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11話・踏み出す一歩

間が空いてしまい申し訳ありません。

 エータと(ヤエ)が決闘した日の夜。カートシラの宿屋二階。メーリーと(ヤエ)の部屋。街中からは陽気な笑い声や騒ぎ声が絶えないが、この部屋の中は切り取られた様に静かだった。


「ねぇ、ヤエ」


 ベッドに並んで腰かけ、雨上がりの綺麗な星空を窓越しに眺めながら、隣に座るメーリーが私を呼ぶ。私は返事をせず、首だけを動かし彼女を見た。


「貴女、どこまで話したんですの?」


 ニコリと笑ってはいるが、私には分かる。怒ってるな、メーリー。


「……私の想像を話したに過ぎない。メーリーやギィ達の事は話していないさ」


 嘘ではない。私の仮定した話だけだ。しかし彼女の様子を見るに、疑いの空気を感じる。メーリーはカンが鋭い。同性の私からしても怖いくらいだ。これが本当の『女のカン』というヤツなのだろうな。


「――ふぅん。最近のヤエは随分と勇者エータと仲が宜しいようですので、全部話してしまったのかと思いましたわ」


 随分と棘のある言い方だな。こうなるとメーリーは長い。以前は……確か酒場の給仕係と長話をした時に不貞腐れてしまったな。内容は忘れてしまったが、ただの世間話だったというのに。


「そんな事は無いと思うが。まぁ、同じ出身という事もあって、共通の話題はあるがな。そういった意味では、もっと勇者エータとは話をしたいと思っている」


 私は絶対にメーリーに嘘はつかない。伝える内容を選ぶ事はあるが。しかし、この言い方はちょっと神経を逆撫でする言い方だったな。ぷくりと膨らんだ彼女の頬。ジトリとした目で私を睨む。

 あぁ、これは完全にやってしまったな。


「折角、憎き偽神に会えたというのに、ヤエったら勇者にばかり構って……もう私との約束は忘れてしまいましたのね」


 数秒前の私を殴りたい。いくら嘘を付かないと決めているとはいえ、言葉はもっと慎重に選ぶべきであった。馬鹿か、私は。

 言葉を探している内に、無意識にメーリーの肩を優しく抱き寄せた。悲しさと寂しさと、それから思い違いでなければ愛しさの混じったような微笑。そんな顔の彼女をこれ以上見たくはない。いや、こんな表情には二度としたくない。


「――すまない。意地悪が過ぎたようだ。忘れるものか。この世界に来て誇りを失い泥や土に塗れていた私を、獣か賊に身を落とすしかないと諦めていた私を、もう一度人間にしてくれたのはメーリー、君だ。そんな大恩のある君との約束を忘れてしまうほど、私は薄情ではないよ」


 ぎゅう、と力を込めると、彼女はそれに応えるように、小さく鳴いた。


「……」


「……」


「それだけ?」


 呟かれた言葉の意味を、私は瞬時に理解する。私の心臓が鼓動を速めたのを、恐らく彼女は気づいただろう。


「……」


 普段なら、このまま沈黙の後はメーリーが眠ってしまうというパターンだが、今日は違った。私の太腿(ふともも)に置かれた手に、僅かに力が籠る。


「ねぇ、それだけなの? ヤエ。私、私は……」


 お互い、きっと気持ちに気付いている。それは分かっている。しかし、この世界に来るまでそういう気持ちになった事の無い私と、ずっと芝居と復讐に打ち込んできたメーリーは、こういった感情に慣れていないのだ。


「メーリー、待て――」


 今なのか?確かに、最近は二人の時間はあまり無かった。しかし、憎き仇敵に出会い復讐心を新たにしている、この状況で?


「ヤエ、怖いんですの。私は」


「――怖い?」


 予想外の言葉。どのような恐怖なのだろう。今私の側にいる彼女は、普段皆の前で見せるような傲慢高飛車な存在ではない。まるで嵐の日の子どものように、小さく弱々しく見えるのだ。


「憎き偽神を目の前にして、何も出来なかったんですの。絶対に自分を抑えられなくなって、突っ込んで行くんだろうって思ってましたのに、実際に目にすると……震えて動けませんでしたわ」


「怖いって、そういう恐怖は、私にだって――」


「違うんですの! そうじゃありませんの。私が怖いのは、そのまま復讐を諦めてしまう事ですわ。圧倒的な力の差を目の当たりにして、諦めてしまう事が怖いんですの。そして何より、何より……」


「……」


「……」


「何より?」


 メーリーは私の腕の中から離れ、ベッドから降りて私の正面にたった。そして両手で私の両頬を優しく挟んだ。

 ただそれだけの所作だというのに、時間がゆっくりと間延びしたように遅く感じられる。体は動かない、何も考えられない。ただ彼女にされるがまま、私は彼女と面を向かい合わせた。


