7話・崩壊の足音
俺達が砦の正面入り口に着くと、もうほとんど形勢は決まっていた。ビリガード達の前に立っている窃盗団は、傭兵団と同じくらいしかいない。
「ビリガード! 無事かっ!」
俺が叫ぶと、窃盗団が振り向く。その顔は疲労困憊。さらに絶望が上乗せされたようだ。
「くそぉ!」
状況を理解した一人の窃盗団員が武器を放って座り込むと、それに続いて一人、また一人と、武器を捨てていった。
「無事、なようだな。待たせた、ビリガード」
俺達は傭兵団の無事に、ホッと胸を撫で下ろした。
「もう少し敵が多かったら危なかったですけど、この程度の敵なら、僕達の敵ではありませんよ」
得意げに言うビリガードの首に、アイリさんが腕をガシッと回す。泥や返り血で汚れた彼らの顔を見れば、ここでの戦いの激しさが伺える様であった。
「よく言うよ! 途中で弱音吐いたクセにさ。なんだっけ? 『ここで死んだら――』」
「や、やめろッ!」
「……『ここで死んだら僕達も伝説になれるかもしれない。それも悪くないな』だな」
ギムリさんがボソリと言った。アイリさんはそうそう、と頷いている。
「やめてくれよぉ……」
ビリガードの顔は真っ赤だ。意外と中二病なのかもしれない。黒歴史ってヤツだな、俺にも覚えがあるから、何だか好感が持てる気がする。
「まったくビリガードは弱気で困るのね。困るのね!」
ステイちゃんも笑っている。とにかく皆無事で良かった。
「このデッカイのが出てきた時は驚いたけど、何とかなったの。ステイ大活躍したの。大活躍したの!」
ステイちゃんがエッヘンと胸を張る。小さい丘が誇らしげに見え、俺は急いで目を逸らした。
「――ん? でっかい奴って言ったら……」
戦場を見渡すと、他の奴らよりも二回りくらい大きな男が横たわっているのが見える。腹には大きな風穴が空いており、明らかに絶命している。
「うわ……」
そして、手には太い鉄の鎖を持っている。こいつはもしかして、商人達が言っていた、窃盗団の団長では?
「アイツよ、エータ。ビリガードが引き付けている内に、私の魔法をぶつけてやったの。一撃だったわ。一撃だったわ!」」
ステイちゃんは再び小さな胸を誇る。助けた人達の話では相当な強敵な印象だったが、一撃か。コイツが弱かったのか、ステイちゃんの魔法が強力だったのか。
「なんだよ。やるじゃないか傭兵団!」
何にせよ、素直に凄いと思った。タウロンにやられそうになっていたのは調子でも悪かったのかもしれないな。
「あぁ、そう言えば、この男が言っていたんですが……僕達、前の村で請け負った依頼で捕らえた盗賊がいましてね。どうやらそいつらはこの窃盗団の一員みたいでした。何人か逃げられていたので、そこから情報がいったのでしょうね」
そういう事か。つまりは仲間の敵討ちの為に、ビリガード傭兵団を誘い込むつもりだったんだな。怪しさ満載でお粗末な作戦だったけど。
「それじゃ、中に戻ってヤエとシュシュさんと合流しません? 暗くなってきましたし、不本意ですけれど、この砦で夜を明かす事になりそうですわ」
嫌そうな顔でメーリーさんは言った。確かに、メーリーさんにこういう砦は似合わない。
「そうッスね……っと。生存者は全員縛ったッス。とりあえず牢にでもぶち込んでおくッス」
ササさんは残党を縛っていてくれたようだ。得意気な表情が何とも頼もしい。俺が抜けていても安心できるなぁ――
ズガガガガガガガッ!!
