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10話・いつか必ず、この手で

更新遅れました。生きてます。

 ヤエさんに連れられてカートシラの壁外に出た。暗い曇り空はまるで、俺の心の模様を表しているかの様に暗く広がっている。湿った空気が冷たく頬を撫で、遠くから魔物か何かの遠吠えが木霊している。


「――構えろ」


 ヤエさんが腰に差した刀に手を掛ける。腰を落とし、鋭い眼光で俺を睨む。


「こ、こんな事をしたって……」


「良いから構えろッ!」


 震える声がヤエさんにかき消され、俺は言われるがままに剣を抜き構える。


「何だそれは? 殺すつもりで掛かって来い」


 そう言われてドキッとする。殺すつもりって……魔物とかと訳が違うんだぞ?


「いや、掛かって来るのを待っていたら明日になりそうだな。行くぞ!」


 俺が戸惑っている内に、ヤエさんはあっという間に俺の目の前に。

 マズいと思った。鋭い目付きが俺の全てを睨み付ける。獲物を狩る動物のように、必ず仕留めるという意思が漏れ出ているようだった。


「うわっ!」


 無言の居合い斬りが放たれる。鋭い剣筋が俺の腹部目掛けて真っ直ぐに伸びた。空を斬る音さえ聞こえない斬撃は、直撃すれば間違いなく物体を真っ二つにするであろう。

 ギィン!という金属音が響き渡る。俺はかろうじて剣で受け止められたようだ。冷や汗が全身を湿らせ、危険信号が脳内で煩く鳴っている。


「こんな事に何の意味があるか分からないけど、やるってんなら……」


 俺は手にした勇者の剣に魔力を込める。ディエゴと対峙した時に光ったこの剣は、きっと魔力を吸収して強くなるのだろう。ヤエさんの鋭い斬撃に対応出来るか分からないけど、やる価値はある。

 しかし、予想に反して勇者の剣は何の反応も示してくれなかった。ただの剣が相変わらずヤエさんの刀を受け止めている。


「くっ」


 何だ?何か条件があるのか?くそっ!本当に何もかも上手くいきやしない!

 苛立つ俺を気にもしないかのように、対峙するヤエさんは口を開く。


「君は、君にとってこの世界は何だ?」


 そう言ったヤエさんは一旦刀を引くと、今度は振り下ろしの一撃。俺は剣を横一文字にして斬撃を防いだ。彼女の切れの長い目が更に鋭くなり、俺を見下すように睨む。咄嗟に目を逸らしながら、俺の呆けた口は音を漏らした。


「そ、それは……」


「君はまさか、この世界はゲームか何かだと思ってるんじゃないか? 色んなイベントが発生して、辛い事も楽しい事もあるけど、最終的にはハッピーエンド。そんな都合の良いゲームの中に入っているなどと思っているんじゃないか?」


「そ、そんな事……」


 あるかもしれない。言われてみると、この世界に来てから何度か、漫画だったらアニメだったらと考えた事がある。いや、それが当たり前の様に考えていたかもしれない。


「自分は大丈夫。死んだりしないし、大切な人は無条件で自分を愛してくれる……そんな都合の良い世界など、まやかしだよ。作り物の中でしか有り得ない、ぞ!」


 ヤエさんに押し負け咄嗟に飛び退くが、バランスを崩して尻もちをついてしまう。それでも追撃を防ぐため、しっかりと剣を握って彼女から目を逸らさない。


「勇者などとおだてられ、女性陣に囲まれ浮かれ、手にした力で万能感に酔う。例え負けて悔しい思いをしても、自分だけは生き残る。そうして再び自分より弱い者には手にした力を見せつけ、万能感に酔う」


 冷たく言い放つヤエさん。言いながら距離を詰め、単純な振り下ろし。その単純な斬撃すら、俺は受け止めるのが精一杯であった。


「勝てぬ相手だと思えば、幼子のように喚くだけ……」


「くっ。そ、そんな事ッ!」


「この後に及んでまだ言うつもりか? お前が違うと言う事で、状況が変わるのか?」


 剣と刀が震え、ガキガキという金属音が近い。散った火花がヤエさんの刀を鈍く光らせていて、恐怖から俺は思わず唾を飲み込んだ。


「例え私が何を言ったところで、君には響かないだろうな。君は腑抜けだ。言い訳だけ一生懸命考えておくと良い。大丈夫、君は安全な場所で眺めていれば良い。漫画やアニメでも観ているつもりでな。私が、私達が全てを終わらせるまで、ウジウジと立ち止まっていれば良い」


