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1話・久々の行軍

またまた間が空き、すみません。

 私達獣人国の勇者一行が鉱山の街『アーガ』を出てから二日後、改修された大橋の前にようやく辿り着いた。


「やーっと川を渡れるわねー。この橋が壊れてなきゃ、とっくに首都に着いてたってのに」


 私は目の前を流れる大きな川を眺めてそう言った。大橋の下を流れるドレウ川は、幅が広く深い。オマケに流れも速くて渡し舟も危険だそうだ。


「そう言わないでよ、ハルさん。お陰でシャリファに出会えたんだしさ」


 そんな風な事を照れずに言えるなんて、タカトも随分と成長したものだ。いや、これは無自覚なのだろう。ちょっとおちょくってやらねば……


「あらタカト。そうねぇ。愛しのシャリファに出会えたんだもんねぇ、橋を壊した魔物に感謝しないとダメよ?」


「い、愛しのって……そそ、そんなんじゃないったら!」


 顔を真っ赤にして反論する姿が可愛い。隣でシャリファはクスクスと笑っている。


「タカト、私の事、好きじゃない? 私、タカト、好き」


 意味が分かっているのか、何なのか。ともかく、更に真っ赤になったタカトの腕にギュッとしがみつくシャリファは、楽しそうに笑っている。その光景は微笑ましい。

 照り付ける太陽が私達を焦がし、乾いた風が砂を運んでいて不快なのだが、子ども達は元気でよろしい。それに川から吹き付ける水気を含んだ風が心地良く、王子もリオも、騎士団の皆も一息ついているようだ。


「おい馬鹿娘。騒ぐのは勝手だが、体力を消耗するなよ? 橋を渡っている途中も何があるか分からんのだぞ」


 橋を見つめる王子の横で呆れ顔をするアホッチ……じゃなくてリオッチの口から、説教が飛んで来る。

 ――リオめ、自分がオッサンだからって、若者の動向には嫉妬しているのね。ま、そんな事を言うと喧嘩になるのだから、冷静な私は華麗に受け流してあげるわ。


「ふふん。リオと違って若いから、体力はまだまだ余裕だってのよ」


「私はまだ二十八だ! 脳天お気楽短絡娘が!」


 悪口が新しくなっている。これはムカつく。これは徹底的にやり合う必要があるようだ。


「誰が短絡よ! 私ほど物事をじっくり考えて行動するヒトはいないわよ! 短気過ぎオッサン!」


「何だとぉ!? この――」


「止めんか! それより橋を渡る前に休憩を挟む。タカト、飯の用意を頼む」


 王子の一喝で私達二人は互いに顔を背けた。まぁ何時もの流れというヤツだ。王子の号令で橋から少し離れた場所に簡易的な野営地が設置されていく。調理が得意なタカトは食事の準備をテキパキと行い、シャリファはそれを手伝っている。


「いやぁ、元気が良いですなぁ。特にハルフィエッタさん、どうです? その元気を商売で役に立てませんか?」


 突然話し掛けて来たこの怪しい商人は、ボーウス。ボーウス・ツルクエイという名の商人で、獣人国で商売をしていたニアイ(非獣人)だ。ここ鉱山国の首都へ同行する事になっている。

 背の低い小太りな、何処にでもいるような中年。これだけで十分なくらい、容姿に関しては特筆すべき点が無い。そんなボーウスだが、小さいながらも商団を率いているのだから、それなりに商売上手だと思われる。


「お断りよ。私は王子の側近。いえ、後の王妃よ? うふふ」


 体をくねらせて王子をチラリと見る。聞こえているはずなのだが、全くこちらを見ない。さすが王子だ。この程度のボケでは反応すらしないとは。


「おぉ。そうなのですか? これは失礼を。では未来の王妃様とは是非とも懇意(こんい)にして頂きたいものですな。もちろん王様もですが」


 さすがは商人だろうか。私の発言が冗談だという事を踏まえたうえで、私のみならず、王子にも取り入ろうとしているのが分かる。王子の方を向いて揉み手(・・・)をする姿は浅ましいようで強かさが滲み出ていた。


