7話・きっといつか、ここではない、何所かで……
守られるのではなく、対等の存在になりたいと誓う瑛太。しかし、現実とは彼の意思とは関係無く、残酷なモノであった。
昼食を済ませ、俺達はラスー討伐の為、再び集落の出入口に集合。作戦は単純だ。要はラカウの結界を背に、集団で固まって密度の高い魔法弾幕を張る。それだけだ。地の利は完全に向こうにある。戦力を分散させたりするよりも、固まって火力を上げるという訳だ。前回は俺の突撃と、ラスーを甘く見過ぎた事でバラバラに戦ってしまい、お粗末な結果となったが、今回は違う。
「それでは、ラスー討伐へ再出発する」
カルロが出発の音頭を取る。兵達は皆静かに頷いた。俺はシュシュさんを守りたい。もう、守られてばかりの俺じゃないって、彼女に見せるんだ。そう改めて誓うと、俺達は集落を後にしたのだった。
ラカウから出ると、猿どものキーキーという鳴き声が聞こえてくる。まだ近くにいるようだ。先ほどの戦闘で気が高ぶったままなのか、俺でもおかしいと思うくらいに異常な鳴き方だ。何と言うか、悲痛な鳴き方に思える。
――余計な事は今は考えないようにしよう。戦闘が始まったら陣形を組み、攻撃しつつ後退。それで結界を背にすればOKだな。囲まれるのは絶対に避けないと。
「こう鳴き声がずっと聞こえていると、いつどこ――でっ!?」
俺が小声で話しながら、聖樹の大きな幹に絡みつくような木の道の角を曲がると、先頭の兵士が急に止まる。俺は前を歩いていた兵士にぶつかったのだ。
「いてて、ど、どうかしたん――」
ぶつけた鼻をさすりながら、絶句している兵士達を避けて前を覗く。そこには多数の猿どもの死骸と、その真ん中に立つ筋骨隆々のゴリラみたいな奴の後ろ姿。艶黒い毛が全身を覆っていて、いかにも強そうだ。複数の猿どもはゴリラを取り囲み、息もつかせぬような連携攻撃を仕掛けている。が、ゴリラは余裕な様子であしらう。二体の猿による後方からの襲撃に、振り返りもせずに裏拳を叩き込むゴリラ。顔面が滅茶苦茶になった猿は即死のようだ。
「ガドルラスー……」
そう聞こえた方に顔を向けると、焦った様子のカルロがいた。カルロが小声で後退の指示を出し、一旦下がる事に。
「ガドルラスー? って何、あのゴリラ?」
俺は隣のシュシュさんに問い掛ける。シュシュさんもカルロと同じく、狼狽した様子であった。
「ガ、ガドルラスーというのは、セイグドバウムに巣くう魔物の中でも、かなり珍しい魔物です。ただの大きいラスーという訳ではなく、知能も高く、素早さや腕力も比ではありません。ただのラスーでもあれだけ強くなっていたというのに……」
ま、まじか。確かに、周囲の猿ども相手に全く苦戦した様子が無い。これは逃げの一手しか無いだろう。幸いゴリラは猿どもと遊ぶのに夢中になっているようで、こちらには気づいてはいない様子。
「先手を取って魔法で畳みかける。活性化しているガドルラスーならば、きっと結界を破ってしまう。そうなったら集落は全滅だぞ」
カルロの話に息を飲む一同。さすが国を守る兵士と言ったところか。拒否する声は聞こえなかった。
――あ、死んだな、俺。
そうは思ったが、慌てて打ち消した。先ほど集落で覚悟は決めたはず。それは死ぬ覚悟ではない。日向に出る覚悟。精一杯生きる覚悟だ。ここで逃げる訳にはいかない。逃げたくない。
「や、やりましょう」
震える手でガッツポーズをして見せる。シュシュさんを危険に晒すのは本意では無いが、ここで倒しておかなければ集落が危険だ、というのであれば同じ事だ。これだけ集落から近い場所に強力な魔物が出るという事実は変わらない。いつかきっと集落を見つけてしまうだろう。
「エータさん……」
シュシュさんは心配そうに俺を見るが、決心が固いと察したのだろう、直ぐに大きく頷いた。
「では、まず詠唱の早い魔法で足止めをする者、強力な魔法で仕留める者に分けよう。エータくんは足止めを。シュシュさんは仕留める方を頼む」
カルロの言葉に俺達は頷く。
――足止め役か、まだ使える魔法も弱いし、適材適所だろうな。
「分かりました。もうラスー達が残り僅か。隙を突くなら今です」
シュシュさんの言葉にカルロが頷く。確かに、猿どもが全滅したら、次は何をするか分からない。このチャンスを逃す訳にはいかない。カルロは、素早く兵士達に伝達する。さすが軍人達だ、迅速に作戦を理解したようだ。
