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11話・この軍に必要ないのは……

狂気をどうにか抑え込み、ゼンデュウ将軍を殺さずに済んだフィズは、そのまま意識を失ってしまったのだった。

 ――暗い。何も見えない。ここはどこだろう。私……どうしたんだっけ?

 何にも見えない暗闇の中をふわふわと浮いているような感覚。頭にはモヤが掛かったかのようにボーっとしてハッキリしない。

 ――ん?遠くに何か見える。行ってみよう。

 私は遠くに見えた光のようなモノに意識を向ける。すると私が移動しているのか、その光のようなモノが近づいて来ているのか……とにかく私の眼前に何処かの風景が浮かび上がる。

 ――小さな女の子が泣いている。あぁ、あれは私か。小さい頃の。

 小さな私の直ぐ近くに、血塗れの大人の男のヒトが数人横たわっている。ゴツゴツした岩が多い山の麓だろうか、剥き出しの岩にも血が飛び散っていた。男のヒト達は既に息は無いのだろう。ピクリとも動かない。周囲をよく見てみると、ハーシルトの兵士が数人立っている。その中の一人が私を抱き上げた。


「怖かったね。でも、もう大丈夫だよ」


 返り血と思われるモノで兵服を綺麗な赤に染め、顔にまで飛んだ血飛沫で出来た模様を、鮮明に思い出す。その顔で優しく笑う兵士の顔も。

 ――そうだ。これは私の記憶だ。あの時の(・・・・)……


「君を誘拐した盗賊団は僕達ハーシルト兵が全部倒したよ。もう安心して良いんだ」


「怖かったね。よしよし」


 他の兵士達も私の方へ来て口々に慰めの言葉を掛けてくれる。この時は素直に安心したのを覚えている。こんな事件、昔は珍しくも無かった。

 ――いや、頻発していたって訳じゃないけどね。まぁ、この出来事があって、女の子は兵士になりたいと思いましたとさ……それで終われば、きっと女の子は正義感溢れる素晴らしい兵士になったんだろうね。

 安堵して泣く私。大丈夫だと言って撫でてくれる兵士達。薄暗い森の近くで起こった、少女誘拐事件は無事に解決……

 ――でも。でも、そうじゃないんだ。私、あの時思ったの。ずっと忘れていた。ううん。忘れたフリをしていた、のかな……兵士になれば、こんな風に殺せるんだ。殺して良いんだ。って、そう思ったの。

 兵士に抱き抱えられたまま、泣き止んだ小さな女の子の口角は、大きく歪んでいた。誰にも気づかれる事無く、死体を見つめながら。不意に幼い私が急にカッと眼を見開き、私を見る。

 ――え?どうして……

 歪んだ口角が動き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


 『やっと、思い出したね』



「はっ!」


 そこで私は目を覚ました。体中に汗をかいていて気持ち悪い。うなされていたのだろうか、息切れを起こして肩で息をする。いつの間にか着替えていた寝間着も汗を吸って重くなっていた。


「うっ――」


 近くにあった桶に嘔吐する。胃液しか出ない。酸っぱい口内を洗おうと、水差しの水をそのまま口に含み、桶に出す。幼女()の酷く歪んだ笑顔が頭から離れない……

 

「あら、起きたの?」


 声の方向に顔を向けると、ピピアノが天幕に入ってきたところだった。手には私用の寝間着の着替えと、水の入った桶を持っている。看病しようとしてくれたのだろう。


「ピ、ピピアノ――」


 喉がイガイガして声が出しにくい。水を一口飲む。


「無理に喋らなくて良いわ。それより気分は……あんまり良さそうじゃないわね」


 そう言いながらピピアノは椅子に腰かける。持ち物を机に置き、腕を組んだ。


「もうお昼よ? うちの勇者様は寝坊助ね」


 ニヤついている。からかっているのだろうか。優しさを孕む言い方が嬉しく感じられる。


「むぅ……み、皆は?」


「ちゃんといるわよ。もちろん軍の皆も、ね。今は将軍の所で話し合いしているわ」


「そっか……」


 それを聞いてふらふらと寝床から立ち上がる。皆が同じ場所にいるのなら好都合だ。


「待って。どうするつもり? 今行って貴女は何を話すの?」


 ピピアノが心配そうに問う。話す事なんて決まってない。何を話したら良いかも分からない。


「分からない。でも、でも謝らなきゃ」


「謝るって――あ、ちょっと!」


 重たい体をズルズル引きずって天幕を出る。「仕方ないわね」そう呆れた様子でピピアノが肩を貸してくれる。何だかんだ言うけど、ピピアノって優しい。私達が将軍の天幕に向かっている時、兵士さん達は皆、遠巻きに見ているだけだった。まるで怯えた子どものような目で。ピピアノは私の気持ちを察したのか、「気にしないの」と小さく言ってくれた。


