2話・金髪美少女と一緒に生活出来るなんて、ここは天国ですか?
見知らぬ地で目覚め、目の前にいた少女に優しくされた瑛太は、人の温もりに涙したのだった。
俺がこの世界に来てから、早くも二ヵ月ほど時間が過ぎた。この世界の時間感覚は、俺の世界と殆ど変わらない。この二ヵ月でこの世界について、様々な事をシュシュさんから教えてもらった。彼女の話では、今は「夏」らしい。四季が存在する事に驚いたが、冬が短く、基本的には暖かいらしい。地方によって結構異なるとの話ではあったものの、シュシュさんもそこまで詳しくないようだった。それよりも、常識が結構俺の世界とは違ったので、異世界転移、転生物の小説や漫画が好きだった俺は、それらを覚えるのが楽しくて仕方がなかった。
「エータさん。休憩にしましょうか」
そう言ってシュシュさんは、既に一息つこうとしていた俺の隣に腰かける。綺麗な金髪が風に靡き、ふわりと鼻孔をくすぐる甘い匂いに思わず頬が赤くなり、目を逸らしてしまう。
「は、はい」
ここはシュシュさんの家がある集落「ラカウ」の畑だ。ここに来てから二ヵ月間、彼女の持ち畑で野菜を耕している。驚くべき事は、この畑は巨木の上にあるという事だ。シュシュさんの話では、この国「ウルバリアス」は大きな森の上に作られており、その中でもここは、「聖樹」と呼ばれる一番の巨木らしい。ラカウの人々を一言で言えば、優しい方ばかりだ。明らかに怪しい俺を、追い出すでもなく支援してくれている。俺はコミュ障ながらも集落に馴染もうと頑張っているつもりだ。
「もうだいぶ慣れたんじゃないですか? ここでの生活」
微笑みを浮かべてそう言いながら、シュシュさんはお茶の入ったコップを手渡してくれる。相変わらず良い香りだ……お、お茶が、だよ。あぁ、そう言えば、この二ヵ月で俺はこの世界の言語をかなり話せるようになっていた。最初はシュシュさんの魔法の効果で内容が分かっていたけど、徐々に単語や文法を覚えていった。自分でも驚くほどに早く覚えてしまい、驚きが隠せない。実は俺、天才だったんじゃないかな。元の世界でも、もっと勉強していれば……いや、元の世界の事を考えるのはよそう。
「あ、ありがとう。シュ、シュシュさんのお、お陰で、す、少し慣れた、かな」
「ふふっ。それは良かったです」
彼女は少し照れたように笑い、お茶を飲む。仕草が可愛くて思わず視線を逸らしてしまう。この二ヵ月、俺はシュシュさんの家にお世話になっている。彼女は身寄りが無く、近所の人の力を借りながら1人暮らしをしているという。さすがに男女2人が一つ屋根の下というのはどうかと思い、出て行こうとしたが、結界のような魔法が集落の周りを囲んでおり、その外側は魔物というものがいて危険だという事で、当面は住まわせてもらう事になった。『魔物』という言葉を聞いた時はどんなに恐ろしい物かと思ったが、ピンキリらしい。一度シュシュさんに連れられて結界の近くまで行ったが、そこから遠くに見える魔物は、猿に小さな角が生えたヤツや大きめなカラスのような鳥だった。シュシュさんの話によれば、もっと大きかったり怖いヤツらがいるという事であったが、正直俺は恐怖よりも見てみたいという好奇心が勝っている。
「ふぅ」
お茶を飲み干して一息つくと、空を見上げた。ベッドサイズの大きな葉っぱに、土管以上に太い枝。まるで自分が小人か虫にでもなったかのような気分だ。
大きな葉っぱがザワザワ揺れる光景は、未だにちょっと慣れない。俺にとってはイジメられる事も無い、穏やかな時間。ずっとこんな生活も悪くないな。と思ってしまう。
――でも、いつまでもシュシュさんに迷惑を掛ける訳にもいかないしなぁ……
チラリと彼女の横顔を見ると、風に流れる金髪、微笑む整った顔立ちに柔らかな木漏れ日が降り注ぎ、芸術作品と見紛う。いつまでも見ていたいが、そういう訳にもいかない。俺は覚悟を決めて口を開いた。
「そ、そうだ。シュ、シュシュさん、よよ、良かったら、俺にま、魔法を、教えて、くく、くれない、かな」
相変わらず目を見て話せない。それでもシュシュさんは嫌な顔せずに微笑みを浮かべて話を聞いてくれる。本当、この人は天使か何かだと思う。
魔法がある。と聞いてからずっと教えてほしかったが、生活の知識を教えてもらう方が先だと思い、後回しにしてきた。そろそろ良いだろう。それに魔法を覚えれば、シュシュさんの手伝いだって捗るかもしれないし、魔物倒して素材や食料を手に入れられるかもしれない。
――どかーんと大きな魔法が使えたら、あいつ等に復讐だって……いや、元の世界に帰りたいとは、一切思わないけど。
「魔法を教えてほしい、ですか……」
あれ?シュシュさんの表情が暗い。明らかに困っている顔だ。教えちゃいけないとかあるのだろうか?
