5話・潜入作戦
少しづつ復帰します。よろしくお願いします。
「皆、俺だ。エータだ」
後方隊の正面から姿を見せる。ヤエさんとギムリさんを先頭に来ていたようだ。ヤエさんは警戒していたようで、脇に差した刀に手を掛けている。怖い。
「――勇者エータか。窃盗団だか盗賊団だかの隠れ家は見つかったのか?」
「それっぽい洞窟を見つけたんだ。今ビリガードとステイちゃんが見張っている。ササさんに別の入口が無いか探してもらっているところだよ」
俺の言葉を聞いたアイリさんが、拳をガチガチ合わせながらずずいっと前に出る。
「よっし。住処を見つけたってんなら、後はやっちまうだけだね。対人戦なら、あたしは負けないよ!」
嬉しそうに声を弾ませ、両手をボキボキ鳴らす。なんて好戦的な人なんだ。
「あ、でも、後方隊はこのまま距離を保ちながら来てもらうかも……」
ビリガードが懸念しているように、この依頼は何か胡散臭い気がする。ここまで何も無いという事は、洞窟内に入ったらズドン、とか有り得る。全滅は絶対に避けなければならない。
もちろん、事前に全員に伝えてあるのだが、アイリさんは血の気が多いようである。後方隊というのも嫌がってたし。
「ちっ。もう、あたしも暴れさせろよな~」
がっくりと肩を落とすアイリさんの肩にギムリさんが手を置く。
「アイリ。まだ俺達が接敵しないとは決まっていないぞ」
「そうですよ。この山そのものが奴らのテリトリー……いや、領域です。どこから出て来るか分からない。警戒は怠らないでください」
ギムリさんと俺の言葉に、アイリさんはシャキッと背筋を伸ばし、大きく頷いた。
「少し宜しいです?」
今度はメーリーさんが前に。俺は彼女に向かって小さく頷いた。
「この先が洞窟になっていて、その付近まで導くように目印――馬鹿でも分かる罠ですわねぇ」
やれやれ、といった様子で首を振るメーリーさん。
馬鹿でも分かるのか、ちょっと変な汗掻いた。だって俺は正直に言って気付いていなかったのだから。
「あら、私とした事が、はしたない言葉を。ごめんなさいまし」
「あ、いえ……」
皆涼しい顔してる。皆分かっているっぽいな。俺だけか、馬鹿なのは。
「それが、どうかしたんですか?」
大人しかったシュシュさんが口を開いた。
「えぇ、赤い布に目が行き勝ちですけど、よくよく見れば他に道らしきモノがありましたわ。そっちが本当の道でしょうね」
「そうですね、何箇所か私も見付けました」
シュシュさんは当たり前のように同意している。マジかよ。って、他の皆も頷いている。またも俺だけか。
「私のカンですけど、きっとこの先の洞窟は空っぽ。罠はきっとドカン。てヤツですわ」
メーリーさんは、手で爆発を表すようにグッパーさせる。それを見て俺は、崩落する洞窟を想像してしまい、背筋が冷たくなる。
「え、えぇと。でも、カン、なんでしょ?」
喉が渇き、掠れた声で俺は言った。トンネルの崩落事故をニュースで観た事があるので、それが如何に恐ろしいモノであるか知っているのだ。それを思えば緊張もしよう。
「カンですわ。でも、私のカンは当たるんですのよ? きっと目印の無い道の先に本物の隠れ家があると思いますわ」
メーリーさんは自信たっぷりに怪しく微笑んだ。自分のカンをここまで信用しているのか。凄いと思う。
しかし、どうしたものか。メーリーさんの話を聞いたら、さっきの洞窟に入って確かめるのは怖い。しかし、土地勘の無い俺達が山で無闇に歩き回るのは危険だ。
「そこで提案なのですけれど、先の洞窟の入口から魔法を撃ち込んでみるっていうのはどうでしょう? きっと賊を一網打尽に出来ますわ」
有効的な発想だな。とは言え、ちょっと卑怯な気もする。いや、正攻法で行く必要性は無いと言えば無いのだが。
「でも、もしかしたら誘拐された人がいるかも……」
「その時はその時ですわ。運が悪かったと思ってくださいまし」
人質の存在を懸念するシュシュさん。そんな彼女に向かってメーリーさんは一瞬、物凄く冷たい目をしたのを、俺は見逃さなかった。女優が成せる技か、はたまた彼女の本心か。ともかくその氷のような瞳からは一切の慈悲を感じる事は出来なかった。
「――っ。そんなの、ダメです!」
