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1話・いきなりそんな事を言われても困る

「……ズ」


 暖かな日が射す午後の兵学舎の教室。ここは中央国『ハーシルト』の首都、ハーシルト。堅牢な巨壁に囲まれた、大陸最大の王国である。

 大陸の中央にあるので、昔から様々な国の商人達が集まり、様々な商品が人々の生活を彩って来た。


 私の所属する『ハーシルト第二兵学舎』は今日も平和な一日だ。

 ここ数十年、中央国は争いとは無縁な長閑(のどか)な時間が、ゆっくりと流れていた。


「……ィズってば」


 昼食を食べた後の気怠さに、柔らかな初夏の陽射しとあっては、さすがの私であっても、瞼の重さに勝てぬというもの。

 心地良い風が窓から流れ込み、夢の世界への道のりは一層短くなるばかりだ。寝床が硬い机という事を除けば、眠るのに最適な環境だ。これで薄暗ければ良かったのに。


「ちょ、フィ……あ、きょ、教官……」


 さっきから隣の席の友人が少し騒がしい気もするが、関係無い。本日の最後の座学だし、疲れてるの、私は。さぁ、ゆっくりと夢の世界へと――


「フィズ・アウレグレンスッ!」


 突然野太い声で名前を呼ばれたかと思うと、私の頭に衝撃が走る。


「ひゃいったぁっ!」


 返事途中の痛みで変な声が出る。顔を上げてみると、頭から角でも生えそうな形相の教官が、分厚い教本を手に私を見下ろしている。

 隣席の友人が小さく「あちゃ」と言ったのが聞こえる。


「やぁ。私の兵法学は良く眠れるかね?」


 野太い声は怖いくらいに静かに語りかけてくる。不自然なくらいに笑顔になった教官の額の血管がピクピク動いていて、本心からの笑顔ではない事が瞬時に理解出来た。私は必死になって言い訳を考えるが、私の残念な脳みそは上手い言葉を探し出せなかった。


「や、あの、陽射しが気持ち良くて、つい……」


「ほぅ……」


 小さな体が更に小さくなって消えそうだったよ、と(のち)に隣席の友人、ミスナから聞いた。


「あ、ですから! 教官の兵法学がつまらないとか眠くなるとか、そうい――」


 取り繕ったつもりで口から出た言葉は、言い終わる前に掻き消される。


「学舎周りを十周ッ! 今すぐだッ!」


「ひゃい!」


 私は弾ける様に席を立ち、一目散に外へ駆け出るのであった。





 日が落ち始めて来た夕方。私が走り終える頃には、今日の教錬は全て終わっていた。一周するのに十五分以上掛かるから……まぁそりゃあね。学舎に戻って荷物を取り、宿舎に戻る事にする。

 ――ヘトヘトだし、体を洗って、ご飯食べて……もう寝よう。

 そう思いながら汗で濡れた服をパタパタし、風を送った。


「うへぇ……」


 むあぁっとした汗の臭い。早く帰ろう。一本に纏めていた髪を解くと、肩まで伸びた赤茶色の髪が風で揺れる。私は立ち止まって夕暮れに飛ぶ鳥を見上げた。


「あーあ。向いて無いのかなぁ……」


 体を動かすのは好きだし、体力に自信もある。それに国の為に……いや、大好きな家族のいる場所を守れるように、と思って兵士になろうと思った。魔物や強盗、もしかしたら他国の兵士……色々な脅威から家族を守りたい。

 ごっこ遊びだったけど、小さな頃から剣術では、男の子にだって負けた事なんて無かった。兵学舎に入ってから三年間だって、剣術では同学年どころか、上級生にだって負けた事は無い。


 しかし……


「はぁ……」


 そこまで考えると、溜め息が出た。優秀なのは剣術だけで、兵法学や魔法学はさっぱり。特に兵法学は苦手だ。難しい言葉や図面が全然頭に入って来ない。魔法は、まぁ得意ではない、かな。というかあまり好きになれない、という感じ。

