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1話・目が覚めたら異世界だった場合、どうすれば良い?

今回から新章です。

「ここは……どこだ?」

 

 木の中に作られたというような部屋の中、硬めのベッドの上で目を覚ます。首と目線だけを動かし周囲を見渡すが、もちろん見覚えなど無い。頭にはモヤが掛かったみたいに記憶が混濁している。ズキズキと軽い頭痛が気持ち悪い。部屋の壁の向こうから聞こえるザァザァという音が酷く恐ろしく思える。

 ――あれ?俺は確か学校にいたんじゃ……


『お前何か臭ぇ!』


『きゃあ! 菌が付くから触らないで!』


 頭の中にフラッシュバックする景色。顔の無い制服姿の男女が、俺を汚い物を見る目で見ている。

 ――これは、小さい頃の……?


『あいつさぁ、本ばっかり読んでるし、ツマンねぇやつ。本取っちまおうぜ!』


『へへ、ほぉら! 悔しかったら取り返してみろよ!』


 ――うぅ、止めろ……


『おぅい、根暗野郎、お前がいると教室がジメジメすんだよ』


『おめぇもう来んなっつったろ! 何でまだ来てんだよ!』


 ――くっ。止めてくれ……

 ズキズキとした頭の痛みが、激しさを増して俺を襲う。


『なんで学校に来てんのかしらね。喋らないし、話しかけてもニタニタ笑って気持ち悪い』


『おめぇ、金持って来たのかよ? あぁ!? 親の財布から盗んでくりゃ良いだろうが!』


 ――あぁ、そうだ。

 時間が経ったからか、少しずつ意識がハッキリしてくる。


『アイツがこれ見たらさ、どう反応すっかな?』


『うわー。アンタもひっどいねぇ♪』

  

 ――そうだ。


『またニタニタ笑うんじゃないのー?』


『ハッキリ喋れっての! ぎゃはは!』


 そうだ、俺は、俺は……小さい頃からずっと、上手く喋れないせいでイジメられてきたのだ。それを思い出した時、俺は唇を噛みしめた。

 

「……こ、ここは? お、俺は、しし、死んだの、か?」


 呼吸を落ちつけた後、とりあえずゆっくりと上半身を起こし、身体に異常が無いか確かめる。現状を把握しておく必要がある。頭がまだ少し痛む程度で、どこも異常は見当たらない。着ている物は通っている高校の制服。持ち物は……ポケットに入ってたキーホルダーの付いた家の鍵くらいか。


「き、傷とかは無い、みたいだ……」


 自分の通っていた高校の校舎の屋上で一人で昼飯を食っていた。と思う。今日の記憶がどうもハッキリしない。断片的には思い出せるが、思い出そうとすると頭痛がする。無理に思い出さなくても良い。そんな気がした。直近の記憶ほど思い出せず、昼食を食べ終わった辺りからの記憶になると全く思い出せない。母さんの作った弁当が旨いな、と思っていたのが最後の記憶だ。

 

「こ、ここは、あ、あ、あの世?」


 天国とか地獄とか、信じていた訳ではない。かと言って、ここは明らかに病院でもなさそうだし……

 ――うむ、考えて分かるような状況でもなさそうだ。幸い、身体は全然動く。ここは起きて情報収集に努めるべきだな。


「よっと」


 俺はベッドから出ると、不格好な木製のドアを開けようと取っ手に手を伸ばす。が、俺が開けるよりも早く、ドアはガララッと音を立ててスライドする。立て付けはそんなに良くないようで、ガタガタという音がした。ビックリして一歩後ろに引いた俺の目に飛び込んできたのは、金髪ポニーテールの可愛い……もの凄く可愛い女の子が眠そうに目を擦っている姿だった。


「――きゃっ!」


 目を擦りながら入ってきた金髪美少女は目の前の俺に気づくと小さく悲鳴をあげる。整った小さい顔が驚きの表情をしているが、それもまた可愛い。

 

「お、起きていらしたんですか?」


 良い。凄く良い。可愛いのは容姿だけじゃない。まるで透き通るような天使のような宝石のような、この世のものとは思えないような……

 ――あぁもう俺の語彙力の無さが恨まれるぅ!しかしやはり何と言ってもこの綺麗な金髪!金髪キャラ萌えの俺からすれば、イッツァパーフェクツッ!これはもう芸術品ですか?芸術品ですね!そうに違いない!あぁ、きっとメイド服とか似合う、いや、ドレスを着て高貴な感じも絶対良い。しかし軍服でキリっとしたのも……


