6話・救出
草木を掻き分け、俺達は砦の反対側に到着した。ここに来るまでに罠や見張りは全く無かった。
ちゃんとした軍隊でも組織でもない、ただの窃盗団のアジトなんて、こんなもんか?そう言えば、山に入って以来魔物すらまともにみていないな。きっとササさんが魔物のいないルートを探ってくれているお陰なのだろうけど。
それにしてもビリガード達、やられたりしないだろうな……自分で言った作戦だけど、少しだけ心配だ。
「エータさん。もう直ぐ時間ではないでしょうか?」
俺が思考を巡らせていると、シュシュさんがコソコソと小さな声で言った。顔が近くて思わず頬を赤らめてしまう。
「あ、あぁ。そうだね――よし、皆、準備は良い?」
俺も務めて小さな声で確認する。もちろん頬を赤らめた事を悟られないように、何でもない風を装って。
「大丈夫ですわ。ねぇ、ヤエ?」
「あぁ。いつでも行ける」
メーリーさんとヤエさんは、ハッキリ言って心配していない。特にヤエさんは仕事人という言葉が似あうくらいに安心感がある。
「シュシュさんとササさんは?」
「大丈夫です」
「腕がなるッスね」
頼もしい返事だ。シュシュさんは少し緊張しているような面持ちだが、ササさんは余裕のある笑みを浮かべている。
俺は皆の顔を見て頷いた。改めて砦を見やると、そこかしこがボロボロで砦を囲んでいる壁は穴だらけだ。二階建てと思わしき砦本体にも、いくつか穴が開いている箇所がある。
「それじゃあ、時間まで後二分。待機しよう」
時計の針は五時十三分。予定の五時十五分までは後少しだ。
「緊張しますね」
シュシュさんが俺に耳打ちする。暖かい吐息にドキドキしてしまった。
「う、うん。そ、そうだね」
別な意味で緊張してしまう俺を、ササさんが呆れ顔で笑っている。
「おアツイのは、全部終わってからにしてほしいッス」
「ア、アツイだなんて、私はただ、緊張しますねと言っただけで……」
シュシュさんは白い肌を赤くしている。
うん、可愛い。追加でからかわれて、ポコポコとササさんを殴る姿もまた――可愛い。作戦前の緊張が解れる。これもササさんの気遣いなのだろうか。
ドォォオオン!
そんな事をしていると、ビリガード達がいる砦の正門方面から、大きな音と振動が伝わる。きっとステイちゃんの魔法だろう。
「始まったみたいですわね。勇者様」
メーリーさんに促され、俺は一歩前に出る。正門方向からワーワーと野太い声が響くのを聞くと、俺は決意を固め直した。
「よし、潜入する。行こう」
「おー」
と控えな音量でやり取りをする。ま、返事したのはシュシュさんだけだけどね。
砦の後方の、崩れた壁から敷地内に侵入する。開戦に伴い、正面に敵が集中しているようだ。こちらには僅かな見張りしか残っていない。その見張りもヤエさんとササさんの素早い不意打ちで、声を上げる間も無く、地に沈んでいく。
「思った以上に脆くて、拍子抜けッスね」
退屈そうにするササさんに、シュシュさんは苦笑い。潜入前の緊張は何だったのだろうと思ってしまうくらいだ。
「さて、中に入ろうか」
明らかに後付けされた扉から、砦内部に侵入する。ゆっくりと開いた扉から、埃っぽい臭いが漂ってくる。
砦の中は、入って直ぐはロビーのような空間になっていた。といっても、狭めな空間である。樽や木箱などが乱雑に置かれていて更に狭くなっている。部屋の左右の端からはそれぞれ真っ直ぐ通路が伸びている。
「――ぐぇ。臭いッス」
ササさんは手で鼻を覆う。猫の獣人って、嗅覚も優れているのかもしれない。
「さっさと進みましょう? こんな所、一秒でも長く居たくありませんわ」
メーリーさんも不快そうだ。ハンカチで鼻を覆っている。というか、俺以外の皆が不快そうだな。確かに埃っぽい臭いと生臭いような臭いがするけど、魔物の臭さに慣れてしまったのか、俺は平気だ。
「通路が分かれていますね。エータさん、どうしますか?」
「そうだなぁ……よし、左右両方に行こう。少しでも時間は短縮したいし」
「ふむ。どう分けるッス?」
いつも通りなら、俺達ウルバリアス組と、メーリー、ヤエ組に分けるが……
「たまにはグー・パーで決めるか」
こんなに緊張感が無いのは、意外と簡単に事が進んだ為に気が緩んでいたからかもしれない。