 実際戦場に出るとなれば、軍師が戦術を立て、魔法で敵を仕留める事が一般的だ。

 剣技だけの兵士なんて、そんなに活躍の場は無い。それでも不得意な魔法よりは、剣術を磨きたい。

 小型の魔物や、野盗などの対人での戦闘要員となるか、警備として街に常駐するか……

 そんな未来しか見えないけど、それも立派な役割だけれど、「フィズなら歴史に名を残す英雄になるぞ!」なんて言って送り出してくれた両親に、申し訳が無い気もしている。


「はぁ……」


 何度目かの溜め息をつくと、トボトボと歩き始める。宿舎の前に着くまでの間、ずっと下を向いて歩く。色んな事が浮かんできて、更に溜め息が出る。そして(うつむ)いたまま、宿舎の正面入り口から中に入ると――


「あ、帰って来ました!」


 お、ミスナの声だ。


「帰ったよー……」


 小さな声で言い終えて顔を上げると、ミスナの横に神官様が立っている事に気づく。眼鏡を掛けたご老体。何か見た事あるような……

 その他にも複数の訓練生がおり、私を見つめている。男女問わず、ひそひそと囁き合っていた。

 ――あれ?やっぱり私が注目集めてるの?

 困惑したまま玄関で固まる私。

 ――早く説明が欲しい。一体何なんだ?


「彼女が?」


 私の事?神官様は、ゆっくりとした口調でミスナに問い掛ける。


「はい」


 神官様はその言葉を聞くとミスナに下がるよう、手を下げて指示を出す。いつもうるさいミスナが静かにスッと下がる。緊張した面持ちだ。


「君がフィズ。フィズ・アウレグレンスさんなのだね……?」


 ミスナから聞いただろうに、神官様は私にも問い掛ける。しかしこの神官様、普通の神官様より派手目な神官服だ……まさか――


「は、はい。フィズ・アウレグレンスです」


 私の返事を聞いた神官様は、ふむぅ。と小さく唸り、目を瞑る。ふと神官様の頭に目をやると、金で装飾された神殿の文様(もんよう)――


「あっ」


 この方は神皇様だ……神皇様と言えば、この「レンデ大陸」に存在する大国に一人ずつおり、唯一、国の権力に支配されない存在。 

 ある意味では王様よりも権力がある、とか習ったな。何でこんな所に?というか何で私に……?

 私、何かやらかしたっけ?座学中に居眠りし過ぎとか?ミスナに嫌いな野菜をこっそり食べてもらっている事とか?いやいや、そんな事でわざわざ神皇様が出向く訳がない。


「ふぅむ、フィズさん。落ち着いて聞いてほしい」


 神皇様はゆっくりと言葉を紡ぐ。ぐるぐると色んな事を考えていた私は、その言葉で我に返る。ほんの少し間を置き、神皇様は再び口を開いた。


「……君は、神に選ばれました」


 ――カミニエラバレマシタ?


 言葉の意味が理解できない。周囲からは「え?」だの「嘘だろ?」だの聞こえてくる。


「詳しい話は後日、王よりありますので、その時に」


 オウヨリ?え、え?頭がついていかない。周囲の訓練生のザワつきが大きくなる。何が何だか分からない私に、神皇様は更に続けた。


「ただ、一つだけ先に申し上げておきます。貴女はなるのです。国を守る兵士ではなく、世界を護る、勇者へ……!」






「大変な事になったねぇ」


 入浴と夕食を済ませ自室に戻ると、同室のミスナが自分のベッドに腰かけていた。

 心配してくれてはいるのだろうが、色々聞きたいようでウズウズしているのが分かる。

 ――まったく……食堂でも周囲から好奇の目で見られるし、神皇様に言われた言葉は、まだ頭の中をぐるぐるしてるし……


「何が何だか……分かんないよ」


 そう言いながら自分の寝床に飛び込む。柔らかな布の肌触りが心地よい。疲れているのだから、いつもなら直ぐにでも寝てしまえるのだが、今日はなかなか寝付ける気がしなかった。