「あ、あの……」


「あ、は、は、はい。あ、すすす、すみません。ははっ……」


 俺は妄想の世界から帰還し、返事をする。愛想笑いで口角を上げ目尻を下げた、つもり。

 ――あぁ、やっちまったな。初対面で何やってんだろ、俺。


『ニタニタして気持ち悪い』


 そう言われる事を覚悟し、俺は目をぎゅっと瞑って下を向く。握った手は汗でびっしょり濡れていて気持ち悪い。


「だ、大丈夫ですか!? 起きたばかりですし、無理をなさらないでください!」


 そう言って金髪美少女は俺の手を引き、ベッドに座らせる。予想外の行動に、俺はどう反応すれば良いか分からなかった。


「あぁ! こんなに汗も掛かれて……どこか、痛みますか?」


 人ってのは、呆気にとられると本当に言葉が出て来なくなるんだと知った。大丈夫か大丈夫かと俺に何度も聞いてくる声が、耳ではなく、胸に、心に……俺の存在そのものに響く。たった数十秒前に出会った人に、いや、例えどんな人にでもこんなに心配された事なんて今まで無かった。これまでの17年の人生で、味わった事の無い感情。体の奥底から沸々と込み上がるこの熱いモノは何だろう。視界がぼやけ、気が付いた時には頬を熱いものが伝っていた。


「あぁ! やっぱりどこか痛むんですね!? 待っててください、今何か……」


 慌てふためく金髪美少女を前に、俺の口からは言葉が出ない。こんな時はどうしたら良いのかも分からない。ただ、このままではいけないと思った。


「ち、ちが――」


 ふるふると首を振りながら、かろうじて口から出た言葉は、情けないほどに小さく……震えていた。


「こ、んなに……優、しく……」


 大丈夫か、等と聞かれたのは、いつぶりだろうか。人の声は、こんなに優しい音色を奏でるものなのか。手を握られたのは、いつぶりだろうか。人の手は、握るとこんなに安心するものなのか。

 

「……痛い所は無いんですね? 良かった」


 笑顔を向けられたのは、いつぶりだろうか。人の笑顔は、こんなに美しいものなのか。


「大丈夫ですよ。もう、大丈夫ですから」


 優しく抱き締められたのは、これが……生まれて初めてだった。



「シュシュ・ウィンエリアと言います」


 しばらくして俺が泣き止むと、金髪美少女は俺の横に座り直し、笑顔でそう言った。手渡された木製のカップに入った紅茶のようなものが、ユラユラと白く息を吐いている。

 ――シュシュ?外国の人かな?


「あ、え、え瑛太。さ、冴島、瑛太……です」


 目線をカップに落としたまま、自己紹介を返す。情けない話だが、一度冷静になると顔をまともに見ることすら出来なかった。改めて見ると、やはりもの凄く可愛い。本当にアニメや漫画の世界から出てきたと言われても信じてしまうくらい、言ってしまえば現実味の無いくらいに可愛い。


「すみません……名前は、エータさん、ですか? サエジマさん?」


 シュシュさんは顎に人差し指を当てて迷うように言った。日本名が珍しいようだな。やはり海外なのか?いやいや、俺がどうして海外にいるんだ?パスポートも持ってないのに。


「あ、なな、名前は、えい、瑛太、だ。い、いや、瑛太、です」


 この夢みたいな状況でも普段通り。他人の目を見て話せない自分に苛立つ。どもりが出てしまう事ももどかしい。カップを持つ手につい力が入り。カップがキシリと小さく(きし)む。


「すみません、珍しいお名前で分かりませんでした……エータさん、ですね♪」


 歌うかのように俺の名前を呼ぶ。情けない事に、ただ名前を呼ばれただけで俺は嬉しさのあまりに口元の筋肉が緩む。その拍子に手から力が抜け、カップが床に落ちてしまった。

 