「よし、やるぞ。作戦開始だっ」
カルロの号令で、一気に角から足止め掛かりが飛び出し、魔法を放つ。その時ゴリラ野郎は最後の一匹の猿の頭を掴み、握り潰していたところだった。
「熱の力よ! トルト!」
俺は火系列の初級魔法、トルトを放つ。右手から撃ち出されたリンゴほどの大きさの熱の塊は、真っ直ぐゴリラへと飛んでいく。兵士の皆さんも、詠唱が短くて早い魔法をバンバン唱えている。俺も一発だけで終わらせない。次々と放たれた魔法で、あっという間にゴリラのいる方向は煙に包まれる。
「熱の力よ! トルト!」
何度も夢中で魔法を放っていると、後方の仕留め係りの人達の準備も整ったようだ。詠唱を開始しているのが分かる。集団で魔法を使うと、魔素集めが難しくなる為、難しい魔法になるほど詠唱までが長くなってしまうそうだ。魔素を取り合うような形になる為、仕方がないだろう。
「岩石の槍よ、我に仇名す敵を貫けっ!」
仕留め係りの中で一番早く唱えたのはカルロ。三メートルくらいの石槍を形成し、思いっきり振り被っている。
「ランロン・ガルック!」
おらぁ!という掛け声とともに、思いっきり石槍を投げつける。煙で視界の悪い中、当たったかどうかも分からない。カルロは直ぐに魔素を集め始め、次の詠唱の準備をする。
他の兵士達も大きな岩の塊を飛ばす魔法や、カマイタチを無数に発生させる魔法で攻撃している。風系魔法で煙が晴れたようだ。ゴリラは腕で顔を覆い、微動だにしていない。
――これは、イケるんじゃないか?
「大いなる光を信じる者達よ。闇に怯える子羊達よ――」
シュシュさんの詠唱が始まったようだ。彼女の周囲の魔素が光り、両手の平に集まり出す。両腕を手の平を前にして下げているその姿はまるで天使のようだ。
「我は誓約する。この光を以って敵を打ち滅ぼす事を――」
魔素は完全に彼女の手の平に集まり、魔力へ変わって眩しい輝きが周囲を照らす。小動物を慈しむかのようにギュッと胸元で手を握る彼女の姿は、こんな時に思う事ではないのかもしれないが……この世の者とは思えない程に、物凄く美しい。
「スヒルプ・ルミエル・セルズ!」
両腕を前に突き出すと、テニスボールくらいの光球が発せられる。光球はスーッとゴリラの五~六メートル真上に到達し、ピタリと止まる。
「やっ!」
開いた手の平をギュッと握るシュシュさん。すると光球から無数の光の矢が下方向に放射状に発せられる。一発一発が高い威力のようだ。ズガガガと凄い音を出して削られていく聖樹。再び周囲は煙で見えなくなっていく。
「よし! これなr――」
そう叫んだ兵士は、言葉を最後まで言う事は出来なかった。何が起きたか、一瞬分からなかったが――直ぐに理解出来た。これは死んだ、助からない。と。その兵士と目が合う。体は完全に反対側を向いているのに……
俺は兵士から目を逸らし、顔を上げた。するとゴリラと目が合う。近い。もう手を伸ばせば届くんじゃないか?何でこんなに近いんだ?先ほどまで俺達が攻撃していた地点を見ると、シュシュさんの放った魔法が未だに光の矢を放ち続けている。
「くっ……総員、攻撃を緩めるな!」
カルロの号令で我に返る。腰の剣を抜き、切り掛かるが、ジャンプしてアッサリと回避される。と同時に後方にグイっと引っ張られて体制を崩す。ゴリラの足が俺の顔があった場所の空を切る。
「ひぃ!」
引っ張ってくれたシュシュさんにお礼を言う間も無いほど、場が混乱する。あっという間に半数ほどの兵士が無残な姿で転がされた。絶望。泣き出す事すら忘れ、ただひたすら生き残る事だけを考えた。
身体強化の魔法が得意な兵士達が、何とか防戦しているものの、完全に遊ばれている。楽しそうに笑うゴリラの知能の高さが伺えた。一瞬で全てを理解する。これは……勝てない、という事を。
「エータ君、シュシュさん、このまま僕達が全滅すれば、ガドルラスーは恐らく集落の方へ向かうだろう。知能が高い魔物は、好奇心が強いからね。今の内に逃げるんだ。そして集落の人々を逃がしてくれ。反対側の門を抜けて集落を出れば、遠回りにはなるが王都にたどり着けるはず、王都の結界なら、きっと大丈夫だ」
カルロが口早にそう言う。精一杯の笑顔のつもりだろうが、引きつる顔からは恐怖が滲み出ている。そんな状態でもこう言える者を呼ぶのであろう……『勇者』と。
「そ、そんな、出来ませんっ! カルロさんも、皆さんも一緒にっ!」