「神様に選ばれたって言ってたよねぇ、神皇様」


「……言ってたね」


 抱き枕を抱き締め仰向けになる。お気に入りの緑色の抱き枕が、抱き締められて可哀そうな形に。天井には魔力で光る球体、『魔灯』が白く光っている。


「勇者になるって事は有名人じゃん、モテモテじゃん、フィズ」


「……有名人かぁ」


 有名になるのは嫌という訳でもないが、有名になりたい訳でもない。複雑だ。

 ――ってか、モテモテとか、真っ先に考えるのそこ?もっと心配とかしてほしいなぁ。


「魔王とかいるのかな? すっごい強くて凶悪なやつ!」


 ミスナは白くて綺麗な髪を揺らす。好奇心旺盛で行動的な彼女は、密かに男子からの人気も高い。この綺麗な髪が人気の理由の一つだろう。

 ――のん気だなぁ。魔王なんてお伽噺(とぎばなし)の世界じゃないの。

 私はワザとらしく大きなため息をついた。


「そんなのいたら、私じゃどうしようも無いでしょ。知ってるよね、私の成績」


 横目でミスナを見る。出来る限りジトっとさせた目で。


「もちろん知ってるよ。フィズ、剣術はすっごいじゃん。剣術は」


 ミスナは私の視線などお構いなしでからかってくる。わざわざ、剣術『は』と強調してくるのが腹立つ。


「分かってるんならさ、代わってよぉ」

 

 本当に代わってほしい。私は自分の大切な人たちを守りたいだけで、英雄になりたい訳ではない。

 明日からの予定も急に決められてしまい、私は明日は学舎長に呼ばれている。明後日には人生初の登城、王様に謁見する事になっているそうだ。話が早過ぎるがと思うが、神皇様が言うには、「神のお告げが現れたのは約百年ぶり」だそうで、王様も優先されるとの事。