突然そんな大きな音が聞こえたかと思うと、砦の二階部分を突き破り、真っ直ぐ光が伸びていく。まるで巨大なレーザーのようなそれは、一目見れば強力な破壊力が理解出来た。
「わわっ! 何なの? 何なの!?」
慌てるステイちゃん。他の面子も皆一様に驚きの表情を浮かべている。
ガラガラと崩れる壁を見て、俺の背中に寒気が走った。今砦の中に居るのは……
「シュシュさん!」
嫌な予感。何故だか、彼女があそこにいる気がしてならない。居てほしくはないのだけれど、俺の中の危機察知器官がビービーと警鐘をならしているようだ。
居ても立ってもいられなくなった俺は、急いで砦の二階に走っていくのだった。
※※※※※※※
扉を開けた先、またしても殺風景な部屋。その奥に置かれた大きな椅子の前に、何者かが立っていました。男性か女性かも分かりません。
何せ、何かの動物か魔物を模したような半面を被っているからです。白を基調とした、目の細い動物……それに見た事もない、白と赤の服を着ています。身長が小さいからでしょうか、服が少し大きいように見受けられます。
「なっ。み、巫女服?」
ヤエさんは目を丸くして驚いています。知っている方なのでしょうか?ミコフクさん?
「あんれぇ? あーしのこのカッコ、何で分かるの? おねーさん、もしかして神様? アッハッハ! なわけないか!」
ミコフクさん?は可笑しそうに笑いました。半面の物か、地毛なのか分かりませんが、白く伸びた髪がバサバサと揺れています。下方が開いた半面から覗く口元は私達と何ら変わらないようです。恐らく獣人ではないでしょう。
「……神だと? 貴様、奴らの関係者か?」
憎しみに満ちた低い声に、背筋が凍り付いたかと思うくらいに、とてつもない恐怖を感じました。思わずヤエさんの見れば、普段から鋭い彼女の目付きはまるで剣先のように鋭さを増し、剥き出しの殺気が私にまで刺さる勢いでした。
「ふ~ん? やっぱりおねーさんは何かオカシイ? まー良いか♪」
そう言ってコホン、と咳を一つ。
「あー。勇者一行よ。残念だが――えーと。あ、ここで仲間と別れが……えーと――」
「……生命流転」
ヤエさんは呟くと、腰に帯びた剣に手を掛けました。
「生亡一閃!!」
私の目の前からヤエさんが消え、次の瞬間には、ミコフクさんは上半身と下半身が二つに分かれていました。遅れて風がビュウっと巻き起こり、私は思わず目を瞑ってしまいました。
「アララ? おねーさん強いねぇ♪ こりゃ、あーしじゃ勝てないかも分かんね」
ドドッと地に落ちたミコフクさんはピクリとも動きません。しかし、くすくすと笑っているようです。胴が分かれているというのに、この余裕は一体……
「これで終わるとは思っていないぞ?」
ヤエさんが呟くと、ミコフクさんの上半身も下半身も、バラバラと紙になって崩れてしまいました。
私はもう言葉を発する事さえ出来ず、じっとしているだけでした。
「アッハッハ! 終わる訳ねーし? あーしまだ本気じゃねーから。アッハッハッハ!」
そう聞こえたかと思うと、大きな椅子の後ろからミコフクさんが出て来ました。私にはもう何が何だか訳が分かりませんでした。
「名前くらい名乗らせろし? せっかちだねぇ、おねーさん?」
見た事無い形の扇?でしょうか。折り畳み式のそれを開いてパタパタと仰いで笑うミコフクさん。ヤエさんはその様子を見て溜息を吐きました。
「早く名乗れ」
「言われなくても名乗るし。あーしの名前はトモエ。神様の使徒が一人。残念だけど、勇者じゃないおねーさん達には、ここで死んでもらうよ?」
そう言い終わると同時に、ヤエさんが斬り掛かりました。
ガキン!