そして俺はこの日、こんな決め方をした事を――後で死ぬほど後悔する事になるとは、この時知る由も無かった。
「ぐー・ぱー? 何スか、それ?」
「単純な方法だよ。掛け声と共に、手をグーかパーにするんだ」
自分の手をグーパーさせて説明する。
「三人と二人の二組になれば成立。同じモノを出した人達が組むんだ」
「なるほど、簡単ッスね」
「……懐かしいな」
ヤエさんが日本語でボソリと言った。
「でしょう?」
俺も日本語で言う。何だか秘密を共有しているみたいで楽しい。
「それじゃ、やってみよう。せーの。グー・パー♪」
皆の手を見ると、グーは俺、ササさん。メーリーさん。パーはシュシュさんとヤエさんという結果になった。
「「――くぅ」」
俺とヤエさんは悲痛な声が漏らす。自分で言い出した事だとはいえ、シュシュさんと離れるのは嫌だった。それはヤエさんも同様で、メーリーさんと離れるのは堪えるらしい。
「ぷぷっ……コホン。それでは、行きましょうか。ビリガードさん達に悪いですわ」
笑いを堪えたメーリーさんは、とても楽しそうだ。ヤエさんにヒラヒラと手を振ると、俺の腕を掴んで右の通路に入っていく。
「ちょ、メーリーさん。一人で歩けますからっ!」
後方から恐ろしいオーラを感じながら、俺はメーリーさんの手を振り解いた。
「あら、ツレナイ事言わないでくださいまし。ゆ・う・しゃ・さ・ま♪」
メーリーさんの顔が近い。そして後ろが怖い。怨念のようなおどろおどろしい何かが伸びてくるように感じられる。背筋に冷や汗が伝わるのがハッキリと感じられた。
「バカやってないで、とっとと行くッス」
ササさんが俺とメーリーさんの間に入る。ササさんがツッコみを入れてくれるのが流れになって来たようだ。ヤエさんはメーリーさんに甘いからなぁ。
助かったと思いながら、ササさんに背中を押されて廊下の奥へと先へ進んで行く。
それからはメーリーさんからイジられながら、俺達は通路を進んでいた。しばらく進むと地下へと延びる階段を発見する。元々は隠し階段であったのだろうか、隠し部屋を壊したような壁の中に、それはあった。
「どうするッス?」
「どうしようも何も。明らかにこの下が怪しくない? 誘拐された人、いそうじゃない?」
「そうですわねぇ。ささ、勇者様。決断してくださいまし」
ふむ、どうしようか。シュシュさん達のルートがどうなっているか分からないのだから、あっちの状況を加味して考えるのは出来ない。ましてや、誘拐された人がいるという確信も無い。つまり――
「迷ってても仕方ない。行こうか」
俺達は階段を降りて行った。壁に灯された、松明の火が揺らめく。魔法灯が主流になっている世界なのに、油を燃やすタイプというのは、やはり古臭い。
しかし、わざわざそれを使っているという事は、この先に何かがあるのでは、という期待感を高めている。
短い階段を降りて行くと広い空間に出る。そこは見渡す限り牢屋のようだった。
※※※※※※※※
エータさん達を見送った後、私達は左の通路を進んで行きました。通路を進むうちに、扉をいくつか見付けました。その度にヤエさんが開けてくれています。
「大したモノは無いな。どんどん進もう」
ヤエさんはテキパキと散策し、進んで行きます。物凄い頼りになる方です。二人きりになるのは初めてですが、何というのでしょうか――
このヒトのお役に立ちたいという気持ちが沸いてきます。
「そう言えば、君は勇者エータとはどんな感じなんだ?」
「えッ?」
通路を歩いていて、唐突に言われて驚きました。メーリーさんならともかく、ヤエさんからこんな事を聞かれるなんて。
「どど、どんな感じ、とは?」
動揺して変な声になってしまいます。
「あぁ、すまない。他意は無いんだ。ただ、今頃あっちではメーリーが勇者エータをからかっていると思ってな」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ、メーリーの事は何でも分かるつもりだ」
歩きながらそう言ったヤエさんの口元が少し緩んでいるように見えました。察するに、ヤエさんはメーリーさんを恋愛的な意味で好きなんじゃないでしょうか?