「貴女を失う事が――怖いんですわっ!」


「!?」


 泣いている。月明かりが背後から射しているというのに、彼女の目から流れる液体はキラキラと光っていて美しい。


「もし復讐を果たせたとしても、その時に貴女がいなかったら……そんな世界に一体、何の価値があると言うのでしょう?」


「メーリー……」


 流れる涙を、私は人差し指で拭う。暖かく濡れた指先が妙に愛おしく感じる。


「私はね……貴女に出会うまで、ただ復讐だけを考えて生きてきましたわ。気晴らしに始めた芝居が成功して、確かに嬉しくも思えた事もありましたけど、やっぱり考える事は復讐でしたの」


「……」


 私と出会った頃のメーリーは、確かに今よりもトゲトゲしかった。舞台上で芝居を演じる姿を見ていても、どこか焦っていて、余裕が無かった。『演技は上手いが内面が表現出来ていない。誰を演じてもまるで同じ』という評価だったようだ。


「でも貴女に出会って沢山笑って、復讐以外にも生きる意味を見つけましたわ。貴女を私の復讐に巻き込んで死なせてしまったら、私は後悔してもしきれませんわ……」


 どういう顔をして良いか分からない。だが、真剣な彼女の前に先ほどみたいに無粋な言葉を吐く事だけは避けたい。


「だからね、ヤエ。私、後悔だけはしたくありませんの」


 微笑んだ彼女を見た時、私は決心した。そして、瑛太君が言った言葉を思い出す。

 そうだな。『ここは現実世界で、これからの未来は私達が作っていくモノ』だ。私も、いつまでも恐れていないで踏み出すべきなのかもな。


「メーリー」


 彼女の手を取り、真っ直ぐに目を見つめる。例えやるべき事の順番が違おうとも、時期尚早であろうとも、今の私の気持ちは伝えていくべきだ。

 偉そうに瑛太君に説教臭い事をしてしまったが、自分自身だってまだまだ若いのだ。失敗や挑戦を繰り返して何が悪い。


「はい」


 柔らかな微笑みの中、緊張している様子が見て取れる。私の頭がゴチャゴチャと言い訳を考える内に、私の口は息を吸い込み、実に短い言葉を吐いた。


「――好きだ」


 彼女の目が一瞬大きく見開かれたかと思うと、再び微笑む。優しく閉じられた瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。その涙は先ほどのモノのような悲壮感のある涙などではなかった。


「はい。私も好きですわ。ヤエ」


 互いの気持ちは、分かっているはずだった。しかし実際に声に出すと、こうも違うモノか。

 じわりと視界が歪む。私とした事が、まさか涙を?


「ふふ。ヤエ。やっと、ですわね」


「あぁ。すまない。私に勇気が足りていなかったせいで――待たせてしまったかな?」


「いえ。それを言うなら、私にだって勇気がありませんでしたわ。それに、良いんですの。きっと今日、今が一番良い――えぇっと、何て言いましたっけ?」


「タイミング、か?」


「そう、それですわ。きっと今が一番のタイミングでしたわ♪」


 彼女は私の首に腕を回す。私もそれに応え、彼女の細い腰に腕を絡め、抱き締める。


「メーリー。もう一度約束をしよう。協力して偽神を倒す。君のお父様の仇だ。絶対に倒そう」


「えぇ。約束ですわ」


「そして、もう一つ約束したい」


「もう一つ?」


 メーリーを抱く腕に力が籠る。この際だ、もう言ってしまおう。


「この旅が終わったら、一緒に暮らそう。結婚して欲しい」


「――!」


 顔は見えないが、驚いている様子は伝わって来る。


「結婚って……私達は同性ではありませんの?」


「はははっ。古いなぁ、メーリー。同性でも結婚くらいするさ。で、返事はどうなんだ?」


「もう、古いとは随分な言い草ですわね――」


 彼女の腕にぎゅうっと力が籠められる。


「もちろん、良いですわよ」


 愛の形なんて、人の数だけある。私とメーリーの愛の形も、誰かと同じなんかじゃない。

 もしかしたらこれから変わっていく事もあるかもしれない。しかし、先が分からない事は不安な事だけではない。それでも前へ進んで行く。それが生きるという事だ。何があってもメーリーと二人、乗り越えていって見せる。私達の未来はまだ――何も決まっていないのだから。


※※※※※


「それじゃあ、またどこかで会おう、皆」


 あれから数日。俺達と傭兵団は、カートシラ周辺の魔物退治をしていた。そのお陰で街ではちょっとした有名人だ。

 カートシラを立つ日の朝、俺達とビリガード傭兵団は別れを惜しんでいた。俺達は首都へ。傭兵団はしばらく留まるそうだ。ドカンと晴れた、気持ちの良い朝。小鳥達が歌う声がとても爽やかだ。