「ボーウス殿、こいつの言う事を真に受けぬよう。それに、我は王の座に着くつもりは無い」


「ほぅ、やはり兄上様が王になられるので?」


「……正式な発表ではない。ここで話す話題でもなかろう」


 眼光が鋭くなったボーウスに何かしら危機でも感じたのか、王子はそれ以上この話題を話さなかった。私やリオにもボーウスは話題を振るが、私達も答える事は無かった。

 商人という生き物は些細(ささい)な情報をも金に換えようとしてくる。それは時として予期せぬ被害を生んでしまう事もある。王子はそれを嫌ったのだろう。


「――ハルフィエッタちゃん、今日も空が青いですねぇ。晴れた空に美味しい食事。そして可憐に(たたず)むハルフィエッタちゃん。おー。僕はこの時代で活動出来る事が本当に嬉しい」


 ボーウスが自身の牛車へと戻って少し経つと、代わりに暑苦しいヤツが来た。商団の荷物を乗せている牛車の護衛をしていたオットーが、岩に座って食事をしている私の横に座る。王子とリオは早々に食べて訓練しに行ってしまったから、私一人だ。


「長ったらしい前置きが嘘っぽいってのよ。牛車の護衛はどうしたの?」


「おー。ツレナイ貴女も美しい。護衛は騎士団の方と交代しましたよ」


「ふーん」


 聞いておいて何だけど、興味は無い。タカトの作った昼食を口に運びつつ、離れて二人きりで食事を摂っているタカトとシャリファの見る。タカトが何か冗談でも言ったのか、ニコニコと微笑むシャリファ。

 ――楽しそうで羨ましいわねぇ。はぁ、王子もゆっくり食事すれば良いのに。それは無理かもしれないわね。口がデッカイから。


「それにしても面白いですねぇ。荷物を運ぶのに牛ですか……」


「牛が珍しいの?」


 しょうがないので、オットーで暇を潰す事にする。


「いえ、牛自体は珍しくはないのですが、以前の時代では馬を使う事が多かったものですから」


 聞き慣れない単語だ。


「ウマ?」


「えぇ。馬です」


 爽やかそうな笑顔で答えるオットー。金髪のボサボサ髪のこの男は、数千年前の時代に造られたという、アンドロイド?とかいうヤツらしい。仕組みはサッパリ分かっていないが、とにかく、自然に生まれた生物ではないとのこと。

 そして、オットーが言うには、私達ヒトも何者かによって造られた生命であるらしいのだ。馬ッ鹿馬鹿しい話ではあるが、『アーガ《鉱山の街》』の地下で見た超文明跡から出て来たコイツの言う事は妙に説得力がある。


「ウマ、ねぇ」


「四足歩行で、こう……パカラッパカラッと地を駆け回る生き物ですが、知りませんか?」


「見た事も聞いた事も無いわ。絶滅しちゃってるんじゃないかしら?」


「おー……それは残念です。僕は馬が好きだったのに」


 残念そうに首を振るオットー。


「ふーん。あ、そう言えば、貴方のいた時代の事って、聞いても大丈夫かしら?」


 数百年だか数千年前だか、とにかく物凄く昔って、どうなっていたのだろうか。別に興味津々って訳ではないのだけれど、話のタネに聞いておくのも悪くはないだろう。


「おー。ハルフィエッタちゃん。僕に興味深々ですねぇ」


「いや、違うけど」


 真顔。何の感情も込めずにただ真顔で返す。その顔を見たオットーは軽く笑って首を振ると、静かに話し始めた。


「僕が最初に起動したのは、研究所の一室でした。あの施設ですね。研究所の警備用アンドロイド達を束ねる司令塔としての役割を与えられています……いえ、いました」


「警備用ねぇ。物騒だったの?」


「えぇ。戦争をしていましたからね。研究所はあの通り地下でしたから、防衛設備はあまり無く、警備用のアンドロイドで事足りたんです。地上の施設であれば、もっと物々しい重火器で溢れ返っています」