「失礼、します」


 弱々しい声で天幕の入口を潜る。ゼンデュウ将軍をはじめ、軍の主要人物が集まって話し合っていたが、皆一斉にこちらを向く。想像していた以上に、重苦しい雰囲気は無い。


「……起きて、大丈夫ですかな?」


 最初に口を開いたのはゼンデュウ将軍。包帯等の治療の跡が痛々しく、私は思わず顔を背けた。


「はい。あの、私、何て言ったら……」


「気にする事はありませんぞ。この傷は俺が未熟なせいですからな」


「いえ、そんな事は……でも、その……」


 言葉が上手く出てこない。将軍まで槍一本分くらいしか距離はないはずなのに、物凄く遠く感じる。


「申し訳ありませんでした。勇者殿」


 そう言って立ち上がり、深々と頭を下げる将軍。

 ――何で?何で将軍が謝るの?


「違う! 謝るのは私の方です――」


 大きな声が出た。自分でも驚く。


「フィズ、実はね――」


 そう言ってピピアノは説明してくれた。魔剣の事、今回の行軍が単なる貴族の見栄や体裁の為でしかないこと。聞いた時は愕然とした。戴冠式で気持ちを込めたのに、国民に期待させてるのに、それが実は支持を得るためのモノに使われただけなんて。何より、王様の決定?オルさんは知っていたの?私は椅子に腰かけたまま、うなだれた。


「そう、ですか……」


 でも、一つ気になる事がある。魔剣の副作用だ。精神に異常をきたす者が多いと言っていたけど、あれがそうなのかな?皆あの私を見たせいで怯えているっていうの?じゃあ今の私は、皆の目にはどう映っているの?


「魔剣はもう使わない方が良いですな。あの時勇者殿は魔剣に精神を乗っ取られておったのですからな、使わなければ、問題無いですぞ」


 将軍の優しい笑顔がチクチクと私の胸を刺激する。そうじゃない。そうじゃないのに。言わないと、ちゃんと伝えないと……


「違うんです……」


 ゼンデュウ将軍の優しい微笑みを見れなくなって視線を落とす。天幕の中の静寂が、今は少し耐え難かった。

 ――そう、だって違うんだもん。全部、覚えてる。私はずっと、私のままだったから。私はずっとずっと小さい頃から、そう(・・)だったから。


「違う? 何がですかな?」


「私、精神を乗っ取られてなんていない。あの剣は――あの剣はたぶん、そのヒトの心の奥底を無理やり引き出すモノなんだと思います。つまり……」


 一同こちらを見て動かない。外からは兵士さん達の話す声が、遠くから聞こえてくる。


「斬りたいのも、殺したいのも、楽しかったのも、全部私です。全部私なんです! あの笑い声も、殺意も何もかも!」


「っ!?」


 天幕の中の空気が変わる。恐らく、私が来るまでは将軍の執り成しもあり、私は魔剣に操られていただけで、今後は魔剣さえ使わなければ良いという結論が出ていたのだと思う。皆から感じる視線は同情の感情を強く放っていたから、許される流れだったのだろう。それが故に、天幕内は緩んだ空気に感じられていた。それなのに今は……緊張そのものだ。


「フィズ、アンタ……!」


 私はもう、自分がどうすべきなのか、分からなくなっていた。突然勇者になったって言われて、流されるがままに邪神討伐に出て。そりゃあ私自身その気になってたし、この町を見てピピアノに言われた事、自分自身で見た事、感じた事はいっぱいあったし決意もしたつもり。


「もう、私は私が分からない。魔物を斬った感触、将軍と斬り合った感触を思い出すだけで、たまらなく思ってしまうんです」


 最早、異常者だ。こんな奴が勇者だなんて、一体誰が認めるだろうか。今だってあの感覚が思い出されて自然と口角が上がりそうになっている。震える手で頬を押さえていないと、きっと笑ってしまうだろう。


「「「…………」」」


「――良いではないですか?」


 沈黙を斬り裂いて、天幕の中に響く声。皆の視線はその声の主に集まる。声の主はギィさん。


「殺意を持つ事は悪い事ではありませんよ。まぁ無差別では困りますが。私達は邪神を何しに行くんでしょう?」


 一同を見回すギィさん。戴冠式の時のように、演技っぽい。こうなる時のギィさんは、妙に力強いというか何と言うか……何かしらの固い意思を感じる。


「そうです、殺しに行くんです。魔物だってそうですし、道中盗賊や悪意を持ったヒトに襲われるかもしれません。その時どうします?」


 そこでギィさんは私を真っ直ぐに見る。青い瞳は揺らぐ事無く私に突き刺さった。

 ――分かってる。ギィさんの言いたい事は分かっているけど……!


