3話・嫉妬も嬉しい年頃です
魔物に苦戦していた一団を助けたエータ達。保養地でのんびり過ごす事は出来るのだろうか。
カートシラの酒場内に入り、席について食事を注文する。ヤエさんは返り血を落としたいから、とメーリーさんと一緒に別行動だ。
酒場の中は、まだ昼頃だというのに酒を飲んでいる連中が多いようだ。酒場なのだから、そういう目的で来る人が多くても変ではないが、特に多く感じるのは、ここが保養地だからか。
「改めてお礼を言わせてください。本当に助かりました」
席に着くなり、リーダーらしき青髪男子が頭を下げる。他のメンバーもそれに続いた。街の外で助けた一団は全部で四人。対した怪我も無く済んだようだった。
「いや、礼には及ばないです。当然の事をしたまでですよ」
ちょっとカッコつけた。というのも、向こうのパーティに女性がいるからだ。
タウロンに潰されそうになっていたボサボサの明るい赤髪を肩まで伸ばした子と、紫髪の、こちらも肩まで伸ばした魔術師風のローブを着た子。紫髪の子はまだ幼さが残る。十二~十三歳くらいだろうか。
「僕は『ビリガード傭兵団』の団長をしています。ビリガード・ハインザムです」
青髪男子はそう言って再び頭を下げた。嫌味は無く爽やかな印象を受ける、俺にとってはいけ好かない部類に入るイケメンだ。
「あたしは傭兵団員の、アイリ・ユンディハルバード。助けてくれてあんがと。さすがにもう駄目だと思ったね」
ボサボサの子は眩しいくらいにニカッと笑う。男勝りっぽい感じだが、可愛い顔をしている。
「ステイはスティアニー・ウィーアニーっていうの! お兄さん達すっごく強いのね! 強いのねっ!」
紫髪の子は元気が良い。一人称が自分の略名の奴なんて海外の映画か、アニメとか漫画でしか見た事ないぞ。
「……ギムリ・ロウワーズ。助けてくれた事に感謝します」
緑髪の男は暗い調子で挨拶をする。それを見たアイリさんに思いっきり背中を叩かれ、苦痛に顔を歪ませた。
「あはは、俺はエータ・サエジマです。勇者やってます」
俺も自己紹介を返す。勇者と名乗るかは迷ったが、隠す必要も無いだろう。
「「「「ゆ、勇者!?」」」」
一同が声を揃えて言うと、店内の客が何だ何だとこちらを向いた。
「はいはーい、何でも無いッスよー。ごめんなさいッス~」
ササさんがフォローしてくれ、客達は迷惑そうな顔で元に戻る。
「エータさん、気を付けてくださいね? 目立ちたいのは分かりましたけど、こんな所で騒ぎを起こすのは良くないです」
そう言うシュシュさんは、ジトリとした目付きをしている。これは、さっきアイリさんとステイちゃんの自己紹介を、下心有り有りで聞いていた俺に対する戒めも込めているのだろう。
シュシュさんだけではなく、ササさんの鋭い目付きも怖い。素直の謝った方が良いだろう。
「ごめんなさい」
しゅんとなって謝る。もちろん二つの意味で。別に目立ちたかった訳ではないんだけど……
「え、と。聞いては失礼かもしれませんが、本当に勇者なのですか?」
ビリガードさんが声を潜めて言った。疑っているのだろうか。無理もない。こんな変哲も無い若者が勇者だなんて言われても、直ぐに信用する方が無理だろう。
「気持ちは分かるッスけど、本物ッス。ウルバリアスの神皇様に神託があったッス」
気持ちが分かるって……地味に傷付くなぁ。
「わぁっ! 本物の勇者様なんだぁ! 凄いのね! 凄いのねっ!」
ステイちゃんが目をキラキラさせて喜んでいる。
――うんうん、可愛いね。
「こら、ステイ。はしゃぐんじゃないよ……でも、へぇ。勇者って言っても、普通のヒトと変わんないんだね。どう? あたしと力比べしてみない?」
アイリさんは拳と拳をガツガツとぶつけている。
――うんうん、怖いね。
「こらこら、アイリ。助けてもらったヒト達に何て事を言うんだ。すみません、勇者様」
ビリガードは俺に向かって頭を下げる。
「面白いパーティ――いや、傭兵団ですね、ビリガードさん。俺に様なんて付けないでください。呼び捨てで結構ですよ。多分俺の方が年下ですし」
「いやいや! 何をおっしゃいますか! 神託の勇者様を呼び捨てなどと――」
ビリガードさんが勢い良く立ち上がりながら言ったもんだから、椅子が倒れて再び注目を浴びてしまう。
「……ビリガード。落ち着け」
冷静にギムリさんにツッコまれ、ビリガードは静かに座った。
「す、すみません」
「ははっ。大丈夫ですよ。でもホント、様は止めてほしいです。敬語も止めてくれると助かります」
様付けなんてされたら、調子に乗ってロクな事がなさそうだ。
あ、一応メーリーさんにも言ってはいるんだが、彼女は面白がってワザと呼んでいる節がある。