「ダ、ダメ、ですよね、ははっ……」
そう言いながら顔の前で両手をぶんぶんと振る。拒否や否定をされる前に自分から無かった事にするのは、小さな頃からの癖だ。そうする事で精神的なダメージを減らそうとしているのだと思う。誰だって傷つきたくないだろうけど、俺は恐らく、他の人よりも心が脆いのだ。
「え、あ、良いんですけど、私、他人に教えられるほど上手じゃないので、その……恥ずかしくって」
顔を落とし、上目使いでこちらを見るシュシュさん。いや、可愛すぎるだろ。シュシュさんはあまり自分に自信が無いようで、俺が褒めると大体謙遜する。そんなシュシュさんが如何に凄いかを俺は伝えたかった。
「そ、そんな事ないですよ! こ、言葉が通じるようにする魔法も、いい、いつも料理の時に火を着ける魔法も、すす凄いです! お、俺はシュシュさんに習いたいんです!」
早口&大声。俺は彼女の手を取りながら言い放った。俺は全然詳しくないけど、彼女は上手なんじゃないかな、と思う。集落のオジサン、オバサンだって、シュシュさんの魔法は丁寧だ、とか、綺麗だと言っている。魔法を使う時のシュシュさんには見惚れてしまう。キラキラと輝いて本当に天使か妖精みたいだ……どんな姿でも見惚れているけども。
「わっ! え、えー、と。じゃ、じゃあ私なんかで良ければ……」
顔を赤くしてそう言うシュシュさん。照れた姿は俺の中の『ベストショットシュシュさん』の中で堂々一位を獲得している。写真集にでも出来たら大ヒット間違い無しだ。
――やった!これで俺も魔法が……!俺はどんな魔法が使えるのかな、やっぱり超火力でどっかんとやりたいよな……いやまて、ピンポイントで凍らせたりする魔法も格好良くないか?意表を突いて毒系とかもありだな。
「え、えと、エ、エータさん……」
「は、はい?」
「い、いつまで――」
そこまで言われて我に返ると、手に柔らかい感触。茹で上がったように赤い顔のシュシュさん。
「すすす、すみません!」
驚きビックリして慌てて急いで素早く手を離す。
――お、女の子の、シュシュさんの手……柔らけぇ。
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夕食を終え、私は異世界から来たという彼に魔法を教えています。私なんかに教わるより、加工屋のササちゃんに教わった方が良いと思うんですけど、「俺はシュシュさんに習いたいんです!」なんて真顔で言われたら断れません。
「う、うぅ、む、難しいな……」
魔力の操り方を少し教え、今は実践中。エータさんはかなり筋が良いと思います。初めは魔素の存在すら分かっていない様子でしたが……私が魔素を操作し、エータさんにぶつけてみると、感じ取れるようになったみたいです。
「お、おぉ、今の感じ……かな。」
何と言うか、不思議な人です、エータさんは。初めて見た時……集落の端の聖樹の枝の上に落ちてきた彼は、一目見るだけで「違う」と思いました。本当、言葉に出来ないけど……放って置けない、というか、気になる、というか……
「し、しかし、みみ、皆が魔法使えるって、す、凄い。ほ、本当に夢みたい、だ」
徐々に周囲の魔素を操作し始めているエータさん。普通はこれが出来るようになるまで、優等生って呼ばれる人でも一週間以上掛かるんですけどね。まだ教えて一時間くらいですよ?本当、不思議な人です。
普段は気難しい隣の家のジルおばさんも、頑固な道具屋のラオル爺さんも、エータさんには何故か優しいみたいです。エータさんは自分の事を「コミュ障」とか「オタク」とか呼んで卑下しているみたいですが……(コミュ障もオタクも意味は分かりませんが、褒め言葉で使っているようではないようです)異世界から来た、という話でしたが、初めは半分も信じていませんでした。