シュシュさんの言葉にカルロは首を横に振る。
「行こう、シュシュさん。そして伝えるんだ。この国の兵士は勇敢だった、って」
「エータさん……そんな――」
涙を流すシュシュさんの手を取る。情けない話だが、恐怖で震えているのは、俺だけのようだ。彼女の小さな手を包む俺の手だけが、ガタガタと震えて止まらない。
「俺だって、嫌だよ。嫌だけど、カルロが、男が命を懸けた決心を無下にしたくない……!」
「ははっ。なぁに、僕だって死ぬつもりは無いよ。僕だって強いんだ。次は王都で会おう!」
カルロの声を聞くなり、俺達は走った。分かっていた。理解してしまっていた。もうカルロには会えないと。それでも俺はここに居ても役に立たない。悔しさと共に、逃げられる、生きられるという希望が胸を支配している。
「すまん!」
走れば五分くらいで着く場所に集落がある。こんなに近い場所だって言うのに物凄く遠く感じる。その距離を俺とシュシュさんは夢中で走る。恥も、流れる涙も気にせずに。
※※※※※※※※※※
僕の名前はカルロ・マー。森林国ウルバリアスの王都からほど近い集落『テルミラス』で生まれた。年齢は二十六歳。妻、彼女、無し。両親も既に亡くなっている。職業は軍人で、階級は上等兵。まぁ、下級、中級をこの年齢で抜けているから、一般の志願兵の中ではそこそこデキる方だと思う。
故郷には待っている人もいなければ、特に立派な信念がある訳でもない。友人も多い方ではないし、休日は基本的に読書か訓練と、面白い趣味がある訳でもない。子どもの頃から何でも人並み以上に出来た僕は、剣も魔法も、軍の中ではそこそこ強者に位置していると思っている。
最近では弓も始めた。特に目的意識は無く、言ってしまえば暇潰しだ。新兵達からは真面目な良き先輩として、自分で言うのも何だが、好かれていると思う。訓練していると僕に稽古をつけてほしいと頼んでくる新兵も結構いる。最近では女性兵も相談や稽古に来ていて、僕の同期の連中からは羨ましがる声が聞こえてくる。まぁ、僕にとっては特に心動かされるような事では無いのだけれど。
とにかく、僕の人生には刺激が無かった。いや、あったのかもしれないが、僕には分からなかった。そんな僕は今、死地に立っている。僕の目の前にはウルバリアスでも珍しい部類に入る魔物、ガドルラスーが堂々と構えている。約半年前から始まったとされる魔物の活性化の影響で、凶暴性や能力が上がっていて、強い。正直言って、勝てる見込みは全くといって良いほどに……有りはしない。
「さぁ、来い!」
それでも僕は、自分より三回りくらい大きなこの魔物と戦わなければならない。ガドルラスーが嬉しそうにニタニタと笑っている。こいつにとっては僕は玩具でしかない。
遊び終わったら破棄される。それも分かっている。でも、死ぬと分かっていても、僕は戦う。あの子達を逃がす為に。
ウハァッウハァッ!そんな笑い声のようにも聞こえる鳴き声を出すと、奴は僕に飛び掛かり、蹴りを仕掛けてくる。余裕の表情を見るに、明らかに手を抜いているのだろう。
「なめる……なぁ!」
蹴りをかいくぐり、剣を斬り上げる。刃が真っ直ぐに奴を捉える。
――初めてだったかもしれないな。惰性で軍の任をこなし、特に目的も無いままに生きて来た僕にとって、初めて出来た……生きる意味。命を懸ける意味。
簡単に避けられ背後に回られる。背中を軽く押されて僕は前方に転がるように地に伏せた。
「ぐっ! まだだ!」
立ち上がり再度斬り掛かる。今度は横薙ぎ。直線を描く刃。首筋を狙ったその一撃。何故だか当たる気は全くしなかった。
――上手く言えないけど、あの子、エータ君は絶対に死なせてはいけない。何て言ったら良いのか、言葉が見つからないけど、彼は只者じゃない。そういう風に感じたんだ。
剣の腹を摘ままれ、ピタリと止められる。凄い力に、引けども押せどもピクりとも動かない。
「くそ!」
素早く剣を手放し、後方に飛び退く。背に付けていた短弓を取り、奴に向かって射掛ける。
――この場に共に来てくれた兵士の皆には悪いが、僕はここに来れて良かったと思う。きっと、神様のお導きなのだろう。僕達がここで死ぬのも、きっと意味がある。その意味は今の僕にはハッキリと分かる。
全ての矢をワザとギリギリで避けた奴は、腹を抱えて笑っている。背中を地に付け、ギャアギャアと耳障りな……ならば!