シュシュさんが少し大きな声を出した。慌てて自らの口を押えている。幸い周囲には人気は無い。気付かれてはいないようだ。
「……大きな声を出してすみません。でも、ダメです。もしかしたらエータさんの言う通り、誘拐されたヒトがいるかもしれません。少しでも可能性があるのなら、私は見捨てたりしたくないっ」
「あたしも同感だね。ただでさえこのご時世、いつ死ぬか分からないんだ。救える命は救いたいよ。あんた達が助けくれたみたいにね」
シュシュさん、アイリさん……
二人の言葉は単純にカッコいいと思った。物語とは違うこの残酷な現実世界の中にも人間らしい思いやりがある事に安心感を覚える。
「……」
真っ直ぐに二人を見つめるメーリーさん。その表情はまるで無表情の仮面を被っているかのようだ。本心なのか、演技なのか、分かりそうで分からない。
「ふぅ。メーリー。もう良いじゃないか。この子達は絶対に見捨てない。君も本心では見捨てたくなんてないだろう?」
沈黙を破ったヤエさんの言葉を聞くと、メーリーさんは溜め息をついて表情を和らげる。
「はぁ――まったく。これでは私がまるで悪役じゃありませんの。いくら私が女優だとはいえ、悪役は好みではありませんの。私はどちらかというと、主人公を演じる方が得意なんですのよ?」
なるほど、これは俺達を試したのかもしれない。ヤエさんとメーリーさんは俺達の意識を固めてくれたのだと思う。皆の意識が同じ方向を向いていなければ、敵地に乗り込むなんて危険は成功しないだろう。
シュシュさんとアイリさんは向き合って嬉しそうに笑っている。よし、皆の雰囲気も良い調子だし、ここいらで俺が勇者らしく仕切れば恰好が付くというモノだろう。
「よし、改めて、作戦を考えよう。とりあえず、先の洞窟は監視しつつ、他の住処を見つけるというのが一番望ましいかな?」
「でも、土地勘の無い私達では、迷ってしまいますよ?」
シュシュさんの心配そうな顔を見て、俺はニヤリとする。
「そう、だから、向こうから出てきてもらう」
「向こうから? どうやってですの?」
一同首を傾げる。
「連中が先の洞窟に罠を仕掛けてるっていうなら、恐らく作動した音か、洞窟が崩落した音で察知してると思う。洞窟が見える箇所に見張りがいなければ、それが分かり易いからね。だから、大きな音を出すのさ」
「もし、先の洞窟に連中が潜んでいたら、どうするんですの?」
「その場合、誰かしら出てくるだろ? そうしたらそこに突っ込めば良い」
まぁ、賭けなのは分かる。
「ふぅん……それなら、せめて周囲の探索を軽く行っておく必要がありますわね」
「そうだな。何にしても、ある程度の探索は必要かと思うぞ、勇者エータ。どうやって音を出すかも考えなければな」
探索……さっきシュシュさんも言った通り、土地勘が無い俺達では迷ってしまうが、周辺状況を知るのと知らないのでは今後の立ち回りが変わってくる。必要な事だ。音は魔法で何とかなりそうだ。
「窃盗団と同じように、目印を付けて回る、というのはどうだい?」
アイリさんはパァっと明るい表情で言った。
「それだと、目印を見つけられたら、こっちの位置を知らせているようなモノ。対策を練られてしまうか、逃げられるかもしれないよ」
俺がそう言うと、アイリさんは腕を組んで唸ってしまう。
「しかし、どうすれば――」
俺達が考え込んでいると、ガサガサと先の洞窟方面から物音が聞こえてくる。
「っ。しまった! 油断したか!」
ヤエさんが刀に手を掛け、音のする方へ向き直す。
「あ、私ッス。斬らないでほしいッス」
ササさんであった。その後ろから、ビリガードとステイちゃんの姿も。
「あれ? どうかしたの?」
「したッス。あの洞窟、囮らしいッス。もっと山の奥に進んだ場所に、砦跡みたいな所があったッス。そこの近くまで行ったら、窃盗団らしき奴ら居たッス」
な、なんだよ……さすがササさん。優秀過ぎる。
「ぷくくっ。なかなか間抜けですわね、窃盗団も私達も」
メーリーさんは笑いを堪えているようだ。
「ま、まぁ。それなら作戦も立て易い。けどササさん。囮らしいって、どうして分かったの?」
「砦跡に声が聞こえるくらいまで近づいてみたッス。そうしたら、『早く罠にかかんねかなぁ。ワザワザ目印まで付けてやってんだから早く行けよなぁ』って言ってたッス」