でも、二ヵ月も一緒に暮らす内に、ウソじゃない、と感じました。生活習慣や、知識にかなりの違いがあるからです。エータさんは食事の際、「いただきます」で始まり、「ごちそうさまでした」で終わります。「箸」という二本の棒で食事をするそうです。キナの実を見て「リンゴだ」と言ったり、魔物のラスーを見て「サルだ」と言っていました。物などの名称も違うようです。それから、髪の毛の色も黒というのは珍しいですね。
「シュ、シュシュさん?」
「え? あ、はい!」
あれこれ考えていると、いつの間にかエータさんが目の前に。
「だい、大丈夫? ぼ、ぼーっとしてたけど……」
「だ、大丈夫です! お腹一杯で、少しぼーっとしただけです。」
「そ、そう? な、なら良いんだけど。そそ、そうだ、し、質問、良いかな?」
「はい、なんでしょう?」
エータさんはそう言うと、周囲の魔素を取り込み始めました。エータさんの体が薄っすら光って見えるほど、エータさんの周りには魔素が渦巻いて綺麗です。魔素の操り方なら、もう私より上手なんじゃ……
「ま、魔法って、こ、この魔素を取り込んで、せせ性質を変えて放ったりすると、いい、良いんだよね?」
「えぇ、概ねその認識で合ってます。放つと言っても、性質を変えて自らに取り込めば身体能力を強化出来たりもしますよ」
「ふむふむ」
エータさんは顎に手を当て、うんうんと頷いています。何かを考える時の仕草のようですね。最初に簡単に説明しただけでしたが、エータさんは理解が早く、凄いです。なんでも、小さい頃から漫画?やゲーム?という物で勉強していたらしいです。それなのに、エータさんの世界には魔法が無いのは変ですよね。
「魔法は、空気中に漂う魔素を集め、得意な系列の性質に変化、発現するものです」
人差し指を立て、得意そうに説明。まるで、先生になった気分です。少しだけ懐かしいような気持になりながら、鼻高々と続けます。
「その際、個人の有する魔力も上乗せして打ち出す事ができ、様々な調節も可能。大まかに言えばですが、魔法の得手、不得手は漂う魔素の収集能力、個人の魔力操作。才能は魔力の総量といった分け方が出来ますね」
「ふむふむ。と、得意な系列って、ど、どうやったら、わわ、分かる、の?」
エータさんの周囲の魔素がすぅ、と霧散していきます。綺麗に消えていく様は本当に綺麗で、思わず見惚れてしまいます。
「……」
「シュ、シュシュさん?」
「あ、えと、各系列の基礎魔法の詠唱を教えますので、試してみてください。それで自分がやり易い、と感じたものが得意な系列、ということになります。苦手な系列だと発動自体が難しいので、分かりやすいと思いますよ」
「へぇ……特殊な鏡やらオーブがあったり、カードが出たりするわけじゃないのか……」
エータさんは小声で時々、こんな風に呟きます。恐らく、エータさんの言う、漫画やゲームとやらの話でしょう。
――エータさん、このまま魔法をどんどん上手になっていったら、私は必要なくなっちゃいますね。残念です。
あれ?何で私、「残念だ」って思うんだろう?もっと役に立ちたい、役に立たなきゃ、って思うのは何でだろう……私はエータさんに見えないよう、後ろを振り返ってから自分の胸の真ん中を掴みました。心臓の鼓動が少しだけ、ほんの少しだけ早くなっているように感じました。
「あー、悪いなエータ、キナの実は今日は無いな」
「初めまして、ウルバリアス軍所属、カルロ・マー上等兵です」
「おお、俺、俺が行きます!」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」二章3話――
「魔物の討伐なんて、異世界転移した俺なら楽勝だろう」
「読んで……ください、ね?」