ミコフクさん改めトモエさんは扇を閉じ、ヤエさんの斬撃を受け止めました。
「ふん。その鉄扇、なかなか頑丈じゃないか」
ヤエさんの剣、トモエさんの鉄扇から火花が散り、金属が擦れるギリギリという音が部屋に響き渡っています。
「血の気が多いなぁ、おねーさん。もう少し風情ってモノがあるっしょ? おねーさん達も名乗ってから戦うよね~? ふつーはさ」
「風情だと? 貴様はもう直ぐにこの世から消えるのに、風情も何も必要あるか?」
怖い、怖いです、ヤエさん。憎しみが溢れ出ているようです。何が彼女をここまで怒らせているのでしょうか?
「まぁ良い。私の名前はヤエ。ヤエ・アマサキだ。せめてこの名を覚えてから――死ねっ!」
「ヤエっちね。覚えた覚えた。で? そっちのおねーさんは?」
トモエさんが顎で私を差してきました。ヤエさんもこちらをギロりと振り向きました。
こ、こっちを見ないでください。
「わ、私はシュシュ・ウィンエリアです……」
控えめに挨拶をしました。結構距離があったので、聞こえたでしょうか?
「シュシュっちね。うんうん、可愛い名前♪ 出来れば殺したくないけど、まぁ、仕事だからぼちぼちやろっかね~」
剣と扇をガチガチギリギリと合わせたまま、どうしてそんなに楽しそうにお喋り出来るのでしょうか……私には分かるはずもありません。
「ソーレっ!」
ヤエさんの剣を弾き、トモエさんは距離を取りました。
「シュシュ! 手伝うか逃げるか、決めろ!」
叫びを聞き、私は我に帰りました。そうでした――殺すとまで言われた以上、トモエさんは味方ではありません。なら、私は迷わず戦う事を選びます。ヤエさんを殺させない為に。
――足手まといにならないようにしないといけませんね。
「戦います! 援護は任せてください!」
「アッハッハ! 楽しもうねぇ!」
トモエさんは楽しそうにそう言い、紙のようなモノを数枚、前方に投げ飛ばしました。
「かじゅぎんかー♪」
トモエさんがそう唱えると、ヒラヒラ舞っていた紙が発光し、眩い光に部屋内が満たされます。
「ま、まぶっ!」
「くっ! シュシュ! 止まるなっ! 動け!」
ヤエさんの叫びを聞き、私は目を瞑ったまま左方向に走りました。瞬間、右肩に鋭い痛みが走りました。
「痛っ!」
「ひゅ~♪ シュシュっち運が良いねぇ♪」
その言葉の後、私のすぐ近くで金属音が聞こえました。
「――離れてろ。いや、ここから逃げろ。シュシュ」
目を開けると、光は収まっていました。ヤエさんがトモエさんを後ろから斬り掛かったようです。二人は再び鍔迫り合いをしていました。
「わ、私……」
右肩を触ると、生暖かい液体がヌルりと手に触れました。
「――ひっ」
左手が真っ赤に染まり、死を連想しました。ウルバリアスでガドルラスーと初めて遭遇した時と同じような、絶対的な力の差……
恐らく私一人では絶対に勝てない相手でしょう。ヤエさんの言う通り、逃げた方が良いのかもしれません。
「シュシュ!」
しかし、私だって、勇者の仲間です。それしきの事で立ち止まってなんていられません!大陸を救う勇者の一行として、何もせずに逃げる事なんてしたくはない!
「大丈夫です! 陽の力よ! セルナ!」
キッと敵を見据え、魔法を放ちました。この距離なら、外しません!