呆れた様子でササさんは言った。俺達よりも窃盗団の方が間抜けだ……と思いたい。
「じゃ、じゃあ、その砦が見える所まで案内頼んだよ、ササさん」
見てみて、どうするか決めよう。
「了解ッス。念の為、静かに行くッスよ」
ササさんが案内してくれた場所に辿り着く頃には、夕刻が近づいていた。このまま窃盗団の目と鼻の先で野宿は有り得ないので、引くか進むか。
窃盗団のアジトと思わしき砦は、山間の平地に建てられている。立地からして検問所を兼ねた兵舎のようなモノだったのだろうか。戦の為に建てるならもっと見通しの良い場所に建てるのではないだろうか。
砦の周囲は木々が茂ってはいるものの、通り易いようにキチンと道が作られている。
「さて、どうするッスか?」
「全員で正面から殴り込むか?」
「お、良いねぇ。あたしが先陣を切るよ」
ヤエさんとアイリさんて気が合いそうだなぁ。
「いや、正面から行くのは四名までにしよう。誘拐されたという人達を戦っている時に人質に使われるのは避けたいから、他の隊は出来るだけ見つからないように侵入。誘拐された人を見つけたら保護だね」
と俺は提案した。夜に奇襲というのも考えたけど、夜戦するのなら、砦内外の地理情報をもっと集めてからじゃないと難しい。
「四名というのは、依頼者からの指定がビリガード傭兵団だからでしょうか?」
シュシュさんは首を傾げて言った。隣に居たビリガードの目の前にシュシュさんの頭が。きっとビリガードの鼻にはシュシュさんの良い匂いがふわりと香っている事だろう。
あ、頬を染めて照れてんな――ビリガードめ。
「うん。ササさんが砦近くで聞いた窃盗団の会話と、依頼の指名から考えて、窃盗団が傭兵団を罠にはめようとしているのは明確だ。なので、ビリガード達には正面から窃盗団を挑発してもらい、その間に俺達は砦後方から内部に侵入。誘拐された人がいれば、それを保護した後に挟み撃ち、というのは……どう?」
俺は提案した後、ごくりと生唾を飲み込んだ。砦攻めなんて、もちろんした事無いし、戦術的な知識も無い。ただの高校生だった俺には、これが精一杯だ。
「良いんじゃないですの? 問題はビリガードさん達が簡単にやられてしまわないか、という点だけですわねぇ」
メーリーさんはチラリとビリガードを見る。
「大丈夫です。一斉に襲い掛かれる数は限られていますから、囲まれないように引き付けて戦えば、そう簡単にやられたりしませんよ」
「うんうん。私の魔法があれば大丈夫ね。大丈夫ね!」
ステイちゃんは手にした魔導書?を掲げて元気だ。
「エータ達がモタモタしてると、あたし達が全部やっつけちまうかもしれないからねぇ?」
猪突猛進なアイリさんなら突撃しかねないと思った。不敵な笑みを浮かべる彼女の後ろで、苦笑いしながらビリガードが首を横に振っている。
「よし、じゃあさっそく行動開始しようか。ビリガード、時計はあるか?」
俺は懐から懐中時計を取り出した。午後五時頃。
「はい。持っています」
腰の袋から同じような懐中時計を取り出し答える。
「それじゃあ、今から十五分後、五時十五分になったら作戦を開始してくれ。俺達は十五分で出来る限り砦の後方に回る」
「分かりました」
「よし、では、作戦開始だ」
いよいよ砦の攻略が始まる。傭兵団を狙っているのは誰か、理由は何か。もうすぐ分かる。
「やられんなよー?」
「はい。エータ達も」
俺達はニヤリと笑い合い、それぞれの事を成す為に前へと進んで行った。不謹慎ではあるが、俺はこの状況が少し楽しく思えた。知らず知らずの内に上がる口角と、英雄的に活躍する妄想が心地良い。この先にはどんな冒険が待ち受けているのか?そんな少年漫画の主人公のような思いが、俺を浮かれさせてしまっているとは自覚するはずも無かった。
「始まったみたいですわね。勇者様」
「たまにはグー・パーで決めるか」
「そう言えば、君は勇者エータとはどんな感じなんだ?」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」八章6話――
「救出」
「よっし! 盗賊だか山賊だか知らないけど、あたしが全部やっつけてやる!」




