12話・さぁ、再出発だよ!
軍を離れる事になったフィズ。一人でも邪神を倒して見せると意気込んだが――
――くそっ!どうしてこうなった!
話し合いの後、私は自分の天幕に戻った。蹴とばした椅子がリアリスの横に転がる。尚もイラついて物に当たる私に妹は何も言わず、ただ私の怒りが収まるのを待っているようだ。
――あの未熟な勇者が単独で邪神討伐に行くだと!?そんな事無理に決まっている!魔剣は持って行くようだが、それくらいで小娘が奴らに辿り着けるものか!どうする?そうだ、とりあえずメーリー達と連絡を取るか……その如何によっては合流も考えねばな。
私は懐から黒い箱を取り出し、魔力を込める。ザーザーとした音を聞いて待つと、少しの間を置いて箱から女性の声が聞こえてくる。
{もしもし? ギィか?}
凛々しい低めの声。メーリーではない。そうするとヤエか。
「あぁ、私だ。メーリーはどうした?」
{いるよ。今代わる}
「あぁ」
――相変わらず、不愛想な娘だ。まぁ、今の私も同じようなものだな。
自身を皮肉る余裕が出るくらいには精神が安定してきている。その事実が更に私を安堵させる。上手くいかない時にカッとなるのは私の悪い癖だ。30を過ぎてようやくそれを理解出来てきたという事は、良い事だと受け止めておこう。
{御機嫌よう、ギィさん。メーリーですわ}
この変なお嬢様口調。間違いなくメーリーだ。我々の仲間であるメーリーとヤエは、とある目的の為に勇者と接触を画策しており、私達の方はまずは成功。まぁ、先がどうなるか今は分からない訳だが……
「久しぶり、でもないか。どうだ? 順調か?」
こちらの情報提示よりも、精神を落ち着かせる為にとりあえず先にあちらの様子を聞いておきたい。
{順調、だと思いますわよ。ウルバリアスに勇者がいるとギィさんから聞いたので、慌てて戻った甲斐がありましたわ}
「おぉ! 接触できたのか!?」
ウルバリアスの勇者と合流出来ているのであれば、私達も引き返してそちらに合流するという手もある。そうすれば勇者フィズに拘る理由はほとんど無い。
{いえ、それがまだですのよ。私達、一旦はウルバリアスを離れたんですわ。戻ったのは昨日ですのよ。勇者はウルバリアスの魔物討伐に出かけたらしいですの。待ってれば明日くらいには来るんじゃないかって女王から聞きましたので、待っているんですわ}
――まだ接触はしていない、か。しかし時間の問題だな。それなら、もう少し様子を見るべきか?
私は顎に手をやり思案する。焦りは禁物だが、機会を見誤ると厄介だ。しかし、私達がいる場所からメーリー達のいる森林国『ウルバリアス』までは遠い。ここは様子を見るべきだな。それに、神モドキに接触出来る可能性は少しでも高い方が良い。
「そうか、では接触の後、連絡をくれると助かる」
{分かりましたわ。そう言えば、そちらはどうですの? 軍を挙げて邪神討伐に行っているのでしたわね?}
落ち着きを取り戻した私は、メーリーにこれまでの事を説明する。
{――そうでしたの……なかなか思う通りにはいかないものですわね}
「あぁ。だが、まだこれからだ」
{そうですわね。そういえばリアリスさんは元気なんですの?}
メーリーの声に、私の直ぐ隣に居たリアリスはピクリと反応した。
「あぁ。元気だ。少し代わるか?」
私がそう言うと、リアリスはぶんぶんと首と両手を振る。
――これはしまった。リアリスには悪い事を聞いたか?