「あっ! すすす、すみませッ!」


 最悪だ。コミュニケーションが上手く取れない上に、せっかくのお茶をこぼしてしまうなんて。


「あら……まだ調子が戻っていないのかもしれませんね。片づけは私がしますから、今日はゆっくり休んでくださいね?」


 侮蔑(ぶべつ)の言葉ではなく、気遣いの言葉。俺はまた泣きそうになるのを必死で堪えた。雑巾のような布で床を拭くシュシュを見て、俺はただ、感謝しか無かった。その感謝ですら、上手く伝えられる自信は無いが、言っておかなければならないだろう。


「あ、あり、あり、がとう……」


 これだ。精一杯の声を出したつもりだが、聞こえただろうか。どもった小さな声など、外から聞こえるザァザァという大きな音にかき消されてしまいそうだ。

 

「ふふ。気にしないでください。本当、目が覚めて良かったです」


 顔を上げて微笑む彼女。どうしてそんな笑顔を俺に向けてくれるんだ……あぁダメだ、これは堪えられない。また泣いてしまう。結局今日は二回も嬉し泣きをしてしまった。シュシュさんはそんな俺を見て頭を優しく撫でてくれるのだった。




「朝ですよ、起きて下さい。エータさん」


 翌日、その声で俺は目が覚める。ベッドに寝ている俺を金髪美少女が覗き込んでいる。ボーっとした頭では、状況を理解しきるまでに少々時間を要した。


「お、おはよう。シュシュ、さん」


 少し間を置いての返事に、くすっと笑うシュシュさん。首を傾げて笑う仕草が信じられない程に可愛くて、朝からドキドキしてしまう。こんな体験はもちろん初めてだ。


「さ、朝食が出来ていますよ。こちらへ。あぁ、その前に顔を洗った方が良いですね」


 そう言われて案内されるがまま、大き目な瓶に溜められた水で顔を洗い、食事の用意されている席につく。(いびつ)な木製のテーブルに、切り株をそのまま置いただけのような椅子で、若干安定に欠けてはいたが、そんな事はどうでも良かった。


「う、旨そう」


 テーブルに用意された見た事あるような無いような料理から、美味しそうな匂いが立ち込めている。パンのような物、野菜炒めのような物、スープのような物……どれも見知っているようで、使っている食材が知っている物と若干違って見える。

 

「ふふ。私、料理には自信があるんです♪ 冷めないうちに食べましょう♪」


 自慢げに胸を張るシュシュさん。控えめな身長の割には大き目な二つの山は実に誇らしげだ。思わず目線が離せなくなる。って何をしているんだ、俺は。


「い、頂きます」


 目線を料理に落とし、手を合わせて軽く頭を下げる。

 

「……? エータさんの故郷の風習、ですか? 先ほどの、おはよう、というのも?」


 不思議そうな顔をしているシュシュさん。疑問の返答を待つ間、手に持ったパンのような物を千切って口に運び、美味しそうに食べている。


「え、あ、う、うん、そう、かな」


 昨日は精神的に許容量を超えていたので、あまり深く考えないようにしていたが……

 ――ここは、いったい何所なのだ?間違い無く俺の地元ではなさそうだが。


「あ、あの、シュ、シュシュさん。」


 思い切って聞いてみることにしよう。ここは日本でもなさそうだ。しかし昨日も考えたが、海外にいるというのは無理がある。パスポートを持ってないし……まさか、誘拐されて運ばれてる最中に事故って、とか?でも、なんで言葉通じるんだろう?


「んく……はい、何でしょうか?」


 パンを飲み込んだ時の表情、可愛い……じゃなくて。


「こ、ここは、その、ど、どこ、なの、かな?」


 もっと上手い聞き方あるだろうに、俺。ほんっと、コミュ障だなぁ。ぜんっぜん目を見れないし。


「どこ、と言いますと? ここは私の家ですよ」


 少し困ったような表情で微笑むシュシュさん。

 ――なるほど、ここはシュシュさんの家なのか。生まれて初めて女子の家に入ったなぁ。しかもこんなに可愛い子の家に。

 いや、感動してる場合じゃないって。


「あ、えと、この国? って、いうのかな」


 そう、明らかに日本人じゃないだろ、シュシュさん。天然と思われる明るい金髪。目の色はグリーンだぜ?コスプレと言われればそう見えない事もないが、何というか、生活感があり過ぎるのだ。部屋を少し見回してみると、テレビや時計も無い。もちろんその他の電化製品も。代わりに見慣れない物はたくさんある。ある意味見慣れているけど、実際には見た事無い物もある。弓とか。猟師か何かか?何と言うか、文明そのものが違うようにも思える。ここはもしかして……異世界(・・・)、というやつなのではないか?