「そ、それでは失礼ながら……エータ。とお呼び致します。エータの方こそ、僕らに敬語など使わないで結構です」
固いなぁ。まぁ、あんまり押し付けるのも良くないか。
「分かった。俺は遠慮無くそうさせてもらうよ」
「あっはっは! 相変わらずビリガードは頭が固いんだから! あたしも遠慮無く楽にさせてもらうよ。よろしく! エータ!」
可愛い顔して豪快な人だな、アイリさんは。
「アイリは変わってないと思うの。ステイもだけどね。だけどね」
ステイちゃんの話し方面白いな。無口なギムリさんを含め、キャラが立っているパーティだと思う。
「――ビリガードさん達は傭兵団と仰いましたけど、その、失礼ですが、四人で?」
運ばれてきた料理を食べながら、シュシュさんが質問する。
「はい、お恥ずかしい話ですが、傭兵団を設立してまだそれほど経っていないのです。初めは僕とギムリの二人で立ち上げ、すぐにアイリが加入しました。ステイが加入したのは本当に最近の事です」
「はいっ! 入ったばかりなのです! なのですっ!」
出来たばかりの傭兵団か。傭兵団の定義が分からないが、四人で成立するのだろうか。
「傭兵団って、どんな仕事があるの?」
俺は疑問を口にする。俺の居た世界にも傭兵というのはあったみたいだけど、平和な日本で暮らしていた俺には縁の無い職業だと思う。つまり何にも知らない。
「傭兵団っても、今はヒト同士で戦争している訳じゃないから、あたしらの相手は魔物だね。知っての通り、最近は魔物が強くなってるから、壁外へ出る事が難しくなった。結果として物流が滞っているから、商人からの依頼が多いんだ」
アイリさんの説明で納得する。ゲームとかであるようなイメージだ。
「そうなんだ……物流が滞っているなら、食糧難とか起きそうだけど、大丈夫なの?」
――食料のほとんどを輸入に頼っていた日本なら、致命的な問題だっただろうな。
俺は肉料理を食べながらそう思った。この肉は、牛ではない。ラヴァガと呼ばれる、大き目の豚みたいな動物の肉だ。味や食感も豚肉に近いと思う。
「私もそれは気になります。どうなんでしょうか?」
シュシュさんも気になっていたのか。一緒だと何か嬉しいな。
「エータはともかく、シュシュもッスか?」
ビリガードさん達ではなく、ササさんが口を開いた。
「ウルバリアス以外の国のほとんどは、街毎に壁で覆われているッス。その中に、家畜を飼う牧場区。農作物を栽培する農場区があるッス。街によって大きさは違えど、基本的にその壁内に暮らすヒト達の食料は賄える計算になっているッス。まぁ、物流が止まれば贅沢は出来なくなるッスけど」
「へぇ……さぞ広大な牧場や農場なんだろうなぁ」
俺は昔行った牧場を思い浮かべる。牛がのんびりと放牧されていて長閑、ソフトクリームが美味しい所だった。
「そうなんだね。さすがササちゃん、物知りだね」
シュシュさんに褒められて少し嬉しそうなササさんの尻尾が、ピコピコとしなやかに動く。
「ってか、常識ッスけどね。ウルバリアスだって結界内で栽培してたじゃないッスか」
そうか、ウルバリアスで言う結界が、この国では壁なんだな。魔物の侵入をどうにかして防がないと、安心して生活なんて出来ないよなぁ。
「――ふぅ、食った食った。ごちそうさまでした」
食事を終え、満腹感に浸る。結局メーリーさん達は来なかったな。まぁ、ヤエさん的には二人きりで居たいだろうから、邪魔はしないけど。
「今何と?」
ビリガードさんが首を傾げる。
「あ、気にしないで。食後の挨拶だよ」
「面白いっ。もう一回言って欲しいの。欲しいのっ」
ステイちゃんが目をキラつかせている。そんな目をされると照れちゃうじゃないか。
「えと、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした――覚えたの! 覚えたのっ!」
嬉しそうにするステイちゃんに、思わず口元がゆるゆるになる。
「……エータさん、犯罪はダメですよ?」
シュシュさんの低い声が背筋を寒くする。
「ちょ、いくらなんでもそれは無いって」
この世界にはロリコンという言葉は無いが、幼児性愛という概念はあるらしく、当然犯罪だ。
食事中に聞いた話では、ステイちゃんは十一歳。アウトである。アイリさんは十八歳だった。ついでに男二人は十九歳。やっぱり年上だった。
「どうッスかねぇ……」
ササさんの悪い意味の援護射撃が俺に放たれる。いや、シュシュさん、その目怖いから止めて。
「さて、僕達はこれから魔物討伐の報告に、役所へ向かいます。当然手柄は皆さんのモノなので、報酬は全額お渡しいたしますが……」