私の放った魔法がトモエさんの肩に当たりました。弱い魔法ですが、少しは援護になるはずです。
「あたたっ! もう、痛いし! むっかー!」
全然効いていないようでしたが、一瞬の隙をヤエさんは見逃しませんでした。
「――ふッ!」
一瞬引いたかと思うと、体勢が崩れたトモエさんに、突きを仕掛けました。
「……あっぶね~。今のは焦った。まじパネェね、ヤエっちの剣てさ」
「ちっ」
トモエさんはお腹に届きそうな剣を、もう一本取り出した扇で防いでいます。
「にっしっし! 二刀流~♪ カッコいいっしょ?」
「ふざけた奴だ……」
私はその隙に、二人から距離を取りました。これで終わるような相手だとは思えなかったから、大きい魔法を――
「そら! うらぁ!」
「アーハッハッハ!」
二人が剣戟を繰り広げている内に、詠唱を!
「光の使徒よ。汝らの力により、我の敵を撃ち滅ぼさん……!」
魔素が私の手に集まり、光に変わっていきます。恐らく、直線的な魔法ではもう当たらないでしょう。
「シュシュっちの魔法、痛いからやーよ!」
私の方に向き直したトモエさんに、ヤエさんは容赦無く斬撃を浴びせます。防いだ鉄扇からは火花が散り、硬い金属音は何度も現れては消えていきます。
「むっかー! ヤエっち! 巻き込まれるよー!」
「……」
「むっかー!」
ヤエさんが引き付けてくれている内に、魔素が十分集まりました。これで――
「見よ! 我の敵は未だ健在ぞ!」
左手を突き出し、トモエさんを睨みつけます。魔力への変換も終わり、後は撃つだけ。
「カーム・スパーセル!」
私の左手に集まった魔力が強く発光し、ヒトの頭ほどの大きさに膨張。そのまま勢いよく発せられます。
「ちっ! 嫌な魔法!」
トモエさんはヤエさんから勢い良く離れると、紙を数枚前方に投げつけました。私の放った魔法がトモエさんを追いかけていきます。
「せんぺんばんかっ!」
トモエさんが叫ぶと、紙の周辺がグニャリと歪み、あっという間に紙が大きく不細工な、何かの動物のような人形に変わりました。トモエさんはその人形を盾に、部屋の中を逃げ回っています。
人形はトモエさんの近くを浮遊し、障害物の役割を果たしているようです。
「ちぃ!」
ヤエさんはその人形を斬り付けます。斬られた人形はスゥっと消えていき、紙に戻ってはらりと地に落ちていきました。
「むっかー! って――ヤバッ!?」
ドカン!という大きな爆裂音。トモエさんに命中した魔法は、大きく光り、爆発しました。周囲は巻き上げられた埃で一杯に。
これで、どうでしょう!?
「――痛い。痛い痛いッ!」
煙の中から大きな声が……
「ちっ。シュシュ。まだ終わってないようだ」
ヤエさんが剣を構え直し、私はようやく剣を抜きます。利き腕は負傷しているので、左手でですが。
「激おこっ! もうマジで殺すかんね!」
トモエさんから発せられた魔力により、周囲の埃が一瞬で晴れました。
「す、凄い魔力量……」
無意識に私は呟いてしまいました。
「今のあーしでも、少しなら……!」
トモエさんは大量の紙を投げながら言いました。
「させるか。生命流転――」
ヤエさんが剣に手を掛けると――
「させないよ! ヤエっち!」
トモエさんが鉄扇を投げ付け、その鉄扇が巨大化してヤエさんに襲い掛かりました。
「ちッ! 生亡一閃!」
鉄扇を真っ二つにしたヤエさんはトモエさんを睨み付けました。そして――
バシュン!
そんな音が聞こえ、一瞬部屋の中が光で満たされたかと思うと……
「ふぅ。あんまり持たぬ故、一撃にて沈みたもれや」
トモエさんが居た場所に、一人の女性が立っていました。これは一体、どういう事なのでしょうか……
「――あちゃ。外してしまったわぁ。運が良いのぅ。お主等。アーハッハッハ!」
「どうして泣いている? その祈るような手はなんだ?」
「ま、まて! シュシュさんを返せ!」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」八章8話――
「現実はいつも、無情で非情で残酷で」
「くそ、くそぉ!」