「……ここは森林国『ウルバリアス』、『聖樹セイグドバウム』に作られた集落、『ラカウ』です」


 少し不審がりながらそう言うと、目線を窓に向けるシュシュさん。つられて窓の方を見る。木をくり抜きました、というような窓の外は、席から見る限りでは大木の幹や大きな葉っぱしか見えない。

 ――いや、葉っぱデカすぎじゃないか?一枚でキングサイズのベッドくらいあるぞ?それに、全く聞いた事無い国名……俺の仮説、当たってるんじゃないか?


「えと、私の方からも質問、良いですか?」


 そう言うと彼女はスプーンを置く。真面目な顔。整い過ぎている顔の造りに、目を合わせられないまでも、口元に目をやる。


「エータさん、この国を知らないようですが……貴方は一体、どこからこの国にやって来たのですか? 目的は……何でしょうか?」


 まぁ、今更だが、向こうも俺の事は不審に思っていても不思議は無い。いや、たぶん元々不審だったのだろうが、俺の質問を聞いて更に怪しくなった、というところか。

 ――何と答えたものかな。真実(本当の事)を言ったところで、信じてはもらえないだろうが……でも、ウソをついても仕方がないよな。


「え、と、その、実は……」


「実は?」


 怪訝な表情。まぁ、当たり前か。即答出来ないというのは、後ろめたい事があると思われて、どんな人でもまず不審に思うだろう。しかし、これだけお世話になったのだ、俺は包み隠さず全てを打ち明ける以外の選択肢は取れるはずがない。


「あ、その、に、日本、という国にいたと、おお、思ったのですが――」


 俺は何も隠さず、出来るだけの誠意を込めて話した。目線を合わせると緊張してしまうから、口元を見て。かなりゆっくり、どもってしまいながらだったが、シュシュさんは黙って俺の話を聞いてくれていた。


「――なるほど。つまりエータさんは別の世界から来たのかもしれない。という事ですね」


 全てを聞いてくれた後、シュシュさんはゆっくり口を開いた。異世界に来た(・・・・・・)、というのは俺の推測に過ぎないが、今の状況ではそう言っても不自然ではないだろう。

 

「へ、変に、お、思わない、のかな?」


「いえ、少なくとも私は、そう思うのが自然に思えます。失礼ですが、日本? という国は聞いた事がありません」


 ハッキリと言い切られる。キリっとした目付きは先ほどまでの優しい目とのギャップがあって……ってまた俺はそんな事ばかり。しかしそうか、知らないか。じゃあ……


「でで、でも、シュ、シュシュさん、いい、今喋ってるの、日本語じゃ、なな、ないの?」


 そう、やはりどう考えてもシュシュさんと俺は言葉が通じている。異世界というならば、言葉が通じているのはおかしいのではないだろうか?

 

「あぁ、実はですね、エータさんがうなされている声を聞いて、何を言っているか分からなかったものですから、エータさんに意思疎通系の魔法を掛けさせてもらいました」


 すまなさそうにそう言うと、ペコりと軽く頭を下げる。異世界でも申し訳ないと思うと頭を下げるのか……じゃなくて、今、魔法って言わなかったか?


「え? え? まま、魔法?」


 異世界っぽいワードに、湧き出る興味を隠し切れない。ファンタジー系のゲームやら漫画が好きな俺にとっては、実際に魔法が見られるかもしれないという事に胸の高鳴りが止められない。


「はい、魔法です、けど?」


 不思議そうにする彼女の顔から、魔法というモノがこの世界ではごく当たり前に使われている、という事であろう。


「魔法…………」


 ふるふると体が震える。口角が上がるのを抑えきれない。そんな俺を見るシュシュさんは心配そうにしている。


「魔法キター!」


 俺はここ数年で間違いなく一番大きな声を出したのだった。


「もうだいぶ慣れたんじゃないですか? ここでの生活」

「魔法を教えてほしい、ですか……」

「すすす、すみません!」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」二章2話――

「金髪美少女と一緒に生活出来るなんて、ここは天国ですか?」


「その、読んでくれたら……嬉しいです」

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