達を気にする子ども。それに気づいたササさんが、しゃがんで子どもの頭を撫でる。


「気にする事は無いッス。子どもの方がいっぱい栄養を必要としているんスから。それに大人達は自分で何とかするッス。大人なんスから」


 最後の方はイヤミっぽかった。ってかイヤミだろうな、少し声大きくしたし。


「あ、ありがとうお姉ちゃん!」


 目をキラキラと輝かせた子どもは、ササさんに頭を下げる。母親も何度も頭を下げた。


「……ササちゃん、村ではなかなか手に入らないお肉を、狩りで調達してきて加工しているんです」


「え?」


「魔物から取れる皮や角、爪に骨等を加工して生活用品にしたり、精肉してくれたり。それらを凄く安く売ってくれるんです」


「……」


「今日はジルおばさんの腰当てを作っていたそうです。ジルおばさん、最近腰が痛いって言っていましたから……」


 知らなかった。ササさんを集落で見かける事が殆ど無かったのは、いつも狩りや加工で忙しく動き回っていたから?そうだとしたら、俺はなんて恥ずかしい事を考えていたのか……


「ん!」


 子どもはパンを半分母親に渡そうと千切る。


「ダ、ダメよ、ヴァン。お姉さんに渡しなさい」


 母親は受け取れないと、両手を振った。


「自分は大丈夫ッス。まだあるッスから。それより、ヴァン君の優しさ、受け取ってくださいッス」


 彼女は右手を突き出し、キッパリと断る。ってか、まだあるの?


「え、と。すみません、すみません! ありがとうございます。ありがとうございます!」


 涙を流しながらパンを受け取る母親。その様子を見て、俺は思った。タラレバを考える前に、出来る事をしよう。後から後悔しないように生きよう。と。きっとこれからも何度も悔しい思いはするし、その度に色々感じる事はある。それは間違いない。だけど、過ぎた時間は戻らない。ならば今度こそ、俺は堂々と胸を張って生きたい。


「……よし、シュシュさん、明日の朝食料の調達に行こう」


 ササさんの行動に勇気を貰った。そして同時に、先ほどの自らの考えを恥じ、やるべき事を探す事にした。今、この集団の中で俺に出来る事。それをしっかりとこなして行きたい。


「はい。エータさん。探しに行きましょう」


 そう言ってシュシュさんは微笑む。顔を傾けた時に流れる金髪はこんな時でも相変わらず綺麗で、それだけで元気を貰える気がする。随分と久しぶりに彼女の顔を見た気がして、釣られて俺の頬も緩んだ。


「ふふっ。何だか久しぶりにエータさんの顔を見た気がします。今日はずっと怖い顔してましたもんね」


「え? ははっ。それはシュシュさんも同じだよ」


 そう言って二人で笑った。大きな声ではなく、努めて小さく。

 ――なんだ、シュシュさんも俺と同じような事を考えていたのか。

 こんな時に思う事は不謹慎だったが、俺はその事が妙に嬉しかった。しかし、気丈に振舞うつもりでも、やはり悔しい。戦うと言ったのに、結局俺は誰かに守られてここにいる。

 集落を出て最初の夜。俺は人知れず声を殺して泣いた。自分自身の弱さと小ささに。そして、もっと強くなりたいという想いを抱きながら……そして強く誓った。必ずシュシュさんを守る、と。


「お待たせしましたわ」

「も、もう! からかわないでください!」

「金貨、二百枚だ」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」二章9話――

「便利な物は大体高い」


「やーっと私の出番ですわ!」

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