「エータ! 気を落としちゃダメなのよ。ダメなのよ!」


 もう大丈夫だと何度も説明したのに、ステイちゃんは心配そうにしている。確かに、小鳥の(さえず)りからシュシュさんを連想してしまったけれども。


「……世話になった。また会おう」


 ギムリさんは相変わらずか。エロゲの主人公みたいな髪型のこの人とも、今度会ったらゆっくり話がしたいな。


「ヤエ! ササ! 今度会った時は朝まで飲むぞっ! 約束だかんなっ! あたしの事忘れんなよ!?」


 この数日で、アイリさんとヤエさん、ササさんはかなり打ち解けたらしい。綺麗な女性陣が集まる姿はやはり眼福だ。


「エータ。勇者一行の貴方達と共に戦う事が出来て、本当に勉強になりました。その、シュシュさんの事は残念でしたが、エータなら、きっと……!」


 ビリガードと力強く握手をする。傭兵団の皆とは、過ごした期間は短くとも良い時間を過ごさせてもらったと思う。

 ――余談だが、傭兵団の皆はディエゴを見ていない。だから当然、奴の事は知らないし俺達も言ってはいない。問題はササさんだ。





『ササ。シュシュは誰に連れて行かれたんだ? ヤツの名前、憶えているか?』


 昨晩、ヤエさんは唐突に尋ねた。宿の廊下。俺とササさんと、ヤエさん。

 いや、さすがにオカシイ質問だと思った。まだ数日しか経っていないし。あ、でも……


『はぁ? 何言ってるッスか? 忘れる訳ないッス! アイツは……アイツは……あれ? そう言えば、名乗ってなくないッスか? あのヘンテコな女」


 ヒトは、ディエゴの事は覚えていられない……


『あれ? そう言えば何かオカシイッスよね……?」


 ササさんは顎に手を当て考えだす。悪い予感がする。


『あれっ? 誰かいたッス? もう一人……? 誰ッス? 誰か――誰がッ!?』


 頭を抱えてその場にへたり込んでしまう。

 ――マズい、シュシュさんに大陸の外の話をした時と一緒だ。


『ササさん! ササさん!?』


 その後、俺が必死に呼びかけ続け、どうにかササさんは戻ってきた。済まなさそうに謝るヤエさんと共に、ぐったりするササさんをベッドに運んだのだった。

 なるほど、ディエゴの言っていた事は本当らしい。これはなかなか面倒だ。敵の姿を忘れてしまうだけでなく、思い出させようとすると大変な事に。


『くそっ!』


 ササさんの部屋の外で俺は一人、苛立ちを隠せなかった。





「ではまた。あ、そうだ。エータ。これを」


 俺達を見送るビリガードから、小さな金属板を手渡される。何やら剣と盾がモチーフの紋章が刻まれただけだが、薄っすらと魔力が込められているのが分かる。


「これは?」


「僕の家の紋章です。本当はあまり頼りたくはないのですが……首都に行った際は、是非ハインザム家にお立ち寄りください」


 なるほど、家紋に込められた魔力で認証してくれるって訳だな。これは是非使わせてもらおう。


「ついでで申し訳無いのですが、手紙も渡して頂けると……」


 薄い封筒を受け取る。現代の物と比べると少し荒い肌触りがする。


「分かった。必ず届けるよ」


「ありがとうございます。お願いします」


 頼まれ事を快く受ける。ただ届けるだけなのだが。


「お礼と言っては何ですが、もてなすように手紙に書いておきましたので」


 少し恥ずかし気に言うビリガード。何をするにも爽やかなこの男は、本当にゲームの主人公みたいだ。別に(ひが)んでいる訳じゃないぞ。


「おぉ。ありがとう。ごめんな、お返しになるようなモノ、何も――あ」


 砦で商人からもらった赤透明の玉を取り出し、手渡した。

 宝石っぽいけど、持ってても売るくらいしか使い道なさそうだし、渡しておこう。


「これは……?」


 ビリガードも不思議そうに玉を見つめる。傭兵団の皆も注目する。


「砦で商人から貰ったんだ。俺には使い道が分からないし……紋章の礼だと思って、貰ってくれ」


 決して、使えないモノを押し付けた訳ではない。という事にしてくれ。


「綺麗だね~。ありがとうエータ。ありがとうエータ!」


 ステイちゃんが嬉しそうにしているから良かった。


「ありがとうございます、エータ。大切にします」


 律義に頭を下げるビリガード。


「よしてくれよ。それじゃ、また必ず会おう。それまで元気でな!」


 俺達はビリガード達に見送られながら、カートシラの街を出る。目的地は中央国首都である、「ハーシルト」この国は国名と首都名が同じだから、覚えやすくて良いな。

 ディエゴめ。待っていろよ。俺は必ず、お前からシュシュさんを取り戻す。どんな手段を使ってでも。

 倒すべき敵の正体が少しずつ輪郭を成していく。俺は気持ちを新たに進んで行くのだった。

「やーっと川を渡れるわねー。この橋が壊れてなきゃ、とっくに首都に着いてたってのに」

「私はまだ二十八だ! 脳天お気楽短絡娘が!」

「えぇ。では少しお話するとしましょう。僕とターナは――」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」九章1話――

「久々の行軍」


「王子と私のムフフな物語っ!」

「そんな訳あるか! この馬鹿娘がッ!」

「……うるさいぞ、二人とも」


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