私には理解出来そうには無いですが、そういう趣向のヒト達もいると聞いた事があります。
「仲が良いんですね」
「ははっ。そうだな。で、どうなんだ?勇者エータとは」
「むぅ。何とも答えにくいです……」
エータさんとは、将来を約束した仲ではあります。しかし……どうだ、と聞かれても、何ともお答えのしようが無いのです。
「ふふ。すまない。変な事を聞いたね。忘れてくれ」
「いえ、大丈夫です」
ぎこちなく笑って答えました。確かに私、エータさんとどうなんでしょう?エータさんが他の女性と仲良くしているのは嫌だという事は、憎からず想っている。という事でしょう。
しかし、特にまだ――そ、その……な、何かしらの行為があった訳ではありませんし。いえ、何かしらの行為が無ければ何だと言われても答えかねますし、その、何かしらの行為をしたいという訳でも無いですし、いえ、でもそういう行為に興味が無い訳でもありませんし……私は一体何を考えているのでしょうか。
「むぅ……」
「はははっ。変に意識させてしまったね。本当にすまない――む、待ってくれ」
ヤエさんは私を遮りました。目線の先には上り階段が。先にも通路は続いていています。つまり、階段を上るか上らないか、という問題が発生したわけです。私は頭を切り替え、真顔でヤエさんを見ました。
「よし、上ろう」
ヤエさんは一瞬だけ考え、答えを出してしまいました。
「は、早いですね」
「ん? 迷っても仕方ないだろう?」
「それは、そうですけど……ふふっ」
私は少し噴出してしまいました。ヤエさんは不思議そうに私を見ています。
「ヤエさんて、こういうところが何だかエータさんに似ていますね。二人とも珍しい黒い髪ですし、感性も似ているのかもしれませんね」
「ふっ。そうかもしれないな」
少し笑ったヤエさんが、何だか寂しそうに見えたのは、多分気のせいでしょう。
私達は階段を上って行きました。ヤエさんを前に、音を立てないよう慎重に。階段を上がりきると、開けた空間に出ました。壁際に椅子がある以外何も無い、殺風景な――待合室でしょうか?先に通じる扉が一つだけ奥にあるようです。
「妙だな……」
ヤエさんの呟きに、私は静かに頷きました。
「罠かもしれないが、扉の先に何かあるかもしれないな。さて、どうしようか」
窓とも穴とも分からない、砦の壁に空いた空間から男性達の太い叫び声や、金属がぶつかる音が聞こえてきます。外でビリガードさん達が戦っているのでしょう。
「行きましょう。ビリガードさん達も待っています」
先程のヤエさんを見習い、即決断してみました。ここで迷っていても仕方が無いのです。
「そうだな。行こうか」
私達は頷き合うと、待合室と思わしき空間を慎重に進んで行き、扉を押し開けました。
※※※※※※※
「「「ありがとうございますっ!」」」
俺達は地下の牢屋に入れられていた人々を解放した。役所のお姉さんが言った通り、誘拐された人はいたのだ。
男女合わせて全員で七名ほど。ほとんどが商人との事だった。
「いえ、外も暗くなってきていますし、このまま少し待っていてください。奴らを倒したら戻って来ますから」
「そうッスね。連れて行くのも危険ッスから。少しの辛抱ッスよ」
俺達の提案を受け、誘拐された人々は顔を見合わせ、頷く。
「では、これを」
そう言って一人の商人が懐から袋を取り出した。残念ながら男性だ。
「これは、昔とある魔術師さんが作られたという魔道具です。と言っても、私に使い方は分かりません。お守りとしてお持ちください」
袋の中から、小さくて丸い赤透明な玉が取り出される。ピンポン玉くらいの大きさだが、手に取ると重みがある。
「ありがとうございます。こんなに綺麗な物を」
「奴ら窃盗団の団長は、二階の大部屋にいるはずです。とても大柄な男で首に重そうな鉄鎖を巻いています。その力はとんでもなく、この牢屋の格子なぞ簡単に曲げられるでしょう。鎖を振り回して暴れる事も脅威かと。くれぐれも、御注意くださいませ」
商人が頭を下げると、その他の皆さんも頭を下げる。
大柄で力自慢か。鎖を振り回すなんて、昔の不良かよ。
「分かりました。どうする? 先に団長を叩いてしまおうか?」
ビリガード達側の奴らを挟撃で倒してからにするか、まず頭を叩いてしまうか。
「まずはビリガード達を助けに行くッス。あっちを先に何とかしないと、ここに雑魚どもが来てしまうかもしれないッス。それに、砦内にはヤエとシュシュがいるッスから」
ササさんの気持ちは分かる。ビリガード達の実力を疑う訳では無いが、ヤエさんとシュシュさんの強さはよく分かっている。シュシュさんはともかく、ヤエさんが負ける姿を想像する事が出来ない。
「よし、それじゃあ、砦の正面入り口に向かおう!」
俺達は階段を上がり、地下を出る。警戒しつつ、正面入り口を目指して行くのだった。
「まったくビリガードは弱気で困るのね。困るのね!」
「なんだよ。やるじゃないか傭兵団!」
「あーしの名前はトモエ。神様の使徒が一人。残念だけど、勇者じゃないおねーさん達には、ここで死んでもらうよ?」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」八章7話――
「崩壊の足音」
「俺が行くまで、無事でいてくれ!」