そんな立派な事を言うビリガード。俺を見ながら言う様子から、一緒に役所に来いと言っているのだろうと察する。
――路銀を頂けるのだから、役所くらい行くさ。他の用事もあるしな。
「え、良いんッス――」
「いや、報酬は半分ずつにしよう。ビリガード達が引き付けてくれたから倒せたんだし、バウアウ、だっけ? アイツらの討伐は結構してただろ?」
ササさんを制し、俺もそれっぽい事を言ってみる。ササさんは不満そうに俺を見ている。
「おー! 半分で良いなんて、エータは太っ腹なのね! 太っ腹なのねっ!」
「さすが勇者様だねぇ! その気前の良さ、ますます気に入ったよ!」
女の子二人からそんな事を言われると、素直に嬉しい。
――ヤベ……俺、大人になったらキャバクラとかハマりそう……
とかニヤけながら考えてしまう。いや、これはもう条件反射なんだよ。だから睨まないで、シュシュさん。
「アホやってないで、行くッスよ~」
「よしっ! 行こう!」
ササさんの助け舟(?)のお陰で何事も無かったように酒場を後にする。食事代はビリガードが出すというので、大人しくご馳走になったのだった。
※※※※※※※
「ねぇ、ヤエ」
宿を取った後、私とメーリーは二人で食事を摂っていた。瑛太君達には合流するとも言っていなかったし、別に良いだろう。
「どうした?」
少し高めなカフェ、といった様子のこの店内は、私達の他には数人しか客が見当たらなかった。こんなに落ち着いた雰囲気での食事は、本当に久しぶりな気がする。
「勇者エータはやはり、貴女と同じ出自でしたの?」
昨夜に勇者エータと話した内容は、彼女には教えていない。まぁ、あの様子を見ていれば、大体予想がつけられるとは思うが。
「……あぁ」
肉団子のような物体を口に含みながら返答する。
「そうですの。それで、何を話しましたの?」
これは、嫉妬なのだろうか。冷静さを装っているが、数年連れ添った私には分かる。
「同じ出自か確認しただけさ」
そう言って目を食事に落とした。フォークで野菜と肉団子を刺す。
「嘘ですわね。ヤエは嘘をつく時に私の目を見ませんもの。さ、隠してないで教えてくださいまし」
――さすがメーリーだな。
「ふー。別に隠すつもりではなかったんだが、勇者エータの想い人を当ててしまったんだ。さすがに喋るのは本人に悪いと思ってな」
そう言ってスープを口に運ぶ。独特の苦みがあるスープに顔を歪める。
「勇者エータの想い人? そんなの、シュシュさんではありませんの?」
何を言っておりますの?という目付きだ。
「ほぅ、気づいていたのか? さすがメーリーだ」
私が気付くくらいだ、メーリーが気付かない訳が無い。
「もう、ヤエったら本当に鈍いんですの。あんなの見てれば分かりますわよ」
ワザとらしく不機嫌そうな様子は、プンプンという表現が似合うと思った。
「婚約しているそうだ」
サラッと付け足した言葉に、彼女はピクリとする。
「え、え? そうなんですの? じゃあもう付き合っているという事なのですのねっ?」
嬉しそうなメーリー。本当に女はこういう話が好きだと思う。私も同性だが、こういう感覚は鈍い方だと自覚している。
「そうだと思うが、それだと何か?」
「もっとイジリ甲斐がありますの」
間髪入れずに答えた彼女の目がキラキラしている。
――リアリスをイジる時の顔だな。
「ほどほどにしてくれよ……」
私はフォローに回る自分を想像し、肩を落とした。
しかし、誤魔化せたようで良かった。実は、私がタイムスリップしているのではないかという仮説は、彼女に伝えていない。異世界という事にしている。何となくだが、伝えない方が良いような気がするのだ。
伝えてしまったら、この愛しい人が……私の元から遠く離れてしまう気がして。
「さて、そろそろ合流するか。行こう、メーリー」
邪神討伐という名目には、大陸の魔物退治も含まれているらしい。午後はこの周辺の魔物被害を調べる事になっている。
「はい! ふふふ。勇者エータ。待っていてくださいまし! イジッてやりますわよ~」
「いや、メーリー……もう、本当にほどほどにしてくれよ……」
クスクスと笑って楽しそうにする彼女を見て、誤魔化す為とはいえ、言うんじゃなかったと後悔した。
「へぇ。役所って、何と言うか、本当に役所なんだな……」
「おっと、止まるッス」
「この先、洞窟があるッス」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」八章4話――
「ササさんって、本当に何者だよ」
「皆のお姉さんッスよ、にゃはは」