 俺は――俺はどうしたいんだ?ラカウで決めたんじゃないのか?日陰じゃなくて、日向に出て生きるって。シュシュさんとカルロ達みたいに、一生懸命生きるって。

 それなのに、確かに俺は心のどこかで思っていたんだと思う。『自分だけは大丈夫』って。だからきっと、いつしかこの世界での冒険を、俺の好きな漫画やアニメ等と重ねてしまっていたのかもしれない。

 覚悟を決めたつもりでも――いや、一度は決めた覚悟が錆び付いてしまったと言った方が正しいか。半端になってしまった覚悟のままだったから、シュシュさんは行ってしまったのだ。


「シュシュの事も任せておけ。余裕があれば生け捕りにしてやる。余裕が無ければ殺すがな」


 ヤエさんは本気で言っていると思う。理由は分からないけど、彼女はディエゴに対し物凄い執念を持っている。きっと目的達成の為に、淡々とシュシュさんを殺すだろう。

 ――でもそんなの、俺は絶対に嫌だ。


「それは……させない。それだけは絶対に!」


 火花を散らす剣が、少しずつ押し戻されていく。奥底から染み出るような微弱な力が、俺の腕を支えるように前へ動かす。

 目を閉じなくても、シュシュさんの笑った顔、悲しむ顔、楽しそうな顔、ボーっとしている顔――様々な顔が脳裏に浮かんでくる。

 ――そうだ。俺はもう一度彼女に会いたい。彼女が例え作られた生命で、俺達人間に逆らえないようにインプットされているのだとしても、そんなの関係無い!


「俺は……」


 ヤエさんを押し戻し、少しずつ立ち上がる。


「もう、彼女を……!」


 そう、シュシュさんを……


「離したくないんだッ!」


 叫びながら剣を振り抜き、ヤエさんを振り払った。


「――!」


 飛び退いたヤエさんが、僅かに笑ったような気がした。それと同時に、俺の体の奥底から暖かい力が溢れてくる。先ほどの微弱な力ではなく、水道の蛇口をひねったかのように勢い良く出てきているのが分かる。


「抽象的で、利己的でしかない。自分が良ければシュシュの都合など、気にもしないのか?」


「関係無い! 俺は、シュシュさんに会う。そして必ず連れて帰る! 例え彼女が嫌だと言っても!」


 自分でも何を言っているか、分からない。まとまらない言葉、筋の通らない主張。酷いもんだ。

 でも、それでも、それが俺の本心。仮に拒絶されたとしても、それでも俺はシュシュさんに会いたい。


「本当に子どもの主張だな。しかし、一歩だけ進んだぞ。ほんの小さな一歩だが、可能性に満ち溢れた、意味のある一歩だ」


 ヤエさんは刀を鞘にしまい、再び居合抜きの姿勢を取る。


「シュシュを取り返す方法、分かったか?」


「あぁ。分かった」


「そうか。どんな方法だ?」


 俺は息を吸い込む。冷たい空気が肺を満たす。


「力づくに決まってる! 必ず探し出して、ディエゴとかいう奴のニヤけ面を思いっきりぶん殴るんだよッ!」


 そう、あの金髪野郎をぶん殴って、シュシュさんを連れて帰る。その為に、俺は強くなる。弱いままに何を言っても、きっと届かない。何かを手に入れるには、相応の強さが必要だ。その現実はしっかりと見なければならない。


「この世界は現実だッ! シュシュさんにはシュシュさんの考えがあるかもしれない。でも未来はまだ分からない。決められたシナリオがあるわけじゃない。ここは現実だからこそ、これからの俺達次第でいかようにも変わっていくはずなんだ……!」


「……それが、君の答えか?」


 刀に手を掛けたまま、ヤエさんは鋭い眼差しを俺に向けて静かに行った。


「あぁ。これが今の俺に出せる答えだ」


「そうか。ふふっ。なら、まずはこれを耐えてみせろ。耐えられなければ死ぬ。これは現実だと言える君なら、どう対処する?」


 小さく笑った後、ヤエさんは一瞬で見違える程の存在感を放った。目に見える景色から、まるで彼女だけ浮き出ているかのように感じる。これは闘気というものだろうか?