「うーん、代わってあげられるなら代わってあげたいけどね。神皇様からの、というよりも神様からの指名でしょ? 流石に代われないよ」


 困りつつも羨ましい、といった調子だろうか。表情から察するに、本当に残念そうにしているようだ。


「……代われれば、代わりたいの? どうして?」


 ゆっくり体を起こしながら問い掛ける。抱き枕は抱き締めたまま、寝床に腰掛けてミスナを見る。


「うん! だって勇者だよ? きっと想像を超える大冒険、洞窟に眠る財宝……素敵な王子様との愛の物語……どれも憧れちゃうじゃんか」


 遠い何かを見ながら、キラッキラに目を輝かせている。

 ――あぁそうだ、ミスナはそういう物語が好きなんだった。

 遠くを見ながら話すミスナの妄想は延々と続く。嬉々として語るミスナを見て、私は苦笑いしか出来なかった。


「私はさ、世界を護るとか言われても……バカだからかな、イマイチ良く分からないよ」


 ミスナの妄想がひと段落ついたところで、私はポツリと呟く。枕を抱き締める腕に力が入り、枕は一層苦しそうだ。ちっぽけな私には、今の夢ですら大きく感じているのに……


「フィズ……」


「大好きな家族、大好きなこの街、大好きな友達……私は、私の手が届く範囲だけ守れれば良いかな」


「……」


「……」


 少しの沈黙。私に神様から選ばれるような力なんて無いし、世界を護りたいなんて大それたこと、考えたことも無い。

 ――どうして、どうして私なんだろう。

 その疑問が頭から離れない。


「私が選ばれるような理由なんて無いんだけどな。あ、もしかして完全に運?」


 うんうん、きっとそうだ。


「フィズさ、やっぱバカね」


 ミスナがため息交じりでそう言う。自分で言った手前、否定はしないけど、他人に肯定されると少し腹立つ。特にミスナに言われるのは。


「わざわざ神皇様が来たのよ? それほど重要な事が運だけな訳ないじゃない。それにさ……」


 そこまで言うと、ミスナは私に向かって身を乗り出す。


「世界を護っちゃえば、あんたの好きな人達、全部守れんのと一緒じゃない。超単純!」


 悪戯っぽい笑顔で得意げに言い放たれた言葉は、笑えるほどに単純だった。


「ぷふっ……ずいぶん簡単に言うのね」


 思わず吹き出してしまう。私とミスナは、この兵学舎に入ってからずっと一緒にいる親友だ。お互いに辛い事があった時は、もう一方がこんな感じで慰める。

 開けた窓から心地よい風が入ってきて、気持ちが良い。窓に目を向けると、すっかり暗くなった街並み。その所々に明かりが灯っていて綺麗だ。

 この街には色んな人が住んでいる。大人も、子供も。もちろん私の大好きな家族も。

 ――世界を護っちゃえば、好きなモノが全部守れるのと一緒、か。

 単純だけど、言われてみればそうなのかも。


「ってかさ、あんたバカならさ、悩んでても仕方無いじゃん?」


 ――ぐっ……ちょっと感動していたところに出た言葉がそれか。

 呆れたように言うミスナに、目で抗議する。もう少し言葉を選んでくれても、良いんじゃないかな。


「選ばれちゃったものは仕方ないじゃない。理由も神様に聞いてきたら良いんだよ」


「はぁ……それもそうだね。簡単には受け止めきれないけど、今悩んでても仕方ないね」


 うん、悩んでも私たちには分かるはずが無い。兎にも角にも、王様と神皇様から詳しい話を聞くしかないね。


「うんうん、フィズに悩みは無用でしょ。沈んだ顔は似合わなーい♪」


 そう言うとミスナは寝床から降り、自分用の物置棚を開ける。


「何してんの?」


 ごそごそと物色するミスナ。


「ん~……じゃん!」


 大げさに振り返ったミスナの手には四角い箱。私は首を傾げる。


「んふふ~♪ 親友の門出? を祝しましてぇ……」


 勿体つけるように溜める。もしかしてこの感じは……


「お菓子でお祝いでーす♪」


 開けられた箱の中から鼻孔をくすぐる甘い匂い。


「わっ! マロ焼き!」


 甘く味付けした生地を窯でじっくりと焼いてから甘味料をまぶし、仕上げに表面を絶妙な火加減で焦がしたお菓子だ。

 ハーシルトの菓子職人、「マロ・マシュウロ」考案の大人気菓子。本当はもっとお洒落な名前がついているのだが、長いので皆マロ焼きと呼んでいる。


「どうしたの、これ?」


 無論、兵舎内の購買では売っていないし、部屋に食べ物を保管しておく事は禁じられている。野暮な事を聞いてはいるが、私の目は既にマロ焼きに釘付けだった。よ、よだれが……


「ふっふーん♪ その辺はミスナさん独自のルートだから、ひ・み・つ」


 ミスナって、時々こういう事があるのよねぇ。兵士より情報屋とかの方が向いてそう。ま、そんな事、今はどうでも良いか……


「さっきも言ったけど、お祝いね? 一緒に食べましょ」


「うん♪」


 こうして私たちは、二人だけのお祝いを楽しんだ。消灯時間が過ぎて明かりが消えた後も、私たちは色んな事を話した。

 ミスナが意外な位にまともな将来の夢を語り出した時、私は具体的な事を考えていない自分に焦ったりもした。

 それに気づいたミスナが「勇者じゃん。仕事終えても肩書あるから、就職超有利」と言って笑う。

 少しだけ空いた窓から入り込んでくる風は、どこか懐かしい香りがした。私はただただ、こんな風な時間がずっと続いてほしいと思った。王様との謁見とか、神様から選ばれたとか、現実味がなさ過ぎて実感が無い。一晩眠ればまた普段通りの毎日が来るような。

 ……でも分かっている。なんとなく、薄々分かっているから悩んだんだ。


「……ありがとね、ミスナ」


「んぁ、ちょっと寝てた。なんらって?」


「何でもないよ」


 自分の寝床に入り、天井を見上げ、こう思った。

 私は……もうこの日常には、帰って来られない。根拠がある訳じゃなかったが、その時の私は、ハッキリとそう確信していた。

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