「わ、私が言いたいのは、そういった事を楽しんでいる自分が問題なんだって事で――」


 その時、天幕に兵士が一人入ってくる。


「突然、申し訳ありません」


「どうした? 今、大事な話をしているのだが」


 将軍の睨みにも、兵士さんは引かない様子。


「すみません将軍……勝手な事だとは思いましたが、俺達、昨日の夜話し合ったんです」


 兵士は(うつむ)いて言う。その様子を見て、話しにくい事なのだという事が分かる。


「俺達、魔物や邪神と戦う覚悟はあります! 例え途中で倒れて死ぬことになっても、国を、大事なヒトを守れるんなら本望だって……そう、思えるんです」


 拳を握り、将軍に詰めよる兵士さんを、私は黙って見ている事しか出来ない。


「でも、先ほどの勇者様の話――あ、盗み聞きしていた事は申し開きもできませんけど、あれが勇者様の本性だって言うんなら……」


 そう言うとチラチラと私の方を見る。気まずそうな表情に、私は力無く微笑む事しか出来なかった。

 ――そうか、何が言いたいか、分かったよ。


「勇者様と共に戦う事は、もう、できません……!」


 悔しいのか、怒っているのか。兵士さんの握りしめた拳が震えている。


「貴様、何を言っているのか分かっているのか? 敵前逃亡と同じ罪になると理解しているのだろうな?」


 将軍の声に怒りが籠っているのが分かる。睨みつけられた兵士さんは、それでも毅然として将軍に訴える。


「分かってます! 分かっていますけど、俺達は邪神を倒しに行くんです! これが政治的な体裁でしかない事も分かっています。それでも、俺達は皆やる気でした! お伽噺とぎばなしの英雄に憧れて兵士になった者、自分の強さを試したくて兵士になった者、大切なヒト達を守りたい者。皆理由は違いますけど、邪神を倒す日を! 俺達は必ずやるんだって!」


 ぷるぷると震える兵士さん。本当に悔しいのだろう。このヒト達は確かにお金で売られるような貧しい暮らしをしていたかもしれないが、それは昔の話で、今は立派な国を守る兵士なのだ。

 ――止めて、もう分かった。私が何をすべきか、もう分かったから。


「でも、でもあんまりじゃないですか。頼るべき勇者様が、味方が襲い掛かって来るなんて!」


 歯を喰いしばり、涙を流しながら訴える兵士さん。

 ――そう、私はこのヒト達の夢まで奪ったんだ。壊したんだ。

 改めて理解した時、私は誰にも気づかれず、力無く小さく笑った。将軍の怒号が響く、兵士さんも負けじと大きな声を張り上げている中、私は自分でも驚くほどに冷静だった。


「あの。私が行軍から離れます」


 静かにそう言った。大きな声にかき消されてしまいそうな声だったが、皆の耳に届いたらしい。天幕の中は静寂に包まれる。

 ――そうだ、私はここに居ちゃダメなんだ。


「なっ! フィズさん、何を言ってるんですか!? それはダメです! 勇者が討伐軍から離れてどうするんですか!?」


 ギィさんが珍しく取り乱している。声を荒げて、ちょっと異常なくらい。


「だって、私がいたら皆怖いでしょ? ギィさん、こういう事だよ。私が言いたかったの」


「ぐっ。むぅ……」


 私の言葉にギィさんの顔が歪む。


「勇者殿、それではこの行軍の意味が――」


 将軍も焦っているようだ。対照的に、私の頭がどんどん冷静になっていくように感じられた。


「魔物討伐も行軍の目的の一つですよね。邪神討伐は私が一人で行きます。皆は国内の魔物討伐を」


「勇者殿、そんな勝手が許されるとでも?」


「許して頂かなくても良いです。それこそ勝手に出て行きますので」


 将軍と私は見つめ合う。周囲のヒト達も黙って経過を見ている。時間にすればそれほど長くはなかったかもしれないが、私達は随分長く互いの目を見ていたように感じた。


「……分かりました。何を言っても無駄なようですな」


 やがて将軍は深く溜め息を吐いて言った。同時に私の表情筋も緩む。


「ですが、一つだけ。先日言った言葉は忘れないで頂きたいですな」


「先日の言葉?」


「言ったではありませんか。精一杯生きる、と」


 将軍の顔から厳めしさが消えている。代わりに……何だろう、悲しそうな顔で微笑んでいる。


「皆、分かったな! これより勇者殿と別行動とする! ただし、忘れるな。勇者殿も我々も、離れていても同士である!」


 私の我が儘。私の行動で皆を引っ掻き回しているのは分かっているけれど……正直に、嬉しい、と思った。こんな私を、まだ仲間と思ってくれるなんて。そして申し訳ない気持ちが溢れてくる。だが、これで良いと思う。私は一人でも必ず邪神を倒して見せる。この身と引き換えにでも、必ず。

「御機嫌よう、ギィさん。メーリーですわ」

「……遅いわよ」

「皆……良いの?」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」一章12話――

「さぁ、再出発だよ!」


「私は一人じゃない。ありがとう、皆」


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