「紫電一閃……」


 そう呟いたヤエさんが目を一瞬(つむ)ったかと思うと、周囲のあらゆるモノの動きが遅くなった……気がする。


「神、殺しッ!」


 空気がヤエさんに流れ込んでいる?あれ?どうしてそんなゆっくり――って、全然体が動かない?

 様々な思い出が俺の頭を駆け巡る。ロクな思い出が無かったけど……

 あれ?これってもしかして、走馬灯ってヤツじゃないか?死ぬ?走馬灯を見るって事は、死ぬ直前って事?


 金髪の美少女が俺に手を振る。巨木の大きな葉っぱがザワザワ揺れ、柔らかな陽射しに照らされた彼女はまるで天使そのものだ。


 あれは……シュシュさん?ははっ。懐かしいな。一緒に畑耕してる。そう言えば、彼女にちゃんと言って無かったな。こんなガキが言うセリフじゃないかもしれないけど……

 シュシュさん。俺は、俺はここで死ぬ訳にはいかない。やるべき事が、やらなければいけない事があるんだろうが!伝えたい事があるんだろうが!


「うぉぉぉおおお!」


 ヤエさんの放った神速の居合い斬り。それをしっかりと受け止める。ヤエさんが物凄い速さで動いたからか、周囲に強く風が吹き荒ぶ。


「まだ終わらないぞ?」


 不敵に笑う彼女の言う通り、まだ終わらなかった。俺の剣と、ヤエさんの刀は触れ合っているのに――


 ギィン!ギィン!重なる金属音。連なる衝撃。

 何度も斬撃が追加されている?まるで見えない刃があるようだ。


「くっ!」


 追加の斬撃の重さに、次第に押されていく。踏ん張ってはいるが、ズズズっと少しずつ後方に下がって行ってしまっている。

 同じ方向からの斬撃だから直撃は免れているけど、一発一発が重い。


「負ける――かよッ! おぉらぁああ!」


 咆哮と共に、周囲に漂ってた魔素を強引に魔力へと変換した。何故かは分からないけど、そうすべきだと思ったから。そう出来ると思ったから。

 俺の咆哮に呼応するかのように、勇者の剣が淡く光始める。魔力が剣に吸われていっているようだ。さっきまで何にも反応しなかった剣がオレンジ色の光を発している。光の剣、まさに『勇者の剣』という言葉が相応しい剣だ。


「むっ?」


 体の奥底から湧き上がる力は、感覚さえも強くしているようだ。さっきまでヤエさんの恐怖すら感じていたが、今は何も怖くない。いける。そう確かな自信も体の奥からドンドン湧き上がる。


 キィイン!ギィン!変わらず重なる斬撃。喰らってしまえば一撃一撃が致命傷を与えるものだと分かる。

 しかし、追加斬撃が苦じゃなくなった。このまま押し返せそうだ。いや、押し返して見せる!


「らぁ!」


 剣を振り抜く。オレンジ色に光った俺の剣が全ての斬撃をかき消し、ヤエさんの刀を弾く。宙を舞う刀、両腕を挙げて無防備なヤエさん。考える間も無く、俺は前に出た。


「ぐっ!?」


 そのままヤエさん押し倒し、馬乗りになってヤエさんの眼前に切っ先を突き付けた。


「はぁ、はぁ。俺の勝ちですね」


 高鳴る心臓、乱れた呼吸。全身を血液が有り得ない速さで駆け巡っているように感じる。


「――ふふっ。そうだな」


 負けたというのに、ヤエさんは嬉しそうだ。息一つ乱れていない。


「思い出したか?」


「え?」


「どうやって勝つか、だよ」


「あ……」


 そう言えば、ヤエさんにここに連れて来られらたのって――


「はい。勝てないのなら強くなれば良いんです。こうやって、強い人にも勝てるように」


「そう。勝てない相手に勝てるように強くなれば良い。単純な話だ。しかし、強さとは何も力だけでは無い。心を強く持つ事が大切なんだ。君が言ったように、この世界は現実だ。自分達の動いた結果が未来なんだ。なら、今からでも最善を尽くしていくしか無いんだよ」