「岩石の塊よ、我に仇名す敵を砕け!」
僕が詠唱すると、奴はバッと起き上がる。が、仕掛けては来ない。どこまでもふざけた奴だ。
――エータ君。君はきっと、この世界に必要な人物なんだ。今はまだ、弱くて調子に乗りやすいけど、君は強くなれる。何故だか、そう確信できるんだ。
僕は両手を前に出した。奴が待っているのなら、好都合だ。意識を集中させ、手の前に形成される岩石を大きくしなければ……
「くらえ! ガルック・カノーシカ!」
両手の前に形成された岩は僕が作り出せる最大のモノだ。子ども一人分程の体積がある。勢いよく撃ち出された岩は真っ直ぐに奴に向かって飛んで行く。避けられても、まだ五、六発は連続して撃ち出せる。
――エータ君。この先、苦しい事も、辛い事もいっぱいある。一人ではどうしようも無い事も……きっとある。
奴は岩を殴り、砕いた。まさかそんな事をされるとは思って無かったが、これは良い。少しでも、ほんの少しでも奴に傷をつけられれば、それで良い。
「あああああああッ!!」
撃ち出しては形成し、再び撃ち出す。その繰り返しだった。
――でも、エータ君、君には仲間がいる。今はまだウィンエリアさんしか側にいないけど、僕に見えるんだ。沢山の仲間に囲まれた君の姿が。不思議だな、君の周りには何故か女性が多いなぁ。
「ふはっ! 良い未来が待っているようだな! エータ君!」
ガドルラスーは僕が撃ち出した岩を全て砕くと、おどけたように小躍りをした。
――エータ君。もし君と僕がもっと早く出会っていれば、もっと平和な時に出会っていれば、僕達は良い友人になれただろうね。君の仲間の一人に、僕も加われただろう。
「なめ……るなぁぁぁあああッ!」
奴に向かって走り出す。もはや武器と呼べるモノは何も無い。魔素を集める体力もほぼ空だ。僕の雄叫びに呼応するように、聖樹の大きな葉がザワザワと鳴いている。
「岩石の槍よ、我に仇名す敵を貫け!」
これが最後の攻撃手段。僕の最も得意な岩石の槍。
――不思議だ。エータ君達と一緒に、大陸を見て歩いている僕の姿が目に浮かぶ。エータ君からすれば何人もいる仲間の内の一人かもしれないけど……
(何言ってんの、カルロ。俺達は友達だろ、友達も友達。親友だろうが)
「!?」
聞こえた。確かに僕には聞こえた。
――はは……全くもって不思議だ。
しかし、思わず表情が緩くなる。この緊張の中の、一瞬の安らぎ。
「逃げ延びてくれよっ! エータ君! ランロン・ガルック!」
思い切り投げた槍は、いとも容易く避けられる。奴の後方、聖樹の大きな幹に突き刺さった槍は、すぐに魔力を失い、崩れ去った。
――分かっているさ。この不思議な現象は僕の妄想に過ぎない。それでも、それでもこの未来は……
ガドルラスーが僕の目の前で大きく腕を振り被った。
――僕が見た光景はきっと、きっといつか……
眼前に迫る大きな拳。時間が凄くゆっくりに感じる。体は全く動かない。僕はその瞬間、確かに、ハッキリと……微笑んでいた。
――エータ君。いつか、僕も海のむk――――――――
「王都への道なら、私分かるッス」
「うん、ありがとうササちゃん。お願いね」
「ん!」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」二章8話――
「現実は妄想よりも地味で残酷」
「私だって悔しいッス。でも、進むしか無いんスよ」