{ふふ。代わってほしいですけれど、きっとリアリスさんは嫌がってますわよね? 首と両手をぶんぶん振って可愛らしい姿が目に浮かびますわ♪}
さすがメーリー。その通りだ。その声を聞いたリアリスは顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
「もう、何で分かるんですかメーリーさん! そういうところが嫌いですっ!」
箱に向かって怒鳴るリアリス。この二人は離れていても変わらない。顔を合わせれば更に煩くなるのだが。それをヤエがやんわりと止めたり止めなかったり。
「ははっ。済まないねメーリー。リアリスはご機嫌が良くないようだ」
{ふふっ。元気そうな声が聞けただけでも嬉しいですわ♪}
「それでは、また次回の連絡まで元気でな。朗報を待つよ」
{えぇ。楽しみに待っていてくださいまし}
通信が切れると、電話箱を懐にしまう。この不思議な箱はヤエの故郷の物を再現した道具で、同じ物はこれの他に1つ。メーリー達が持つ物だけであった。
――大丈夫だ。まだ上手くいっている。
そう考えていると、自分がいつの間にか微笑んでいる事に気づく。
「……お兄様、メーリーさんの方は上手くいっているようですね。勇者フィズに拘る理由もありませんし、私達もメーリーさんか先生と合流した方が良いのでは?」
私の怒りが収まったのを知ってか、リアリスが提案してくる。リアリスは、本当に出来た妹だ。この提案も、私の考えを言語として表出させる為にしているのだろう。私はいつも考え過ぎてしまうからな。何より、あれほどメーリーを嫌っておきながら、損得に自分の感情を入れていないところが素晴らしい。兄としては少し心配になってしまうくらいだ。
「いや、むしろ上手くいっているからこそ、フィズを無駄死にさせる訳にはいかない。勇者は多い方が神モドキどもに接触できる確率は上がるとみている」
「そうですか。分かりました。私はお兄様と共にでしたら、どこへでも」
そう言って私に身体を寄せるリアリス。これからの動向は決まった。
――そうさ。これくらい予想外の出来事があったとしても、我々は上手くやれる。諦めない者は、必ず最後に笑うのだ。
※※※※※※※※※※
翌日、私は荷物をまとめると、国境の街「トリステ」に向かって歩を進める。
私を見送る者は誰もいない。ウードやジフ、ピピアノまでも見送りに来なかった。
――少しだけ、本当に少しだけ寂しいな。ほんの短い間だったけど、仲間だと思ったんだけど……うぅん。これは自分が招いた結果だから、仕方ないよね。
ジャリジャリと壊れた道を進む。振り返れば廃墟と化した町が見える。こんな大きな町をあっという間に滅ぼすような魔物とも、これから一人で戦っていかなくちゃならない。そりゃ怖いけど、でも……
――私が邪神を倒せば、全てが終わるから、頑張らなきゃ。
「……遅いわよ」
壊れた町の壁から外に出ると、そう声が聞こえた。知っている声だ。
「え?」
声の方に顔を向けると、そこにはピピアノ、ウード、ジフ、ギィさん、リアリスさんの姿があった。
「皆っ、見送りに来てくれたの?」
浮かない顔をしていた私は、思わず笑顔になる。見ないと思ったら、先回りしてくれていたなんて。
「はぁ? 誰が見送りになんて来るのよ」
ピピアノからそう言われ、一瞬でしゅんとなる。
――ち、違うの?
「一緒に行くんですよ。トリステを案内する約束でしたし」
ウードは少し照れ臭そうに言う。大きな荷物袋を背負い、はにかんで笑う顔に思わず私も笑ってしまう。
「うるせぇ将軍のいる軍に残るのも面倒くせぇからな。ま、しばらく付き合ってやるぜ、嬢ちゃん」
ジフは面倒臭そうに言う。言い終えてニタリと笑う顔が涙で歪んで見えた。
「フィズさん、私は他の貴族とは違います。邪神討伐、是非ご一緒させてください」
ギィさんは正義感溢れる調子で言う。その熱い決意に私は心打たれ、力強く頷いた。
「私はお兄様に従うだけです」
リアリスさんはギィさんしか見てない。私はそれが可笑しくて小さく笑った。
皆の優しさが嬉しいけど、ちょっと戸惑う。
――皆、私と一緒で怖く……うぅん。私自身がちょっと怖い。もしまた、あんな風になってしまったら……
「ありがとう皆っ。でも――」
「言っとくけどね、私達は勝手にアンタについて行くだけだからね。アンタが何を言っても無駄」
ピピアノは言った後、「諦めなさいよ」と言うように鼻で笑う。
「皆……良いの?」
――あぁ、もう、一人でどうにかしようなんて、無理だったね。だって皆がいるんだもん。一人じゃないよね。
「言ったでしょ? 私達は勝手について行くだけ。良いも悪いも無いわ」
他の皆も頷く。あ、リアリスさんだけ頷いてないや。
「あ、将軍からこれを」
そう言ってギィさんは一本の剣を渡してくれる。反りの強い幅広の剣。ズシリとした重さがちょっと私には使い難そうだけど、良い剣なのだろうか。
「あ、ありがとうございます」
「魔剣ほどではありませんが、不明遺物をハーシルトの名工が打ち直した剣だそうです」
グラキアイルや兵士の支給品の剣は直剣なので、使い勝手が違うと思うけど、きっと直ぐ慣れるだろう。
「こんな物まで……ゼンデュウ将軍、ありがとう!」
「それじゃ、そろそろ行こうや。トリステについたら酒場に案内よろしくな、ウード」
ジフの言葉で皆歩き始める。わいわいお喋りしながら歩いている姿を見ると、思わず頬が緩む。
「皆っ、皆本当にありがとう。これからもよろしくね!」
そう言って皆の間に飛び込んでいく。涙が零れそうなのは内緒。私達ならやれる。邪神がどんなヤツなのかも分からないけど、きっとやれる。私の邪神討伐の旅は、まだまだ始まったばかりだっ!
「シュシュ・ウィンエリアと言います」
「あっ! すすす、すみませッ!」
「はい、魔法です、けど?」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」二章1話――
「目が覚めたら異世界だった場合、どうすれば良い?」
「やっと私達の出番ですわ!」
「いや、メーリー、実はもう少し――」
「うるさいですわ! とにかく読んでくださいまし!」
「――すまない。宜しく頼む」