 ジュウカキ? よく分からないが、私達が入った施設は、オットーのような警備兵で守られていたって事だろう。


「ふーん。難しいからさ、もっと楽しい話が良いわね。面白い道具みたいなのって無かったの?」


「おー。面白いですか……あぁ、そうですねぇ。研究員達が息抜きでやっていた『ドリームシステム』というゲームが面白そうでした」


 ――ドリームシステム? ゲーム? こいつ、意思疎通魔法切って大陸言語で話しているから、分からない単語は分からないままなのよね。


「あー。ゲームは……そうですね、遊戯、遊びだと思って大丈夫」


 私の顔を見て苦笑いをしながら言う。難しい顔をしていたのだろう。


「『ドリームシステム』は言うなれば、何でも叶えてくれる装置、とでも言いましょうか」


「何でも? 何でもって……何でも?」


 私の疑問に満足そうにニタリと笑う。その顔がちょっとムカつく。


「そう、何でもです。美味しい物が食べたい。お金をいっぱい手にしたい。そんな願いはもちろん、異世界に行って冒険したい。世界を自分の手にしたい……等々。まさに何でもですよ」


 馬鹿げている。というか、からかわれているだけじゃないだろうか?


「いやいや、それじゃあ戦争なんてしなくても良いじゃない? それ使えば何でも思いのままなんでしょ?」


「えぇ、夢の中(・・・)で、ですけどね。ドリームとは、夢という意味ですから」


 そう言って遠くを見つめて笑う。その横顔が儚げなのは、何かしら思い入れがあると私でも分かる。


「夢の中でって……それこそ夢じゃないの。そんなの虚しいだけじゃない」


「そうですね。僕もそう思います。けど、当時の人々はそれが娯楽でした。その装置を使い、夢の世界で好き放題やる。実に中毒性のある装置でね。一般の使用は許可されていなかったそうですよ」


「中毒性ねぇ……」


「えぇ。実際、夢の世界から戻ろうとしない研究員も何人か目にしました。辛い現実より、思い通りになる夢で過ごしたい……気持ちは分かります」


 気持ちは分かるけど、やっぱり夢の中でなんて虚しいだけだと思う。


「ってか、楽しい話は? 何だか不気味な話だったじゃない」


 そう私が言うと、オットーは困った顔をする。


「楽しいというのは難しいですね。戦争中でしたから、こうして外に出る事もほとんどありませんでしたし、出ても主に戦闘だけでした」


「あー……」


「あ、研究員の人達と話したりするのは好きでした。と言っても。アンドロイドに命令以外で話す人は、あまりいなかったですが」


 また儚げに遠くを見る。その横顔に、私はピーンと来た。


「その人達の中に、好きな人でもいたのね? 確か、ターナ……だったかしら?」


 そうだ、確かアーガで聞いた気がする。あの時はシャリファもいたし、別の方向に話が行ってしまったが、今日は私しかいない。大人の話をさせてもらうとしよう。


「おー。よく覚えていましたね。そうです。ターナ・マクファーリン。彼女がいなければ、僕はただの機械のままだったでしょう。彼女がいなければ、あの地下で僕はハルフィエッタちゃん達を殺していたかもしれません」


「へぇ。それじゃあ私も感謝しとくわー。ま、あのまま戦っていても負けたりしなかったけどね」


 これは強がりだ。あのまま戦えば、恐らく負けていた。それ以前に、殺すつもりがあったなら、もっと早くに拳銃で殺されていただろう。

 ふっ。と小さく笑うオットーには、私の強がりは見透かされているようだ。それがムカつくが、ここで突っ掛かるほど私は子どもではない。


「まぁ良いわ。そのターナって人の話を聞かせてもらえる?」


 恋の話となれば、乾いたこの時間にも潤いが与えられるというものだ。


「えぇ。では少しお話するとしましょう。僕とターナは――」


 そう話し始めたオットーの表情は、優しく、楽し気で、何処となく泣きそうに見受けられた。空高くギラギラと輝く太陽は、この表情の訳を、知っているのだろうか。

「……失礼致しました。3718、と呼ばれております、研究員様」

「うんうん、宜しい。で、研究者様じゃなくって、私はターナ。OK?」

「死から解放されれば、色んな常識も変わるわ」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」九章2話――

「昔話」


「僕は何の為に、誰の為に……」

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― 新着の感想 ―
[一言] どんなストーリーだっけと思ってたけど、 中盤以降のSFちっくなネタで一気に思い出した (。・ω・。)ノ
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