 単純な話。戦いの最中に思い出した答えは、呆れる程に簡単な話だった。こんな簡単な事を教える為に、ヤエさんは……


「――さて、そろそろ降りてもらえるだろうか?」


「え、あ……」


 我に帰ると、左手に柔らかい感触……


「へぅあ!? すす、すみません!」


 慌ててヤエさんから飛び退く。ラッキースケベというヤツだが、ラッキーな気がしない。この後が怖い。


「まぁ、今回は許すが、次は無いからな?」


 状況が状況なだけに淡々としているが、それが余計に怖かった。


※ここから大陸言語

「雨も降りそうだし、そろそろ戻ろう。ササとメーリーも、戻るぞ」


 大き目の声でヤエさんはそう言った。やれやれと言った調子だが、何処か嬉しそうにも聴こえる。機嫌が良いような?

 ……ん?ササさん?メーリーさん?


「――に、にゃっはっは~。バレてたッスかぁ」


 少し離れた草むらから、にゅっと顔を出すササさん。


「ほら、だから言ったんですの。もっと離れないとヤエからは見つかっちゃうって」


 隣からメーリーさん。二人とも、体にくっついた葉っぱとかを払いながら歩いてくる。


「ところで、勇者様? ヤエの胸を触るなんて……」


 メラメラとメーリーさんが燃えて震えている――ように見える。


「あ、えっと……事故です、事故」


「メーリー。それは後にしてくれ。今は戻ろう」


「むぅ。仕方ないですわね……」


 ふぃ。助かった。


「エータ。もう大丈夫ッスね?」


 ササさんの心配そうな顔。

 そうだ。俺はこの人にも凄い迷惑を掛けたんだ。


「はい! もう大丈夫。御迷惑をお掛けしましたっ!」


 丁寧に頭を下げる。そしてもう一つ……


「シュシュさんを取り戻すの、手伝ってくれませんかっ?」


 皆に向かって頭を再び下げ、五秒くらい待つ。返事が無い……

 不安になって顔を上げると、皆のきょとんとした顔。


「何を今更……エータが行かなくても、私達は行くッスよ~? ねぇ?」


「当然ですわ。奪われたままだなんて、性に合いませんもの」


 腕を組んで、頷くメーリーさん。


「改めて力を貸そう。もう腑抜けないでくれよ? 勇者様?」


 息を漏らすように笑ったヤエさんからは、先ほど感じた恐ろしさは微塵も感じなかった。


「皆……」


 泣きそうになるのをぐっと堪える。腑抜けるなと言われた矢先に涙なんて見せたくない。こんな俺に協力してくれるなんて、感謝の想いしかない。そう考えるとやっぱり泣きそうになる。

 その時、丁度雨が降って来た。俺の代わりに泣くように、しとしとと。雨に追われるように、俺達はカートシラの壁内に急いだ。


「瑛太君」


 戻る途中、ヤエさんに呼び止められた。また日本語だ。


「一人で勝てない相手にだって、力を合わせれば勝てる。君は一人じゃない。それだけは覚えておくと良い。これからは――いや、これからも宜しく頼む」


「はいっ! よろしくお願いします!」


 俺の返答に、ヤエさんが満足そうに微笑む。

 俺はまだまだ未熟だ。準備不足の中、ディエゴ達と対峙するかもしれない。でもその時に後悔しないよう、精一杯やれる事はやっておこうと思う。例えどんな結末になろうとも、それをしっかりと受け止めて生きていく事が、現実を生きるって事なのだから。


「……私の想像を話したに過ぎない。メーリーやギィ達の事は話していないさ」

「エータ! 気を落としちゃダメなのよ。ダメなのよ!」

「それじゃ、また必ず会おう。それまで元気でな!」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」八章11話――

「踏み出す一歩」


「前へ進もう。例え何が待っていようとも」



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